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CHAPTER4


 あの日から、アリオスの帰宅は毎晩遅くなり、まるでアンジェリークを避けているかのようだった。
 夜遅いせいか、アリオスは朝もアンジェリークと顔をあわせることはなく、二人はどんどんすれ違いの生活になっていった。
 少し前までは、お互いに顔の合わさない日は、ノートに1日の出来事を書いて、それをダイニング置いて交換日記のようにしていた。
 しかし今は、アンジェリークがいくら出来事を書いても、アリオスから帰ってくることはない。
 だが、それが彼との唯一の絆のように思えて、アンジェリークは書かずにいられなかった。
「いってきます」
 朝食も喉を通らず、アリオスのための準備だけをして、アンジェリークは学校へと急ぐ。
 彼女が家から出て行くと、アリオスはようやく起き上がる。
 アンジェリークと顔を合わせたくても、意地を張ってしまってからずるずるとこの状態が続いていた。
「アンジェリーク・・・」
 アリオスは、愛しそうにノートを開け、彼女の書いた出来事を読む。
 内容は、学校であった他愛のない出来事がほとんどだが、その内容も、最近、元気がなくなってきている。
 アリオスは、どうにかしなければならないと思いながら、苦しげに自分の心をもてあましていた。

 あの笑顔に逢えないのがこんなに辛いなんて・・・。  

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「アンジェ、ヴィクトール先生が進路指導室で呼んでるよ」
 ぼんやりとしていたアンジェリークは、親友の声でようやく気を取り戻す。
「あ、有難う、レイチェル」
 机から立ち上がろうとして、アンジェリークは一瞬くらっときた。
「アンジェ!」
 レイチェルは、びっくりして、アンジェリークを慌てて支える。
「あ・・・、ありがと・・・」
 アンジェリークは血色の失った顔に弱々しい笑顔を親友に見せ、何とか体制を立て直そうとする。
 それがとても痛々しくレイチェルには映る。
「ねえ、アンジェ! 最近ヘンだよ! お弁当も余り食べないし、目の下のクマも凄いし、顔色悪いし・・・」
「レイチェル・・・」
 あの日以来、アンジェリークの体はほとんど食べ物を受け付けなくなり、夜は眠れなくなっていた。
 だから、アリオスの連日連夜の深夜帰宅も知っていた。
 そして、それが何を意味するかも。
 精神的にも体力的にも、アンジェリークは限界に近かった。
「ヴィクトール先生にはワタシからも言ってあげるから、面談、違う日にしてもらったら?」
 レイチェルは、眉を寄せながら、気遣わしげにアンジェリークを見つめ、彼女の背中に手をやってそっと支えてやる。
「有難う・・・。だけど、私、先生にどうしても言いたいことがあるから・・・」
 アンジェリークは、今にも崩れ落ちそうなのに、何とか気力で答える。
 一度言い出したら聞かない頑固なところがあることも、レイチェルはよく知っていた。
「----判った。待っててあげるから、行っといで。帰りは送ってあげるからさ」
「うん・・・、有難う、レイチェル・・・」
 アンジェリークは、感謝の気持ちを精一杯表すために、儚げな微笑をレイチェルに向けると、よろよろと進路指導室へと向かう。
 その後姿を見ながら、レイチェルは泣きそうになる。

 アンジェ・・・、アリオスさんと何かあったの?



「失礼します」
「ああ。コレット、掛けなさい」
「はい」
 アンジェリークは、力なく返事をすると、ヴィクトールの前の椅子に腰掛けた。
「おい、気分が悪いようだが大丈夫か?」
 目の前に座った、アンジェリークの顔が紙のように白いのが、ヴィクトールの目を引く。
「いいえ、平気です・・・」
 本当は椅子に座っているのが精一杯であったにもかかわらず、アンジェリークは嘘をつく。
 彼女の嘘など、ヴィクトールには、お見通しだったが、本人が弱音を吐かない以上は、彼としても黙っているしかなかった。
「----そうか・・・」
「はい・・・」
「ところで、今回の三者面談は、保護者の方は来れないそうだな?」
「・・・はい・・・。叔父さん、仕事が忙しくて・・・」
 アンジェリークは、どこか後ろめたさを感じながら、ヴィクトールから思わず目を逸らした。
「----進路表を見ると、国立アルカディア大の第二文学部と書いてるが、おまえの成績から見ても、まずは大丈夫だろう」
「よかった」
 アンジェリークの顔に、うっすら赤みが戻り、安心からか、少し血色が戻る。
 ヴィクトールは、少しほっとし、話を続ける。
「おまえだったら、奨学金を取ってももっと上の学校を狙えるぞ。なにも二部でなくても・・・」
「先生、私、昼間に働きたいんです・・・」
 アンジェリークは、切なげに呟くと、自分の意志とは関係なく、涙が溢れ出て、困った。
「----私・・・、これ以上誰のお荷物にもなりたくない・・・」
 最後の言葉は、涙でかき消され、嗚咽が忍び出た。
「コレット・・・」
 アンジェリークの家庭の事情を知るヴィクトールは、彼女の肩を励ますようにポンポンと叩いてやることしか出来なかった。
 この会話を、ドア越しで盗み聞きしていたレイチェルも、もらい泣きしてしまい、目を何度もこする。
「・・・バカアンジェ・・・」 

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 結局、アンジェリークとレイチェルが学校を出たのは、午後6時を過ぎたところだった。
 アンジェリークの顔色は、益々悪くなり、レイチェルに支えられて何とか歩けるような状態だった。
 学園前通りに入って、アンジェリークの足取りは益々覚束なくなり、レイチェルの不安は増す。
「アンジェ、がんばって!」
「・・・レイチェル・・・」
 弱々しい囁きと共に、アンジェリークは、レイチェルの腕をすり抜け、崩れ落ちた。
「アンジェ! アンジェ!」
 レイチェルは、アンジェリークを気付けるために、何度も頬を叩いたが、アンジェリークの瞳は固く閉じられ、ピクリともしない。
「すみません!! 誰か救急車を!」
 レイチェルは、辺りを見回し助けを請う。
「あれ・・・、ひょっとしてあの金髪のコ、アンジェちゃんのお友達じゃ」
 仕事の帰り、学園前通りの御用達の自然食品店で買い物をしていたオリヴィエは、騒ぎを聞きつけて、駆けつける。
「ねえ、アンタ、アンジェちゃんのお友達の・・・、アンジェちゃん・・・!!!」
 レイチェルの腕の中でぐったりとしているアンジェリークを見つけ、オリヴィエは、驚愕した。
「どうしたの!?」
「最近、ずっと食欲なくて、寝てなかったみたいで・・・、今日も無理したみたいなんです」
 レイチェルは、涙ぐみながら、一生懸命アンジェリークの頬を撫でてやる。
「とにかく、私の車がそこに停めてるから、おうちに連れて帰りましょう。ついでに知り合いの医者と、あのバカに連絡を取るから」
 オリヴィエがアンジェリークを抱え、レイチェルが荷物を持って、車へと向かった。
 オリヴィエは、後部座席にアンジェリークとレイチェルを乗せ、アリオス宅へと急ぐ。
 ハンドルを片手に交通違反だとわかっていながら、携帯電話を使う。
「あ・・・、リュミエール? ごめん、ちょっと緊急事態。知り合いの女の子が急に意識を失って・・・、そう・・・。家の場所はね・・・」
 オリヴィエは、まずは知り合いの医師に連絡を取り、往診を取り付け、一安心する。
「問題は・・・、このどうしようもないオバカさんよね・・・」
 オリヴィエは、携帯のメモリダイアルで何度もアリオスに伝葉を掛けるが、すぐに留守番電話に転送される。
「ったく、あんたの大事なコの緊急事態なのになにやってんの! たこ!」
 オリヴィエは、電話口で大声で叫ぶと、要点だけを留守録にいれて携帯を切った。
「・・・ったく、なにしてるんだか・・・」
 オリヴィエの車は、この間も、猛スピードでアリオス邸に向かって走っていた。 

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「どうかした?」
「いや・・・」
 アリオスは、最近、毎日のように、違った女性とデートをしていた。
 アンジェリークへのやるせなさを忘れるために、さまざまな女と逢い、時には寝たりもしていた。
 そんなことが続いて、アンジェリークと顔を合わせづらくなっていた。
 彼女と違い、自分が何だか穢れた存在のようにすら思える。
 他の女と会っていても、彼の意識は常にアンジェリークしかなかった。
「・・・ねえ、クラブでもいかない?」
「いいぜ」
 アリオスはうわの空で答え、女の腰を抱いて、地下にあるレストランから地上へと出た。
「ちょっと、待ってくれ」
 地下にいたために、何か着信はないかと、彼は携帯を取り出した。
「留守電が一件か」
 アリオスが、再生してみると、いきなりオリヴィエの声で、
『ったく、この緊急事態なのに何やってんの! たこ!』 
 と、ののしる声が入っており、彼の耳はキーンとなった。
「何だ! アイツ」
『----アンジェちゃんが倒れて意識がないから、とにかく家に帰ってきて』
 再生されたメッセージは、アリオスを凍りつかせた。

 アンジェリーク・・・!!!

「悪い、帰る!!」
「ちょっと、アリオス!!」
 アリオスは、女の制止を振りきり、全速力で夜の街を走り抜ける。
 心が崩れ、最早何も考えられない。不安と恐怖が彼を覆い尽くす。

 アンジェリーク! アンジェリーク! アンジェリーク!
 俺が意地を張るばかりに、あいつは・・・!
 おまえを失ったら、俺は、俺は・・・!

 アリオスはもう周りを見ることが出来ず、ただただアンジェリークの元へと急いでいた。

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「アンジェリーク!!!」
 アリオスが、銀の髪を乱し、息絶え絶えに家についたのは、丁度診察が終わったときだった。
 オリヴィエ、レイチェル、そしてアンジェリークを往診した医師リュミエールが、二階の階段から下りてくるところだった。
「アリオス・・・」
「オリヴィエ・・・、アンジェリークは・・・!」
 アリオスは心配げに顔をゆがませたまま、縋るようにオリヴィエを見た。
 こんなアリオスをオリヴィエは、今まで見たことはなかった。
 いつもクールな彼の表情が、不安と恐怖に溢れている。
「大丈夫ですよ・・・。ちょっと疲れていただけのようですから」
 リュミエールは、穏やかな笑顔でアリオスを見、何度も大丈夫だといいたげに頷く。
 アリオスは、ほっと安堵の溜め息を吐き、胸を撫で下ろした。
「2,3日安静にされていれば大丈夫でしょう。栄養注射も打っておきましたし、お薬も出しておきましたから、飲ませておいてください。薬は袋に用法を書いてありますから、ご参考にしてください」
「・・・有難うございました・・・!」
 アリオスは、リュミエールに深々と頭をたれた。
「では、私はこれで・・・」
「じゃあ、私たちも帰るから、あとは宜しくね」
 オリヴィエは、友が気にしないように軽くウィンくクをして笑う。
「お願いします」
 レイチェルの顔にもようやく笑みが戻り、アリオスに微笑みかける。
「オリヴィエ、サンキュ」
 アリオスは照れくさそうに言う。
「この借りは、仕事で返してよ」
 オリヴィエは、深い微笑を浮かべて、アリオスの肩をポンポンと叩いた。
「レイチェルもありがとう」
「また明日、ノートでも持ってきます」
「宜しくな」
 レイチェルは笑顔でアリオスに答えた。
 三人が帰ると、家の中は静まりかえり、アリオスは切なげに溜め息をついた。

 アンジェリーク・・・。俺を許してくれ・・・。

 アリオスは、二階のアンジェリークの部屋に入り、彼女の眠るベットの前に立つ。
 ベットで眠りつづけるアンジェリークは生気がなく、今にも消えてしまいそうなくらい儚い。
 アリオスは、不安になってそっとアンジェリークに顔を近づけ、呼吸をしているかを確かめた。
 僅かにかかる寝息に、ほっとする。。
 アリオスは、信じられないような深い愛情と慈しみのある視線で彼女を見つめる。
「・・・愛してる・・・」
 アリオスは、冷たいアンジェリークの唇に、自分の唇を重ねた。 

TO BE CONTINUED


コメント
tink作ヘボへぼメロドラマの4回目。もう、大●テレビ並みのストーリー展開!!(笑)
おかげで、わたしのかわいい命の灯火ちゃんが少し削られたような・・・。
最後のアリオスがキスするシーンだけを書きたくて、こんなに長くなってしまいました(汗)
まだ続きますが、ご辛抱ください。