「おはようございます」
雪乃さんが入ってくる。
「なんか、みなさんに迷惑かけちゃったみたいで、ごめんなさい」
刑事課に入るなりそう言う雪乃さんに気にするなと皆が声をかける。
「青島さん、すみれさんもスイマセン。なんか、熱出ちゃって、湾岸署に来ない間に、とんでもないことになってたんですよね。知り合いの人の所で倒れちゃって、その人がお医者さん呼んでくれて、そしたら、絶対安静って言われちゃったんです」
そう言って、雪乃さんはうつむく。
そう言えば、このところ、雪乃さんは体調がおかしかった。
今も、少し鼻声だ。
連続窃盗事件が起こる前まで、刑事課は細かい事件に忙殺されていた。
その最中に風邪を引いたのでなかなか直らなかったのだという。
非番の日でも、そうのんびりと休んでられない…。
なんて事が続いたから、一気に過労へと爆発してしまったそうだ。
「2,3日ホントに動けなかったんですよ?真下さんから一回メールが来たんですけど、それに返事するのがやっとで」
「どうやら、それを利用されたみたいだよ、雪乃さん」
「そ、そうなんですか。で、青島さんとすみれさんって怪盗キッドに逢えたんですよね」
「まぁ…ね」
「うらやましいなぁ」
ボソっと呟いた雪乃さん。
思わず。すみれさんと顔を見合わせて、そして、雪乃さんを見る。
…やっぱり、雪乃さんはキッド好きだ。
キッド、かなり精巧に雪乃さんに変装したらしい。
「そ、そうね。まぁ、いろいろあったけどね」
「真下さんも逢ったって言ってました。でも、詳しいこと教えてくれないんですよ。真下さん。青島さん、教えてくれますよね?」
「へ?」
「青島さん?じゃあ、すみれさん」
「…えっ…」
雪乃さんの言葉にもう一度すみれさんと顔を見合わせる。
正直、あの時の事は言いたくない。
すみれさん、さらわれたし!!!
雪乃さんに化けたキッドの奴すみれさんに抱きついたし!!!
なんか、思い出したら、腹立ってきた!!
「雪乃さん!!!」
刑事課の入り口から騒がしい声が聞こえる。
「ま、真下さん、どうしたんですか?」
真下が、何故かいる。
「真下、何しに来たのお前」
「室井さんのお供ですよ。それよりも、雪乃さん、元気になったんですね。良かった」
そう言って、真下は雪乃さんに抱きつく。
あっけに取られる湾岸署内と刑事課内。
「……あぁ、本物の雪乃さんだぁ〜」
「……真下さん」
「何ですか?」
雪乃さんの呼ぶ声に、真下は少しだけ、雪乃さんを離す。
「真下さん、最低!!!!」
気持ちいい音が、署内に響き渡った。
「綺麗に、入ったわね。雪乃さんの平手」
「まぁ、真下も本望じゃないの。これで、当分雪乃さんからのいい返事はないな」
「それ言えてるわね」
刑事課内から出ていく雪乃さんを追う真下を横目で見ながらすみれさんと話す。
「青島くん、豪華ディナー楽しみにしてるから。あたし、和食が食べたいなぁ。青島くん知ってる?加賀屋って言う和食屋さん。能登半島にある老舗旅館の直営店なんだって。季節会席料理。今の季節はやっぱり、鰹よねぇ」
……前、そこランチに食べに行きませんでした?
お昼懐石って言うのをおごらされた記憶が…あるんですが。
「相変わらずのようだな、君たちは」
珍客万来だ。
眉間にしわを寄せている室井さんが、刑事課の入り口に立っていた。
「真下は雪乃さんに誤りに行きましたから、まだ戻ってこないですよ」
「いや、今は君たちの顔を見に来たんだ」
僕とすみれさんを見る、室井さん。
「な、なんすか?」
「また、何かやったそうだな」
「またってねぇ、人聞きの悪いことやめてくださいよ」
「そうですよ。青島くんはともかく、あたしは何もやってないですから」
「すみれさん、すみれさんも共犯なんだけど」
「…だから、こうやって始末書書いてるんでしょ!!!!!」
「…確かに」
僕とすみれさんのやりとりを見て室井さんは表情を微かに崩す。
「中森警部が言っていた、追いつめたのに、どうして捕まえなかったのかとな」
「…逃げられちゃったって言うか…その件に関しては、言い訳しないっすけどね」
結局、捕まえることは出来なかった。
って言うか、しなかったって言う方が正しいかもしれない。
考えてみれば、最後はキッドの正体を暴くって言う方がメインになっていたかもしれない。
捕まえることは二の次で。
「言い訳をしない。君らしいな、青島」
「どういう意味っすか?」
「でも逃げられちゃった言い訳したらみっともないだけよ」
「あのねぇ」
「何しに来たんですか?室井さん」
「なに、神田署長に話のあったついでに、君たちの顔を見に来ただけだ。元気そうで、よかった」
そういって室井さんはきびすを返す。
「室井さん。そろそろ」
観光課の方から真下が呼びに来る。
雪乃さんも一緒の所を見ると、どうやら仲直りは出来たのか?
「もう、そんな時間か…。では、この辺で失礼する。また、来る」
そう言って室井さんは刑事課を出ていく。
「室井さん、心配してみたみたいね〜。青島くんがへまやったんじゃないかって」
「すみれさん、オレ何もへまなんてしてないでしょ?」
「そうだったかしら」
「すみれさん」
「何?青島くん」
僕のにらみにすみれさんは笑ってかわす。
「青島さん、これ、青島さん宛なんですけど」
圭子ちゃんが封書を持ってくる。
「誰から?」
「さぁ、宛名はない見たいなんですけど」
表書きにはワープロ文字で『湾岸署 青島俊作巡査部長殿』
後ろには何も書かれてない。
封書を閉じていたのは、シール。
このシール…。
見覚えのある三角の中に四つ葉のクローバー。
「ちょっと、青島くん、これ…」
「…怪盗キッド…?」
…また、予告状?
封書を慎重に開ける。
「なんて、書いてあるの?青島くん」
すみれさんがせかす。
「待ってよ、今読むから。親愛なる、青島巡査部長殿。先日は大変お世話になりました。見たところ…」
「…ちょっと、青島くん、なんて書いてあるのよっ」
すみれさんが詰め寄ってくる。
…って言うか、読ませて聞かせられないって、この文章!!!!
「なんて書いてあるのよ、読ませなさい!!」
「駄目だって、すみれさん」
すみれさんから逃れるために、刑事課を出て屋上に出ていく。
っつーか、キッドの奴、なんでこんなの送りつけてきたんだよっっ。
恨みかよっ!!!!
……まいった。
『親愛なる、青島巡査部長殿。先日は大変お世話になりました。見たところ、猫を手名付けている様ですが、のんびりとしていたら、手に入るモノも、入らないと思いますよ。そろそろ、餌付けも難しくなっているようですし。この分では、どこぞのドーベルマンの所に行かないともかぎりませんよ。お節介とは思いますが、忠告でも。怪盗キッド』