WHEN YOU SAY
NOTHING AT ALL

CHAPTER9「復帰」


「先生・・・」
「開けてくれねえか?」
 インターホンごしに、愛しい男性の低い声が聞こえる。
 アンジェリークは無言のまま何も答えない。
「頼む・・・、コレット・・」
その声が余りに苦しそうで、彼女はそのまま玄関へと向かった。

 先生・・・、どうして・・・。
 もう、私なんか、嫌なはずなのに・・・

 ゆっくりと玄関のドアが開けられて、アリオスははっとした。
 中からひょっこりと姿をあらわしたアンジェリークに、彼は胸をいためる。
 彼女をまともに見ることが辛く、つい子供っぽく、無視しつづけていた。
 その結果が、彼女をこんなに追い詰めていたとは、彼は自分が許せない思いがしていた。
「先生・・・、・・・何か・・・、御用ですか?」
 目の下のくっきりとしたクマ。
 痩せた肢体。
 そして、何よりも、傷ついた小動物のような眼差しで見つめられて、アリオスはたまらなくなる。
 その思いを、何とか隠して、彼は彼女を見つめる。
「----ラケットを持ってきた・・・。一緒にやろねえか? この近くにコートがある」
 その瞬間、腕をぐっとつかまれて、彼女は外へと出される。
 腕の温かさと強さが心地よくて、逆らうことなんて出来ない。
「判りました・・・、やります・・・」
 彼女はテニスシューズを履き、玄関の鍵をかける。
「お待たせしました」
 準備が整い、二人は近くのテニスコートへと向かった。

                              --------------------------------------------------------------

 平日だったせいか、レンタルのテニスコートはすぐにスペースを確保できた。
 アリオスは一時間コートを借り、アンジェリークと共に、指定されたコートへと向かう。
 その間二人は会話をしなかった。
 アリオスの後をアンジェリークは静かに着いてゆく。
 月明かりに見守られて、二人はコートに着いた。

 こうやって、一緒に、先生と帰ったことがあったな・・・。
 あのときは何も知らなくて、楽しいとすら思っていた・・・

「コレット」
「はい」
 アリオスから差し出されたラケットを、アンジェリークはしっかりと受け取った。
「おまえからのサーブだ。力を抜いていけよ?」
「はい」
 ボールを受け取って、彼女はベースラインに向かう。
 アリオスもまた、自分のコートのベースラインへと向かう。
 それを確認して、アンジェリークはボールを宙に上げた。
 アリオスに教えられたように、彼女はサーブを打つ。
 ボールを打った瞬間、まるで風になるような感覚を覚える。

 忘れていた、この感覚は久しぶりだ・・・
 気持ちいい・・・

 アリオスが打ち返してくるボ^るを、彼女は無我夢中で追いかけ、返してゆく。
 必死に走り、ボールだけに集中する。

 私・・・。
 何バカなことを考えていたんだろう・・・
 テニスから離れられないのに。
 コートを離れただけであんなに辛かった。

 風を感じながら、思いの丈をこめて、アリオスにボールを打ち返す。

 ボールよ。
 私の命と思いをどうか先生に届けて!!
 このボールだけでもいい。
 先生の絆を感じることが出来るのならば。
 ボールが結ぶ絆だけでもいい。
 ----私は、どうしてそのことに気がつかなかったんだろうか・・・

 アリオスもまたボールに全ての思いを乗せ彼女に打ち返す。

 コレット・・・。
 いや・・・、アンジェリーク・・・。
 ボールで絆を感じられるのならば、俺はいくらでもおまえに目掛けて打とう!
 俺の全てをこめて・・・!!

 アリオスの銀の髪のも汗が光る。
 彼はそのボールにアンジェリークへの想いを託す。

 俺は何を拘っていたんだ。
 おまえと共に進むことが出来るのが、最も幸せなことなのに・・・。
 過去を気にしすぎて忘れていた・・・。

 二人は始めて、心の中ではあるが、自分の思いにようやく正直になることが出来た。
「よし、コレット、そこまでだ!」
 いつもと同じ、少し厳しい艶やかな声。
 彼女はその合図にボールを打つことをやめ、額の汗をぬぐいながら、ネットへと近づいてゆく。

 先生、有難う・・・。
 私、大切なことを忘れていました。
 思い出させてくれて、有難う・・・。

 アリオスもネットへと近づき、二人はネットをはさんで見詰め合う。
「・・・・先生、私、やっぱりテニスを続けたい!!
 また、帰って来ていいですか? 新入部員として扱ってくださって構いませんから、御願いします」
 彼女は深々と神戸を垂れる。
 彼の異色の眼差しに、久しぶりに、暖かな光が宿る。
「何日練習を休んだ?」
「・・・・五日です・・・・」
 ふっとアリオスは深い微笑を浮かべる。
「おまえは今でも部員だ。正式に退部届は出されていない」
 その言葉に導かれて、彼女は素早く頭を上げる。
「そ、それじゃあ・・・」
「これからその分きついぞ? 覚悟しておけ?」
「はいっ!!」

 良かった・・・
 先生、有難う・・・

 彼女の大きな瞳は嬉し涙で溢れる。
「こら、泣くな?」
 アリオスは、すっと彼女の頬に指を伸ばし、その熱い涙を拭う。
「----アンジェリーク・・・」
 名前を呼ばれたのは初めてで、彼女は思わずその耳を疑う。
 その瞬間----
 アリオスの身体はかがめられ、彼女に優しく口付ける。
 月だけが二人を見ていた。  

TO BE CONTINUED


コメント

『愛の劇場』集中UPです。
ようやくふたりは「ちゅう」することが出来ました。
次回からはクライマックスに頑張ります!!
物語りも消化不良だけど、私の胃も消化不良で痛い・・・(笑)