The Witness
4


 夜遅くに署に戻り、アリオスは、今回の麻薬課刑事の資料を探すことにした。
 麻薬課はわりと協力的で、二日ほどなら、被害者の資料を持っていってもいいとのことだった。
 それらを車に積み込み、再びアンジェリークの家に戻る。
「おかえりなさい、アリオスさん」
 預かった鍵で家の玄関を開けると、アンジェリークとオスカーが待ってくれていた。
「異常はない。周りの警備も抜かりない」
「サンキュ」
「有り難うございました」
 アンジェリークの挨拶に見送られて、オスカーは家を後にする。
 「泊まり込みはアリオス」という暗黙の了解が何故か彼らの中にあった。

 アリオスは神経を尖らせながら、真夜中にも殺害された刑事の資料を読み耽っていた。
 ためらいがちにノックの音が響く。
「どうぞ」
 ドアが開き、コーヒーをお盆に乗せたアンジェリークが部屋に入ってくる。
「アリオスさん、まだ起きていらっしゃったんですか?」
「アンジェリーク」
「熱いコーヒー持ってきました。ブラックでいいですね?」
「ああ。サンキュ」
 アンジェリークからコーヒーを受け取り、アリオスはそれをサイドテーブルに置く。
「おやすみ。夜ふかしは肌に悪いからな? 早く寝ろよ」
「はい・・・。アリオスさんもお仕事頑張って下さいね」
「ああ」
 アリオスは頬にキスをしてから、アンジェリークに微笑みかけた。
「おやすみ、アンジェリーク」
「あ、おやすみなさい・・・」
 耳まで真っ赤にしながら、彼女は小さくなりながら部屋から出ていく。
 その様子はどこか小動物のように可愛くて、アリオスは笑みを浮かべてしまう。
 資料に再び目を落とす。

 この囮捜査で相手に素姓がバレたとしか思われねえ・・・。

 アリオスは捜査資料を見つめ、まずは一緒に捜査をした捜査官にを洗う必要があると感じる。

 ここからしか考えられねえ・・・。
 ただ、こいつらと深い繋がりがある者がいるとして・・・。

 今まで麻薬課が組織的に壊滅してきた麻薬組織のリストを見、またその規模を照らし合わせた。

 !?

 アリオスは奇妙な動きに気がつき、眉根を寄せる。
 アルカディアに流入している麻薬の数は右肩上がりに増加しているのに関わらず、組織の数はこの数年激減している。
 麻薬コネクションがなくなったのではなく、むしろ他のシンジケートがそのコネクションを使用しているとしか、アリオスには思えなかった。

 今回、ヤツが探っていたのは最大組織”ラ・ガ”。
 確実に規模を大きくしているのは、”ラ・ガ”だけ。
 しかも”ラ・ガ”と争っているだろう勢力が、全て淘汰されている。

「これは・・・」
 アリオスは更に資料をくり、麻薬課の動きを整理してみた。

 シュルツが捜査係長に就任してから、摘発が増えている。
 それも中堅どころの麻薬組織ばかりが狙われ、潰れる度に”ラ・ガ”が大きくなっている。
 麻薬課ぐるみで”ラ・ガ”を大きくしているのか、それとも・・・。

 アリオスは考えながら、ひとつの事実が頭に浮かぶ。

 明日、アンジェにあいつの声を聞かせなければ・・・。

 不意に携帯が鳴り響いた。
「はい?」
「オスカーだ。起きてたか?」
 少し遠慮がちにオスカーは言う。
「いいや・・・」
「そうか・・・。あのな…」
 オスカーは少し言葉を濁した。
 まるで何か言いにくいことのように。
「ホシが自首してきたんだ・・・」
「何!?」
 アリオスは疑念が詰まった言葉を投げ掛ける。
「それがうさん臭いやつだ・・・。”ラ・ガ”の局員らしいが、シュルツのヤツが勝手に取り調べて、”アンジェリークの証言はいらない”そう言っている」
「勝手に決めんな! 仕事の何も判らねえくせに」
「だろ? 俺も怪しいと思う。はなから誰も信じちゃいないんだよ、あいつを・・・!」
 オスカーもかなりの不快感を露わにし、語尾を荒げていた。
「------あいつが、怪しいかもしれねえ」
 声を潜め、アリオスは耳打ちするかのように囁いた。
「何だって!?」
「あいつが麻薬課捜査係係長に就任してから、中小の組織の摘発が行われたが、麻薬流入量は減るどころか増えている。
 そして摘発が横行する中、最大組織”ラ・ガ”だけが大きく伸びている。摘発の指揮を取っていたのはシュルツだ」
 オスカーも怜悧な質であるせいか、すぐにそれが何を意味するかが判る。
「証拠は」
「今はデータしかないが、裏の奴の銀行口座の金の流れなどがでてくれば判るが・・・」
 オスカーは電話の横で苛立たしげに指先叩いて聞いているのが判る。
「裏口座はエルンストに調べてもらおう。とにかく、明日、俺たちでの独断だが、こっそりアンジェリークにシュルツの声を聞いて貰らおう」
「だな」
 オスカーの言い分に、全く異論はなく、アリオスは素直に返事をした。
「じゃあ、明日」
 電話を切ると、オスカーは早速エルンストに内密に電話をかける。
「エルンスト、頼みたいことがある。至急だ」


 アリオスもまた電話を掛ける。
「--------ジュリアスさんですか、俺です」

                    ---------------------------------

 翌日、朝食の席で朝刊を読んだアリオスの表情は厳しいものになった。
「刑事殺しの容疑者逮捕」

 先にマスコミ手を打ちやがったか…

「アリオスさん、逮捕されたんですか!! 犯人」
 何も知らないディアは少し興奮気味で見出しを読む。
「------いいや、容疑者はやつときまったわけではねえ」
 アリオスに厳しい表情にディアもまた緊張感がはしった。
「アンジェリーク、今日、一緒に署まで来てくれ」
「はい・・・」

 いよいよだ…

 アンジェリークは緊張感の漲る表情で、アリオスに深く頷くのだった。


 アリオスの車で署に向かう間も、アンジェリークは緊張に顔を強張らせていた。
「心配するな、俺が着いてるだろ?」
「はい…」
 アリオスに手を握ってもらい、ささやいてもらうだけでアンジェリークは良かった。
 
 署につき、長く冷たい廊下をアリオスに支えられてアンジェリークは歩く。
 彼女は、極秘に応接室に通され、そこで声を聴かされることになった。
 実際には取調室の映像が出されるのだが、彼女には声だけだ。
「今から声を聞かせる。正直に答えてくれ」
「はい…」
 アリオスはアンジェリークの横に座り、彼女の震える手を握って落ち着かせてくれる。
 それだけで”勇気”を貰ったと同じだった。
「俺はヤツがうっとおしくてやった。刑事だったのは後から知った」
 答えるのは犯人。
 アンジェリークは答える暇もなく直ぐ首を振った。
 -------違うと。
「だったということは、ただの”仲間割れ”か?」
 今度はシュルツの声。
 今度はアンジェリークの体がピクリと動く。

 この声…

 アンジェリークは一度大きく深呼吸すると静かに口を開いた。
「この人だわ!!」
 確信を持った一言だった。

 〜TO BE CONTINUED…〜

 

コメント

105000番のキリ番を踏まれた桔梗さまのリクエストで
「切ないハードボイルド/アリアン」です。

切なさが足りないですねえ。
頑張って切なくなるように書きます。
書いてて楽しい。
ただそれだけで書いてます。

マエ モドル ツギ