Rhythm Red Beat Black

対決

 6月21日、イベント当日。
 来ると決めたのは3日前なのに、いろいろと予定が立て込んで今日にずれ込んだ。

 外は、梅雨の中休みなのか、晴天。

 フジテレビ イベント企画部
 そこは、今回のイベント『天使の歌〜共和国を救った歌姫〜』のドラマを制作し、イベントの中心となった部だ。

 ここに来たのは他でもない。
 本部が作成した資料に『Zero-Ark』の名前があったからだ。

『Zero-Ark』、小さなイベント会社で『台場連続窃盗事件』の被害会社の一つ。
 そして、『怪盗キッド』が侵入した会社でもある。

「今回のイベントの資料は、警察の方に提出しましたが?」
「すいませーん、どうしても、現物で確認したいんで」

 と無理をいって、見せて貰う。

 確認したいこと。
 それは本部じゃできないからだ。
 理由は『怪盗キッド』がいるかもしれないから。

「舞台の上でお逢いしましょう」

 あの日、追い掛けて、見つけだしたキッドはそう最後に言って、その場から消え去った。
 怪盗キッドは変装の達人という。
 工藤君の話ではどんな声色も使い分けると言うから、驚きだ。

 もし、キッドが身近な人間に変装していたら?

 見分けるのは簡単じゃないだろう。

 中森警部が言うとおり『鼻をつまんでひねりあげる』って言う方法は最も簡単だが、結構、難しい。
 たとえば、客に紛れてなんて言ったら、客全員ひねりあげるのかっていう問題になる。

 ともかく、いつ、どこにいるのかが分からないのだ。
 次々と変装を施していくと言うのだから。
 こちらの手の内を見破られている可能性だってある。

 相手は各国の警察を手玉に取ってきた怪盗。
 用心に越したことはない。

「『Zero-Ark』関連の資料は、これだけですか?」
「そうですけど」

 担当者が持ってきた物は見取り図と担当イベントの詳細な時間。
 宝石が展示されるのはイベント開始時の19日から21日までの3日間。

 イベント自体の開催期間は長いが『天使の歌』はプラント共和国の国宝級の物の為に、貸出期間は短い。

 そして、今日は、宝石展示の最終日。
 キッドは、それを知って狙ってきている。

『Zero-Ark』が提示し、中心となっているイベントはたくさん行われるイベントの中の一つ。
 メインでも一つでもある『真田一三マジックショー』

 モデルの歌手、理恵・クラインが当時、共和国に渡ったときに、親交があったマジシャンが居たそうだ。
 当時、若手だったが、実力人気ともにNo,1だった、彼の人物のマジシャンの代理で(もっとも、そのマジシャンはすでに亡くなっている)今、若手実力派No,1の真田一三氏に白羽の矢が立ったそうだ。
 21日に、彼が登場する時間は…『午後6時』。

 マジックショーの時間が平均どのくらいなのかは分からない。
 コンサートなどの時間と同じと考えると、2時間前後。
 予告時間の枠内である日没の7時00分、闇に紛れて登場するだろうから、日没になってもすぐに暗くなるわけではないので、それらのタイムラグを考えたとしても…7時半前後。

 どう考えても、ショーの時間と犯行時間はぶつかる。

 本部は、このマジックショーをどう見ているのだろうか。
 中森警部の考えだとすれば、中止はまず間違いない。
 としても………。

『Zero-Ark』が手がけている所はもう一つ。
 会場全体の配置図だ。
 決定稿はフジテレビで制作されたが、原案はZero-Ark。
 非常口等、少しの変更はされているが、通路等ほとんど変更がない。

「この、会場の配置図が決定したのはいつですか?」
「確か、Zero-Arkが2回目の盗難にあう前の日ですね。ほとんどできあがっていましたし、犯人が狙ったのはがらくたばっかりだったので、ほっとしてると『Zero-Ark』の担当さんが言ってましたよ」
「コレ、コピーして貰っても良いですか?」
「別に、構いませんが」

 訝しがりながらも、フジテレビの担当の人は、会場の見取り図の決定稿と原案のコピーをくれる。
 コピーを手に入れた僕とすみれさんは担当の人に礼を言って、フジテレビを出た。

「……青島くん。キッドのねらいは、この、会場の見取り図だったのね」
「しかも、詳細なね。原案と決定稿はほとんど変わりがない。有るとすれば非常口の違いぐらいで、他はほとんど変わらない。非常口にしたって、ほとんど変わらない。もし、奴が俺たちの中にいるのなら、この決定稿は予定内の範疇だろう?」

「どうするの……」
「本部の決定事項を俺たちは知らない。それをまず確認しよう。せっかく、中森警部が怪盗キッドをとらえるチャンスをくれたんだ。確認してからでも遅くない」
「そうね。青島くんとしては、…何か、策ある?」
「あるといえば、ある。でも、本部次第?って奴かな?」

 そう言う僕にすみれさんは首を傾げた。

 

 

***

 

 

「一般人は出ていけ〜!!」

 中森警部の様子がぴりぴりし始める。
 と同時に、警官は会場の各場所に配置始める。

 今の時刻は午後6時半。
 閉場の時間だ。

 本来の閉場は9時だが、今日はキッドの予告日のために、6時半には閉鎖する。
 外はまだ明るい。

 日の入りまでは、まだ1時間近くある。
 にもかかわらず、中森警部は一人、ピリピリしている。

「中森警部、すっごい顔してる。眉間にしわ寄せて怒ってる室井さんとどっちがましだろうね」

「そんなこと言ったら、室井さん怒るわよ」
「今、いないでしょ?」

 今、この場にいない室井さんを中森警部と比較してみる。
 黙って眉間のしわをいつもよりも、深くしている室井さんか、怒鳴り散らす中森警部か。

 どっちにしろあまり、近寄りたくない。

「真田一三さんのイベント、今日はカットの様ですね」

 資料を見ながら、工藤君が近寄ってくる。

「やっぱり、予告時間とほぼ同時刻だからね。とはいえこのイベントを楽しみにしている人も多いだろうに…」
「それよりも、キッドの方を楽しみにしている人が多いみたいですよ?」

 工藤君は苦笑いしながら、客の姿を見つめる。

 そこには『怪盗キッド』のコスプレをした人がいた。
 中森警部が見つけて何か注意している。
 もちろん、鼻確認済みだ。

「あんな連中にうろつき回られたら、ホント迷惑よね。キッドだって疑っちゃう」

 そう、すみれさんがつぶやいたときだ。

「それだけ、怪盗キッドが人気有るって事ですよ」
「ゆ、雪乃さん」

 資料を持って、雪乃さんがやってきた。
 その後ろには真下の姿も。

「真下、お前また来たの?いい加減、本店に」
「中森警部に言ったんですよ。僕もお手伝いしますって。先輩、怪盗キッドの事は本庁でも話題の一つなんですよ。それに、先輩とすみれさんが絡んでいるって言ったら、本庁の皆が『お前、行ってみてこい』なんて言い出して」

 なんて、真下はへらへら笑っている。

「真下さん、どこにいたんですか?探したのにいないから」
「雪乃さん、スイマセン。またはぐれたみたいですね。今度から、手をつないでいましょうか」

 真下のその言葉に僕達の周りは一瞬止まる。

「真下…、お前何言ってるの?」
「何って僕はそうなればいいなぁと思うことをいっただけで…」
「真下君、セクハラで訴えられるわよ」

「真下さん、最低」

 僕とすみれさんと雪乃さんに責められて、意気消沈の真下。

「……大変ですね、真下さんも。がんばってくださいね」
「……ありがとう…工藤君」

 苦笑しながら励ます工藤君に真下も苦笑いをした。

「コレより、身体検査を行う!!!」

 中森警部がそう叫び、一人、一人鼻をつまみ上げていく。

「マジ?」
「中森警部のあれは、かなり痛いそうですよ」
「真下、人ごとみたいに言うなよ!」
「人ごとじゃありません」

 人ごとじゃない??
 真下はゆっくりとうなずき、視線を移動させる。

 そしてその先には…中森警部の姿が。
 ニヤリと微笑み、こちらに近づいてくる。

「青島、真下!こっちへ来い!!!」

 いや〜な、予感。

「青島くん、行ってらっしゃい?キッドかどうかの疑惑をなくすためよ」
「すみれさんも行こうよ」
「あたしはいやよ。痛いの嫌いだし」

「オレも嫌いだよ」
「ともかく、青島さん、真下さん、早く、行ってください」

 雪乃さんとすみれさんに背中を押される。
 助けを求めるように工藤君に目を移すと。

「僕もすでにやられてますから」

 と、笑顔で応える。

「先輩…」

「行くか」

 そう言ってた時だ。

「フフフフ、お前達が来ないから、このワシ直々に来てやったぞ!!!。コレより、身体検査を行う。覚悟しろ、怪盗キッド!!!!!!!」

 ギュウッ、中森警部に同時に鼻をつままれる僕と真下。

「な、中森警部っ」

 ギューーーーっっ!!!鼻をひねりあげられる、僕。

 僕?
 なんで、僕だけ?

「僕、警視です〜〜〜」

 そう、情けない声を上げて、真下は警部の手から逃れていた。
 中森警部より階級の低い巡査部長という立場の僕はじっと我慢するしかなかった。

 ……昇任試験、受けようかな。
 なんて頭の隅でそんなことを考えた。

「お前達は、キッドじゃないな。良しっっ」

 満足そうに、不満そうに、中森警部はまだ、つまんでない次のターゲットを探す。

「青島くん、鼻真っ赤。なんか、すっごい痛そう」

 自分には関係ないと言った感じですみれさんは僕の鼻を見つめる。
 ちょっとはいたわって欲しいなぁ、なんて思わず考えてしまった。

 

 

***

 

 



 午後7時20分。

 日の入りから、20分。

 ほとんど夜の闇につつまれはしたものの、まだ、薄明るい。
 会場内は電気が煌々とついており、闇という死角はとりあえずない。

 会場内にいるのは警察関係者ばかりで、一般の客はすでにない。
 その客達は他の観光客とともに会場の外にいる。
 彼らの目的のほとんどは怪盗キッドだ。

 もちろん『天使の歌〜共和国を救った歌姫〜』のドラマセットを見たいという人も多いが。

「もう、日が完全に暮れたわね」

 窓の方に目を向けながら、すみれさんはつぶやく。
 僕とすみれさんがいるのは、『天使の歌』のすぐ側。
 近くには工藤君もいる。

 このセット、実はフジテレビ局内に作られたものではなく、フジテレビの外の特設会場にたてられている。
 侵入は一般人でも可能な為、警察も協力して警備に当たっているのだ。

「月の入りまで…2時間か…。青島くん、見て。雪乃さん、かなり、そわそわしてるわよ。かなりのキッドファンなのね」

 入り口付近に真下と雪乃さん。
 確かに、雪乃さんにしては珍しく落ち着きがない。

「青島さん、柏木刑事はキッドファンなんですか?」

 工藤君が聞いてくる。

「らしいよ、本人は必死に隠すけどね」
「この分だと、真下君キッドに勝てるかどうか分からないわね」
「確かに」

「でも真下君、雪乃さんにプロポーズしたのよね」
「だけど、雪乃さん仕事好きだからねぇ。真下のこと一応は、気にしてるみたいだけど。5年越しの思いは叶うか!!すみれさん、賭けない?」
「何で?」
「明日のお昼、ラーメンおごりで」
「今夜の豪華ディナーをプラスしてくれるんだったら、やっても良いわよ」
「すみれさん、今日、給料日前だってばぁ!!!」
「え?そうだったかしら」
「そこの二人〜〜〜!!何してる!!!」

 中森警部からの怒声。

「すいませ〜ん」

 笑って誤魔化す。

「青島くんのせいよ。そうだ、お詫びとして豪華ディナーよろしくね」
「すみれさん。そりゃないでしょ」

 肩を落とす僕にくすっと笑い声が聞こえる。

「工藤君?」
「また中森警部にどやされますよ」

 工藤君の言葉に中森警部を見るとこちらをにらんでいる。
 それを見て、僕とすみれさんはよけいなことは言わないようにしようと心に決めた。

 外から聞こえてくる、ざわめき。
 持たされた無線からは『C.A.R.A.S』の特別車に詰めている茶木警視や本庁の人たちの声。

「いつ来てもおかしくない状況ね」

 すみれさんの言葉に黙ってうなずく。

 一種の緊張感はある。
 でも、その緊張感がとぎれたとき。
 もしかすると、キッドは来るのかもしれない。

『…っっ!!!キッドの姿発見。ハングライダーで降下中』

 無線から聞こえる声。
 場内がざわめく。

「来るぞ!!!!!」

 中森警部がそう叫んだ瞬間、会場内の電気が落ちる。

「何?」

 次の瞬間、体中に響く音と振動。
 窓ガラスの向こうに見えるのは…花火。

 確か、イベントには花火の打ち上げはないはずだ。

「……怪盗キッド……」

 すみれさんがつぶやく声。
 逆光に照らされ顔までは分からないが、間違いなくそこに怪盗キッドがいた。

「こんばんは、中森警部。残念ですが、頂いていきます」
「そう言うわけには行かない」
「おや、青島刑事ですか。でも、こちらもそう言うわけにはいかないんですよ」

 そう言ってニヤリとほほえむ。

 瞬間、からんと音がする。
 何?
 と思った瞬間、ものすごい音量と閃光が会場内に響き渡った。
 やつは『スタングレネード弾』を使用したらしい。
 そのせいで、眩しさに目はやられ、爆発音のせいで耳は機能しなくなっている。

「では、こちらは頂いていきます」

 近づいてくる足音。
 取り上げられるケース。

 防犯のためのブザーが鳴り響いているけれど、耳が聞こえなくなっているせいで、感じない。
 誰もが動けないでいる中、キッドは悠々と『天使の歌』を奪取していった。

『……くん、中森君!!!』

 無線から聞こえる声。

『中森警部!!!』

 ようやく、耳が元に戻ってきたらしい。
 ブザーはまだ、うるさくなっている。

『中森警部!!!』
「な、何だ!!!、誰か、ブザー止めろ!!!」

 ふらふらになって立ち上がりながら、中森警部が無線の声に応える。

『怪盗キッド、侵入した形跡、ありません!!!』
「何?」

 無線から聞こえた言葉に一同騒然となる。

「どういう事だ!!!」
『そ…それが…分かりません!!!』
『さがせっっ!!!何してるんだ!!!』

 茶木警視の声が無線を通して聞こえる。

『あっっ怪盗キッド、発見しました!!!北上中です』

 無線から聞こえる。

「お、追えー!!!」

「追います」

 中森警部の声と、雪乃さんの声が重なる。
 雪乃さんは窓枠を飛び越え、外に飛び出していく。

「雪乃さんっ」
「青島くん、あたし達も行こうっ」

 すみれさんの言葉に僕はうなずいた。

(…これは、何だよっ。…何考えてる?…新一か?中森警部じゃ、ねぇよな。青島刑事だとしたら……結構やるな)

『親愛なる、怪盗キッド様。貴殿が所望している『天使の歌』は我が手にあります。コレが欲しくば、夜8時30分、湾岸署屋上にてお待ちしています。怪盗ワイルドキャットv』

 

 

***

 

 

『怪盗キッド、まだ、見つかりません』

 無線から聞こえてくる声に相手はほくそ笑んでいるのだろうか。
 それとも、例のあれを見て驚いているのだろうか。

「……どうして、あなたがここにいるんですか?」
「……屋上から、見渡していたんですっ。怪盗キッドが見えるかもしれないじゃないですか」

 ある人物の問いに相手はそう応える。

「…それよりも、どうして真下さんこそ、ここにいるんですか?」
「それは、僕の台詞です、雪乃さんっ」
「だから、私は」
「……招待状を見たから。違うか?」

 そうして、僕は屋上へと出ていく。
 すみれさんや、工藤君も一緒だ。

「何、言ってるんですか?青島さん」
「先輩、…冗談なんですよね。工藤君」

 真下は未だに信じられないのだろう。
 正直言って僕やすみれさんも驚いている。

「雪乃さん、いや、君は怪盗キッドなんだろう?」

 僕の言葉に、雪乃さんは何も応えない。
 ただ、僕の言葉が信じられないといった風に僕を見る。

「私は、怪盗キッドなんかじゃ…」
「…最初、青島さんや、恩田さんから怪盗キッドが『Zero-Ark』と言うイベント会社に忍び込んだという話を聞いたとき。オレは、その理由に検討が付かなかった。すでに、ドラマ『天使の歌』のイベントが行われており、『天使の歌』が展示されることを知っていてもだ。だが、捜査本部の資料の中に『Zero-Ark』の名前を見つけたとき、つながった。お前は、『Zero-Ark』がイベントに関連すると知り、そして、イベント会場の見取り図、およびその中で行われる『真田一三ショー』の主催が『Zero-Ark』と知ったんだ」

 工藤君は、キッドにゆっくりとそう告げていく。

「だとしても、キッドが私だと言う理由にはなりません」
「……そう。でも、お前は柏木雪乃という人物の立場を利用して、『中森警部』の『確認』からまんまと逃げおせた。女性という立場を利用してな。女性だったら、男性である中森警部が鼻をつまみ上げて確認するって言うことはなかなか難しい。女性同士だとしてもそうだ」
「ちょっと待ってください。すみれさんがさらわれたとき、私はその場にいたんですよ」

 すみれさんがさらわれた時の話を『雪乃さん』は引き合いに出す。

「いたな。でも、あの時の怪盗キッドは、仮面をつけていた。雪乃さんがその場にいても、何ら問題はなかった。工藤君、怪盗キッドには仲間っているの?」
「いますよ。一人、確実にいることが分かっています。そして、キッドお前は真下刑事と一緒に行き、彼を巻くことで、一定の空白の時間を手に入れた。場所を指定したのは、お前だったよな」

「…真下と行った方はあの場から少し遠い所。空白の時間を手に入れるにはちょうど良いって言うわけだ」

 僕の言葉に、雪乃さんは黙り込む。

「一応、真下だって刑事だし、今は警視って言う立場だ。それなりに現場を踏んできている。それに、真下が雪乃さんの側からはぐれるなんて事、信じられないしな。それでも、違うって言うなら、痛いかもしれないけど、すみれさんに確認して貰う。いいね、すみれさん」
「あたしは、構わないわ。雪乃さんだったら、それはそれで良かっただろうし。どのみち、天使の歌はここにあるし」

 と、スーツのポケットをたたくすみれさん。
 黙り込んだまますみれさんをジッと見つめる雪乃さん。
 そして、ため息をつく。

「怪盗ワイルドキャットって誰?」

 ため息をついた雪乃さんから違う声が聞こえる。

「……ホントに、怪盗キッドなの??」

 すみれさんがそう言ったきり、絶句する。

「えぇ、そうですよ。証拠、お見せしましょう」

 そう言って、一瞬のうちに、その姿を変える。

 スーツとシルクハット、マントを白に染め上げ、シルクハットのアクセントの白いリボンとネクタイを赤で、スーツの下のワイシャツを青の衣装を身にまとい、その右にモノクルをつけた姿に。

「……本物だっ」
「親愛なる怪盗キッド様のくだりで始まる招待状をここに貼り付けたのは誰ですか?」
「案は、オレ。文章はすみれさん。湾岸署のワイルドキャットって言ったら、結構有名よ?」

 そう答える僕にすみれさんはにらみつけて苦笑する。

 文章考えるのに時間がかかっていたからだ。
 しかも、誰にも知られるわけには行かなかった。

「……いつ、変えた?この宝石。午前中は確実に本物だったはずだけど」

 怪盗キッドは偽物の『天使の歌』を頭上に掲げながら、聞く。

「変えたのは、閉場のどさくさに紛れて。お前や真下がいる所じゃ変える事は難しいから。もしものために、ドラマ用に作った『天使の歌』が役に立って良かったよ」

 そう、怪盗キッドが今手にしているのは偽物の天使の歌。
 本物はブロンズ像で胸に天使の歌の象徴である『ピンクサファイア』を取り付けているが偽物はプラスチックで作った像に、ガラス玉の『ピンクサファイア』を取り付けている。

 本物そっくりな理由は、像をフィギュア造形士に作ってもらったからだ。

「中森警部は…ご存じないようですね」
「いや、知ってるよ。もっとも、詳しくは言ってないけどな。知ってるのはお前を罠にはめるって言うことぐらい。多くの人に知られるわけには行かないからな。一応、湾岸署の事は湾岸署でって。正直、工藤君がいて、助かったよ」

 僕の言葉に工藤君は苦笑する。

 コレを思いついたとき、中森警部に言おうとした。
 でも、中森警部に言ったとしても、賛成して貰えるかどうかまでは分からなかった。
 工藤君からキッドを罠にはめたいから、少しの間だけ、天使の涙の防犯ベルをはずしてくれと頼んで貰った。
 もっともその時、工藤君は鼻をつまみ上げられてしまったそうだが。

 ま、結果オーライって事で。

「…オレとしたことが失敗したよ。持った瞬間、疑問に思ったが、さすがに、そのまま置くわけにも行かないし。取ってきたことが逆にあだになったようだな」

 そう言って、キッドはため息をつく。

「……キッド、どうしてお前はビッグジュエルを狙う」
「月夜の晩に、それをビッグジュエルを掲げれば分かる。ヒントはここまでだよ、名探偵」

 工藤君をゆっくりと見る怪盗キッド。

「……何にも起こらないわよ?」

 すみれさんは天使の歌をポケットから取り出して、今、沈みそうな月にそれを掲げる。

「っ……何も…起きないんだったら。それは私が望んでいたものではありませんよ。恩田刑事、不用意に行動しない方が安全ですよ」
「どういう意味?」

 思わぬ言葉を吐きだしたキッドにすみれさんは首を傾げる。

「……大切な方を危険な目に遭わせたいのですか?その方を守れなくても良いんですか?」

 少し、悲しげなキッドの表情。

「……キッド、お前には大切な人がいるのか?守りたい人が」
「ありますよ。青島刑事。たった一つのもの。何ににも代え難い。青い、青い、綺麗な、本当に綺麗な、宝石。壊れそうなのに、華奢なのに、強くそこにある。それを守るためだったら、何だってやる。…あなたにもあるんじゃないんですか?…名探偵、お前にもあるよな」

 キッドの小さなつぶやきは、強く、心の中に響いていく。

 たった一つ、守りたいもの。
 視界の中にたった一つのモノが入る。
 濡れ羽色の髪を持ったたった一人の人。

「……あるに決まってるだろう?たったひとつのモノぐらい。でも、それはきっと何かを引き替えにって言うのは絶対に許してはくれない。キッド、お前の守りたいモノもそうじゃないのか?」

 僕の言葉にキッドは宙を見上げる。

「…そうだろうな…そんな気がするよ。……本当は、あれを守るだけの方がいいんだ。あれを守るだけだったら、どれだけ良いか………。おっと、心の内を見せすぎたかな?この辺でショーはお仕舞いです。また、逢える時を楽しみにしています」

 自嘲気味にほほえんだ後、屋上から飛びだっていった。

 何かを守る前にしなくちゃならないこと。
 それが、奴がビッグジュエルを狙っている理由なんだろうな。

 何となく、そんな気がした。

「……そう言えば、ゆ、雪乃さんはどこにいるんですか?」
「…真下、雪乃さんに連絡した?」
「…風邪引いてるって言ってたんですけど…。ここに来たら、元気だったんで、あぁ、直ったんだぁって思ってたんですけど」
「……真下君」
「はい…」
「電話しろ」
「は、はいっっ!!!!」

 やっぱり、あの時、キッドは簡単に真下のことまけたのかもしれない。
 情けない真下を見て、そうため息をついた。