「何や、どないしたん?」
顔面蒼白のあたしにアントーニョさんが話しかける。
色々な人が出入りしている控え室。
主催者と主賓の入り口は他の面々と違うらしく、その控え室にいる。
ちなみに、アントーニョさんはベルのパートナーだ。
「は今日初めて踊るんですよ」
「ホンマなん?」
アントーニョさんの言葉に菊ちゃんは頷き、あたしがドイツに行ってた理由を説明する。
「そうやったんやったんか。ヒーちゃんに教わっとったと…」
頷くと何か考え込むアントーニョさん。
「………………………………………………。せやな、そやったら親分がおまじないしたるわ」
おまじない?
ふそそそそそそ〜か!?
「ちょっと待っとってや」
そう言って、アントーニョさんは部屋を出て行く。
ふ、ふそそそそそそ〜じゃないのか。
あれはロヴィーノ限定?
すぐに戻って来たと思ったら、入り口からあたしを呼ぶ。
疑問に思いながら行ってみれば、そこにはギルがいた。
「な、なんで?」
「アントンがお前が緊張してるって言って連れてこられたんだよ。って、顔、真っ青じゃねえか」
そう言いながらギルはあたしの頬をつま…つまむなー。
「ケセセ、面白え顔」
あたしは、面白くない。
「、俺様の方を見ろ」
そのまま無視すると無理やり向かせられる。
不敵なルビー色の瞳は相変わらず綺麗で目をそらす事が出来なくなってしまう。
「この俺様が教えたんだ。心配すんな」
そう言った後の笑顔と言葉と触れる手の優しさに安心した。
オーケストラが響かせるワルツの音色。
タキシードに身を固めた男性にエスコートされる華やかなパーティードレスに着飾った女性たち。
そのパーティードレスの形だけが現在である事を認識させる以外は今が21世紀も10年過ぎたと言われても信じないだろう。
これがいわゆるセレブリティなパーティーという奴なのか?
自分がここにいる事が場違いだと思わずにいられない。
今、21世紀だよね?
確認せざるを得ない、あたしは完璧に庶民だとおもう。
例えば、着物で茶室に入ってお茶会とか、園遊会とかの方がまだ場違いじゃない気がする。
そっちの方が落ち着く。
多分だけど。
「私も、場違いではないのかと常々思ってますよ。華やかなのは苦手です」
そう言った菊ちゃんの言葉に安心したのはここだけの話。
フロアでは主催国であるベルとアントーニョさんが一緒に踊ってる。
「ベルナデットさんのパートナーはいつもアントーニョさんが勤めているそうですよ」
と菊ちゃんが教えてくれる。
で、……あたしは今へばってる。
うん、主賓は最初に踊るんだって。
で、菊ちゃんと踊りました。
菊ちゃんはスゴく格好良くってどうしようかと思いました。
「この爺をほめても何も出ませんよ」
菊ちゃんはそうにっこり微笑むけど。
精悍でありながら優雅さを漂わせる舞………舞?
ワルツ踊ってるはずなのに舞とはこれいかに……。
そうか…菊ちゃんってサムライって言われてるけど本質は違う。
戦国武将だ。
信長様とか、そう言う感じの。
戦国時代の武将は舞は踊れるし、お茶だって出来る。
菊ちゃんそのものじゃないか。
「菊ちゃん、カッコいいね」
「だから、この爺をほめても何もでないと…」
「なんかね、菊ちゃんって戦国武将みたいで素敵だなぁって」
「戦国の世の武将に素敵と言う言葉はあまりふさわしくありませんよ」
うーん、言われてみればそうかも。
「でもね、なんか菊ちゃんと踊ってみて、思ったのは戦国武将なんだよね。たとえば信長様とか」
「それは光栄です。信長公と言われるとは思いませんでした。確かにあのお方は、ウツケと呼ばれはいたしましたけれども。とても優秀な方でした……」
菊ちゃんはちょっとだけ遠くを見る。
ちなみに、あたしが一番大好きな歴史上の人物は織田信長様だ。
これは譲れない。
「菊ちゃん、後で聞かせて、信長様の事」
「良いですよ」
菊ちゃんはあたしの言葉ににっこりと微笑んだ。
「そう言えば、落ち着きを取り戻したようで、安心しました」
思い出すかの様に菊ちゃんがそう言う。
あの時の始まる前のあなたはもの凄く真っ青な顔をしていましたよ、と付け加えられる。
「そんなに真っ青だった?ギルにも言われたんだけど」
「えぇ、かなり真っ青でした。私もどう対処して良いか悩んだのですが……。アントーニョさんがギルベルトさんを連れてきてくださったおかげですね」
よっぽど真っ青だったのか、アントーニョさんがあたしを心配して連れてきてくれたギルの応援のおかげで、今あたしはこうやって菊ちゃんと優雅にとまでは言えるかどうか分からないけれど、踊っている。
「これ終わったら、のんびり出来るよね」
曲ももうすぐ終わるという時に菊ちゃんに聞いてみる。
「何を言ってるんですか。そんな事あるとホントに思ってるんですか?」
え?
冗談でしょう?あたし、もう踊りたくないよ。
「何のために練習したんですか。それに言ったでしょう?と踊りたいという方は引く手あまたなのだと」
いや、もうそれ冗談と思いたいんだけど。
菊ちゃんの言葉に苦笑いでこたえたら………。
しゃれにならない状況が、待ち構えていました。
*****
「、オレと踊って」
舞踏会会場となっているフロアは…あたし達以外の普通の人もいる。
上司や、上司の上司や、外交官や子息ご令嬢とかともかく、人がたくさんいる。
ただ、あたし達がいる場所は一般的な人達がいる場所とはちょっとだけ隔離されている。
本当だったら、表に出るはずのない存在なのだから。
普通の例えば、上司や上司の上司が居ない外交官だけのパーティだったらその場にいても問題ないらしいんだけど、こう…上司がいる場所にいたりするといろいろ問題があるらしい。
……そう言うもなのか?
と思ったりするわけで、まぁ、ココにいれば安全?的な?
いや、うん、結局聞いてるあたしもよく分かんないわけで。
そこまで気にする事の程でもないと思うし(どっか行くったって大体菊ちゃんと一緒だろうし)。
うん、で、その場に着いた途端あたしを待ち構えていたフェリシアーノとロヴィーノ。
「へ?」
「オイこら、兄貴なんだからオレが先だろ?」
「なんで、ちゃんを誘ったのはオレが先だよ」
「ふざけんな!そう言う問題じゃねえだろう」
いや、うん。
これは何だ。
と思ったら何だかいろんな人がこっちの方を見ているわけで。
「き、菊ちゃん」
「だから言ったでしょう?あなたに興味を持った方が多数おられますと」
いや、もう、ホント、この好奇の目にさらされるってこういう事な訳で。
「オレが先にちゃんと踊るの!!。って言うわけで、ちゃん、オレと踊ってくれる?」
フェリシアーノがあたしの手を取って甲に口づけを落とす。
そして顔をあげる。
サラサラな前髪の間から優しそうなオリーブブラウンの瞳が見えるけれども、なんだか知ってるフェリシアーノじゃなくって緊張する。
「は、はい」
って思わず返事しちゃったよ。
「じゃあ、行ってらっしゃい。」
「、馬鹿フェリの後はオレだから、絶対忘れるなよ」
「ダメ、オレがずっとちゃんと踊るんだから」
「ふ、ふざけんなぁ!!」
ロヴィーノの声を後ろに聞きながらフェリシアーノに手を引かれフロアに出る。
「よろしくね」
フェリシアーノの言葉に頷く。
緊張のあまり何度も頷いているけど。
曲が始まりフェリシアーノのリードで踊る。
「えへへへ」
楽しそうに踊るフェリシアーノにあたしまで楽しくなる。
「ちゃん、上手だよ」
「ホント?」
「うん」
フェリシアーノにほめられる。
なんか嬉しいかも。
軽やかにという表現は男性にはふさわしくないのかもしれないけれど、そんな感じにフェリシアーノは踊る。
あたしもそれにつられる。
どこか……そう、王子様みたい。
王子様キャラって……いそうで居ないよ。
今気がついたけど。
みんな、紳士とか貴族とか騎士とかムキムキ(じゃなくって軍人)とか変態とか骨太とか仙人とか爺とかサンタとか、ヒーローとかともかくなんか、王子様って居ない!!!
いて、エリザ(は女の子だ)。
「どうしたの?ちゃん」
「あのね、フェリシアーノが王子様みたいだなぁと思ったんだよ……」
「ヴェ〜、オレが王子?じゃあ、ちゃんはお姫様だね」
え?
そうなる?
「それはないよ。あたしはお姫様ってキャラじゃないよ」
「キャラとかじゃなくって、オレにとってはちゃんはお姫様だよ」
そ、そんなにっこり笑顔で言わないで。
本気で照れるから。
「本当だよ?」
本当だなんて言いながら耳の近くで言わないでよぉ。
しかもほほにキスまで……。
ステップが忘れそうになる。
何か考えながら踊れるってほど慣れた訳じゃないんだからぁ。
少しなら考えられるけど……。
「大丈夫だよ、躓きそうになったらオレがフォローしてあげるからね」
あぁ、もう、フェリシアーノっ。
満面の笑顔でいうの、ホント止めて。
顔上げられないってばぁ……。
足元見るには好都合だけど。
「顔下げちゃダメだよ」
なんて言わないで、フェリシアーノのせいで恥ずかしくて顔上げられないんだからっ!
******
「、馬鹿フェリに振り回されて疲れただろう?少し休んだら、オレと踊って?」
戻ってきたあたしに手をさしのべたロヴィーノはそう言いました。
「うん」
優しい声音と笑顔に頷いたあたしは間違ってないと思う。
フロアではローデリヒさんとエリザが踊ってる。
あたしとフェリシアーノが踊ってたときも居たんだよ。
実は。
でも、自分の方が精一杯で見る余裕なんてないわけで、あったらあたしは達人だ。
あの二人は本当に楽しそうに、優雅に踊る。
周りの人もそりゃ上手いんだけど、あの二人はやっぱり別格な気がする……。
さすが元二重帝国、元夫婦、ワルツの本場!
ずっと一緒にいたんだよね……あの二人。
エリザの本当に嬉しそうで幸せそうな笑顔と、ローデリヒさんの静かな笑顔っていうか、もう見てて幸せになる二人っていうのはいいなぁ。
「、そろそろ曲が終わるから行こう」
ロヴィーノはあたしに手を差し出す。
「よろしくね」
とロヴィーノの手を取ろうとしたときだった。
「ちょびっと、話がしたいのやけど」
ロヴィーノとあたしの間に入ってきた、エルンストさん。
「て、テメェ。な、何しに来やがった」
「ロヴィーノには悪いんけど、先に踊らせてもらいっざ」
そう言ってエルンストさんはあたしの手を取る。
「ふざけんな、エルンスト!オレが先にと踊るって言ったんだぞ。勝手に先に踊るんじゃねーこのやろー」
「約束はしてるんけ?なら誰と踊ろうとおめぇーには関係ないはず」
「とはずっと前から約束してたんだ!ふざけんな〜」
ロヴィーノとエルンストさんが言い合いしている。
……言い合いって言うか、ロヴィーノが怖々エルンストさんに突っかかって行っているような……そんな感じ。
エルンストさんは…相手にもしてないような……。
「ロヴィーノ君、ちょっと待って欲しいんよ。今回はお兄ちゃん先に踊らしたって」
「何だよ、ベルっっ」
「まぁ、お兄ちゃんも話しあるって言うたんやからしゃあないんよ」
「そう言う問題じゃねえよ。ベル」
「まぁ、エルンストが戻ってきたらちゃんと踊ったらええんやんか。な、いっぱい独占してたんやろ?たまには譲ったり」
「んなんじゃねー」
ベルとアントーニョさんの言葉に泣き出しそうなロヴィーノ。
「ロヴィーノ、エルンストさんと踊った後に一緒に踊ろう?それまで待ってて」
「絶対約束だぞ」
「うん」
「ほうなら、いこっせ」
エルンストさんに手を引かれフロアに出る。
緊張度が高い。
にらまれてるんですけど、どうしたらいいでしょうか。
ベルと同じ翡翠色の瞳がムッスリとしている。
「あの、何か?」
「…………にんならなくてええ」
???
えっと、
「気にしなくてえぇって言うとるんじゃぁ」
はぁ、そうですか。
「話ってなんですか?」
ステップに基本夢中で、なかなか難しいんですけれど……。
「ねえ」
は?
「ねえって言うとるんじゃぁ」
無いってどういう事?
「ただ、踊りたいと思っただけじゃ」
踊りたいって……。
まぁ、良いけど。
にこりともしない、からちょっと困る。
いや、くるん兄弟みたいな満面笑顔も困るんだけど……。
じっと見られてるからなぁ、余計。
「あの、ステップ…変ですか?」
不満そうな顔がそう見えて仕方ない。
「そんなんねぇ。上手いが。踊れなかったんか?」
「はい。なので、ギルに教わったんですよ」
「エンゲルベルトに?」
ってオランダ語のギルベルトかな?
「はい。1ヶ月間ドイツにホームステイ状態で」
「ふ〜ん」
完。
私と、エルンストさんの会話はそこで終了しました。
つ、疲れた。
ただ踊るよりも疲れた感がひしひしと。
………って言うか、話さなくてもいいのか?
なんか、話さなきゃならない雰囲気たっぷりじゃない?
ワルツって〜。
「、次はオレと踊れよ」
戻ってきた瞬間、そう言われました。
いや、もう少し休みたいです〜〜。