「初めまして、さん」
「は、初めてお目にかかります」
眼前のかしこき所の方の穏やかなる笑顔に超弩級の緊張を強いられている私で御座います。
やんごとなきお方は穏やかな笑顔のまま私にこう仰られました。
「菊が貴方の事をそれはそれは嬉しそうに話しているのを耳にして一度会いたいと思っていました。お会いできて嬉しいです」
「わ、私の方こそこ、光栄で御座います」
もう、何を言っていいのか分かりません。
大パニックで御座います。
「、畏まり過ぎてますよ」
そ、そんな事言っても無理だと思います!
上司に会う以上に緊張する!
飛行機まで一緒なんだぞー。
特別専用機で行かなくちゃならないんだぞー!
初乗りだよ〜(>_<)
あたし、こんな事で大丈夫なのかなぁ?
はぁ。
季節が夏ではあるけれど…場所がヨーロッパであるおかげか、蒸し暑くはない。
緑がかった浅葱色の縦に銀糸が入った着物は見た目にも鮮やかで、ぼかし染めされている女郎花や桐や蔦で夏らしさを演出している。
菊ちゃんのコレクションアンティーク物だ。
結構華やかで…こう言うのを見るとアンティークの着物を着て過ごしてみたいななんて思ったりもする。
「腕を上げて」
菊ちゃんが腰紐を巻き付ける。
「あんまりキツくしないで頂けると助かります」
「分かってますよ」
そう言って菊ちゃんは帯を手に取る。
「ここを抑えていてください」
あたしが菊ちゃんに言われた所を抑えるとささっと帯を巻き付ける。
帯はあかね色の帯。
浅葱の色によく似合う。
そう、あたしはベルギーの地で着物を着ている。
外で食事だったら暑くてし死ぬ所だったが、幸いにも屋内。
「出来ましたよ」
菊ちゃんの言葉に鏡を見る。
自分でやった髪の毛はやっぱり菊ちゃんに修正を入れられたけれども、それほど悪くない。
そして着物はとても鮮やかで。
「大正時代ってこんなに華やかだったんだね」
というと菊ちゃんはにっこり微笑む。
「安価な繭で作られた物だから華やかなのですよ。汚れを目立たなくさせるために、鮮やかに染めたのです」
そうなんだ……。
当時の知恵というか大正ロマンって言うか。
大正ロマンっていいよね。
「でも、ちょっと派手すぎないかな?」
「何を言ってるんですか。アンティークかどっちかと聞いたらアンティークが良いって言ったのは誰ですか」
申し訳ありません。
あたしでした〜。
「じゃあ、行きましょうか」
菊ちゃんの言葉に頷いて会場に向かう。
ベルギー王城内にある昼食会の会場。
上司は別室でここは『国』だけの部屋。
行けば白いボレロにアップルグリーンのワンピースドレスを着た女性があたし達を出迎えてくれた。
「ベルナデットさん」
「あ、本田さん」
そこにいたのは空港で一回顔を合わせたベルギーさんだった。
その時は上司の上司も一緒だったので、挨拶していないんだけど。
「このたびはお招きいただきありがとうございます。やはり早く来すぎてしまったでしょうか」
「そんな事ないですよ。スカンジナビアの三国とか兄とかもう来てはるし…アントニがまだ来てへんのやけど…あのどアホ。早く来るいうてたはずなのに…」
アントニってアントーニョさんの事だよね。
「ベルナデットさん、ご紹介します。私の妹、です」
「初めましてです」
とボブカットの金髪に翡翠色の瞳はつり目のベルナデットさんに挨拶する。
「初めまして、うちが、ベルギーのベルナデット・デ・バッカーやで。うちの事はベルって呼んで、仲ようしてな」
「はい」
と返事したら怒られた。
「敬語はなしやで、はい、うちの事呼ぶときは」
「……ベル…」
って言ったら彼女はにっこり笑う。
「そうや。よろしくな」
怒った後がちょっと怖い。
「お兄ちゃん、本田さん来はったんよ」
ベルが呼ぶ。
誰かと会話しているがっちり系の人がこっちを見て近寄ってくる。
「お兄ちゃんって呼ばないでおくんね」
ベルにそっくりの金髪を逆立たせて瞳はやっぱりベルと同じの翡翠色。
お兄ちゃんって言ってたよね……お兄ちゃんって事はオランダさん?
「やったらなんて呼べ言うんよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんやし」
「でも人前でお兄ちゃんは嫌やざ」
ベルとお兄さんの間でかわされる会話を横に菊ちゃんが教えてくれる。
「…オランダのエルンスト・デル・ヴィールさんです」
「久しぶりんやざ。菊」
「お久しぶりです、エルンストさん」
どこ弁だろう。
アントーニョさんは大阪弁、って分かるんだけど、ベルとエルンストさんも微妙に違う。
「彼女がです」
菊ちゃんの言葉にお辞儀する。
「知っていっざ。あの場所にはオレも居たちゅうし」
あの場所っ言うのは……会議場ってことか。
「そうでしたね」
…………っていうか、どれだけの人があの場所にいたんだろう。
スゴい謎だ。
エルンストさんの後にもっと背が高い人がやってきた。
「よぉ、菊」
真ん中の一番背が高い人の声が大きくて両隣がうるさそうだ。
「ディーネスさん、ハルバールさん、ベールヴァルドさん、こんにちは」
「お姫さんも連れてきったぺか。やっぱ着物っつーのは良いっぺな。オレはディーネス・クルーセっていうっぺよ。国はデンマークだ」
はぁ。
亜麻色の髪に瑠璃色のたれ目の人が話しかけてくる。
え?デンマークさん?
「こいつは、オレの親友でハルバールっていうっぺよ」
「あんこうざい。ベール、コイツば黙きやせてぐれ」
「……菊、そっちがだぁか?」
「そうですよ。、紹介します。こちらの方がハルバール・ヘイエダールさん。ノルウェーさんです。ディーネスさんはご自分で自己紹介なさったので、もうひとかた。こちらが、ベールヴァルド・オキセンスシェルナさんです。スウェーデンさんです」
って事はスカンジナビア三国そろい踏み。
白金の髪に厳ついシアンブルーの瞳のベールヴァルドさんと白金の髪に不思議そうなグレイプ色の瞳のハルバールさん。
「ティノから聞いたんだっぺ。おめえも菊みたいに食いしん坊って」
とディーネスさんに言われる。
だぁ!!ティノさんはなんてこと言ってるんだよぉ!
「だから、オレの家に食いに来ると良いっぺよ」
「何を言ってるだぁか、急に」
「ディーネスさん、突然心臓に悪い事は言わないでいただきたいですよ」
「わりぃ、わりぃ。つい、言ってみたくなっただけっぺよ。気にすんな」
と言って、ディーネスさんはあたしの頭を撫でようとする。
「あんこ、勝手こさちょすの」
そう言ってハルバールさんが、ディーネスさんの手を払いのける。
ちょっと助かったけど
「、わぁの嫁サのれ」
……えっとなんて言ったの?
なんかヨメって聞こえたよ。
「は、ハルバールさん?ちょっといきなり何を」
うわぁ、菊ちゃん、理解してる〜〜。
ハルバールさんがしゃべってるの何弁?
「津軽弁です!」
菊ちゃん、ありがとう。
「ハル、いきなり何言ってるんだっぺよ」
「ハル、急にんだなこと言ったら、がぶったまげるべ」
「あんこうざい。何でって決まってるんず。ば守るためにだばこうすしか他に方法だばねんだんず 」
「……」
ベールヴァルドさんが驚いた顔でハルバールさんをみる。
菊ちゃんも黙ってないで何か言って!
そしてなんて言ってるか教えて!
「変なのって何だっぺ?」
「……アルト……」
「アートゥーアが何で?」
アルトってアーサーの事だったよね。
そして、ハルバールさんはあたしの首元に手を伸ばす。
え?
唖然としているあたし達に対しハルさんは飄々とした表情。手を戻す。
「………あの、何か」
「アルトが付けたヤツが居たんず」
そう言ってハルさんは目の前に手を出す。
……何かをつまんでいるように見えるのですが……何をつまんでいるのか全く分かりません。
どうしたら……良いでしょうか。
「これだば捨てて置くから、おまえだば気にすな」
そう言ってハルバールさんは捨てました。
……ハルバールさんが捨てたのはもしかして噂のアーサーが見えるって言う妖精の事でしょうか。
あたしは、まだその現場に居合わせてないので分からないのですが……。
かなり異質のようで。
いや、もうかなりこの時点で異質だから。
って言うか、ハルバールさんの話が本当だとしたら……アーサーはあたしに妖精を付けていたのかな?
何故?すっごい謎。
「………ハルバールさん、あの方を呪い殺してくださいって言ったらお願い出来ますか」
「菊だばて出来るだべ 」
「………………。出来ませんよ」
……何、今の不穏な会話。
それから、菊ちゃんその間、その間、何!
*****
スカンジナビア三国の台風のような出来事の後、やってきたのはかわいらしいお嬢さんだった。
金色の髪に、ミントグリーンの瞳。
「ご機嫌麗しゅうございます、菊様」
「ご機嫌よう、シャルロッテさん。お久しぶりですね」
「はい。会議では兄様が出席なさってますので、菊様とお会いするのは1年ぶりでしょうか」
「えぇ、そのくらい経っているかと」
く、く、くぎゅううううううううう?
「、ご紹介します。リヒテンシュタインのシャルロッテ・リヒテンシュタインさんです」
「ただいま菊様よりご紹介にあずかりました。お初にお目にかかります、様。シャルロッテ・リヒテンシュタインと申します。シャルロッテとお呼びくださいまし」
と、にっこり微笑む。
た、確かに。スイスさんじゃないけど、溺愛してもおかしくないぐらいにかわいらしい。
某くぎゅううう病にあたしかかってるかもしれない。
「様、これから仲良くしてくださいまし」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
あまりのかわいさ+礼儀正しさに緊張するんだけどね。
「…………。菊、もう来ていたのか」
その声のする方に顔を向けると、アーサーが来ていた。
「えぇ」
「主賓なのだから、もう少しゆっくりしても良いだろうに」
「そうも思ったのですが…の着付けの時間を見誤ってしまいました」
菊ちゃんの言葉にアーサーはあたしの方を見る。
「アーサー様、様にお着物よく似合っておいでですよね」
「あ、あぁ」
シャルロッテさんの言葉にアーサーは頷く。
「私、日本に行ったら一度着物を着てみたいのでございます」
「そうですか。言ってくだされば、いつでも着付けいたしますよ」
「ありがとうございます。菊様」
シャルロッテさんと菊ちゃんがニコニコと話している間。
黙ったままのアーサー。
「アーサー?どうしたの?」
「アーサー様、どうかなされまして?」
シャルロッテさんも気にする。
っていうかアーサー、視線が…定まってないよ。
「あ、あぁ何でもない。あぁ、何でもないんだ。大丈夫だ」
……大丈夫な気がしないんだけど……。
「、着物着てたのか……」
「シャルロッテさんが言ってたじゃん」
「あ、あぁそうだな」
「アーサー?」
のぞき込めば視線外される。
な、何で?
「ねぇ、アーサーあたし何かやった?」
気に障る事でもしちゃったかな?
した記憶ないけど…。
「だとしたら、ごめんね?」
とりあえず、謝ってみる。
「、が悪い訳じゃないんだ。本当なんだ。これは、オレの問題なんだ!」
いや、力説されてもさぁ……。
「…………。ところで、シャルロッテさんはどういう着物が色合いがお好みですか?が今着て居るのは色合いの鮮やかなアンティーク物の着物です。淡いのはアンティークじゃないのですが…。シャルロッテさんならアンティークもお似合いそうですね」
「そうなのですか…では菊様のお薦めでお願い出来ますでしょうか」
「えぇ。ではシャルロッテさんが日本にいらっしゃる時をお待ちしておりますね」
「はい。兄と共にお邪魔させていただきます」
にっこり笑いあった菊ちゃんとシャルロッテさん。
なんかほんわかしてて良い感じだった。
シャルロッテさんが他の人に挨拶に行くと言って場を離れたときだった。
「なんや、もう来とったんか。もしかして遅刻してん」
入り口から声がする。
「アントニ、早よ来る言うてたんは嘘やってん?」
「すまん、ベル。ロヴィやフェリシアちゃんに捕まってもうてん。それからなヒーちゃんやフランシスになぁ」
「何してん?もう菊さんとちゃん来てんで」
そう言いながら、ベルと一緒にアントーニョさんがやってきた。
「菊、ウィーンの会議ぶりやんなぁ」
「そうですね。こんにちは、アントーニョさん。ドイツでがアントーニョさんにパエリアをごちそうになったと聞きました。その節はありがとうございます」
「えぇよ。気にせんといて。ちゃんも喜んでくれたみたいやし。オレとしては満足やで」
ドイツでのあのパエリアのおいしさはきっとあたし忘れない。
「は?パエリア?アンソニーもいたのかよ」
「って言うか、アントーニョさんは遊びに来たの」
「フランシスのヤツも行って。どうなってんだよ、あそこは」
そう言いながらアーサーは怒る。
……って言うかどうしてアーサーが怒ってるの?
菊ちゃんが怒るのは分かる(フランシスさんの件で)、そしてあたしは楽しかった。
「ちゃん、なぁ、なぁ、着物なん?ほわぁああああ、ほんまやんなぁああわぁ」
………言語崩壊、ドイツでの悪夢再びか!!
「あ、アントーニョさん?」
「あぁ、そうや驚いてる場合やないんやった。ちゃん、いきなりでスマンのやけど、写真撮ったってもええか?」
そう言ってアントーニョさんは携帯を取り出す。
「ふざけんな。何言ってんだ!」
「なんで、アルトゥロに言われなあかんねん」
「っ」
「ちゃんはお前のとちゃうで」
「て、てめ」
なんか不穏な空気なんだけど。
「アントーニョさん、いきなりどうしたんですか?」
「ヒーちゃんに送ったんねん。ちゃんの着物姿やで〜って。あいつ泣いて悔しがるで」
「あっそう言えばギルに教えたかも」
着てくって言ったら、見たいって言われたっけ。
「何で言ってるんだよ」
「着物着てくのか?って聞かれたから」
「こ、答えてるなよ」
だから、なんでアーサーが言うの?
「………なぁあ、フランシスから聞いてたんやけど……アルトってちゃんの事すきなん?」
「フランシスから聞いたときはオレも半信半疑やったけど……懐いとるなぁ」
「アーサーさんが日本に先日いらっしゃった時に…が手なずけたようで……」
菊ちゃん達がなんか三人で話してる。
「聞かれたら答えない?」
「だからって………」
そうだ、写真で思い出した。
「アントーニョさん、写真、フェリシアーノとロヴィーノにも送ってもらって良いですか?着物姿みたいって言われて……」
オレ達も行くって言い出して必死で止めたんだから。
「お、オイ!」
「えぇよ、えぇよ。親分が送ったるわ」
菊ちゃん達から少し離れて良い感じにポーズをとってみる。
「こんな感じでいい?」
「バッチリやで」
その声の後にシャッター音が聞こえる。
「菊、これでえぇか?」
「はい、問題ないですね」
菊ちゃんがとれ具合を確認してくれる。
「じゃあ、フェリちゃん達にも送ったるな」
「はい、お願いします」
写真、菊ちゃんに頼もうかなって思ったんだけど、アントーニョさんがいて良かった。
「アントニも来た事やし、そろそろ始めようか」
ベルの言葉で昼食会は始まる。
昼食会の後は夜は親睦会も兼ねた舞踏会。
試練(?)の夜が近づいてくるのだ。
はぁ、憂鬱。