ルートヴィヒさんに渡された紙を見る。
ドイツのルートヴィヒさんとギルベルトの家に到着してすぐにエリザ&ローデリヒさんによるギルベルトへの説教&あたしへの講義。
目の据わった菊ちゃんのギルベルトへの脅し!!
それを思わず止めてしまったあたしに泣きついてきたギルベルトへルートヴィヒさんからの怒声。
本気で泣きそうな、『男なら泣くなー!!』って言いたいあたしに最強国家とまで言われたはずの『プロイセン』事、ギルベルト・バイルシュミットはやっぱり泣きそうでした。
じゃなくって、紙の内容にあたしは顔面蒼白になりました。
「さすが、ルッツ。俺様の弟ながらスゴすぎるぜー」
……なんですか、このタイムスケジュール。
6:00・起床、6:30・犬の散歩、7:00・朝食の準備、7:30・朝ご飯、8:00・掃除、9:30・仕事、11:30・昼食準備、12:00・お昼、1:30・ダンスレッスンスタート、3:00・休憩、4:00・再びスタート、6:00・犬の散歩、6:30・夕飯準備、7:30・夕飯、8:00・もう一回スタート、9:00・終了、その後お風呂等自由時間・お風呂は11:00まで……以上だ。
仕事?!
あたしの紙をのぞき込んでいたギルベルトは不思議そうにあたしを見る。
「は?お前、仕事なんてあったのかよ」
「初耳だけど」
仕事なんてなんだ!
「…ありますよ」
菊ちゃんはもう一つのカバンを開ける。
覗いてみればあたしが愛用しているノートパソや洋服、スキンケア用品がそのまますっぽり入ってた。
わっ、パジャマまである。
「って言うか、ギルベルトまで見ないでよ!!」
ぎゃー、下着ー。
あたしの言葉にエリザにフライパンで退治されるギルベルト(その様子は、なんだかあのくろいやつみたい)。
って言うか。
「き、菊ちゃん!!これは」
「ありました、これです」
菊ちゃんが持ってきたもう一つのカバンの中を見て呆然としているあたしに菊ちゃんは書類を寄越す。
「こちら、千代さんからです。これは港さんですね。台場君と六本木さんと秋葉くんからのはこちらです。それからこれが……」
「えっとこれは……」
「全件、この先三ヶ月、都内で行われるイベントの内容です」
菊ちゃんはにっこり笑う。
菊ちゃんから渡されたのは4部、一部一部が結構な枚数だ。
聞いたことのあるイベントとかっていうか、これもあたしが見ること?
夏コミの資料なんて!!
「把握してくださいね」
はあく……?
把握〜〜〜〜!!!
この大量の書類(夏コミ以外。夏コミは多くても楽しく読める)を把握しろと!
「本気?」
「大丈夫です、一ヶ月もあります」
とにっこり笑う菊ちゃん
「ダンスのレッスンもあるんだよ?」
「なら出来るって信じてますよ」
鬼ー!!!
そう仕事は菊ちゃんからの押しつけの一品だったわけだ。
そうやってあたしのドイツ生活は始まった。
まさか初めからくじけさせられるとはこのときは思いもよらなかったけど。
*****
最悪だ。
最低だ。
何がって…、この状況がだ。
あたしは今バイルシュミット家の裏に広がる森の中にいる。
何故、いるかって?
逃げてきたから。
今まで知らず知らずの内にたまりにたまりまくったストレス&現在の状況に対してのいわゆる逆ギレって奴。
あの男がニヨニヨしてるのがもうムカつく訳で。
事の起こりは思い出したくもない。
色々全部溜まったモノがあのニヨニヨ&ケセセセで全部爆発した訳だから。
初日(ドイツに来てすぐ)のレッスンはエリザとローデリヒさんと菊ちゃんと当然ながらルートヴィヒさんがいた。
なんか皆して教えてくれてまぁ、良かった。
エリザとローデリヒさんが見本で踊ってくれたワルツがすっごい優雅で素敵すぎたけど。
さすが元二重帝国、元夫婦、ワルツの本場!
にやけながら見てたら
「何、惚けてるんですか、お馬鹿さんが」
とローデリヒさんに怒られましたけど。
だって、すごい素敵だったんだよ。
だから、それをあたしができるかはまた別問題だけど。
本格的な練習開始の2日目。
ルートヴィヒさんが作ったタイムスケジュール&ローデリヒさんが作ったレッスンスケジュールを元にルートヴィヒさん監視の元レッスンスタート。
初日、全く余裕のないあたしにギルベルトはよく教えてくれたと思う。
2日目、やっぱり余裕ないよ。
でも、ルートヴィヒさん曰く、
「覚えは悪くないようだな」
だって。
ちょっと、嬉しいかも。
一応、ネットで調べてステップとかコッソリ練習し始めたしね。
音楽やってるとやっぱり違うみたい。
ピアノやってて良かったな。
そんな感じで2日目も過ぎて行った。
そして、3日目。
今日はルートヴィヒさんの監視がなかった訳。
ルートヴィヒさんは仕事でスイス。
お昼前に出かけて夕方には戻るといって出かけたんだ。
飛び出す時すれ違った気がする。
あれは仕事が終わって帰ってきたルートヴィヒさんだな。
で、昨日と同じくお昼過ぎから練習開始。
始めは普通だったと思う。
最初は、一人でやって、その後組んでやると…。
で、なんか視線感じたんだよね。
足元見てた(見てていいって言ったからさ)顔をあげたらニヨニヨしてる奴の顔にぶつかったんだ。
「何?」
「な、なんでもねーよ」
ニヨニヨしてるのに何でもないって事はないだろうけど。
で再び足元見てた顔を視線感じたから上にあげて見ればやっぱり、ニヨニヨ顏のギルベルトにぶつかった訳。
「だから、何?」
「何でもねーよ」
「気になるんだけどそのにやけ顏」
何かバカにされてる気がするんだよね。
「馬鹿に何てしてねーよ」
「じゃあ、そのにやけ顏やめてよ」
「に、にやけてなんてねーよ」
自覚なしか、この人は!
「一回、鏡でも見て見たら?物凄くにやけてるから」
「てめ、この俺様がせっかく教えてやってるのにその態度はねーんじゃねーのか?」
何、それ。
教えてやってるって何様だ!
誰も、教えて何て言ってない。
「あん?」
「誰も、教えてなんて言ってないって言ってるの!なんであたしがダンスの練習なんてしなくちゃならないの?一度も踊った事ないのに!なんであたしが、そういう集まりにでなくちゃならないの?部屋で好きな漫画読んでたはずなのに!気がついたら周り囲まれてて違う世界だなんて言われて、夢かな?なんて思ってても毎日目が覚めたらやっぱり記憶にある自分の部屋じゃなくって、変に時間軸一緒だから、混乱するし、一度家に電話しようって思ったけどやっぱり怖くて出来ないし、いつまでここにいるのが分からないし、いつ戻っちゃうのかも分からないし、全部わかんないのよ!」
って一気に言い放った。
言ってて気が付いた。
あたしはやっぱり元の世界に戻れてない事にショックを受けてる。
毎日いろんな人がきたりして、行ったりして楽しいけど、朝起きて呆然としてる事ある。
さすがにイタリア旅行してるときは思わなかった。
フェリシアーノとロヴィーノが忘れさせてくれるぐらいいろんな所連れて行ってくれたし、とんでもない爆弾も落とされたけど。
あれはほんとにどうしようかと思ったけど。
ドイツに来て、ギルベルトとルートヴィヒさんとの暮らしが始まって、楽しいんだけど…、ワルツの練習しなくちゃならないってなってるからそれがストレスになったんだ。
「、お前…」
ギルベルトが呆然としてた。
うん、するだろう。
あたしもしてる。
逆ギレ状態だもんね。
いいタイミングだったのかよくわからない。
ともかく、リビングの扉がひらいて
「今、帰った」
と、ルートヴィヒさんが帰ってきたのだ。
「兄さん??」
ただらないあたしとギルベルトの空気に気が付いたのか訝しげにあたし達の名前を呼ぶ。
逃げよう。
その時あたしは何故かそう思った。
そして、そう思ったと同時に、ルートヴィヒさんの脇を通り玄関に向かう。
「!?」
ルートヴィヒさんのあたしを呼ぶ声がした。
でもあたしはそれを無視して、玄関の扉を開け、まだ明るい外に飛び出たのだった。
「どういう事だ、兄さん!」
そう叫んだルートヴィヒさんの声を後ろに聞きながら。
で、今あたしはこの森の中にいる。
サマータイムなのか、夕方という時間なのに明るい。
この森は暗いけど。
思い切って逃げるように走ってきたわけで正直、ココがどこだか分からない。
ドイツ兄弟の家は、ローデリヒさんの家のように町中にない(ローデリヒさんの家は結構大きい邸宅なんだけど。庭も、温室もある)。
ちょっとベルリン市内から外れているんだ。
森はドイツ兄弟の家の裏に広がっている。
入り口辺りは明るいんだけど、中はうっそうと茂っている。
その中で歩いて落ち込んで…落ち込んで…今は座り込んでへこんでいるわけ。
うん、ちょうどいい場所があったからね。
ギルベルトも驚いただろうな……。
突然キレちゃったから。
あたし自身驚いてるしね……。
うん。
あたしは…いつまでココにいるんだろう…。
あたしは…いつまでココにいられるんだろう……。
そう考えてたら……だめだ…なんか、立ち上がれないかも。
暗くなっていく森……。
元々暗いけど。
それを増していく森。
虫の声とフクロウの声……。
いや、待って何でフクロウ聞こえるの!!
ココって、フクロウが居るの?
「ホォ ホォ」
不気味さが増す〜〜〜〜。
ちょー、怖いんですけど。
どうしたらいいですか?あたしっっ。
『ガサっ ガサっっ』
なんかが近づいてくる音。
ま、まさかオオカミなんていないよね。
一応、ベルリン市内から離れてるとはいえ周囲には家もあるから……オオカミなんて居るわけないよね。
どうしよぉ、オオカミだったら食われるっっ。
『ガサガサ』
草の根かき分けてる音が聞こえる〜〜〜。
「ぎゃーーーーーー」
「ワン」
「ワンワン」
「ワンワン」
犬?
………犬か。
マジでびびったぁ〜。
心臓止まるかと思ったよ。
って??
何とか見えるその姿は、アスターに、ベルリッツに、ブラッキー!!
「君たち、あたしのこと探しに来てくれたの?」
あたしの言葉にこたえるように3匹は吠える。
はぁ、ビックリした。
あまりの驚きに腰が抜けたっぽいよ。
「そっか、君たちのご主人様の命令だね」
立てる様子というか気力がないあたしに彼らは近寄ってくる。
アスターはスタンダード・シュナウザー。
ベルリッツがレオンベルガーで、ブラッキーがジャーマン・シェパード。
3匹ともごっつい系のわんこかと思ってたけど、アスターはそうでもないよね。
「ごめんね……、飛び出して来ちゃって……。君たちもあたしの事探すの大変だったでしょ?」
なでると三匹ともすり寄ってくる。
かわいいなぁ、わんこ。
ぽちくん(豆柴)がちょっと恋しい。
「ホームシックかな…あたし……」
ちょっと泣きそう。
ドコに帰りたいんだか…なんだかよく分かんないよ……。
「あたし……どうしたらいいんだろうね……。なんかこのまま戻るのもなんだし…。一人で勝手にテンパってキレちゃったんだよ。ギルベルト…あきれてるよね……。でもさぁ、あいつもさぁ、あたしが練習してるのみて一人でケセセセ、ニヨニヨ笑いしてるのよ!むかつく〜〜〜〜」
思い出したら叫んでしまった。
「そうだよねぇ、ギルベルトのヤツがさぁ、あんなニヨニヨ笑いなんてしなけりゃ、あたしだってあそこまでぶちまけなかったわよねぇ」
はぁ。
戻りたくない。
顔合わせたくない。
何言われるかわかんない。
嫌み言われたら一生立ち直れない。
間違いなく。
「うわぁ〜ん、戻りたくないー、余計へこむー」
「クゥ〜ン」
慰めてくれるのか、ベルリッツが甘えるようにすり寄ってくる。
「ベルリッツ……もふもふして良い?って言うかぎゅってして良い?っていうか、もう癒して」
ぎゅうって首に抱きついたら暖かかった。
大きい犬って良いなぁ。
癒される〜〜。
あたしを見てたブラッキーが急に耳をピンと立たせて、反対側を向き、伏せをする。
しっぽは振ってる。
…………。
誰か来る。
ベルリッツも、アスターもしっぽを振ってる。
飼い主か!!!
ルートヴィヒさん?
いや、ギルベルトって言う可能性だってある。
あいつだって一応飼い主だ!!
よし、『そうだ、逃げよう』。
『そうだ、京都へ行こう』的なノリだけど。
逃げよう。
「ベルリッツ、アスター、ブラッキー、ごめんね。あたしは逃げるっっ」
3匹に気づかれないようにそっと立ち上がり、ゆっくりと後ろに下がる。
地面を踏む足音が聞こえる。
誰かが来る。
よし、今だ!!
「あれ?お前ら、は?」
の声を後ろに聞きながら再び逃走。
「くっそー、逃げられた。あのバカ!この森どんだけ深いと思ってんだよっ」
あぁ、叫び声がギルベルトだ。
一番逢いたくないのに!!
というわけでもう一回逃げる。
のを完璧に追いかけてくるアスターとブラッキー。
シェパードのブラッキーに追いかけられたら逃げられないじゃん。
あたし。
「っ」
息が切れて立ち止まってたあたしの腕はヤツによって捕まれた。
「あんまり奥に行くんじゃねぇ。これ以上行ったらマジで出られなくなる」
「離してよ」
「人の話聞いてんのかよ。いきなりキレて、逃げ出して、今度は行方不明じゃしゃれになんねぇじゃねぇか。少しは落ち着け」
あたしはギルベルトの方に向かせられる。
「あぁ、なんだ、別になあ俺様はお前の事馬鹿にした訳じゃねぇんだ。気に障ったんだったらまぁ、うん、なんだ、…悪かったな」
「じゃあ、馬鹿にしてないんじゃなんでニヤついてたのよ」
「あ、あぁ、なんだ、その…」
じーっ。
「あぁ、睨むな、勝手にキレんな、どこにも行くな!」
な、なんだこのセリフはぁ!
「た、楽しかったんだよ」
は?
楽しかったってなに?それ
「誰かに何かを教えるってのが久しぶりだからな。そんな事する事も今はねえし…。ひ、一人楽しすぎるぜー」
なにそれ。
「、い、言っとくけどなあ楽しんでるのは俺様だけじゃあねえからな。ローデリヒの奴だって、ルッツだって、楽しんでるんだからな。ローデリヒが作った、スケジュール表見ただろ?ルッツの一日のスケジュール表だって見ただろ?あいつらあれを楽しそうにだな作ってたんだぞ」
まじでかー。
「菊だってだな、この分だともっと色々教え込もうとしてるんだからな!」
……、結局あたしはこの人達のおもちゃ状態なのか。
薄々感ずいてたけどね!
はぁ。
ため息ついてうつむいたあたしの頭をギルベルトは撫でたり軽く叩いてみたり。
なんか、子供扱いされてる。
一応、大人なんだけどな…。
ちょっと不満。
「いい加減機嫌治せよ」
って、いいながら髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
あぁもーやめてよー!
あたしが再び怒った事に気が付いたのか、ギルベルトは丁寧にあたしの髪の毛を撫でつけて行く。
それが何だかすごく優しくて泣きそうになった。
あたしは、一度うつむいたら顔が上げられなくって、ギルベルトが今どんな表情してるのか分からない。
暗いから見てもわかんないだろうけど。
でも、恐くて、見れなかった。
あたしの様子に呆れてるのかなって?
声の様子からしたらそんな感じはないけど。
それでも恐くて見上げられない。
「」
「何?」
ギルベルトの声の調子がさっきまでと違う。
「菊に…」
「言わないで!菊ちゃんに言わないで」
ギルベルトがなにを言おうとしてるのか分かってあたしは止める。
「菊には心配かけたくないか……。だったら俺様に言え。弾みとは言え、聞いちまってるんだからな」
「ギルベルト?」
顔をあげれば月が出ているのかギルベルトの顔が見えて、銀色の髪が光ってる様に見えて…。
うーっ!
「菊に心配かけたくないってのはよく分かる。俺もルッツには心配かけたくねえからな。あんな事、誰にも言えねえな。不安になったら言え。俺様が聞いてやる」
そう言ってギルベルトは綺麗に微笑んだ。
「…ありがとう……」
素直に嬉しかった。
何も意見なんて言わないで聞いてくれたのが。
「何、泣いてんだよ。泣くバカ居ねえだろ?」
苦笑したギルベルトにあたしは抱き寄せられた。
「あんまり、大泣きするなよ。戻った時、ルッツがお前が泣いてた事に気づいたら間違いなく、俺が殺される! ルッツは大人しそうに見えて俺様以上にドSだからな」
「分かった、いっぱい泣いてやる」
「あ、てめ。ふざけんな、このカッコいい俺様が死んだら世界の喪失じゃねえか!!」
なんか訳わかんないけど、
「少したったら戻るぞ」
ギルベルトはそう言いながらあたしの背中をゆっくりしたリズムでなだめるように撫でてくる。
それがあまりにも優しくて思わず本気で泣きそうになった。
そして思った。
ギルベルトはやっぱりお兄ちゃんなんだなと……うん、さすが、子育て成功者。
安心するんだ、なんか。
戻れば顔面青筋状態のルートヴィヒさんに遭遇。
………怖いんですけど。
「る、ルートヴィヒさん、ご、ごめんなさい」
「何故、が謝る。兄さんが悪いのだろう?」
「お、俺かよ!!」
「兄さん、菊になんて言われたのか忘れたのか!!」
「……うっ……これにはなぁ、いろいろあってだなぁ……」
青筋立てながら笑みも浮かべず、いつもフェリシアーノ達を怒鳴るような感じもない。
あぁ、静かに、怒ってるというのはこういう事を言うんじゃないだろうか。
「ギル……ゴメン」
ギルベルトの後ろに隠れてしまってる状態のあたしはこっそり謝るしか出来なかった。
うん、ホント、ごめんなさい。