アンジェリークは、アリオスとディアに付き添われて、応接室に通された。 お茶の用意をしながら、新人刑事ランディは頭を捻っている。 「オスカーさん、どうしてアリオスさんは目の見えない彼女に拘るんですか? 目撃者と言っても肝心のものが見えていなかったら、意味がないじゃないですか」 「おまえはアホか?」 教育係である自分とアリオスが教えてきたことを、一気にマイナスにしてしまう若造君の一言に、オスカーはがっくりと溜め息を吐いた。 「あのな、彼女が”目が見えない”のは、俺たちは判っている。白い杖があるからな。だが、それが相手に見えていなかったら、どうなると思う?」 「あ・・・」 そこまて言われて若造ランディはようやく気がつき、真っ赤になった。 「彼女の命は保証されない。ただでさえ目が見えないんだ、俺たち警察が保護してやらないといけないだろう」 「あ・・・」 確信のところに気がついて、ランディは益々身体を小さくさせるのだった。 「まあ、落ち着いてくれ。ここにいれば先程のようなことは起こらない」 「はい・・・」 姉にくっついて白い杖をぎゅっと持つ彼女は、わずかに震えている。 オスカーとランディがお茶を持ってきてくれた。 アンジェリークには配慮をしてかミルクたっぷりのカフェオレだ。 オスカーがアリオスの隣に腰を掛け、ディアは整ったふたりの刑事の雰囲気に圧倒されてしまった。 「自己紹介だな。 殺人課の警部アリオスだ」 「アリオスさん…」 彼のクールなテノールをアンジェリークは心に刻む。 「俺はオスカー。同じく殺人課の警部だ」 「オスカーさん…」 オスカーは甘さが少し含んだ力強い声とアンジェリークは覚える。 「------アンジェリーク・コレットです。横は姉のディアです…」 「よろしく」 アリオスとオスカーはディアとアンジェリークに儀礼めいた名刺を手渡し、二人はそれを受け取った。 「思い出すのは、辛いかもしれねえが、俺の質問に答えてくれねえか?」 低くよく通るテノールの声。 これはアリオスさん…。 彼の声はとても落ち着く・・・ アンジェリークはその声を聞くだけで、落ち着く自分を不思議に思っていた。 「化粧室に行ったのは何時頃だ?」 「確か、1時のアラームが鳴ってすぐですから午後1時ぐらいでした」 咄々と話す彼女を、アリオスは一生懸命頷いてくれた。 鑑識が出す死亡推定時間と一致し、アリオスは彼女が”目撃者”であることを更に確信する。 「中に入った感じは?」 「はい・・・」 ぎゅっと更に強く杖を握り締めて、彼女は唇を僅かに震わせる。 「私はこのように何も見ることが出来ません・・・。ただ、声と音には敏感です・・・」 アリオスとオスカーは思わず顔を見合わせた。 「聴けば判るか?」 オスカーは彼女に期待を満ちた声で言う。 「はい」 きっぱりとアンジェリークは言った。捜査にほんの僅かだが希望が見えてきたような、そんな気がする。 「だったら”音”について詳しく聴かせて貰えねえだろうか?」 「はい」 深く頷いてから、アンジェリークは深呼吸をした。 「最初、低くざらついた冷酷な声が聞こえました。続いては明らかにうろたえた男性の声でした。その後に微かですが鉄のかちっとした音がして、重い音がどさりとしました・・・」 アリオスは、彼女が正確に声を拾い、覚えていたことを感心せずにはいられない。 「声を聴けば、判るか?」 「ええ、判ります。私は見えない分”音”には敏感ですから」 アリオスは考え込んだ。 確かに”音”は捜査手掛かりになるかもしれない。 ただ、聴いただけだと、それで公判維持は難しい。 「捜査に協力してくれ。後、あんたの聴力の測定がしたい」 オスカーも同じことを考えており、アリオスよりも先に言葉に出た。 アンジェリークの顔色が少しだけ変わる。 表情が固くなり、彼女は目を伏せた。 「私・・・、検査は嫌です・・・。 音は確かに改ざんが可能なものです。お役に立てると思っていたんですが、やっぱりお役に立てないですよね・・・。目が見えないから・・・。すみませんでした」 よろめきながら立上がると、アンジェリークは頭を下げた。 「アンジェ」 よろめく彼女を姉のディアは支える。 目さえ見えれば、自分の聴力を疑われることもなかったと思うと、少し胸が痛んだ。 「待ってくれ」 アリオスはぴしりと言う。 「確かに声だけだと、証拠にはならねえ。その耳の鋭さで捜査に協力してくれ。 裏付けは俺たちが探す。 警察から送検するときに、捜査の課程を検察側に説明しなければならねえ。その際にあんたの聴力がこれだけ鋭いという証明がいるんだ」 アリオスの言葉は明快だった。 アンジェリークは、捜査のしくみの複雑さに溜め息を吐く。 彼らは疑っているのではなく、必要だからこそ言ったのだ。 だが、心の奥に何かがつかかったまま取れない。 「が、あんたが嫌なら強制はしない」 「刑事さん・・・」 アリオスの言葉なら信じられるような気がした。 不思議なことに、そう思えたのだ。 アンジェリークは少しトーンを和らげて、席に着く。 「サンキュ」 まっすぐアンジェリークの瞳を見つめた後、アリオスはディアを見た。 「犯人は、ひょっとして、アンジェリークさんが顔を見たかと思うかも知れない・・・。 そうすると護衛が必要になる。その点は我々が精一杯護衛をする」 「はい・・・」 先程突っ込んできた車の恐怖を思いだし、アンジェリークは戦慄すら覚えてしまう。 「私を口封じに・・・」 「ああ。その為にもあんたを捜してた。保護する為にも・・・」 アンジェリークは言葉を上手く発せなかった。 「それは大きな事件に関わってしまったってことですか・・・」 「ああ、そうだ・・・」 正直にアリオスは認め、深く頷く。 「事件が解決するまでは、俺たちが全力を掛けて守る --------アンジェリーク、あんたを…」 何よりも頼もしい言葉だった。 アンジェリークにとっては、アリオスの深みのある声ならば、信じられそうな気がする。 「判りました・・・、協力します」 小さな声で言うアンジェリークの小さな手を、”握手”とばかりに、アリオスは絡めようと触れた。 「きゃっ!」 男性と”握手”するのはそれこそ初めてのことで、彼女は軽く悲鳴を上げる。 「握手だけだ」 「ごめんなさい」 耳朶まで真っ赤にしてしゅんとなる彼女が可愛い。 久しぶりにアリオスは優しい微笑を浮かべることが出来た。 「宜しくお願いします」 「ああ、宜しく」 絶対に俺はアンジェリークを守り抜く。 彼女の命を救い、この疑惑を暴いてやる…。 アリオスは誓う。 誰よりも純粋な眼差しを持つアンジェリークを、この命かけて護っていくことを------- 「じゃあ早速家まで送ろう」 「はい」 アンジェリークはアリオスに連れられ応接室を出ると、彼の車に向かう。 その後姿を見ていた影があった。 あの娘だ… あの娘さえいなければ・・・ 影は、彼らと反対方向に静かに歩いていった-------- 〜TO BE CONTINUED…〜 |
コメント 105000番のキリ番を踏まれた桔梗さまのリクエストで 「切ないハードボイルド/アリアン」です。 余り進みませんでした。 次回からはもっとカッコいいシーンを織り交ぜて、頑張っていきます!! もちろんリクエストの「切なさ」も織り込んでいきたいと思っています。 |