WHERE DO WE GO
FROM HERE

CHAPTER6


 アンジェリークはようやく学校にいけるようになり、いつもの生活を取り戻しつつあった。
 彼女が倒れて以来、アリオスは仕事が終わったらすぐに家に帰ってきてくれ、彼女の面倒を見てくれる。
 嬉しい反面、それは苦痛にもなり、彼女を苦しめていた。
 彼が優しいのは、自分が姪だから。男女間にある感情など、決してないのだと、このときの彼女は思っていた。
 一見、元気を取り戻したように見えるアンジェリークだったが、心は相変らず苦しい状態が続いていることを、レイチェルだけは知っていた。
 今日もなるべく彼女の気を紛らわすべく、校庭に連れ出して、一緒にお弁当をぱくついていた。
「ホント、アンジェはお料理上手いよ! ワタシ男だったら絶対アナタをお嫁さんにしてるわ」
 アンジェリークのお弁当をつまみながら、レイチェルは何度も頷く。
「フフッ、ありがと、レイチェル」
 ふんわりと嬉しそうに微笑みながら、アンジェリークはお弁当をレイチェルに差し出した。
「なに?」
「食べていいよ」
「じゃあ、ワタシのと交換しようよ!!」
 レイチェルの申し出にアンジェリークはふるふると首を振る。
「食欲ないんだ、あんまり・・・」
「食べなくちゃ!! アナタ、ただでさえ華奢なのに、食べなかったら消えちゃうじゃない!!」
 レイチェルは心からそう思っていた。本当に、最近のアンジェリークは、儚くて、手を伸ばせば消えてしまうような気がする。
 そして、アンジェリークの苦悩を取り除けるのは、アリオスだけだということも。
「レイチェル・・・」
 親友が余りにも深刻そうに言うものだから、アンジェリークは思い直してこくりと頷いた。
「うん、じゃあ、交換しようか?」
 泣きそうだったレイチェルの顔に笑顔が戻り、二人は互いのお弁当を交換し合う。
 その様子を、職員室の窓から、担任であるヴィクトールが見つめていた。
 彼も、最近のアンジェリークの異変にうすうす気がついていた。
「何とか出来たらいいがな、コレット」
 ヴィクトールは、自分の席に戻ると、電話を手に取り、名簿を片手に掛け始める。
「すみません、私、スモルニィ学院高等部のヴィクトールと申しますが、そちらにアリオスさんはいらっしゃいますか?」


 電話に出たのは、事務所の事務員だった。
「先生ですが、只今、法廷に行っておりまして・・・、あ、、帰ってまいりました。少々お待ちくださいませ」
 事務員は電話を保留にすると、法廷から帰ってきたばかりのアリオスに電話を持っていった。
「先生、スモルニィ学院のヴィクトール様からお電話です」
「ヴィクトール!?」
 アンジェリークに何かあったと思い、アリオスは事務員から奪うようにして電話を取る。
「はい、代わりました、アリオスです。アンジェリークに何か」
「いや、進路相談のことで少しお話させていただきたいと・・・」
「進路相談?」
 アリオスは眉を顰め、訊き返す。
「え・・・、ひょっとして、彼女からは何も・・・」
「全く聞いてませんが」
 電話の向こうで、ヴィクトールが溜め息を吐くのがわかる。
 アリオスはショックだった。アンジェリークは自分には何も進路について相談してこなかった。
 胸がどうしようもなく、圧迫されるのを感じる。
 最も頼って欲しい相手に頼られないことが、こんなに辛いなんて。
 だけど、そうしたのは自分かもしれないと彼は思う。
 彼女への思いを忘れるために、夜な夜な遊び歩いて、相談する暇を与えなかったのも事実だから。
「判りました。では、一度本人を交えた面談を行いたいのですが、いかがですか?」
「はい」
「いつがよろしいですか?」
「今日はこれからなら、時間が取れますが、それ以降が忙しくなりそうなので」
「判りました。では放課後に本人を交えて行いましょうか」
「宜しくお願いします」
「では、3時30分に、進路相談室でお待ちしています」
 電話を切ったも、アリオスはじっと考え事をしていた。

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ヴィクトールの終了の掛け声と共に、クラス委員のレイチェルが起立・礼の号令を掛け、一日の授業が終了した。
「コレット、来なさい」
 ヴィクトールに呼ばれ、アンジェリークは教卓の前に向かう。何かしらと、首をかしげている。
「先生」
「3時30分になったら進路相談室に来てくれ」
「はい」
 頷いたものの、この間の相談で総てが終わったと思っていたアンジェリークには、どうも腑に落ちなかった。


 3時30分まで図書室で宿題をしながら時間をつぶし、アンジェリークは進路相談室へと向かった。
「ねえ、さっきの男の人見た?」
「うん!! 長身で、銀髪のかっこいい人でしょ〜」
 進路相談室へと続く廊下を歩きながら、アンジェリークは、女性と立ちの会話に反応する。
 銀色の髪、長身・・・。アンジェリークは、まさかと思った。
 もし、アリオスが来ているとしたらと、思うだけで震えが来る。
「翡翠の瞳と黄金の瞳なんてカッコよすぎる〜。誰かの父兄かしら?」
 アリオスだ!
 アンジェリークの心臓は早鐘のように打ち、その歩みを速まらせる。

 どうして、アリオス叔父さんが学校へ!!”

 素早く部屋をノックする。
「入れ」
「失礼します」
 中に入ると、スーツ姿のアリオスが厳しい顔をしてイスに掛けており、アンジェリークは息を呑んだ。
 やっぱりだと、彼女は思う。
「アリオスさんの横に掛けなさい」
「はい・・・」
 すっかり動揺してしまい、彼女は萎縮しながらアリオスの横に腰掛けた。
 横に座った彼女を横目で見ながら、アリオスは心を乱される。

 最近のおまえは触れてしまえば消えてしまうように、儚くなっている・・・。
 綺麗になった・・・、本当に心からそう思う・・・。

「では、彼女の成績がこれです。はっきり言って、どこの大学も先ずは問題ありません」
 ヴィクトールに差し出された成績表に、アリオスは目を落とす。
 あれだけ家事を完璧にこなしているのに、この成績を取っている彼女が、彼は誇らしくて、愛しくて堪らなかった。
「で、これが、彼女の希望進路です」
 アンジェリークは、身を硬くして瞳を硬く閉じた。その横顔を、すっかり蒼ざめている。

 叔父さんは、怒るに決まってる・・・!!

「ご本人は、昼間は就職をして、夜間のアルカディア大に奨学金を取って進みたいといってます」
 ヴィクトールの話が進むに連れて、アリオスの表情は険しく、そして厳しくなってゆく。
 それを横目でちらりと見るアンジェリークの表情も、芳しくない。
「私としては、もったいないと思います。彼女なら、奨学金をとっても、一部で、もっといい大学を選べますからねぇ」
「では、先生のその方向で進路指導をしてください。コイツとはそのことで少し話し合わなければなりませんから」
 弁護士という職業柄か表面上はソフトに話してはいるが、言葉の端々に彼の充分すぎるほどの怒りを感じ、アンジェリークは、恐怖で体を小刻みに震わせた。
「コレット? おい、大丈夫か?」
 ヴィクトールは気遣った視線で、アンジェリークの顔を覗き込んだ。アリオスも同時に彼女の顔色の悪さに気づく。
「先生、申し訳ありませんが、コイツ、体調があまりよくないみたいですから、連れて帰ります」
「ああ、そうしてください」
 もちろんというばかりに、ヴィクトールは、何度も頷いた。
「どうも」
 アリオスは、アンジェリークの脇を抱えて立ち上がらせ、彼女のカバンを持つと、進路相談室を後にした。
 残されたヴィクトールは、大きな溜め息をを、ふーっと宙に吐いた。

 あの二人・・・、お互いのことを気遣いすぎて、前が見えなくなっているな。
 アリオス、おまえとアンジェリークのことは、俺はよく判っているぞ、先輩としてな!!



 学院の駐車場に向かう間、アリオスは一言も言葉を発しなかった。
 アンジェリークは、その後ろをとぼとぼとうなだれながら歩く。
 いつもの彼なら煙草をふかして心を落ち着けるが、今日は、アンジェリークの体調を考えるとそうはいかなかった。
 車に乗り込んだところで、ようやくアリオスは口を開いた。
「アンジェリーク」
 声を掛けられて、彼女は体をビクリとさせる。
「----おまえ、もっと俺を頼れ。昔から、ヘンな遠慮ばっかりしやがって、俺たちは家族なんだから、おまえは甘えて当然なんだ」
「叔父さん・・・」
 口調は乱暴だが、アリオスは、いつでも彼女が欲しい言葉をくれる。
 彼の意志を突きつけられるような言葉は、アンジェリークの心に降りてきて、ひとつのかせを外す。
「・・・うん・・・」
 涙声になりながら、アンジェリークはゆっくりと頷いた。
 アリオスは、フッと慈しみのある深い笑顔を浮かべると、彼女の栗色の髪をクシャリと撫でた。

 叔父さん、今の言葉、とっても嬉しかったんだよ・・・。だけど、あなたに迷惑を掛けたくないのもまた事実だから・・・。

 二人を乗せた車は、ゆっくりと二人の場所へと帰っていった----

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 土曜日の午後、いつもより早く授業が終わったアンジェリークは、昼食と夕食の買い物を終えてから、家に帰ってきた。
 玄関の鍵を開けようとすると開いており、そこにはいつも来る遠縁の女性の靴と、アリオスの靴があった。
「また来てるんだ・・・、あのひと」
 そっと音を立てないようにキッチンへ向かおうとすると、リヴィングから声が聴こえてきた。
「先方さんもね、あなたが気に入ってるらしいのよ」
「俺はその気はねえよ!」
「あなたもそろそろ身を固める時期よ! あんな血のつながらないコのことなんか考えてないで」

 血のつながらないコ----

 ドクン----
 ドクン----

 心臓が音をたってて鳴り響く。
 アンジェリークは、頭が白くなってゆく。
 唯一の存在理由が否定されたようだ、体を支えられない。
 音を立てながら、手から荷物が零れ落ちる。
 その音に反応し、アリオスは咄嗟に振り向いた。
「アンジェリーク・・・!!!!」
 そこには、顔色をなくした彼女の姿があった。

 二人の運命が、動き出す----


コメント
いよいよメロドラマも佳境に入ってきました。「WHERE DO WE GO FROM HERE?」6回目です。
次回が、実は最終回(笑)。最終回スペシャルとして、7章・(^^:)・エピローグを一気にUPします。
インフォメーションにお知らせが載っておりますのでぜひ見てください。
番外編の二人が幸せですから、もうラストはお分かりですよね〜
ちなみに(^^:)マークは意味ありです。
判る方には、判る。