WHEN YOU SAY
NOTHING AT ALL

CHAPTER8「涙の退部」


「コレット!」
 ようやくコートでアンジェリークに追いつき、アリオスは彼女の肩に手を置いて引き寄せる。
「先生、みんな見てます、止めてください」
「構うもんか」
 彼は彼女を強引に自分のほうへと向かわせて、丁度、見詰め合う格好になる。
「・・・先生・・・、どうしてそんなに私のことに目を掛けられるんですか?
 私が・・・、恋人に似てたからですか? だから辛くもあるんですか?」
 早口でまくし立てながらも、その異色の眼差しを見るのが辛くて、アンジェリークは視線を逸らした。
「----答える必要はねえ・・・」
 それは明らかに拒絶の言葉。
 優しく気を使って見えても、”彼女には関係がない”といっている言葉。
 アンジェリークは、その言葉を奥歯で噛み締めると、潤んだ大きな眼差しを、真っ直ぐに彼に向ける。
 胸の奥が突かれるような痛みを、アリオスは感じた。
「だったら、私、たった今、テニス部をやめます!!」
 彼女の言葉が回りの緊張を引き裂く。
 アリオスの表情は固く強張っている
「----勝手にしろ・・・!!」
 今まで見た彼の表情の中で、一番冷たかった。
 鋭く刺すような眼差しは、一瞬、アンジェリークを捕らえる。
 アリオスはそのまま踵を返し、足早に去っていった。
 彼が去った後、放心状態のアンジェリークは、そのまま崩れ落ちる。
 涙がとめどなく溢れて、どうしていいかもわからない。

 これでよかったのよ・・・、アンジェリーク。
 私の存在が先生を傷つけていたとしたら、絶対に、嫌だから・・・。
 もう、先生のことは完全に諦めるのよ・・・

 アンジェリークはそのまま膝を抱えて、むせび泣く。
 その様子をレイチェルが遠くから見つめていた----

 アンジェ・・・、ごめん。
 ワタシがでしゃばったばっかりに・・・

 レイチェルも自分の行動に臍をかんでいた----   

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 翌日から、アンジェリークはラケットを持ってこなくなった。
 朝登校するのにも、どこか手持ちぶたさな感じがする。
 電車の中でも、ついテニスのことを考えてしまう。
 今日の練習のメニューとかをついつい考えてしまう。

 いけない・・・、私、やめたんだった・・・。

 家にあるラケットを、彼女はクローゼットの奥深くに直した。
 そのときも胸は張り裂けそうに痛かった。
 アリオス=テニス。
 この図式が出来上がっている彼女にとっては、アリオスへの気持ちを封印する意味合いも含まれていた。

 今日から、違う私なんだから・・・

 そう思わないと、崩れ落ちそうな心を維持することなんて出来やしなかった。
 教室に入った瞬間、アンジェリークは空気が変質している気がした。
 アリオスファンのクラスメイトが、彼女を見るなり、何か汚いものでも見るような眼差しで見つめる。
 昨日までは、嫉妬の目で見られても、こんな目では見られなかった。
『アリオス先生を誘惑して振られたって・・・』
『よく学校に来れるわね・・・』
 そんな声が耳に入り、彼女は血が滲むほど唇を噛み締める。
 見られていたのだ。
 昨日のことを。
 噂は尾ひれがついて広まっている。
「ほら、アンジェ、トットと席に座る!」
 その姿が余りにもかわいそうで、レイチェルは助け舟を出した。
 明るい声でアンジェリークに話し掛ける。
「うん・・・」
 元気なくレイチェルに微笑みかけると、アンジェリークは席へとついた。
 アリオスがチャイムと共にSHRのために教室へとやってきた。
 一瞬、彼とアンジェリークの眼差しが絡んだ。
 だが----
 その途端、アリオスが眼差しを外した。

 やっぱり、先生も、私のことはもう・・・

 彼女もそれから一切、彼を見ようとはせず、ずっと俯いたままだった。


 廊下で逢った時もそうだった。
 彼女の顔を見るなり、アリオスは来た道を引き返す。
 教室に帰れば、クラスメイトの心のない噂。
 他のクラスのテニス部でいっしょだった一部の生徒たちも、”目を掛けられたのは特別な関係で彼女がアリオスを誘惑して取り入った”のだと、噂をし始めている。
 アンジェリークの心はもう限界に近づいていた。
 そのことを、レイチェルは人一倍責任を感じ、アンジェリークを守るために矢面に立つことを決意する。
 最近笑わなくなってしまった、天使のために。

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「ちょっといいかしら? レイチェル?」
 放課後、突然、クラブのエースであるロザリアとキャプテンのリモージュに呼び止められて、レイチェルは中庭へと向かった。
「最近、アンジェリークが来なくなって、アリオス先生が荒れているけど、何かあったの?」
 ロザリアは単刀直入に言う。
 アンジェリークがクラブを辞めて一週間。
 表面こそ出ないが、アリオスが荒れていることは確かだった。
 それを微妙に、他の部員も感じ取ってる。
「無断で休むような子じゃないのに・・・」
 ポツリとリモージュが呟いた言葉に、レイチェルは思わず声を上げた。
「えっ! アンジェは先生にちゃんとクラブを辞めるって・・・、言ったんですけど・・・」
 レイチェルは、わけがわからず眉根を寄せる。
「え・・・、じゃあ、そのことが原因で、先生は荒れているのかしら・・・」
 ロザリアの言葉に、レイチェルは首を振る。
「判りません・・・。先生は最近、教室でもアンジェを無視してるし・・・」
 そこでレイチェルはたまらなくなり声を詰まらせる。
「----あの子・・・、今、教室でも心無い噂をされて、他のクラスのテニス部の子達にも嫌味を言われて・・・、 もうぼろぼろなんです・・・」
「レイチェル・・・」
 金髪のアンジェリークも切なげに溜息をつく。
「何とかならないのかしら・・・あの二人・・・」
 ロザリアもまた、苦しげに呟いた。
「ロザリア様も、二人が思いあってることに気がついてたんですか!?」
「あたりまえよ? あの二人の特訓を目の当たりにしたらね?」
 リモージュとロザリアはお互いの顔を見合わせる。
「ホントに・・・。だけど二人はどうしてこうなったの・・・?」
 凛としたロザリアの声だったが、そこには慈悲が溢れている。
「アリオス先生が・・・実は・・・」
「レヴィアス選手だってこと?」
 間髪いれずに言うリモージュに、レイチェルは驚愕する。
「どうして・・・」
「私たちは最初から知っていたもの。ね、ロザリア?」
「ええ。そして、アンジェリークがエリス選手に似ていることも・・・」
 やはり二人はこのスモルニィを牛耳っているだけのことはある。
 全てを判っていたのだ。
「・・・アンジェ・・・、アリオス先生に告白して、拒絶されて、その理由が、自分がエリス選手に似ていることだということに気づいて、先生に理由を訊いたら拒絶されて・・・。
 それで先生に”言ってくれないなら辞める”と・・・」
 言葉の語尾は、レイチェルの涙でかき消されている。
「どうにかしてあげないと・・・」
「そうね、ロザリア」
 二人の上級生も、事態を深刻に受け止める。
 この三人の会話を、アリオスは偶然通りがかり、訊いていた。
 最近たまらなくて、つい無視をしたアンジェリークがとてつもない状況に巻き込まれているとは、思いもよらなかった。

 コレット!
 俺はおまえを傷つけたのか?
 自分の古傷を思う余り、おまえを・・・
 許して欲しい・・・
 おまえは、俺を許してくれるのだろうか・・・

 彼は足早に校門へと向かう。
 校門前に行ったときには、すでにアンジェリークの姿は遠くになっていた。
 力ない後姿が、やけに印象的だった。

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 夕食後、アンジェリークは手持ちぶたさで、部屋でごろごろしていた。

 テニスを出来ないのって、こんなに元気がなくなるんだ・・・
 前だったら、アリオス先生のことで言われても耐えられたのに・
 今は-----

 親元を離れて、スモルニィ女学院に通うアンジェリークは、小さなマンションで一人暮らしだった。
 父親が転勤になってしまったので、彼女だけがこの町に残ることになり、親戚が管理をしているこのマンションに住んでいるのだ。
 不意に、玄関のインターホンが鳴り、彼女はそれに出た。
「はい? どなたでしょうか?」
「コレット。アリオスだ・・・」
 聞きなれた艶やかな声。
 彼女の心に鋭い痛みが走った。

 どうして、先生・・・

TO BE CONTINUED


コメント

『愛の劇場』集中UPです。
これから物語りは佳境へと進みます。
二人はどうなるんでしょうね〜
しかし、毎度のパターンにはまってるな。わし(苦笑)