WHERE DO WE GO
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CHAPTER2


「・・・アンジェ・・・、アンジェリーク!」
 レイチェルの気遣わしげな声に、アンジェリークはようやく自分を取り戻した。
「レイチェル・・・」
 アンジェリークは、無機質にレイチェルにへ顔を向ける。
 血の通っていないような蒼白の顔。このまま倒れてしまうのではないかと思うほど、華奢な体が震えて悲鳴をあげている。
 レイチェルは今まで、こんなアンジェリークを見たことがなかった。なんだか、自分も哀しくなり、泣き出しそうになる。
「アンジェ・・・、行こ?」
 レイチェルは、そっとアンジェリークの肩を抱き、そのか細い体を支えると、ゆっくりと歩き始める。
「アンジェ・・・、アナタは自分の感情を我慢しすぎだよ。泣きたかったら泣いたっていいじゃない?」
 レイチェルの方が泣くのを我慢することが出来なくなり、何度も胸で呼吸する。
「・・・ん・・・。レイチェル、有難う・・・」
 アンジェリークも、胸をしゃくりあげながら泣き始める。
「そう、そうだよ! 泣いちゃうと涙と一緒に悪いものが全部出ちゃうからね」
「----何も訊かないの?」
 アンジェリークは鼻をすすりながら、腫れた目でレイチェルを見る。
「今は、アナタがすっきりすることの方が大事じゃない?」
 レイチェルは、アンジェリークの肩を軽くポン、ポンと叩き、瞳に涙をいっぱいためて優しく微笑む。
 アンジェリークは、親友の温かい心に感謝しながら、つられて泣き笑いの表情をした。

 レイチェルは、いつも私を支えてくれる。一緒になって、喜んでくれて、悲しんでくれる。
 そんなあなたに、私は甘えてばかりだね・・・。いつも本当に有難う・・・。

 アンジェリーク、ワタシは訊かなくても気づいてたんだよ。
 アナタがずっと誰を見ていたかを。
 アナタが誰に話をするときに、一番うれしそうな顔をするのかも。
 だから今は、たっぷり泣いていいよ。
 苦しい恋をするアナタにワタシがしてあげられることは、それくらいだから・・・。

「あれ・・・、アンジェちゃんじゃない」 
 アリオスの大学時代からの親友オリヴィエが、偶然にも、泣きながら歩くアンジェリークとレイチェルの姿を、目に止める。
「どうしたんだろう、いったい・・・」
 オリヴィエは、心配げに、細い肩を震わせながら町を行くアンジェリークを、いつまでも見つめていた。 


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 アンジェリークは、家に帰っても結局夕食を食べる気分にはなれず、そのまま部屋に引きこもった。
 ベットの上で膝を抱え、彼女は、鼻をすすりながら泣いてた。
 自分の意志とは関係なく、溢れ出る涙は、今まで抑えていた気持ちが一度に出てくるようで、アンジェリークは、戸惑った。
 叔父と女性のことを思うと、胸に張り裂けるような痛みを齎すが、考えずに入られない。
 叔父は、アンジェリークが10歳の時に引き取り、今まで支えてくれた。彼ももう28歳。結婚してもおかしくない年だし、むしろ恋人がいないほうがおかしいのだ。
 もし、自分が叔父の結婚の障害になっていたとしたら・・・。
 そう思うと、アンジェリークはたまらなくなり、更に鼻を大きくすする。とめどなく涙が溢れる。
 本当は、永遠にアリオス叔父さんの傍にいたい・・・! だけど、それが彼の自由を奪っているとしたら・・・!
 アンジェリークは、切なげに苦しみ、顔を膝に当てる。絶望感と満たされない想いが彼女を覆う。
「ねぇ、アンジェ、7年間もアリオスおじさんを独占できたから、もういいんじゃない・・・?」
 アンジェリークは自分自身に言い聞かせるように、呟く。
 しかし、自分にそんな事が決心できるのだろうか? 
 アンジェリークは、そんな想いを何とか振り切り、決意する。
 叔父さんを自由にしてあげよう・・・。
 愛するがゆえに、不幸にはしたくない・・・。
 純白の羽を持った天使は、この世でもっとも高尚で、美しい愛を、アリオスだけに捧げていた。


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 翌朝、アンジェリークは何事もなかったように起床し、朝食の準備を始める。
 叔父のアリオスは、昨晩は夜中の2時に帰宅したせいか、まだベットの中にいるようだった。
 よくある日常の光景。
 しかし今日からアンジェリークは、変わろうとしていた。
 アリオス叔父さんにこれ以上迷惑をかけたくない。
 この想いが彼女を動かしていた。
 朝食の準備が済み、食事をダイニングに運ぶと、そこには新聞を読むアリオスの姿があった。
「おはよう、アンジェリーク」
「おはよう、叔父さん」
 席につくアリオスは、洗練とされていた。少し着崩してはいるが、ダーク・レッドのスーツをそつなく着こなし、まるでその姿は、艶やかな半獣神だ。
 くらくらするほど素敵で、完璧すぎて、アンジェリークはうっとりすると同時に、切なくなる。
 どうしてこの人が叔父なんだろうか・・・。
 アンジェリークは、食卓についたが、まるっきり食べることが出来なかった。
 胸が苦しくて、いっぱいで、切なくて、やるせなくて。
 ぼんやりと、何も食べずに、ただテーブルに視線を落としているアンジェリークに、アリオスは怪訝そうに視線を送る。
「おい、全然食ってねえじゃねか? どうした、気分でも悪いのか?」
「・・・何でもない・・・」
 アリオスのぶっきらぼうな優しさが、今のアンジェリークには痛かった。
「何でもない、じゃねーだろ! おい、顔上げろ!」
 アリオスの強い調子に、アンジェリークは、おずおずと顔を上げた。
「----顔色悪いし、眼までおかしいじゃねーか。今日は、学校を休め」
 アリオスは、真向かいに座るアンジェリークに顔を近づけると、そのまま自分のひたいを当てる。
 アリオスの吐息がかするように唇にかかり、アンジェリークは心臓がいくつあっても足りないと思うほど鼓動を速める。こんな甘美な拷問はないと思いながら・・・。
「----ホントに大丈夫だから・・・」
「熱はねぇみたいだけどな」
 アリオスは、なんでもないようにアンジェリークから、離れる。
「----あっ、きっ、今日は学校、お当番で早いから先に行くね・・・」
 アンジェリークは慌てて席から立ち上がると、足元に置いていたかばんを取る。
「無理するなよ?」
「----うん・・・、叔父さん?」
「何だ?」
「----私のことなんかどうでもいいから、自分のこと考えてね?」
「----おい、アンジェ!」
 アリオスの表情は一気に険しくなる。しかし、背中を向けている彼女にはわからない。
「いってきます」
 アンジェリークは、慌てて家を出てゆく。

 これでよかったのよ・・・。

 玄関のドアが閉まるのと同時に、アリオスは持っていた新聞を真っ二つに引き裂いた。
「アンジェリーク・・・!!!!」


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 放課後、夕食の買い物を済ませ、アンジェリークは本屋へと立ち寄った。
「王立の夜間がある大学のリストは・・・」
 アンジェリークは、読みたかった進学ガイドを手に取り、熟読を始めた。
 思っていた通り、王立の二部のある大学は、授業料も安く、しかも奨学金制度も充実している。
「王立アルカディア大学か・・・」
「なぁーに読んでるのかな、アンジェちゃん!」
 急に背中を押されて、驚いて振り返ると、そこには叔父の悪友オリヴィエが立っていた。
「オリヴィエさん!」
 アンジェリークは、心臓が縮んでしまうかと思うほど驚き、その場に飛び上がった。
 オリヴィエは、ふいにアンジェリークが読んでる本を覗き見る。
「なになに〜、奨学金のある夜間大学・・・って、アンジェちゃん・・・」
 オリヴィエの表情から、からかいが消え、気遣わしげな表情になる。
「----アリオス叔父さんに・・・、これ以上迷惑はかけられないから・・・」
 アンジェリークの横顔がとても寂しそうに映り、オリヴィエは、胸を痛める。
「アンジェちゃん・・・」
「----さぁ、夕食の準備があるから、私、行かなくちゃ!」
 買い物袋を手に取ったアンジェリークには、もう先ほどの憂いはなく、いつもの明るい彼女に戻っていた。
「さよなら、またね、オリヴィエさん!」
「気をつけて帰りなよ!」
 手を振るアンジェリークを見送りながら、オリヴィエは美眉を軽く上げる。
 我が相棒の不機嫌の原因はこれかな?


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 街から戻ったオリヴィエを待ち受けていたのは、相棒の不機嫌な顔だった。
「どこまで油売ってるんだ、オリヴィエ!」
「もぉ〜、そんな眉間に皺を寄せたら、綺麗な顔が台無しじゃない」
「うるさい」
 アリオスは、ますます不機嫌になり、灰皿にはタバコの吸殻が増えてゆく。
 オリヴィエは、ちらりと探るようにアリオスを見る。
「本屋さんで、アンジェちゃんに会ったよ」
 アンジェリークの名を聞いて、アリオスは、ピクリとする。
 はは〜ん。
 オリヴィエは、つかつかとアリオスの傍に腕を組んで立つと、真摯な瞳で彼を見た。
「私に嘘は言っちゃだめだよ」
「何が?」
 アリオスは、金と翠の不思議な瞳に動揺の影を落とす。
「本当のことは、まだ言わなくていいけど・・・。アンジェちゃん・・・」
 アリオスは、両手を組んで口元に持ってゆくと、厳しい表情になる。
「----アンジェリークは、俺の姪だ。精一杯のことをしてやって、幸せにしてやるんだ。それの何が悪い」
「----いいや・・・」
 オリヴィエは、フッと目を伏せながら深い微笑を浮かべる。
「----男の永遠の愛は、自分が愛情を注いで育てた者への愛だけだ・・・、って何かで読んだことがあるよ。娘、妹、・・・・姪・・・」
 アリオスは、”姪”のところでびくりとする。
「決して届かない相手だからなのか・・・、自分が育てた”異性”だからなのか・・・。私だったら、きっと、いとおしくて堪らなくなるよ。まして、自分の思い描いたように育ったら、どこかに閉じ込めてしまうかもしれない・・・」
 オリヴィエは、一息置くと、ゆっくりとアリオスを見る。
「----怖くて、血のつながらない娘は引き取れないね・・・」
「・・・!!!!!!!!!!」

 オリヴィエ! どうしてそれを!

 事務所に、西日が差し込み始めていた。

コメント

「WHERE〜」の2回目です。いかがでしたでしょうか? アンジェリークを泣かせてばかりですが、絶対に、アリオスと幸せにしますので、もうしばらくおつきあいください。
 ちなみにアリオスとオリヴィエは、弁護士です。