The Witness


「おねえちゃん、ちょっと化粧室にいってくるね」
「手早くね! 点字はついている?」
「うん。このショッピングセンターは大丈夫よ」
 アンジェリークは杖を頼りに、正確に化粧室までの道を歩いていった。
 ”清掃中”の札が掲げられていたが、アンジェリークにはそれを見ることは出来ない。
 彼女はいつものように化粧室の中に入とうとした。
「裏切り者めが・・・」
 低い殺気のある声が化粧室に響く。
 彼女はその声に、歩みを止め、一瞬怯んだ。
 そこで何が起こっているかは判らない。
 だが、そこで起こっているのは、まさに「惨劇」であった。
 声の主はサイレンサーを付けた銃のトリガーをゆっくりと正確に引く。
「やめっ!」
 悲鳴を書き消すかのように、銃弾は正確に撃ちこまれ、男のターゲットがどさりと倒れ込む音を、アンジェリークは拾った。
 恐ろしいほどの殺気。
 背中が凍り付きそうな戦慄を覚え、アンジェリークは思わず後退りをした。
「・・・!!」
 だが、恐怖によって感覚を失ったアンジェリークは、思わず後ろにあった”清掃中”の看板を足で蹴飛ばす。
 乾いた音が化粧室に響き渡った。
「誰だ!?」
 低い声に慄き、彼女は頭が真っ白になり、必死になって後戻りして駈ける。
 こんなに素早く走れたのは初めてとばかりに、走った。
 白杖を持っている彼女を、誰もが除けて道を開ける。
「アンジェ!」
 慌てて姉のディアが、アンジェリークを止める為に抱き抱えた。
「・・・お姉ちゃん?」
「どうしたの?」
 心配そうにする姉に、アンジェリークはわざと笑って首を振る。
「だっ、大丈夫・・・。化粧室にゴギブリの大きなものがいたみたいで踏んづけちゃって、つい」
「もう、ひと騒がせね」
 苦笑すると、ディアはアンジェリークの身体から離れた。
「ねえ、今度は化粧室に着いてきて? もっと込み合ったところの」
「しょうがないわね」
 ディアは笑うと、アンジェリークを連れて別の化粧室に向かうことにした------



「”囮捜査”失敗か・・・」
 現場の遺体を見ながら、アリオスは深く溜め息を吐いた。
 エンジェルショッピングセンターの1回女子トイレは、警察によって隔離され、捜査が進められている。
 被害者は彼もよく知る麻薬課の刑事で、やりきれなさを感じた。

 麻薬課はよく囮捜査をすると聞く・・・。
 その果てがこうなるとはな・・・

 だが、感傷に浸る暇も気分もなくて、冷静に現場の状況を見、鋭い勘を働かせる。
「こんな賑わってるショッピングセンターだ。誰か目撃者がいれかもしれねえ。聞き込みだ、オスカー」
 オスカーと呼ばれた深紅の赤毛の青年もしっかりと頷く。
「ああ」
 現場は鑑識に任せ、アリオスとオスカーは聞き込みに出かけた。


 誰かが見ていたとしたら、その目撃者は消されるかもしれねえ・・・。

 アリオスとオスカーはあらゆる人々に聞き込みをする。
 彼らが完璧な容姿のせいか、聞き込みもスムーズにいった。
「事件を目撃したような人は、いなかったか!?」
 昼食から帰ってきた売店の中年の女性に、アリオスはつかさず尋ねる。
「何かこんな男前に訊かれると緊張しちゃうね〜」
 頬を赤らめた女性に、アリオスは冷たい睨みを訊かせる。
 その途端女性の表情がはっと引き締まった。
「あっ、そう言うたら、栗色の髪の綺麗なお姉ちゃんが、その時間ぐらいに血相変えてトイレから出てきたわ」
「その子の特徴は?」
「多分、目が見えないんだろうねぇ。白い杖をついていたからね。16、7の大きな綺麗な瞳の子だよ。これまた綺麗なお姉さんと一緒にいたねえ」
 アリオスは眉を潜め、厳しい表情をする。

 目が見えない…

「サンキュ、恩に着る」
 軽く礼を言った後、二人はいったん署に戻ることにし、車に乗り込んだ。


「目が見えねえか・・・」
 ハンドルを握りながら、アリオスは唸るような声で呟く。
「厄介だな・・・。白杖が見えなかったとしたら、”目が見える”とホシは思うだろうしな・・・」
「ああ。顔や特徴を見られていた場合が一番な」
 アリオスは唇を噛み締め、まっすぐに視線を這わせた。



 アンジェリークは家に帰り、一息つきながら、姉のディアと共にラジオを聴いていた。
「入院の買い物も整ったし、いよいよね」
「うん、お姉ちゃん」
 少し面持ちの暗い妹に、ディアは不審そうに眉を寄せる。
「何かあるの?」
『ニュースです。本日午後1時頃、エンジェルショッピングセンター、1階女子トイレにおき、アルカディア署麻薬課刑事、ヘンリー・サマーズさんが何者かによって殺害されました』
 ”殺害”------
 その言葉にアンジェリークの身体がピクリと動く。
「警察では現在目撃者をその身の安全を確保する為に探しています」

 私のことだ・・・!!

 アンジェリークの顔色が益々悪くなり、ディアは心配そうに顔を覗き込んだ。
「アンジェ?」
「お姉ちゃん! 私をこの警察に連れていって!」
 しっかりとした口調でいてすがりつく妹に、今度はディアが顔色を悪くした。
「まさか、あなた・・・」
「お姉ちゃん!」
 この目では何も見てはいない。
 だが誰よりも、殺気と声に敏感なアンジェリークを、ディアは誰よりも良く知っていた。
「現場に遭遇したの?」
 ストレートな姉の言葉に、アンジェリークはしっかりと頷く。
 ディアは苦しげに深く目を閉じた後、決意を秘めたように妹を見つめた。
「判ったわ、行きましょう」
 姉の少し重い声に、アンジェリークは「有り難う」とばかりに手を握った。


 警察署までは、バスで行く。
 バスを降り、少しだけ歩くのだ。
 道路を白杖一本でアンジェリクは普通に歩く。
 そのすがたはどこか凛として美しかった。

 あの姿…。
 まさか…。

「・・・!!!」
 不意にディアははっとする。
「アンジェリーク!!!!」
 そこが歩道なのにも関わらず、一台の車が猛スピードでこちらに突っ込んでくる。
 姉としてディアは妹を庇おうと、アンジェリークをぎゅっと抱きしめ、未知の横に寄ろうとした。
 だが-------
「きゃあっ!」
 次の瞬間には、アンジェリークごと、身体を浮き上がる道路のはしまで飛んでいる。
 刹那。
 気がついたときには、地面に身体は横たわっていた。

 プーっ!!

 大きな音を響かせながら、アンジェリークを轢こうとした車は鼻先を通り過ぎていく。
「おい、大丈夫か、2人とも?」
 低いテノールに導かれ、アンジェリークとディアは青年が助けてくれたことに、ようやく気がついた。
 彼はいち早く起き上がると、2人に手を差し伸べてくれる。
 最初はディア。
 続いてアンジェリークだ。
「大丈夫か?」
 青年は、アンジェリークが握り締めている白い杖を見てはっとする。

 まさか、彼女が…。
 確かに売店におばはんが行ってたのとぴったり一致する・・・!!

 大きな澄んだ瞳をアンジェリークは向け、真っ直ぐと彼を見つめる。
 まるで吸い込まれるような、青緑の煌く澄んだ瞳。
 彼は胸の奥が痛くなるのを感じた------

 彼女だ。
 彼女に違いない…!!

 差し伸べた手でアンジェリークの小さな手を握り締める。

「あんたを捜してたんだ-------」


 〜TO BE CONTINUED…〜
 

コメント

105000番のキリ番を踏まれた桔梗さまのリクエストで
「切ないハードボイルド/アリアン」です。

またもやカッコの良いアリオスさんがかけて幸せ。
かっこ良いアリオスさん。
 締め切りさえなければ(笑)最高のストレス解消です

モドル ツギ