ファルダーガー

  第2章・2部 本当の旅立ち  

「各地では、まだ平穏な状態をみせております。しかし、ファナとカーシュが剣を預けた所では少しずつではありますが不穏な動きが見られます」
「そうか…」
 三聖人の一人、ファラスマスターであるバキア・ニトラ・コリーンが呟く。
「どうなさるのですか?バキア様」
 ここは雨水の聖城。
 聖城と言いながら砦でもある。
「やはり…ロマは復活したと考えてもよいな」
「はい、スリーナイトの三人も申されておりました」
 と、スリーナイツ、ファラスナイトのナンバー2ゼファー・アマデウス・リンツが言う。
 彼はスリーナイトの命をうけ、この雨水の聖城にやって来たのである。
「カスピにいる聖道士、魔道士、賢者、や他のナイト達はどうしている?やはりロマが復活したと考えているのか?」
「…はい残念ながら、そう考えている者の方が多く、勇者がこの地より消えてから邪悪な力が世界中に立ち篭め始めているのを皆、感じております」
 ゼファーは悔しそうに言う。
 それもそのはず、世界中の全ての人々が皇帝にロマを封印より解き放つよう施されていたとは思わなかったのだ…。
「…どうなさるのですか?」
 長い沈黙の後にゼファーはバキアの言葉を聞く。
 ほとんど確認のつもりで…。
 ゼファーには分かっていた。
 今、バキアが何を思案していたのかを。
 それが一縷の希望だと言う事を…。
 しかし、バキアはゼファーの質問には答えなかった。
 そのかわり、思い掛けない言葉をゼファーに言ったのである。
「ゼファー、そなたいつまでここにいるのだ?」
「いつまでと…申しますと」
 突然の質問に面くらい、ゼファーは聞き返す。
「今日中に戻るのか?」
 バキアは質問をかえ、ゼファーに聞くと彼は頷き答える。
「はい、今は砦にスリーナイトの三人は居らぬ故、手薄です。このような時に攻め込まれますとひとたまりもございませんので…」
「そうか……。今日はここにいて明日帰ろうとは思わぬか?」
 ゼファーはバキアの言葉に戸惑う。
 砦が手薄だと言うのにこの方は何故こんな事を…。
 しかし、次の瞬間、彼は悟りバキアに言った。
「畏まりました。砦の方にはマリー(スウェルナイトのナンバー2)やキアヌ(ウォールナイトのナンバー2)もいます。私一人いなくても大丈夫でしょう」
 と、言ったのだ。
「では、そなたの部屋を用意させよう。今夜は一晩ゆっくりとしなさい」
「はっ…」
 敬礼を祓いながらゼファーは思っていた。
 勇者が来る。
 勇者が戻ってくる。
 サガが頼り無いと言っていた。
 それでも我らの希望だ。
 と…。
 その夜…。
「彼女は…我らの希望…」
「希望と言って彼女に…全てをまかせてもいいのか?傍観していても…」
「我らにできる事は…何か…それを考えよう」
 ファラスマスターのバキアとウォールマスターのエト・メリーニ・バダムの会話。

 とある場所、とある時間。
「壊れた心で 間違いばかりで どこへ向かうのか あてもないけど Get out of the shelter………(song by TM NETWORK:PALE SHELTER・作詞小室みつ子)はぁ」
 広いスタジオでマレイグ・グリーノック・マザーウェルは歌うのをやめ、ため息をつく。
「マレイグ…どうしたんだい?」
 クロンメル・ロスレア・エールがマレイグに声をかける。
「いや…別に……」
「別にじゃないでしょう。マレイグ」
 言葉を止めたマレイグに入って来たチェスター・ファルマス・マーゲイトが話し掛ける。
「声の延びも悪くない。いつものプリプロより良い方なのに。どうしたんだよ、マレイグらしくない」
「チェスの言う通りだよマレイグ」
 チェスターの言葉にクロンメルが同意する。
「チェス…クロン…僕の話を聞いてくれ」
 沈黙の後の申し出にチェスターもクロンメルも身構える。
「僕はずっと考えていたんだ…。日、一日とあたりの空気が禍々しくなって来ている。妖気が漂っていると言った方が正しいかも知れない」
 との言葉に二人は頷く。
「……二人とも気が着いてるか?あの娘が帰ってからおかしくなって来たのを…」
 そこでマレイグは言葉をとめる。
 そのマレイグの様子にチェスターとクロンメルはお互いに頷く。
「つまり…マレイグ、君はロマが復活したと考えているんだね」
 と、チェスターが切り出すとマレイグは頷いた。
「その通りだ…僕はこの頃常にそう感じていた。あの娘が帰ってからこの三ヶ月、日照時間がほとんどない。週に3日あれば良い方だ。雨はどうだ?曇ってるから雨は降ったかと言うとそうじゃない。一月に三十ミリも降っていないだろう。天候を支配しているのは天候の女神でもあり大地の女神であるガイアだ…」
 一息入れマレイグはまた話し出す。
「ガイアにしろそして、それをサポートしている、ファイザ、サラ、セアラにしろこの妖気は感じ取っているはずだ…」
 と…。
「あの方さえ戻っていれば…」
 クロンメルは寂しそうに呟く。
「クロン…それは言わない約束だろう。一番辛いのはあの方なんだから…」
 チェスターは静かにクロンメルを諌める。
 でもそのチェスターが言った言葉は三人にとって無意味な言葉だった。
 言った本人のチェスターでさえも。
「一度…戻ろう。ここ一年ばかり戻っていないあそこに…」
「あそこであの娘を待とう…」
「それしかないようだね…」
 と、お互いにワール・ワーズの三人は言い合った。
 次の日。
『ワール・ワーズ。リグリア共和国のエンブルグ公国にある録音スタジオから突然姿を消す』
 という報道が全世界に流れた。

 とある所とある時間。
「オルト…ワール・ワーズが動きだした様ね…」
「あぁ…。パラ、ぼく達は良いのか?」
 とある森の中でパラ・ロシェル・グルノーブルはオルト・レイピア・カイクーラに話し掛ける。
「オルト、焦る必要なんてないわ。ワール・ワーズと私達はまったくの別物でしょう」
「でも、目的と存在理由は同じだ」
 オルトはパラの言葉に反論する。
 オルトはもどかしいのだ。
 パラの対応が、パラの行動が。
 オルトは動き出したくって仕方がないのだ。
 だが、もう我慢の限界らしい。
「パラ、ぼくは一人で動く」
 オルトは意を決したのか、パラにそう告げる。
「待ちなさいオルト。あなたの考えも分るわ。でも、私達はまだ動けない。動いちゃいけないのよ」
 と、パラはオルトを諭す。
『動いちゃいけない』この言葉はオルトの身に染み付いている。
 この言葉がパラから発せられるうちはオルトは自由ではないのだ。
「オルト分ってるでしょう。私達はあの娘が来るまで動けないのよ」
「分かってる…。でもパラ…いつまで待たなくちゃならない。あの娘が来るまでなんて……」
「…オルト…」
 パラはオルトの名を呟く。
 彼女には痛い程にオルトの気持ちが分るのだ。
 その時だった、強い風が彼女達の側を走り去ったのは…。
 そして、今まであたりを包んでいた邪悪な空気は一瞬にして穏やかな空気に変わっていったのだ。
「今のは…」
 どちらがともなく呟いた声。
「まさか……あの娘が……」
 そうパラが呟いた時だった。
 二人の背後で気配を感じたのは…。
「何者だ…」
 オルトが低く威嚇するかのように言う。
「初めまして、オルト・レイピア・カイクーラ。そしてパラ・ロシェル・グルノーブル」
 そう言って二人の前に一人の女性と少女があらわれる。
「何故…ぼく達の名前を知っている」
 そう言って何かあればいつでも踊りかかれるようなオルトにパラは制止ながら言った。
「オルト……。私は風の女神エイリアの神官。パラ・ロシェル・グルノーブルと申します。このオルトは水の神アーシャの神官です」
 何でなんだという風にパラを見るオルトに女性は笑う。
「何がおかしいんだ!」
「申し訳ありません、オルト。私はメタ・パラナ・ロンドーニア。冥府の神ルシファー様に仕える神官。そしてこの娘が…」
「闇の神エランに仕えるモル・マインツ・バーデンといいます」
 と少女は答える。
「私達は、あなた方と同様に古代神に仕える者です。安心してください」
「何故…ぼく達…いや、私達の所へ来たんだ」
 オルトの言葉にモルが答える。
「気が着いたはずです…あの人が来た事を…」
 その言葉にオルトとパラは頷く。
「あの娘の運命は神々さえも気付かない所で回り始めています」
「現代神なんかが知るはずない…」
「あの方も…気付いていなかったら」
 と、パラ。
 そのパラの言葉にオルトは驚く。
「……あの方……まさか…じゃあ、何故」
「あの方は、現代神としての影響も受けているわ。気付かなくても当然なのかも知れないのよ…」
「そうですね…パラ。あの娘はこの運命を知らない。私達が助けなくてはいけないんです…あの娘の為にも…」
 メタの言葉にオルト、パラ、モルの三人は頷いた。

 ふわぁー!!
 久しぶりだぁ!!
 ファルダーガー!って言っても二週間振り。
 ここわ…どこ?見た事あるね。
「久しいな、ミラノ」
 声を掛けられ振り向くとそこにはすましてラテスが立っていた。
「ラテス……だよね」
「へへへ…久しぶりだね、ミラノちゃん。元気だった?感激の再会は少しにして、急いで雨水の聖城に行こう。バキアとエトが待っているから」
 いきなり出て来たラテスはバキア様とエト様を呼び捨てにしてる。
 本当に何者なんだろう…。
「ともかく、何を慌ててるの?この二週間で劇的に大変化しちゃったの?」
「二週間?」
 ラテスがあたしの言葉に不思議そうに見返す。
 そうよ、あたしが元の世界に戻ってからこっちに来るまでの間に、二週間たってるわよ。
「ミラノちゃんが戻ってこっちに来るまでの間は二週間じゃなくって半年なんだよ」
 はんとし?
 どう言う事なの?
「ミラノちゃん、君の世界とファルダーガーじゃ時間の流れがまったく違うんだよ」
 ふぇ〜。
「じゃあ、あたしがのんびり二週間を過ごしていた間にこっちの世界は一気に半年も経っちゃったって訳?」
「まぁね」
 いやー、何か浦島さんって感じ。
「ともかく、エトとバキアの所に行こう」
「うん…ってなんでラテスはエト様とバキア様の事呼び捨てなの?」
 と聞くとラテスは平然と言う。
「だって、オレ神様だもん」
 神様って……前にも言ってたよね。
「本当に神様なの?」
「まぁね、後で神殿に連れていってあげるよ」
 はぁ。
 なんか怪しい疑問を残しつつ、あたしはラテスにつれられ、三聖人のバキア様とエト様のいらっしゃる雨水の聖城に向った。
 聖城の入り口ではエト様とバキア様が待ち構えていた。
「やぁ、エト、バキア元気かい?」
「お久しぶりです、ラテス様。サガより聞き、我ら一同お待ち申し上げておりました。ミラノも元気そうだな」
「お久しぶりです、エト様、バキア様」
「悪いね、わざわざ出迎えさせちゃって…。早めにここに来ようと思っていたんだけどいろいろあってね…。さっき、カスピの町を見て来たんだけど…そろそろ戻れそうじゃないかな?」
「はい、我らも『スリーナイト』と連絡を取り合っております」
 この会話を聞いていてやっぱりラテスって神様かも…。
 そんな事を感じる。
「そうか…早速で悪いんだけど…ミラノを『スリーナイト』の所に置きたいんだけど構わないかな?」
「はい、その事でしたら既に連絡済みです」
 とのバキア様の言葉に前庭のテーブルに座っているあたし達の元に一人の騎士がやってくる。
「ゼファー・アマデウス・リンツと申します。ラテス様」
「『スリーナイト』…ゼルの片腕か…。これならミラノを安心して任せる事ができる。ありがとうバキア、エト」
「いえ…我らも思案しておりました。彼女だけに重荷を持たせてはいけないと…。我らもできる限りの事をしたい…」
「ありがとう…。二人とも…」
 と、ラテスはバキア様とエト様にお礼を言う。
 …今までの会話をぼうっと聞いていて…やっぱりラテスって神様なのかもしれないっと思っていた。
 あたし達はその後聖城で少し休んでからカスピに向ったのだ。
 先導はファラスナイトのゼファー。
 その後を着いていくと高台に出る。
「ここは、カスピの市街を一望できる高台です」
「復興しているだろう」
 ラテスの言葉に頷く。
「すぐ下に見えるのが聖上庁、三聖人の本拠地で、そこからまっすぐ言った所がちょうど、あの建物」
 と、ラテスが国会議事堂みたいな建物を指差す。
「あそこが総理府。カバネルの政治の中心地。カバネルの政治は三聖人がやっていると思われがちだが実際は三聖人の一人がカバネル出身者がカバネルの代表としてなっている。三聖人としては世界の調停者なんだよ。で、総理府からまっすぐ行った所…」
 強固なお城が見える。
「あそこが君が今から行く守護庁だよ。あそこには『スリーナイト』と『スリーナイツ』がいる。詳しくはゼファー君に聞いてね。それじゃあね」
 と、言ってラテスは消えてしまった。
「お久しぶりです…」
「ともかく、『スリーナイト』の所に行く」
 そう言ってゼファーは黙々と歩き始めた。
 うっ…。
 確か、一回あってるわよね…。
 何で、こんなに無愛想なの?
「ねぇ、あなた…サガと同じファラスナイトなんでしょう。この前はなんかカーシュが怒ってたけど……。サガのファラスナイトしてる時ってどう言う風なの?」
「知ってどうする」
 だってファナはウォールナイトで、カーシュはスウェルナイトでしょう。
 違うナイトの人じゃなくって同じ所に所属している人だったらいろいろ知ってるかなぁって…。
「……サガは魔法学校の者にとって憧れの的だった。ゼル様とマリウス様も人気あったけど…オレはサガだった」
 ん?ゼル様…マリウス様って?
「『スリーナイト』の二人。その二人とサガは同じ出身なんだよ」
 ????
 意味がわかんない。
「もういい!!なんか、言う気、失せた!!」
 ふぇ〜ん。
 それっきり、あたしとゼファーの会話はなくなってしまった。
 なんか、この子怒りっぽいよ。
 ともかく、なんやかんやと一方的に話し掛けながら守護庁に着いたのだ。
 入り口の所に女の人が立っていた。
「キラ様!!」
「…!お帰りなさい、ゼファー。私達の代わり、御苦労様」
「今日はお戻りになられないと思っていました」
「実は…私もそう思ってたのだけど…一気に状況が変わったの…」
「御無事で何よりです、キラ様…彼女が…」
 入る隙間もない会話の中で突然キラがあたしを見る。
「私はキラ・リミット・トリニダート。ウォールナイトよ。噂はいろいろ聞いてるわ。ゼファー、彼女は私が連れていくからゼルとマリウスを部屋に呼んでおいて」
 キラに言われゼファーは走って守護庁の中に入って行った。
「あなたが、ミラノ・フォリア・ウォールスね…。話はサガからいろいろ聞いてるわ」
 …サガから?
「えぇ、あなたがここに来る一ヶ月前にここに来てね、あなたの事を頼むって言って…」
 …サガ…。
「サガは…元気ですか?」
「多分ね…」
 って…どう言う事ですか?
「んー実は分らないのよ…。ラプテフに帰るとは言っていたんだけど…その後、音信不通。あのこっていっつもそうなのよね…」
 カーシュや…ファナは?
「ごめんね…まだ、教えられないの。あのこ達に内緒にしてくれって…」
 そうか…みんな元気かな…。
「そう言えば…何で、ゼファーはあたしに凄く冷たいんですけど…」
 そう言うとキラは笑って教えてくれた。
「ゼファーはね。サガの事を敬愛してるのよ。サガがあなたの事いろいろと気にするのが悔しいのね。さぁ、入ってみんな待ってるわ」
 と、キラに先導されあたしは部屋の中に入る。 
 中に入ると大柄の男と華奢だけど実際の体つきはしっかりしてそうな男がいた。
「ん…来たか。初めまして、オレはマリウス・クロード・ジルベール。スウェルナイトマスターを勤めさせてもらっている。会えて光栄だがサガに厳しく鍛えてほしいとの要望だ。よろしく」
 といわれ力強く握手される。
 前、ラテスがサガが似て来たって言ってた男の人ってこの人の事かも…。
「へぇ、嬢ちゃんがサガが言ってた…ふうん。オレは、ゼル・ムステル・キングストン。一応、ファラスナイトマスターで、よろしくな。大丈夫、そんなにおびえなくてもオレは取ってくいやしねぇよ」
 その、ゼルの言葉に一同は笑い出す。
 何か楽しそうな三人だ。
 これなら、何かやる事になってしまった修行の方も楽かも知れない。
 なぁんて気楽に考えてたらチョー大変!
 半端じゃなく大変。
 朝、昼、晩って休む暇ないよぉ…。
 朝は、マリウスの話じゃ一番頭に入る時間だからって朝は歴史及び地理のお勉強。
 昼食後は軽い運動でその後が時事、政治、経済…。
 何でこんな事覚えるのよ…。
 で、夕食までに身体の鍛練。
 夕食後は剣術の訓練。
 ちなみに起床は四時、消灯十時…。
 花の女子高生なのに…。
 ファナ&サガの方が良かったよぉ。
 さすが現マスター。
 そんなこんなで一ヶ月程たった頃だ。
 その日は朝から雨が降り続いていた。
「開門、開門」
 との声と共に男が入って来た。
「スウェルナイトマスター・マリウス様に申し上げます。フィアットの砦が襲われました。カーシュ様に援軍を…」
「そうか…」
 その言葉にマリウスはジッとその男を見つめおもむろにあたしに言った。
「ミラノ、この男と一緒にカーシュの所に行って欲しい」
 へ?
 援軍ってあたし一人なの?
「お、お待ちくださいマリウス様」
「嘘を着くのはいけないな。カーシュのいつもの悪い癖だろう」
 と、マリウスの言葉に男は黙り込む。
「まったく…カーシュったらしょうがない子ね。本当に危険なのはファナの方なのに。ミラノ、カーシュと一緒にファナの所に行って。ファナから助けてほしいって連絡が入ったの…もうそんなに持たないかも知れないわ」
 キラ…。
「頼んだぜ、ミラノ。カーシュと……ファナの事を」
 と、ゼルが言う。
 あたしはその言葉に力強く頷いた。

「こちらです、ミラノ様」
 伝令の人につれられあたしはカーシュがいるフィアットの砦に到着した。
「カーシュ様」
「来たか…げっ…ミラノ久しぶりじゃねぇか。元気だったか?」
 あたしを見て、カーシュは一瞬驚いたがすぐに笑いかける。
「元気だよ、あたしは」
「ミラノが来たって事は…」
「マリウスとかが言ってたよ。カーシュは甘えてるだけだって」
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!ともかく、ミラノ。ファナの所に行くぞ!」
 それは良いけど…ファナがどこにいるか知ってるの?
「おう、リグリアのリベール地方最大の都市ロマーニャにいる」
 リベール地方最大の都市ロマーニャって…確か…。
「ん…確か!」
 なんだっけ?
「何だっけじゃない!」
「ちゃんと知ってるわよ。ロマとナイル様が生まれた所でしょう」
「そう、で、そこには亜人種が多い。得に多いのがオーク。オークは悪の化身で一般の人はロマの邪悪な魂に引かれたせいだと言ってるけど実際の所は不明だ。なぜなら」
「ナイル様も生まれた所だからでしょう」
「おぉ!ミラノ、勉強したなぁ。オレさぁ、実は不安だったんだよねぇ」
 何が?
「お前の事『スリーナイト』に預ける事だよ」
 何で?
「だって、マリウスは熱血バカだろう。あいつ何時間でも剣の素振りで汗かいてやってて『んー青春だなぁ!』なんて叫ぶんだぜ」
 ……うわぁ…それ本当?
「まじ、まじ。ま、叫ぶのはさすがに一人の時だけどな。それ聞いたのはオレとサガとファナの三人ぐらい…」
 なんか想像ができてしまう。
「で、ゼルは筋肉ゴリラだし、一番普通そうに見えるキラだって切れたらまじで怖いしさぁ」
 いいのぉ?そんなふうに言って。
 年上って言うか、目上の人には敬意を表さないといけないんじゃないの?
「知らないよ、どっかでスパイとか聞いていて一言一句知らせていたらどうするの?」
 と、あたしの言葉にカーシュは笑い出す。
「平気平気、オレの方が実力上だもん」
 うわぁー、今凄い事言ったね。
「あ!?」
「え、ぜる?ごめんなさいごめんなさい。今のは嘘です」
 ふーん。
「ん?あ!騙したな、てめー」
「騙してないよ、ただ、あ!って言っただけでしょう?心にやましい事があるから騙したと思うんだよ、カーシュ君」
「そ、それは…」
 あたしの言葉にカーシュは口籠る。
「でも、何でゼルだけなの?」
「あとでな。これは、まじでカバネル抜けてからね」
 と、情けなく懇願したのだった。

『もうダメかも知れない…』
 ファナは心の中でそう感じていた。
 ここは、ロマーニャの街の郊外の山にあるロマーニャ城。
 このロマーニャ城の周りにはオークの大群が囲んでいたのだ。
「ファナ様どうかなされましたか?」
「……ろう城とは不利な戦法なんだなと改めて考えさせられている…」
「…ファナ様…」
「『氷の剣』をここへ…。あれだけは、守り通さなければならない…」
 ファナの悲壮な決意に兵士は頷き、踵を帰した。
『もう…ダメなの?ミラノ…あなたがここに来たのかも知れないのに…』
 ファナは感じ取っていた。
 世界中を取り囲んでいた邪悪な空気がある時ふっと変わったのを…。
 そんな時、兵士が『氷の剣』を持ちながら驚いて入って来た。
「ファナ様…これを…『氷の剣』が…」
「剣がどうかしたのか?」
「…どうぞ、御覧ください」
 ファナが兵士の差し出した剣を見ると、何と、光るはずのない『氷の剣』が淡く発光していたのだ。
「……これは…まさか?!皆のもの、もうしばらくの辛抱だ!勇者が我らの元に来るぞ!」
 ファナは心の底から叫んでいた。
 
 今、あたしとカーシュはリグリアのリベール地方最大の都市ロマーニャの郊外にあるロマーニャ城の近くにいた。
 ……?!
 ブタが…立ってる!!
 あれが、オークなの?
「何驚いてんだよ。ともかく、オレが言った通りにすれば大丈夫!」
「言った通りって…『光の剣』を振るだけでしょう。それで大丈夫なの?」
「一ヶ月間、マリウスが見てたんだよな。お前の素振り…」
 ……そうだよ。
「マリウスはエンチャント系つまり、剣に魔法を込めて放つ剣技を持っている。だからマリウスが言った通りに振り降ろす!それで大丈夫」
 ふわぁ…。
「大丈夫、オレがちゃーんと援護するから」
 分かった。
 と言う訳で、マリウスの言葉を思い出す。
「剣術の基本は気合いが大切だ。いいか、気合いだ!」
 ……しか言ってなかったよねぇ…。
「気合いで振り下ろせ!!」
 気合いで良いのかぁ?
「行くぞ!ミラノ」
「お、おぉ」
 カーシュの言葉に思わず頷く。
「サラ・ドゥーン・カズニ・ミール サラの雷よ 大いなる力を降らせよ
サンダーストーム!(レベル3、広範囲の雷の魔法)」
「スゥゥ。ハアアアアアアアアアアアアアッ」
 カーシュの詠唱が終りあたしは気合いと共に『光の剣』を振り降ろす。
 物凄い音と共に空から雷が落ちてくる。
 そして、そして、『光の剣』から……。
 あれ?
「おい、何やってんだよぉミラノ。剣先から出るようにイメージしろって言われなかったか?」
 そんな事言われてないよぉ。
 でも、口答えをしている暇はなく剣先から出るようにイメージする。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
 もう一度、気合いと共に振り降ろすと剣先から光が発せられロマーニャの城まで帯のように広がっていった。
「ウォォォォ!」
 カーシュが叫ぶ。
 凄い力で後ろに倒れそうだ…。
 そして、一瞬にして光がおさまったかと思うと目の前にはロマーニャの城へと続く道がしっかりと作られていた。
「すげぇ!やればできるじゃん!ミラノ今のうちに行くぞ。いくらサンダーストームをかけたって、オークどもの統率はまだ整っている。急がないとまとめあげられるぞ」
 カーシュの言葉に頷きあたし達は走り出した。
 ロマーニャの城の門の中に入ると一人の剣士がたっていた。
「…ファナ?」
「久しぶり、ミラノ…元気だった?」
 そう行ってファナは走りよってくる。
「無事だったか?ファナ」
「カーシュ元気だった?安心したわ、私。二人に会えて…」
 ファナはにっこり笑って…カーシュによりかかってと言うか真っ青になって倒れてしまった。
「ファナ!」
「ファナ、大丈夫なの?」
「大丈夫……ちょっと目眩が…」
 目眩って…この青さはただ事じゃないわ。
「ファナ、ともかくお城の中に入ろう。ずっと今までがんばってきたんでしょ。疲れてるのよ…。そう、過労よ!」
「ミラノ…ホントに大丈夫だから…」
「大丈夫じゃない。ファナ、休め!!」
 と、カーシュの強制的な一言でファナは頷き、あたし達はファナを休ませたのだ。
「御挨拶がおくれて申し訳ございません、ミラノ様。私はここロマーニャを治める、マリーナ・ピッコラ・カプリと申します」
 ここは、ロマーニャ城下の森が一望できる会議室。
 カーシュと下の森を眺めている時に彼女はやって来た。
「申し訳ございません。私が未熟なばっかりにファナ様ばかりに負担を掛けてしまって…」
「そんな事ねぇよ、ファナは結構自分のこと追い詰めやすいんだ。自分がここに『氷の剣』を持って来たからって…自分のせいだと思ってるんだよ」
 カーシュの言葉にマリーナさんはなにか言いたげだったが
「安心しろって、オレ達が来たんだから大丈夫だって。あいつらの親玉さえたたいちまえばこっちのものだって。なっ」
 と、カーシュが力強く言ったのでマリーナさんは安心した顔で頷く。
 でも、どうして親玉たたくと大丈夫なの?
「あいつらは忠誠心って言うものがない。自分勝手なやつばっかりなんだよ。だから一番強いやつにいやいや従ってるケースがほとんどだから、親玉を叩けば…逃げ出すのがほとんどなんだよ」
 と、カーシュはあたしの質問に答える。
「光の魔法を使えるものを下に集めろ。急がないとオークどもが総攻撃を仕掛けてくるぞ」
 の声が部屋中に広がった。
「ファナ、大丈夫なのか?」
「こんな時期に、のんきに休んでなんかいられない。ミラノ…『光の剣』で敵に光を当てて」
 と、まだ青白い顔をしたファナがあたしに声をかける。
「さっきみたいにやればいいの?」
「違うわ。でも、その為の指示はマリーナ卿が教えてくれる。彼女は光の魔法が得意なの、だからあなたの力を彼女に貸してほしいの」
 と、ファナは言った。
 どうすればいいかまだ良く分らないけど、ともかくやってみましょう。
 準備が整い、マリーナさんが呪文の詠唱に入った。
「フラウ・アルス・トルーア・ファイザ・オリア・シーアン 神々と大いなる大地に守られし者が願う。邪悪なりし者の魂より生まれいでし者に聖なる力を分け与えん。おお偉大なるロマーニャの地に栄光あれ。ミラノ様、天に光る輝きに剣先をむけ、そして地上に向って振り降ろしてください」
 マリーナさんの言う通りにする。
 天に光る輝き…あれか。
 剣先に念を込め、気合いと共に振り降ろす。
「光に守られし、剣を持つ者より 邪悪なり者へ 破滅と祝福を与えん おぉ、偉大なる神よ 我らに祝福を与えん アーメン」
 と同時にマリーナさんの詠唱が終ると『光の剣』から光の雨が地上に降り出した。
「ファナ様、今のうちです。早く、オークを」
 ファナはマリーナさんの言葉に頷くと全員に号令をかける。
「全軍突撃!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 その叫び声と共に兵士達はオークに向け突進して行く。
 オーク達は光を浴びて動きが鈍い。
 そんな時だった。
 一体のオークがまるで守られるかの様に退却して行くのを見つけたのは!
「カーシュ、あれ!」
「ミラノ、マジックミサイル系の魔法、使えるか?」
 マジック…ミサイル?
「ミーラーノ!」
 う…やばい、カーシュが怒る。
「わ、分かってるわよぉ。魔法の力を弓矢みたいにして相手に打ち込む魔法でしょう。ライトニングアロー、ダイヤモンドシャベリン、フレイムスナイパーなら大丈夫。アイスシャベリンは不安。サンダーアローは知らない。ダークスナイパーはその時による」
「ちなみに誰に習った?」
 カーシュは聞きながら不安そう。
「ゼルっ…だよ」
「よし、フレイムスナイパーだ。オレもやる。急ぐぞ」
 安心した後、カーシュは力強く言う。
「あたしはいつでもOKだよ」
 カーシュはあたしの言葉に頷き、呪文の詠唱に共に入った。
「タクラ・ミール・ズーン(タクラの炎よ、矢じりとなりてきたれ)フレイムスナイパー!(火の魔法レベル2)」
 あたしとカーシュの詠唱が終り、それと同時に敵のボスに向って行く。
「ウオォォォォォォォォォォ」
 オークの叫び声があたりに響いたかと思うと、残っていたオーク達は散り散りになって逃げ出した。
「やったー!」
「うぉぉぉぉ」
 あたりに、歓喜の声が沸き起こる。
 …終ったのかな?
「良くやったな、ミラノ御苦労さん」
 カーシュはあたしの頭にポンと手をのせながら言う。
「うん……。!!ファナ、大丈夫?」
 と、振り向き言うとファナはにっこり笑いながら言う。
「…大丈夫…じゃない。今度こそ、ゆっくりと休ませてもらうわ」
 と、言いながらファナは自室へ引き上げていった。
 まぁ当然ですね。
 だって、ファナの顔凄く真っ青なんだもん。
 でも、なんか、ちょー大変だったなぁ。
 ふぅ。
「マリーナ卿、一つ聞きたいんだけど、卿は司祭なのかい?ロマーニャを治める者は代々魔道士って聞いた事があるんだけど…」
 突然、カーシュはマリーナさんに質問する。
 司祭…神父様みたいな者だよね。
 でも、なぁんで司祭って分かったんだ。
「母が司祭で…父より母の力を強く引いていると聞きましたので…」
 と、マリーナさんはあたしの疑問をよそに話す。
「ねぇ、カーシュ。どうして、彼女を司祭と思ったの?」
 思わず口に出して聞いてみると、カーシュはため息をつきながら教えてくれた。
「彼女の呪文は祈りだったから。祈りのスペルは神の名の順番によってきめられる」
 神の名って?
「…あったろう。今回の場合、はじめはロマーニャの守護の女神である太陽の女神フラウ。二番目は大地の恵みを約束する大地の女神アルス。三番目はフラウの創造者絶対神トルーア。4番目は太陽の神、光の王とも言われるファイザ。そしてファイザの母、創造神オリア。そしてラストが絶対神シーアン。リグリアでは古代神の方が上らしいから古代神の名前も詠唱に入る。分かったか、そうやって祈りか攻撃の呪文かを聞き分けるように」
 ハーイ。
「ともかく、ファナの体調が回復するまで、二、三日とみてその後サガがいる所に出発だな」
 カーシュの言葉に頷く。
 でも、カーシュとファナ、サガがどこにいるのか知ってるのかな?
『サガはラプテフに戻った』
 ってマリウスが言ってた…。
 サガも『何かあったらラプテフにおいで』って言ってたっけ…。
 やっぱり、ラプテフにいるのかなぁ?
 サガ、元気かな。

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