Rhythm Red Beat Black

再会

 米花町2−2−1。
 通りから一本下がっただけで、一気に静かになるこの辺は高級住宅街で、近くには、鈴木財閥の会長鈴木史郎氏の大邸宅があることは有名な話だ。

 公務員という職業ではとてもじゃないけれど、住めない場所。
 事実、この高級住宅街で単なる公務員のサラリーマンは住んでいないらしい。

 有名な科学者や漫画家、女優や俳優、果ては政治家まで、この付近に住んでいる。
 結構な場所だ。

 その一角に、工藤君の自宅はあった。
 彼の両親と言えば、父親は世界的著名な推理小説家『工藤優作』氏、母親はアイドルから一気にトップ女優まで駆け上りあらゆる賞という賞を総なめにし、一気に引退してしまった今では伝説とまで言われる『藤峰有希子』と言うのだから驚きだ。

 実は、藤峰有希子はちょっとあこがれていた。
 彼女が結婚、引退してしまったときはショックだったのを覚えていたりする。

「私、工藤優作の小説ほとんど読んでるのよねぇ」
「全部読んでないの?すみれさん」

 工藤君の家の居間でそんな会話をする。

「読んでるわよっ。それに持ってるんだから。ただ、読む時間がないのっ!青島くんだって人のこと言えるの?」

 すみれさんの言葉に苦笑で返す。

 警察官という仕事柄、時間が不規則で、本を読む暇も、映画を見る暇もない。
 どういう訳か、警察官って言うのは社会派サスペンスもの刑事物果ては探偵、怪盗物まで、好きな人が多い。
 おそらく、そう言う物に影響されて『刑事』or『警察官』になる人間が多いのだろう。
 もちろん、それが理由ではない人もいる。

 僕とすみれさんは、どっちかと言えば、前者つまりあこがれや影響を受けてなったようなものだろう。
 もっとも、現実との差は過分にあるが。


 アリ過ぎって言いたくなる時もあるけど、少しは変わってきていると思う。
 変えてきてる人もいる。
 変えたいと思っている人もいる。

 それを受け入れられない人も、少なくはないが。

 全体的にはいい方向に向かってきているんじゃないのかな…。
 一応。

「お二人は仲がいいんですね」

 コーヒーを入れてくれている蘭さんが僕達の様子を見てそう言う。

「まぁ、一応、同僚だしね。でも、部署は違うのよ。あたしは盗犯係。青島くんは強行犯係だけどね。でも、大変よぉ?青島くんのおもり」
「ちょっと、すみれさん、おもりってどういう事」
「こりゃ失敬。見張りだわね」
「ますます、失礼」
「仲がいいんですね」

 僕とすみれさんの会話にもう一度、蘭さんは言う。

 このところ、よく言われることが多い。
 前も、言われてたけど、どうしてだろうか。

 …なんて考えるより、理由は分かってるんだけど。
 今は、まだ考えるのは良そう。

 僕も…そして、彼女もまだ落ち着いていない。
 あの時の『何か』がまだ残っている。

 だから、もう少しだけ。

「お待たせしました」

 工藤君が、資料を持って入ってくる。

「父が使っていた犯罪ファイルとオレがまとめた資料です。その前に、『連続窃盗事件』について少し話を聞かせては貰えませんか?」

 今のソファに座るなり、工藤君は僕達に言う。

「良いわ。最初に起こったのは2週間前。お台場にある運送会社『カエル急便』の事務所での盗難事件」

 すみれさんは手帳を開き、その詳細を語り始める。
 僕が、盗難事件の最初の事件を聞いたのはその時が初めてだ。


 すみれさんの話によると『カエル急便』で盗まれた物は、観賞用のプランター。
 手口は鍵を壊したもの。
 犯行時刻は未明。
 貴重な書類等は事務所の奥の金庫にしまわれていて、無事だったらしい。

 ただ、その金庫が超ハイテク金庫。

 一個の値段が莫大な金額。
 聞いたけど、悲しくなった。
 一年間給料使わなくっても買えない値段だ。

 まぁ、その値段プラス超ハイテクと言うだけあって、その金庫の装備はすごい。
 鍵と暗証番号、ここまでは普通だが、問題はその次だ。

 一般でも採用されるようなってきた『指紋照合システム』。
 人の指紋は一人一人違うことから採用されている。
 もちろん警察でも。
 いくら時代は進んだと言っても、やはり、人物を照合するのに、大活躍だ。

 で、その金庫にはその『指紋照合』システムが採用されていたのだ。
 全社員の指紋を登録というわけにはさすがに行かなかったらしく、登録したのは課長以上の人間。
 課長以上と言っても、わずか十数人でやっているファミリー企業の運送会社。

 登録しているのはわずか、3人ぐらいだ。
 警備会社に登録はしているが、そう言うところに金を掛けているため、防犯設備は一番安いものらしい。
 取り付け型のセンサーで入り口に入って数歩すすんでからセンサーがかかっている。
 犯行はその入り口からセンサーまでの間で行われたのだ。
 盗まれた観賞用のプランターは入り口付近に置かれていたらしい。

 そのため犯行には気づかず、朝に社員が出勤してきたときにようやく気づいたというわけだ。

「2件目も同じく、『カエル急便』。盗まれた物は捨てようとしていた花瓶。コレも同じく入り口付近においてあった物らしいわ。次の日の朝に社員がゴミ収集所の危険物入れにに捨てに行こう思っておいていたらしいの」

 3件目は『カエル急便』の事務所からさほど離れていない『WG印刷』。
 ここも、ファミリー企業。
 防犯設備も『カエル急便』とさほど変わりがない。
 その2日後に起きた4件目の事件もここ。
『WG印刷』で盗まれた物は何も入っていない植木鉢と園芸好きだという社長の愛用スコップ。

 5件目と6件目の事件がそこから少し離れた『株式会社 湾岸出版』、小さな出版会社。
 会社の規模も防犯設備も前の2件と変わりがない。
 盗まれた物は社員が隠し持っていたお菓子と使われたことのないセットの食器。

 買ったのは良いが、結局別の物を使っているらしく、意外にも高く付いたと愚痴られてしまった。

 そして、7・8件目の事件がすみれさんと行ったレストランの近くの小さなイベント会社の『Zero-Ark』の事務所だった。
 そこで盗まれた物は捨てるはずだった植木とジュースが入っていたペットボトルだった。

 こうやってみてると、犯人は一体何を考えているんだか分からなくなる。

「…なるほど。…恩田刑事、青島刑事。お二人には大変申し訳ないんですが」

 工藤君が僕達をに言う。。

「何?」
「怪盗キッドは犯人ではないですよ」

 意気込んで聞いたすみれさんに工藤君はあっさりと応える。
 まぁ、予想はしていたけどさ。
 じゃあ、怪盗キッドが犯人じゃないとして、彼は『怪盗キッドは』何故、あの場所にいたのだろうか…。

「犯人は…はっきりとは断定できませんが、この盗難被害にあった4つの会社と何らかの関係を持っていると思います。直接または、間接的に」
「………」

 工藤君の推理にすみれさんと僕は感心する。

「コレは組織的な保険金詐欺の可能性も否定出来ませんね。盗難保険には各社とも入っているようですし。鍵の損傷などで保険をくれる所もありますからね」
「ありがとう、工藤君。じゃあ、怪盗キッドは?何故キッドは『Zero-Ark』の3階にいたの?」
「そこまでは僕にも分かりません。ただ、彼の目的は『Zero-Ark』ではないのかもしれません。この件に関しては調べる価値有りますね。何かあったら、呼んでください」

 と、工藤君。
 工藤君の理路整然と話していく様を見ているとなるほどと納得する。
 さすが探偵。
 本店の人間が頼るのも分かる気がする。

 自分で解決できないのだから情けないと思ったりもするが、僕ら所轄はそう言う『事件』を自分で解決することを、することすらできないからなぁ。
 まぁ、今回、工藤君に協力して貰っているんだから、似たようなものか。

 

 

***

 

 

 工藤君の家に行ってから3日後、再び盗難は行われた。

 手口は同じ。
 鍵が壊され、内部に侵入。
 盗まれた物は、今までと違っていた。

 結構、たいした物。
 それでも社会的に重要か重要じゃないかと言えば、重要じゃない部類に入る。

 何かの懸賞で当たったマッサージ用具、ちなみに、前日に壊れて使えなくなってしまったもの。
 今まで1000円すればいい方のものが一気に単価が5000円まで上がった。

 ……やっぱ、あんまりたいした物じゃないな?

 とはいえ、盗難事件と言えば盗難事件。

「コレで、9件目。青島くん、どう思う?」
「…どう思うって言われてもねぇ。工藤君に言われたこと、調べてみた?」
「まぁね、調べては見たけど、共通するところ何もなし。そうそう、今回の会社の社長さん、『台場商工会』の会長さんだって」
「へぇ…」

 現場に向かう道すがら、すみれさんから話を聞く。
『連続窃盗事件』に関して僕は強行犯係から盗犯係へとレンタルされてる。

 って言うか、すみれさんのアシスタント化。

 幸いなことに、強行犯係の方では大きな事件は起きていない。
 そりゃ、軽い傷害事件は後を絶たないが、その場で解決することも多く、刑事事件になることは滅多にない。
 そのせいで、僕はすみれさんのアシスタントとして引っ張り回されている。

 とは言っても、今回の『連続窃盗事件』のみだったりするけど。

 事件現場は1件目の『カエル急便』からさほど離れていない場所で会社名は『弁天』、輸入会社だ。
 会社の規模も防犯も今までと一緒。

 これじゃ、お手上げだ。

「青島刑事に恩田刑事」

 後ろから声がかかる。
 見てみると工藤君がそこにいた。

「工藤君、どうしてここに、今日学校は?」
「今日は創立記念日で休みなんです(嘘)。例の窃盗事件が起きたというので、来てみたのですが…」

 そう言って工藤君は現場である弁天の事務所のあるビルの4階を見つめる。

「工藤君も一緒にどう?」

 その場を見てみたいという欲求に駆られている工藤君の様子を見たからだろうか、すみれさんは工藤君に声を掛ける。

「良いんですか?」
「構わないわよ、あたし達も今からだから」

 すみれさんの言葉に工藤君はうなずき、そして僕達は現場に向かう。

『輸入販売 弁天 事務所』そう印字されたプレートの張ってあるドアをあけ、入り口にはいるとすでに鑑識が入っていてその奥には盗犯係の緒方君がすでに入っていた。

「緒方君、お待たせ」
「お疲れさまです、すみれさんに青島さん。あぁ、工藤新一!!!!!!!」

 緒方君は工藤君の姿を認めた瞬間、興奮する。
 高校生探偵、工藤新一。

 その名は伊達じゃなく、その周囲にいた人を一瞬にして彼に集中する。

「僕のことはお構いなく、仕事を続けてください。その前に僕も、現場を見させていただいても良いですか?鑑識の方が撤収させる前に、全てを見たいので」

 そう言って、工藤君は社内を見回る。

 その間にすみれさんは、緒方君に詳細を聞く。
「状況は」
「はい。最初に気が付いたのは、社員が出勤してきてからです。例によって防犯ブザーはなっていませんでした。ただ、前日にそのマッサージ器具を使用した人によると、マッサージ器具は、防犯ブザーがなるような場所では使わないと言うんです」
「……?入り口付近では使ってないって事」
「はい」

 今までと一緒と思っていた事件が一変した。

「……って事は、犯人がマッサージ器具を盗み出すためには防犯ブザーのセンサーがかかっている所を通らなくちゃならないって事よね」
「…そうですね」
「………。どういう事?」

 そう言ってすみれさんは僕を見る。
 その顔は『まさか』と言う顔をしていた。

「内部犯?」

 僕が、すみれさんがなかなか言い出せなかった言葉を紡いだ瞬間。

『ジリリリリリリリリリリリッジリリリリリリリリリリリッジリリリリリリリリリリリッ』

 大音量のベルが鳴り響く。

「あぁ、それは、コレで止めてください〜〜〜〜」

 社員が大慌てで何かを持って入り口に向かう。
 その入り口には鑑識と工藤君。

「何よ〜コレ〜」

 大音量の中で叫んだすみれさんの声がわずかに聞き取れる。

「ぼう、はん、ベル、じゃないの〜」
「えぇ?青島くん!!!…あ、止まった」

 防犯ベルが鳴りやむ。

「スイマセンでした」

 入り口にいた工藤君がこっちに向かいながら言う。

「何だったの?」
「ちょっとした実験です。犯人の検討はつきましたよ」

 さりげなく言う工藤君の言葉に僕達は驚く。

「ホント工藤君?」
「えぇ。この犯行は、青島さん、あなたが行ったとおり、僕も内部犯だと思います」
「でも、鍵開けてるのは、今までと変わらない方法なのよ?壊し方は今までと変わってない。今回だけ内部犯って変じゃない」
「変じゃありませんよ。今までもやはり内部犯ですから。ただ、犯人は単独ではありません。複数犯です」

 工藤君の言葉にまたまた僕達は驚く。

「鍵をこじ開けた人物は同一人物でしょう。ですが、盗み出したのは複数です。その会社ごとの関係者。しかも、内部に詳しいものです。青島刑事、一つ質問してもいいですか?」
「何?」
「青島刑事は、たとえば、自分の会社の自分の部署の備品がどこにあるか、把握していますよねぇ。たとえば、次の日その備品が捨てられると言うこともだいたい把握できますよね」

 その言葉に僕はうなずく。
 備品はいわばその社内や部内共通の物。
 突然捨てられて、後で驚くこともしばしばある。

「昨日、捨てますよ、って言いましたよ?」

 なんて雪乃さんに時々言われる。

「不必要なもの、捨てるもの。今まで、犯人が盗んでいた物はそう言うものです。今まで事件は今回のをあわせると9件。あまりにも偶然すぎやしませんか?」

 確かにその通りだ。
 僕は最初に聞いたとき思ったんだ。

 何故、たいした物じゃないものばかり盗んでいくんだろうって。
 犯人は何がしたかったんだろうって。

 すみれさんは

「本命を取るときのために隠すため」

 と言うから、僕もそうだと思ったんだ。

「その本命というのはあながち間違いではないんですよ。僕は言いましたよね。『組織的な保険金詐欺の可能性もある』と。それも本命とは言えませんか?」

 ゆっくりと、工藤君は、『弁天』の社長『亀田隆夫』を見やる。

「……な、何ですか?」
「台場商工会の会長であるあなたならば、『カエル急便』の社長とも知り合いでしょうし、『WG印刷』や『湾岸出版』とも交流があるでしょう。そして、他の地区の商工会の会員である『Zero-Ark』とも交流はありますよね?」

 工藤君の言葉に『亀田隆夫』は視線をそらした。
 そして、自供する。
 工藤君の予想通り、彼が主犯格で各会社の関係者がその時の物を盗み、盗難保険をだまし取っていたのだ。

 …結局、この『お台場連続窃盗』事件は窃盗事件だけではなく、保険金詐欺事件も入り、検察庁の手によって調べられることになった。

「はぁ、検察庁行きかぁ」
「良いじゃない。一応、窃盗で立件は出来るんでしょ?」
「まぁね。そうだ、工藤君、ありがとう」
「いえ、お役に立てたようで」

 現場を撤収し、湾岸署に戻る前に、工藤君をテレポート駅まで送ることにした。

「工藤君の言うとおりだったね。『保険金詐欺』って事」
「重要な物が盗まれていないと言う時点でそう言う目星はつけていました。目的は他の所。本命を盗み出すためと言うことを考えられますが、その場合には、一度に大量の物を盗まれたときの方が正しいでしょう。そう言う点でも、盗むことが重要ではない。その過程または、結果によって生じるものが目的と考えれば、自ずと答えは見えてきますよ」

 なるほど〜。
 工藤君の言葉に僕とすみれさんは感心しきりだ。

「青島さんにすみれさん」

 声をする方を見ると、雪乃さんが小走りでやってきた。
 ついでに

「真下!?」
「真下くん?」

 僕とすみれさんの声が同時に上がる。
 雪乃さんの隣にいたのは、本店でネゴシエーターをやってるはずの真下だった。

 デート…って言うのはあり得ない。
 雪乃さんは今日は朝から出勤。

 朝、『弁天』に来る前にすみれさんと挨拶している。
 その後、警視庁から事件の入電があったのは無線で確認していた。

 傷害事件らしく、雪乃さんと係長が行ってるだろうと思っていたのだが…。

「雪乃さん、どうして真下が?」
「真下さんと一緒に現場に向かったんです」
「たまたま、署長に用があって、先輩が居ないようだったんで、僕と雪乃さんで現場に。やっぱり、現場はいいですねぇ」

 のんきな口調で言う真下に僕とすみれさんはあきれるやら、驚くやら。
 案外、ネゴシエーターって暇なのかもしれない。

「先輩、暇じゃないですよ。僕だって忙しいんです」
「青島さん、今回、真下さんすごかったんですよ。殺人になりそうな所を説得して、普通のけんかにしちゃったんですから。真下さんのネゴシエーターとしての力、すごいですよねぇ。そこは、感心しちゃいます」
「そこだけですか?」
「はい」

 無邪気な雪乃さんの物言いに少しだけ、がっかりしている真下。

 真下が報われるのは一体いつだろうねぇ。
 プロポーズしたらしいけど、雪乃さんに直接プロポーズはないと思うけどなぁ。

「そう言えば、工藤君、どうして君が先輩やすみれさんと一緒に居るんだい?先輩がすみれさんに引っ張られて盗難事件の現場に行ったことは雪乃さんから聞いてたけど」

 真下は不意に工藤君に気が付いて、話しかける。

「…あぁ、今回の盗難事件に関して少々気になることがあったんで、協力したんですよ」
「そうだったのか。この二人と居ると大変でしょう?僕もいろいろ大変だったんだよねぇ。すみれさんにはいろいろたかられるし、先輩には面倒ごとに巻き込まれる……………………………ッ!!!!!!いや、いい先輩だよ。うん、すみれさんはすてきな人だし、先輩もあこがれるなぁ」
「遅いのよ!!!!」
「そ、遅いんだよ。真下君」

 僕達がにらみつけた後、慌てて言葉を訂正し付け足した真下に僕とすみれさんは笑顔で詰め寄る。

 一応、『湾岸署の名物コンビ』ですから。
 捕まえた犯人数知れず、落ちて、自白した犯人も数知れず。
 あんまりうれしくない『湾岸署の名物コンビ』?

「いや……その……雪乃さん。助けてください」
「自業自得ですよ」

 情けない、真下の懇願は雪乃さんにあっさりと却下される。

「こう言うときにネゴシエーターとしての能力使えばいいのに」
「だってそんなこと言ったって〜」
「おごってくれるって言うんだったら、良いわよ」
「オレもね」
「私も」
「じゃあ、ついでに工藤君の分も」
「そうね。今回の件、手伝って貰っちゃったし〜」

 僕達の会話を聞きながら工藤君は苦笑い。

「そんな、先輩、すみれさ〜ん、ひどい」

 泣きそうな真下君を放って僕とすみれさんは何をおごって貰うか話し始める。
 人におごって貰う食事はやっぱりうまいもんだ。

 なんて言うときだった。

 不意に、頭上に陰がかかる。
 ゆっくりと見上げると、白いシルクハットに白いマント、そして白いタキシードに身を包つみ、顔には『仮面』を身につけた人物『怪盗キッド』。

「……うそ…」

 雪乃さんの声があがる。

「…怪盗キッドっ。どうしてここにっっ!!!」

 ニヤリ、と笑った気がした。
 顔全部を覆っている仮面。

 それなのにニヤリと口元が笑った気がしたのは何故だ。
 僕達は奴の次の行動に注意をする。

『弁天』からの帰り道は表通りではなく、裏通りなので、人は少ない。
 それが幸いしているのか、人は集まってきていない。

 不意に、遠くで花火の音がする。
 フジテレビで行われるイベントの花火音だ。

 そっちに一瞬気を取られた。

「きゃあっっ」
「すみれさんっ!」

 一瞬だった。
 その一瞬の隙をついて、すみれさんの体が攫われる。

「ちょっと!!離しなさいよっ」
「すみれさんっっ」

 僕の叫びも聞かず、怪盗キッドは僕をじっと見つめ、ハンググライダーで空へと舞い上がる。

「すみれさんっ」

 僕や、雪乃さん、真下、工藤君の声があがる。

「今日は風がそれほどないから、距離はそう稼げないはずです」
「この先で、誰にも見つからずに、着陸できそうな場所は」
「青島さん、この先に、建設中止の工事現場が二カ所有ります。一カ所はこの前の、事件で裏付け捜査で行ったあの場所なら、誰にも見つからずに、着陸できるかも」

 工藤君の言葉に雪乃さんが応える。

「雪乃さん、もう一つあるって言ったよね。僕達はそっちに向かおう。怪盗キッドはそっちにも行ってるかもしれない」
「そうですね。青島さん、私と真下さんはもう一カ所の方に向かいます。見つけたら、連絡します」
「頼んだよ」

 そうして僕達は二手に分かれる。
 一気に飛んでいった怪盗キッド。

 奴の姿はどこに行ったのか通行人は誰も気づかなかったらしい。

 僕が油断してしまったから、すみれさんはさらわれてしまった。
 すみれさん、無事でいて。

 

 

***

 

 

 不況の影響でそのままに放置されていた、建設途中の工事現場に到着する。

 雪乃さんからの連絡はまだない。
 僕と工藤君が来たこの場所と、雪乃さんと真下に任せた方は、さらわれた場所からの距離は若干違いがある。
 雪乃さんと真下が向かった方が遠い。

 だから、まだ付いていないのだと判断する。

 この、建設途中のマンション。
 ここは以前、犯人がアジトにしていた場所だ。
 あの時、僕はここで犯人がどうして警察のことを把握していたのか理解した。

 ここは…嫌な記憶を思い出させる。

 すみれさん、どこにいるの?
 ……落ち着かない。
 無事でいて。
 冷静に、冷静に。

 つぶやいていても、頭が回らない。

 すみれさん。
 すみれさんっ。

「……さんっ。青島さんっ」
「っ……。何?工藤君」
「…大丈夫ですか?どこか、つらいようですが」
「………大丈夫だよ。工藤君」
「…なら、良いんですが…」

 工藤君は、詳細を知っているのかもしれない。
 あの時の、あの事件を。

 吹き抜けになっているところに入ると 頭上に陰がかかる。

 見上げてみると、そこには太陽を背負い、白いマントをはためかせている怪盗キッドがいた。
 仮面ははずれて、モノクルを掛けているが逆光のため、表情は見えづらかった。

「すみれさんっ」

 キッドの腕の中でぐったりとした様子のすみれさんの姿が見える。

「キッド、すみれさんに何をしたっっっ」

 無事でいて。
 ぴくりともしないすみれさんの様子に不安を抱く。

 大丈夫だから、すみれさんは無事だから。
 そう、僕は心で暗示を掛ける。

 そうじゃなきゃ、不安でしょうがない。

 不安と戦いながら、僕はキッドに問いかける。

「眠って…いただいてるだけですよ」

 キッドは、すみれさんにゆっくりと視線を落とし、そう僕達にいや僕に向かって言う。

「すみれさんを返せっ」
「そう、あわてずとも、お返ししますよ、恩田刑事は。そんな風にかみつこうとするのはやめていただきたいですね。私は女性には危害を加えるつもりは毛頭ありませんし」

 どこか、人を馬鹿にするようにキッドは言う。

「青島刑事、私はあなたと直接お話ししたかっただけです。思った通りのなかなかの人物だと見受けました」
「ちゃかしてるつもりか?」
「いえ、ほめていると思ってください。今回は、強力な人物を味方につけているようですね」

 キッドは工藤君に視線を移す。

「どうやら、私も出方を考え直さなくてはならなくなりました。では、またお逢いいたしましょう。今度は舞台の上で」

 そう言ってキッドは姿を消す。
 そして、その場所には床に横たわったすみれさんだけ。

「すみれさんっすみれさんっ」

 声を掛け、抱き起こす。

「大丈夫ですよ。恩田刑事は、眠らされているだけのようです。すぐに目を覚ましますよ」

 すみれさんの脈を取っていた工藤君が言う。

 そのタイミングで携帯が鳴る。
 ディスプレイの表示は雪乃さん。

『青島さん、すみれさんは見つかりました?』
「見つかったよ大丈夫」
『良かったぁ。こっち大変だったんですよ。真下さんとはぐれちゃって。真下さん、どこにいたんですかっ。すみれさん、見つかったそうですよ。えぇ。青島さん、今から、真下さんと行きますっ』

 そう言って雪乃さんは携帯を切る。
 何やってんだよ、真下は。

 あれで本店でちゃんとやっていけてるのかなぁ?
 少し、不安になる。

「ん、ん、」
「すみれさん??」

 僕の声に、すみれさんは目を開く。
 そして、僕をぼーっと見つめる。

「すみれさん?」
「…青島くん…」

 目覚めたばっかりのすみれさんの声は少しかすれていた。

「何?」
「……おなかすいた」

 ………………。
 いつもの台詞が聞こえたような気がした。

「すみれさん、聞かなかったことにしても良い?」
「射殺されても良いなら」
「………はははは。はぁ、良かったよ。すみれさん」
「当たり前でしょう?何心配してるのよっ。あたしは、大丈夫。青島くん放って、どこか行くなんて出来ないわよ」
「すみれさん……」

 それって…。

「湾岸署のお荷物君。誰が面倒見るの?和久さん引退しちゃってからあたしの役目なんだからね。面倒掛けさせないでよね」
「すみれさん、今、面倒見てるのオレだから」
「こりゃ失敬」

 ……いつものすみれさんだ。

「…大丈夫よ。…あたしは、ここにいる。ちゃんと生きてるでしょ?だから、そんな顔しないっっ!!!!」

 そう言ってすみれさんは僕の頬をつまむ。

「泣きそうな顔してるわよ?」
「ごめん」
「……すみれさぁん!!!!!!!!!!」

 すみれさんが自力で起きあがったとき、雪乃さんと真下がやってきた。
 雪乃さんは半分泣いて、すみれさんに僕を押しのけて抱きつく。

 …なんか、ひどいよ、雪乃さん。

「もう、何泣いてるのよぉっ。雪乃さんまでぇっ。あたしは大丈夫よ。怪盗キッド、紳士だったわよぉ〜。青島くんより、断然かっこよかったから」
「すみれさん、無事で良かったですぅ〜」

 雪乃さんはすみれさんから離れようとしない。

「それより真下、お前どうしてこう言うときにはぐれるかなぁ?」
「…スミマセン、何でですかねぇ?僕もよく分からないんですよ〜」

 情けない顔で、真下は僕に言う。

 ホントに大丈夫かねぇ?
 人ごとながら、心配してしまう。

「すみれさん、大丈夫?」

 雪乃さんの手を借りて立ち上がったすみれさんに僕はそう問いかける。

「大丈夫よ、青島君」

 すみれさんが、そう言ってほほえむ。
 でも、まだ少し眠そうだ。

「今日は帰った方がいい」

 とそう言おうとしたときだった。

『trrrrrrrrrrrrrtrrrrrrrrrrrrrrrrr』

 突然、携帯が鳴り響く。
 誰だろう?

 ディスプレイを見てみると、そこには湾岸署の刑事課からだった。

「はい、青島」
「青島君、どこにいるのっっっ!!!!!」

 甲高い、袴田課長の声が受話器から聞こえる。
 あまりの音の大きさに、耳から遠ざける。

「すっごいこえ」
「さすが、課長」
「だてに、青島くんを部下に持ってないわね」

 感心ともとれない言葉がすみれさんや雪乃さん、真下からこぼれる。

「それ、さりげなく失礼だよ、すみれさん」
「こりゃ失敬」

 課長の言葉に応えないで、すみれさんの言葉に先にツッコミを入れておく。

「青島くん、聞いてる?」
「聞いてますよ、課長。急になんですか?」
「怪盗キッドから予告状が来たんだよ」

 ……。
 携帯から漏れる声に、その場にいた全員が黙り込む。

「今…ですか?」
「他にないでしょう。いつだと思ってたの?それでねぇ、本庁の中森警部から文句が来てるの!!!こっち、大騒ぎなんだよ、聞いてる?」

 泣きそうな課長の声に、あきれながらもいまいち、湾岸署の状況に頭がついていかない。
 どうして、キッドから予告が来たことで中森警部から文句を言われなくちゃならないんだろうか…。
 だいたい、予告状が来たってどこに来たのだろうか。

「課長、予告状ってどこに来たんですか?」

 何気なしに聞いて言葉に課長はますます怒り出したようだ。

「そんなのんきに聞かないでよ、どうしてうちに来たんだか分からないんだから?」

 は?

「青島くん、課長なんて言ったの?予告状はどこに来たの?」
「どこに来たんですか?」
「…うちに来た?」
「は?」

 意味が飲み込めない。

 えぇっと、うちって…湾岸署の事だよな…。
 うちに来たって事は…湾岸署に来た???!!!

「湾岸署に来たってどういう事ですか?」
「そんなの、俺が聞きたいっっ。課長、どういう事ですか?」
「うちと、本庁と、フジテレビに来たのっっ」
「はい???」

 ますます分からない。

「フジテレビの特別展示場がお台場にできるでしょう?その中でうちに警備してくれって依頼があったの青島くんも知ってるよねぇ」

 特別展示場の話は僕いや、この場にいる全員が知っている。

 プラント共和国から貸してもらった、『天使の歌』という世にも珍しいジュエリーが特別展示場(を作るほどの)に展示されるのだ。
 プラント共和国を救った歌姫が日本人だったとかそうじゃないとか、その彼女のドキュメンタリー仕立てのドラマを作り、その友好の証で貸してもらったものだそうだ。
 そのドラマセットの中にそれはあるのだ。

 特別展示として。

 その『天使の歌』というジュエリーの警護をなぜか、うちが引き受けることになった。
 知名度アップだとか署長達は言っていたけど、別に署の名前がでるわけでもないのに、と署員全員思ったのは当然だった。

「その特別展示の宝石をキッドがねらってるのっっ」

 それは、分かった。

「警備するから?うちに来たって事?」
「ん〜」
「そうなんじゃないんですか?」
「でも、キッドも案外律儀なんですね」

 すみれさんの言葉にも一理ある(この際、真下の言葉は無視)。
 でも、何かしっくりこない。

「工藤くん、君はどう思う?」

 何か考え込んでいる工藤くんに僕は聞いてみる。

「……そうですね…」

 工藤くんが顔を上げて言葉を紡ごうとしたときだった。
 甲高い声が聞こえる。

「あのねぇ、そこで会話してないで、戻ってきてよ、青島くんと、すみれくん宛に来てるんだから」
「は?」

 僕と、すみれさん宛?

「どういう事ですか?」
「それは、僕の方が聞きたいっっっ」

 そう言って、課長は電話を切ってしまった。

 僕と、すみれさん宛????
 さっき『舞台の上で再びお逢いしましょう』ってキッドが言った。
 挑戦状のつもりか?

 ともかく、僕たちは湾岸署に戻ることになった。