Rhythm Red Beat Black

招待

 蜂の巣をつついた状態ってこう言うことを言うんだろう。
 湾岸署は上へ下への大騒ぎとなっていた。

 予告状が来たのは僕たちがキッドと会った2時間前。
 ちょうど、盗難事件からの帰りで、傷害未遂現場から戻ってきた雪乃さんと真下たちと会った時だ。

 携帯切ってったっけ?

 考えてみてもしょうがない、とりあえず、刑事課に戻ることにした。

 工藤君はまだいる。
 どこか、楽しそうだ。
 キッドと対峙するときはいつもわくわくするそうだ。
 そんなものかな?

 まぁ、事件と向き合ってるときはわくわくしたりするから、人のこと言えないか。
 工藤君も根っからの事件体質だって言うし。

「…分かった。迷うなよ。……っって…ワリィ。ともかく、待ってる」

 今まで電話していた、工藤君がケータイを切る。

「誰から?」
「……家からです。どうやら僕にも予告状が来たみたいですね」

 湾岸署の2階への階段を上りながら工藤君は言う。

 蜂の巣をつついた状態って言っても、まだこの辺は落ち着いてる様で、怖いのはこの先の観光課(しっかし、何で観光課が2階に有るんだ?)と刑事課だろうと予測をつけてため息をつきたくなった。

「青島さん」

 観光課の前に入る直前、観光課の婦警の一人の圭子ちゃんが僕達を見つける。

「…課長が待ってま………ああああああ!!!、工藤新一っっっ!!!」

 圭子ちゃんの叫びは一瞬にしてあたりを騒然させる。

 工藤新一、超が付くほど有名な高校生探偵。
 しかも、関わった事件で迷宮入りになったことはないと言うぐらいの人物。
 結構、もてる顔の男の子。

 彼が自分たちと居ると言うことをうっかり忘れていた。

「あぁ、ちょっと、ごめんねぇ。俺たち、忙しいから〜」

 営業スマイルをまき散らしながら、刑事課へとすすみたいのは山々なんだけど…。

 人多すぎだから。
 ホントに。

「相変わらず、人が多いですねぇ」
「真下、お前ねぇ、そんな他人事みたいに言うなよ」
「あ、スイマセン」

 真下とため息つきながら、人をかき分け、すすんでいく。

「はい、ちょっとごめんなさいねぇ。 通してくださいね」

 雪乃さんとすみれさんの交通整理(ほんと交通整理)のおかげで刑事課に到着する。

「いつも、こんな風なんですか?」
「まぁね。署長の趣味で、観光課なんて出来ちゃったから、人多くってねぇ。大変だよ」

 観光課を作ったのは署長の趣味。
 世の中はグローバルだって言いながら。

 本人言ってる意味分かってるのかが謎だけど。

「ただいま戻りました〜」

 刑事課に到着し、僕はいつも通りの挨拶を刑事課の課内に響き渡らせる。
 一カ所…に集まっていた課内の人間が一斉にこちらを向く。

「えっと………」

 一カ所…課長の机に集まっていた人間達は僕達をじーっと見つめる。

「すみれさん、どうしよぉ」
「……青島君のせいよ」
「ちょっと待ってよ。どうしてオレのせいに」
「青島君、自分がトラブルメーカーだって事忘れてない?」
「…だって、事件がオレを呼ぶんだもん。しょうがないでしょ?」
「あのねぇ、30過ぎのもう、40近い男が、もん、なんて言わないでよっ」
「すみれさん、オレまだ36だからっ」
「12月になったら37でしょ?」

 小声で言い合う、僕とすみれさん。

 不意に咳払いが聞こえる。
 雪乃さんと真下があきれ顔で僕とすみれさんを見ている。

「……青島さん、すみれさん、話の論点がずれてます」

 ……雪乃さんに指摘されて気が付く。

 そして、ゆっくりと刑事課の面々の方に顔を向ける。
 すると、道が出来ており、課長の前に来いという合図がそこら彼処から出ていた。

「青島君、すみれ君、ちょっと。時間ないんだから」

 呼ばれて僕とすみれさんは課長の前に向かう。

「うわぁ、工藤新一!!!!」
「わたし、ファンなんだよねぇ」

 背後からそんな声が聞こえる。

 盗み見ると、工藤君は刑事課の面々果ては制服警官にまで取り囲まれていた。
 …ミーハーばっかり。

「君が工藤新一君かい?君のお父さんに良く似てるねぇ」

 工藤君を見て課長は話しかける。

「課長、用がないんだったら、俺達は行きます。キッドから俺達に何か来たんじゃないんですか?」
「そうだよ。来たんだよっコレが!!!!!!」

 そう言って、課長は僕とすみれさんに封書を渡す。

 宛名は僕の方には『湾岸署 青島俊作巡査部長殿』、すみれさんの方には『湾岸署 恩田すみれ巡査部長殿』となっていた。
 後ろを見ると、封蝋(よくヨーロッパの方で手紙を封印するのに使ったあれだ。今でもこういう招待状とかで見られる)がされており、雪乃さんと真下曰く、

「コレ、怪盗キッドトレードマークの一つです」

 と言う三角形の中に四つ葉のクローバーがあしらわれていた。
 すでに課長達が中身を見たらしく、はさみを入れられ開けられていた。

 半分の折られて入っていた上質紙に打たれた文字はワープロ字。
 正確なところは分からないが、もしかするとパソコンかもしれない。
 そして文章の最後にはキッドのもう一つのトレードマークと言うべきキャラクターが印刷されていた。

「湾岸署の青島刑事へ。草木が呼吸するとき、太陽が眠り月が眠る時、天使は歌を歌い始める。草木の呼吸がもっとも短い日に、お逢いしましょう。怪盗キッド。……すみれさんのは?」
「同じ文面よ。宛名が私になってるくらい」
「そして、僕の所にも来ました」

 工藤くんの方を見ると一枚の紙を持っていた。
 後ろには蘭さんの姿も見える。

「…内容は青島刑事と恩田刑事に来たのと同じものです。一つお聞きしますが、フジテレビにも来たとおっしゃってましたね?」

 課長に話しかける工藤くんに課長は緊張する。

「そ、そうですが」
「出来たら、そちらを見せていただきたい。そして、今回予告状が送られている物全てを照らし合わせたいのです。構いませんか?」
「……い、今、中森警部が見ております。これから、記者会見とその後、特別捜査本部が立ち上がります。出来れば、工藤新一さん、あなたに」
「…会議に出席して欲しいと言うことですか?僕は構いませんよ」
「では、まずは記者会見が行われる会場に向かいましょう。すでに茶木警視がお待ちですからな」

 そう言って課長は工藤君を連れて行ってしまった。

「特別捜査本部ってそんなの立ち上げるぐらい大事なの?」
「大事も大事だよ」

 すみれさんの疑問に中西係長が応える。

「警視庁捜査2課の連中にとっちゃ、怪盗キッドを捕まえるって言うことは彼が狙ってきた宝石を守ることより最優先だからね。盗まれようが、捨てられようが関係ない。まぁ、各国の警察を手玉に取ってきてるから…。コレで何度も盗まれたら日本警察の沽券に関わるって言うんで、普通よりも、躍起になってるんだよ」

 躍起…ねぇ。

「中森警部って言う人がまたすごい人でね。怪盗キッドを捕まえることに一生をかけているって言うか。その人の執念が捜査2課全体に影響を与えてるみたいでね。そのせいかもしれない」

 しみじみ言う中西係長。

「いや、でもあれはすごいよ。捜査会議に出席してみると分かるよ。異常な熱気がね」

 そう言って中西係長は資料をまとめて、会議が行われる大会議室に向かう。
 ちなみに、茶木警視って言うのは捜査2課の課長だそうだ。

「ともかく、あたし達も行きましょう」
「恩田君恩田君恩田君!」

 会議室に向かおうと思ったとき、先に行ったはずの中西係長がいつもの様にすみれさんを三連呼して戻ってきた。

「どうしたんですか?係長」
「これ、一応目を通しておいて。フジテレビとうちにきた怪盗キッドからの予告状だから」

 そう言って2枚のコピーをすみれさんに渡す。

「じゃあ、遅れないようにねぇ」

 刑事課の中はすでに会議に向かった人が多く人もまばらで、今、湾岸署が置かれている状況を把握していないのは僕、すみれさん、雪乃さん、そして真下の4人だった。

「コレが…予告状」
「会議室に行きながら見ましょう。会議に遅刻なんてしゃれにならないから」

 すみれさんの言葉で僕達は会議室に向かう。

「これが、フジテレビ。こっちが湾岸署あて」
「すみれさんや、先輩宛にも来たんですよね」

 真下がフジテレビ宛のを見ながら言う。
 ……???

「何で、真下お前いるの?本店に戻れよ」

 今まで何とも思わなかったけど、真下は所轄の人間じゃなくって、今は本庁の人間。
 たまたま、湾岸署に来て、雪乃さんと傷害未遂事件の現場に行って戻ってきただけで、すぐにでも戻らなくちゃならないだろうに。

「まぁ、良いじゃないですか。僕はネゴシエーターですから。『怪盗キッド』から電話があったときに便利ですよ」
「ありません」

 真下の言葉に雪乃さんは素早く訂正する。

「キッドは全て予告状にその意味を、メッセージを込めてきています。だから、キッドからの電話はあり得ません」
「でも、もしかすると交渉が必要になるかも…」
「あり得ません」
「でも〜」
「良いじゃない。真下君いたって。違和感ないんだから」

 雪乃さんの言葉になおも食い下がる真下を見ながら、すみれさんは『違和感ないんだから』の一言だけですます。

「僕、キャリアで本店所属なんですけど」
「ともかく、そんなことよりも、会議室に行きましょう?予告状見る時間なくなっちゃったわよ」

 そう、真下にとどめをさしてすみれさんは颯爽と会議室へと向かっていく。

「真下、雪乃さんのそばにいたいんだったら、早く来いよ」
「今行きますよっっ。って言うか、相変わらず、失礼な人たちだよなぁ」
「真下っっ」
「は、はい!!!」

 よけいな時間を食いながら会議室へと向かった。

 

 

***

 

 

「コレより、特別捜査会議を開く!私が今回の捜査指揮をとる警視庁捜査2課の茶木だ。早速、怪盗キッドの今までの経歴を発表してくれ」

 茶木警視の言葉に本店の捜査員が説明していく。

「怪盗1412号。通称怪盗キッドの犯行は現在まで134件です」
「うち15件が海外でアメリカ、フランスドイツなど12カ国にわたります」
「盗まれた宝石類はのべ152点。被害総額は387億2500万円です」

 聞けば聞くほど、事は大事だったのだと思い知らされる。

「その、怪盗キッドから先日新たな予告状が届いた」

 茶木警視の言葉に前の本店の刑事達が居る所から声が挙がる。

「草木が呼吸するとき、太陽が眠り月が眠る時、天使は歌を歌い始める。草木の呼吸がもっとも短い日に天使の歌姫を頂きに上がります。怪盗キッド。とある。天使の歌姫とはフジテレビ特別展示会場に展示される『天使の歌』の像につけられた、ピンクプレゼンス。世界最大の宝石ピンクサファイアの事である」

 モニタに映し出される『天使の歌』。
 羽を広げた天使がうたっている様に見えるその像は全長15センチぐらいでそれほど大きくない。
 だがその胸につけられているピンク色のサファイアは直径5センチの大きなサファイアだった。

「あれが世界最大のピンクサファイア」
「ビッグジュエル。そう呼ばれる宝石群の一つです」

 宝石に感心している僕達に真下が説明する。

「お前、詳しいね」
「まぁ、いろいろ調べてますからねぇ」

 何を調べているのやら。
 そんな雑談をしている間にも捜査会議は続く。

「先日プラント共和国より貸し出された宝石で、共和国を救った歌姫、理恵・A・クライン彼女をモデルにして作られたと言われている。その彼女のドキュメンタリードラマ『天使の歌〜共和国を救った歌姫〜』を制作したとして、共和国より、フジテレビに貸し出されることとなった!そこで、暗号の内容だが中森君」
「はい」

 茶木警視に呼ばれ、中森警部が席を立つ。

「草木が呼吸とは草木が呼吸をするのは夜と言うこと。太陽が眠りに入り、月が眠るとき日の入りおよび、月の入りの事をさす。草木の呼吸が一番短いというのは夜の時間が一番短いと言うこと。つまり、夏至の日。そして、今年の夏至の日つまり21日の日の入りは19:00分。月の入りが21:47分。天使の歌姫とはもちろん、フジテレビ特別展示場に展示されている『天使の歌』の像である。つまり、この予告状はイベント展示の最終日6月21日の夏至の日の19:00分から21:47分の間にキッドが取りに現れると言う意味だ」
「おおおおおお」

 中森警部の推理にまたもや前の方から歓声が上がる。

「今回は特別に高校生探偵として名高い、名探偵である工藤新一君にも協力を願った!!」

 全員の視線が工藤君に集まる。
 ……すごい熱血ぶりだ。
 工藤君が苦笑しているのがここからでも分かる。

「今回の我々の目的はあくまでも『天使の歌』の死守。たとえ、やつを取り逃がしたとしても『天使の歌』だけは…」

 突然、中森警部が茶木警視からマイクを奪い取る。

「な〜んて甘っちょろいことは言ってられん。『天使の歌』は二の次だ!いいか者ども。我々警察の誇りと威信にかけて、あの気障なコソ泥を冷たい監獄の中に絶対に、ぜーったいにぶち込んでやるんだ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 歓声が前から上がる。
 一課とは雰囲気が違う。
 その異様な熱血ぶりに、思わず、引いてしまう。

「係長の言った通りね。2課は『怪盗キッド』を捕まえることにかけて生命かけてるって」

 とは言っても、かけすぎだろう?

 

 

***

 

 

 会議室から戻って所轄の仕事を見る。
 僕達所轄の仕事は会場外の警護。

 会場内は本店の警官で占められていた。
 会場全体を例の『C.A.R.A.S(Criminal Activity Recognition Advanced System:犯罪活動高度認識システム)』のカメラを設置し、そのモニター室には本庁の刑事が張る。

 結局は、会場内の警護はさせて貰えないらしい。
 従って、キッドを捕まえるなんて事も俺たちには出来ない。

「ここに、青島刑事と恩田刑事がいるなっ」

 大きな声が、刑事課内を包む。
 発生源は、怒りに身をやつしている、中森警部だった。

「な、何ですか?」
「お前か!!!青島というのはっ」
「そ、そうっすけど。何ですか?」
「噂はよく聞いている。捜査本部をよく引っかき回すそうだな」
「いやぁ…」
「ろくな事言われてないわね。青島くん」
「すみれさん」
「こりゃ失敬」

 僕とすみれさんの会話を見て中森警部はすみれさんに問いかける。

「おい!!、君か、恩田刑事というのは」
「そうですけど…」

 僕とすみれさんを確認して中森警部はため息をつく。

「お前達二人に、特別任務だ。このワシ、直々の命令だ!お前達にも予告状が来たそうだな。工藤新一君から聞いた。予告状が来たんだ、お前達にもワシと一緒に宝石の警護に当ってもらう!いいな!」

 そう、言うだけ言って、中森警部は本部に戻っていく。

「コレが、資料です」

 中森警部の部下の人が僕とすみれさんに資料を渡して同じように戻っていく。

 工藤君が中森警部に言ってくれたのかな?
 そうでなきゃ、僕達所轄が本店のメインの仕事を手伝わせて貰えるわけがない。

 そんなことを思いながら、渡された資料に目を落とす。
 資料には今回のスペシャルドラマに属したイベントの内容、会場の見取り図などがかかれていた。

「署長、知っておりますかな?怪盗キッドを見分ける方法」

 いつの間にかスリーアミーゴスなんて名称を付けて署内をうろつき回っている三人が刑事課にやってきた。
 スリーアミーゴスというのは湾岸署の神田署長、秋山副署長、そして刑事課袴田課長の3人組だ。

「何?どうやって見分けるの?変装の天才なんでしょう?」
「聞くところによりますと。こう鼻をつまんでギュウーっっとひねるんだそうですよ」
「何するの、秋山君」
「それは署長が怪盗キッドかどうか確認するためでございます」
「僕は、怪盗キッドじゃないよ」
「いいではないですか。これで署長の『怪盗キッド』疑惑も晴れますぞ」
「痛いよ。秋山君、君ねぇ。君が怪盗キッドじゃないのかいっ」
「わ、私はそんな怪盗キッドでは」
「署長、確かめてみなくてはなりませんぞ」
「そうだね」
「ぎゃああ。署長、痛いじゃないですかぁっっっ」
「秋山副署長の疑いも晴れましたな」
「…袴田君、袴田君がキッドじゃないのかい」
「署、署長、私はぎゃああああ。署長こそ」
「ぎゃああああ秋山君こそ」
「ぎゃああああ袴田君こそ」

 ………スリアミの三人は互いの鼻をつまんで引っ張りあって叫んでいる。
 何やってんだか。

 そんな、三人の様子を見ていた他の署員達も同じようなことを始めていた。

「緒方君」
「森下君」
「何をしようって言うんだい?緒方君」
「コレはこっちの台詞だよ森下君」

 緒方君と森下君は何故か互いに牽制しあっている。
 一瞬でも隙を見せたら鼻、つままれるな。

 予防のために鼻を隠して、資料を見る。

 資料にはたくさんの関連会社の名前も明記されていた。
 さすが、一大イベントというだけあって力入れている。

 フジテレビ、コレは今回のイベントの主催者。

 それから、共催の名前や……。
 ふと、一つの名前を見つける。

 ページをめくる。

 この資料は本部作成の資料。
 これじゃ、僕が探している物が見つからない。

「青島くん、ちょっといい?」

 すみれさんが僕を呼ぶ。

「何?」
「ちょっと」

 すみれさんは周りに気づかれないように僕を引っ張っていく。
 その手には本部の資料。
 僕の手にも本部の資料。

 すみれさんも気が付いたのかも知れない。

 

 

***

 

 

 引っ張ってこられたのは湾岸署の屋上。
 ここなら周りに誰もいないから聞かれる心配もない。

「青島くん」

 あたりを見渡している最中にすみれさんに呼ばれる。

「何?」

 すみれさんは僕のすぐそばにいた。
 ほとんど見下ろす位置。

 そこで、すみれさんは僕を見上げていた。
 そして、じっと僕を見つめる。
 いつもの事だけれど、こう言うときは、一瞬どうしようもなくなる。
 あえて、言わないように、しているけど。

「………す、すみれさん」
「青島くん……あのね…」

 不意に手が伸びてくる。

「す、すみれさん?」

 その手が僕の頬を……通り抜けて鼻…鼻?
 まさか…。

「す、すみれさん!!!!何するの、すみれさんっっ」

 すみれさんは、僕の鼻を思いっきり摘まみ上げる。
 頬にかかった一瞬、期待した自分が情けない。

「キッドかそうじゃないかの確認」
「すみれさん、オレはキッドじゃないよ。それよりもすみれさんがキッドじゃないの?」
「あたしは、キッドじゃないわよッ!!信じられないんだったら、証拠、見る?」

 そう言ってすみれさんは証拠を見せようとする。
 腕と、肩とその傷を…。

「すみれさんっっ」

 見せようとするすみれさんを僕は思わず抱きしめた。

「疑ってごめん。オレもキッドじゃないよ。オレもここに傷あるから、すみれさん、見る?」

 左の腰の所にふれる。

「……バカ……」

 すみれさんはそう一言つぶやく。

「……青島くん。皮肉だね…お互いの傷がお互いを証明する証になるなんて」
「でも、ここにすみれさんがちゃんと居る、証になってる」
「……青島くん……」
「…オレ、怖くってなかなか、直視できないと思うけど。それもすみれさんだし」
「…ちょっと、何で青島くんがあたしの傷を直視するのよっ」
「いやぁ、ねぇ」

 笑って誤魔化しておく。

「最低」
「ハハハハ。そ、それより。すみれさん、気づいた?」

 すみれさんを離し、本部から渡された資料を見せる。

「青島くんも気づいたのね」

 そう言いながら、すみれさんは資料のその部位に目を落とした。

 

 

***

 

 

「真下刑事、青島さんと恩田さんは」
「どこに行ったんだろう。雪乃さんは知ってる?」

 本部で新一はそばにいた真下に青島とすみれの行方を聞く。

「そう言えば、見あたりませんね?刑事課からすぐに戻るって言ってたのに…。探してきましょうか?」
「大丈夫ですよ」

 雪乃の言葉に新一は首を振る。

「中森警部、青島刑事と恩田刑事の二人に、資料は渡して貰えたのでしょうか」
「あぁ、渡したぞ、お前の言うとおりな」
「ありがとうございます」

 中森警部の言葉にそう応えて、新一は本部が作成した今回の資料に目を落とす。

「……だったら、大丈夫ですよ」
 そしてそうつぶやいた。
 

(さて、今回の仕事、さして難しくはなさそうだけれど、青島刑事と恩田刑事の居るところは一体どこかな?まぁ、どこだとしても、あんまり、問題はないけどな)

 静かな気配をキッドはどこからか見せていた。