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CHAPTER 7

 私が・・・、血の繋がらないコ・・・。

 全身がガクガクと震え、アンジェリークは立っているだけで精一杯だった。
 時間が凍りつき、二人の間に白い緊張が走る。
「あ・・・、私、、昼ご飯お仕度に、か、帰らないと・・・、じゃ、じゃね・・、アリオス」
 背筋が震え上がるような眼差しを、アリオスは無言で女に送った。
 "もう二度と来るな"と視線が訴えている。
 女は、気まずそうに立ち上がると、二人の間をこそこそ通り抜ける。
「じゃあ、ね、アンジェリーク・・・」
 挨拶をされても、時間の凍りついたアンジェリークには、返すことすら出来ない。
 女が出て行くドアの開閉音を合図に、彼女は崩れ落ちそうになり、そのままアリオスに抱きとめられた。
「アンジェ!!」
 虚ろな視線の彼女を彼は優しく抱きしめる。
「あんなこと、気にするな!!」
「----だけど・・・、私が、"血の繋がらないコ”なのはホントのことなんでしょう・・・」
 震える声で、力なく、それこそ言い終われば事切れてしまうような声で、アンジェリークは呟いた。
 その声は、アリオスに楔となって突き刺さる。
 彼は、一瞬間、宙を見る。

 エリス、俺に力を貸してくれ・・・。

 アリオスは、優しく抱擁を解くと、彼女の肩に手を置き、愛が溢れた優しい眼差しを彼女に落とした。
「----一度しか言わねぇから、寝ないで聞いてろよ」
 アンジェリークは、コクリと頷く。
「----そう、俺とおまえは、血は繋がっていない。
 だが、俺は、おまえを引き取ってから、一度として、"家族"じゃないと思ったことはねぇ。
 ----これだけは、判ってくれ」
 彼女は、頷くことしか反応することが出来なくなっていた。
「サンキュ」
 肩を抱いたままアンジェリークをソファへと座らせると、彼は本棚から一冊のアルバムを取り出し、それを彼女の前に置いた。
「本当は、おまえが20歳になったときに打ち明けるつもりでいた。それが、少しばかり早くなってしまっただけだ」
 アリオスは、アンジェリークと向かい合うようにソファに腰掛ける。
 彼女の顔は、先ほどから髪のように白くなったまま、その表情は凍りついている。
「おまえは・・・、俺の愛した女の姪だ」
 "俺の愛した女"----彼女は、その部分にピクリと体を揺らし、反応する。
 例え、それが昔のことだったとしても、今の自分には堪えられそうにないと思った。
「俺と彼女・・・、エリスと言うんだが・・・、中学ぐらいから付き合っていた。偶然にも、俺のオヤジと彼女のオヤジが、再婚しちまって、俺たちは兄妹になった。そのエリスには母親違いの姉がいて、その女性(ひと)の娘が・・・、おまえだった。----だから俺たちは義理だが、ちゃんと"叔父と姪”だ」
 アンジェリークは、俯いたまま、手を口元で握り締めて、祈るような姿勢をしている。
 アルバムのページをアリオスが開いたとき、アンジェリークは息を呑んだ。
 一瞬、自分とアリオスの一緒に写った写真だと思った。

 私・・・? だけど隣にいるアリオス叔父さんが、少年みたいだ・・・。

 目を凝らしてよく見ると、日付は14年前になっており、自分とよく似た少女は栗色の髪の女の子を抱いている。
「俺と、隣で小さな子供を抱いているのが、エリス。おまえの叔母だ。おまえが、エリスに逢ったのはこれが最初で最後だから、覚えてないのも無理はない」
「膝の上の女の子が・・・、私・・・」
「そうだ」
 アンジェリークは思わず、自分の輪郭を震える手でなぞる。
 覚えてもいない叔母の顔と自分が余りにも似ていることが、胸を締め付け、息苦しくさせる。
 愛する人が、もし、自分を通して他の女性(ひと)を見ているとしたら----
 それこそ、切なくて、苦しくて居たたまれなくなると、アンジェリークは唇を噛む。
「それから、4年後、エリス、俺のオヤジと、エリスの母親を乗せた自動車が、酒気帯び運転のトラックに追突されて、三人とも即死して、俺は、一人になった」
 死----その言葉を聞いたとたんに、アンジェリークは激しい震えを体に強張らせる。
 アリオスははっとする。
 昔、それこそ、彼女と暮らし始めた頃、この少女は"死”という単語に、ひどく敏感になっていたことを思い出す。
 そのときに、どうして慰めていてやったかを----
 彼は、ゆっくりと彼女の隣に移動し、彼女を優しく包んだ。宥めるように、まるで子守唄でも奏でるように、その華奢な背中を何度も叩いてやった。
 
 こうしていると、何よりも安心する。アリオス叔父さんの香りが、私を安心させてくれる・・・。
 昔からそうだった・・・。
 だけど今は、私の心を最も騒がせる香りでもある・・・

「大丈夫だから、最後まで話していて」
 アリオスの胸にも、震えが止まったことが伝わってくる。
「----エリスの死後2年経って、おまえの母親も亡くなったと連絡が来た。
 ----そこからはおまえも知っているとおり、おまえを引き取る手続きを踏んだ」
「----じゃあ、どうして、私を引き取ってくれたの?」
「----最初は・・・、エリスに面差しが似ていたからかもしれない」
「・・・!!!」
 心が、音を立てて崩れてゆく。
 その音を、アンジェリークは利いたような気がした。
「----俺は、世界で一番・・・」
 アリオスはそこで心の奥からこみ上げてくる"愛している"という言葉を必死になって飲み込み、"可愛い”という言葉にすんでのところで差し替える。
「----可愛いと思ってる。これからも、おまえと俺は家族だ。いいな?」
 彼に低くて少し飄々とした声が、彼女に降りてくる。

 判ってる・・・。判ってるよ。だけど・・・、知ってしまった今では、こんな気持ちを抱えてたら、あなたと一緒にいられない・・・。

「----私も、世界で一番、アリオス叔父さんが好きだから・・・」
 アンジェリークは、アリオスの背中に手を伸ばすと、一瞬、彼を抱きしめた。
 これが最後の抱擁だと、判っていたから。
「アンジェリーク?」
「さて、お昼ご飯を作るね? 出来たら呼びにいくから、部屋で待ってて」
 ゆっくりと彼から離れ、いつものように大輪の向日葵のような笑顔をアリオスに向ける。
「ああ。頼んだ。たまってる仕事しなくちゃならねぇから、出来たら読んでくれ?」
 アリオスは、彼女のいつもの笑顔にほっとすると、それにつられて口元に微笑を湛える。
「うん! 判った! 着替えてこなくっちゃ!!」
 アリオスは書斎へと、アンジェリークは自分の部屋に向かった。
 部屋に入ったアンジェリークは、蒼ざめた顔で荷造りを始めた。
 最低限のものだけをかばんに詰めるのに、およそ10分ほどで済ませた。
 心は、もう二度と、あの幸せな日々と同じようにはならないのは、判っていた、。
 そう思うと堪えきれなくなって、嗚咽が漏れる。
 彼女は、手早くアリオスへの手紙を認めると、荷物と手紙を持って部屋を後にした。
「さよなら・・・、私の大好きだった場所・・・」
 温かい涙が、彼女の頬を辿った。

 キッチンへと戻った彼女は、荷物を勝手口に置き、アリオス一人分の昼食を作り始めた。
 メニューは、手早く作れて、しかも美味しいブイヤベースを作った。
 アリオスへのため最後の食事。
 アンジェリークは、心を込めて、丁寧に、しかも手早く作った。
 書斎で仕事をするアリオスは、キッチンから聞こえるいつものリズムに、少しだけほっとしていた。
 とうとう作り終わり、アンジェリークは、テーブルの上に、アリオスへの手紙と、家の鍵を置くと、静かに出て行った。

 さよなら・・・。大好きな人・・・。    

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 キッチンから物音がしなくなってから30分。
 流石のアリオスも、最近体調の悪いアンジェリークが倒れてしまったのかと、仕事を一旦手を止めて、キッチンへと向かった。
「アンジェリーク、アンジェリーク」
 何度名前を呼んでも返事はなく、静まり返ったキッチンに虚しく木霊する。
「アンジェ、いないのか?」
 彼は、ふと、テーブルに視線を落とすと、そこには主に置き去りにされた鍵と、天使の羽根がデザインされた封筒が置いてあった。

 ----まさか!!

 アリオスは、心の一部が、それこそ引きちぎられるような痛みに震え上がり、抑えていた感情が吹き出してくる。
 彼は、強引に封筒の封を開け、中から一便箋を取り出した。 

アリオス叔父さんへ。
7年間、育てていただいて、本当に有難うございました。
血の繋がらない私のことを、ここまでにしてくださって、感謝しています。
7年間、私はとても幸せでしたから、今度はあなたが幸せになる番です。
私のことはもう肩から外してくださいね。
いつか・・・、私は必ず恩返しをさせてもらいます。
私も、それまでは、一人で一生懸命頑張ります。
お幸せになってください。
お体に気をつけて・・・
本当に、本当に、有難うございました!!
アンジェリーク

「アンジェ!! アンジェ!!」
 アリオスは、家中のドアというドアを開けまくり、ただ一人の少女を探す。
 何度もその名前を読んだが、返事はなく虚しくなる。
 がっくりと肩を落とし二階に上がり、彼女の部屋に入る。
 主を無くした部屋は、物があってもがらんとしている。
 彼はふと気がつく。
 7年間書きためられた交換日記がなくなっていることに----

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 アンジェリークは、荷物を片手に、俯きながら駅へととぼとぼと歩いていた。

 血が繋がってない以上、もう、叔父さんの傍にいる資格なんてない・・・。
  でも、貯金しててよかった・・・。どこかビジネスホテルにでも泊まって、住み込みの仕事を探さなきゃ。
 いつか、お金をいっぱい貯めてアリオス叔父に、うんとおんがえしをしなくちゃ・・・。
 だけどその頃には、可愛いお嫁さんでもいるかな・・・。

 そう思うとまた涙が出てくる、泣きすぎて気分が悪くなる。
「あれ、アンジェちゃんじゃないかな?」
「ああ、アリオスさんの所の姪っ子さん?」
「ん・・・、なんかあの後姿ヘンだよね?」
「なんか力を落としてるみたいだけど、大丈夫かしら」
 オリヴィエは、恋人でブティックを経営しているロザリアとのデートの帰りだった。
 歩道ぎりぎりのところで、彼は車をとめると、ロザリアと二人、アンジェリークの様子を見ていた。
「---オリヴィエ、様子を見てきて上げましょうよ」
「オッケ。じゃあ、私が見てくるよ」
 素早く、そして優雅に車から、降りると、オリヴィエは先を進むアンジェリークを追いかけた。
「アンジェちゃん!!」
 名前を呼ばれ、アンジェリークは涙目で振り返る。
「オリヴィエさん!!」
 オリヴィエが視界に入った途端、アンジェリークは駆け出した。
「待ちなよ!!」
 オリヴィエもその後に続く。
 男性の足と、荷物を持った女の子の足では、勝負は目に見えている。
 菅様、アンジェリークはオリヴィエに掴まってしまい、思わずもがく。
「どうしたのよ!! そんなにもがいて」
 蒼ざめた顔で、泣きじゃくる彼女に、オリヴィエは困ったように眉を顰める。
「お願い!! アリオス叔父さんには言わないで!!!」
 オリヴィエは、彼女の荷物と、その言葉で、大体のことが察しが着いた。
「----ね、アンジェちゃん、今、ロザリアも一緒なんだけれど、よかったらうちにこない?」