WHEN YOU SAY
NOTHING AT ALL

CHAPTER7「過去の痛み」


 アリオス先生って、やっぱりどこかで見たことあるのよね・・・
 遠い昔だった様な気がするけれど・・・
 どこかであった気がする・・・。
 それが判れば、、今回の彼がアンジェを拒絶する鍵ななるような気がして・・・

 少しやつれ気味のアンジェリークを送りながら、レイチェルは思いつめた顔をしていた。
「レイチェル?」
 余り体調のよくないアンジェリークに逆に声を掛けられて、レイチェルははっとした。
「あ、アンジェ? 何?」
「なんだか、考え込んでいて、何か・・・あったの?」
 逆に心配されて、レイチェルは戸惑う。
「い、いや、なんでもないよ!」
「ホント?」
「うん、うん」
 レイチェルは、考え込んでいた自分に、臍をかむ。

 ヤバイ・・・。
 考えてたの、アリオス先生のことだったから。
 何処かであったことがあるんだけれど、思い出せなくて・・・

「ねえ、レイチェル・・・」
「エ、あ、何、アンジェリーク」
 潤んだ瞳で見つめられて、レイチェルは益々あせる。
「・・・・」
 そんなレイチェルを見ていると、アンジェリークは益々何も言えなくなってしまった。
「どうしたの?」
「何でもない・・・」
 言いかけても、結局アンジェリークは何も言わなかった。
 内にすべてを秘めてしまうのは、彼女のいいところでも有り、悪いところでもあると、彼女は思う。
「何か言いたいことがあるんなら・・・」
「うん、大丈夫だから、ね? レイチェル」
 結局レイチェルは、アンジェリークの優しく消え入るような笑顔に誤魔化されてしまう。
「アンジェ・・・」

 この子の笑顔を見たとき、小さい頃大好きだったテニス選手にそっくりだって、思ってたのよね・・・
 名前は、確か・・・、エリス・・・

 その名前を思い出した瞬間、レイチェルは一枚の写真を思い出した。煙っていた記憶が一気に晴れ渡る気がする。

 まさか・・・。
 いえ、まさかよね・・・。
 エリス選手といえば、あの選手の恋人・・・。
 もしそうだとしたら・・・!!

 真っ青になって考え込むレイチェルに、アンジェリークは心配そうに眉根を寄せる。
「レイチェル! あなたこそ大丈夫なの?」
「ああ、うん、大丈夫! それより、早く帰ろ? ね?」
「うん」
 せかされてアンジェリークは面を暗いながら返事をした。

 今日のレイチェル・・・、なんだかおかしい・・・。
 折角、クラブのこと相談したかったんだけどな・・・。
 明日でも、いいかな・・・

 家に帰って調べないと・・・、帰りに銀のマジック買ってこなくちゃ・・・

 二人は言いたいことをお互いに言えぬまま、最寄駅で別れた。
 レイチェルはその足ですぐに画材屋へと行き、そのまま急いで家に帰った。
 心臓が音を立てて高鳴る。
「ただいま!」
「お帰り・・・、レイチェル!?」
 家に帰るなり、彼女は息をつく。
 心臓がまるで飛び出してしまうかと思うほど、鼓動が早くなっている。

 ワタシの思っていることが正しければ・・・

 彼女は脳裏に浮かんだことを実行に移すべく、古いアルバムを取り出し、めくり始めた。

 ワタシが小学生の頃逢った、エリス選手との写真・・・。
 そう、あそこには、確か、有名なテニスプレーヤーが写ってた。
 その選手とエリス選手は少しの間婚約をしていた。
 五年前に引退して、姿を消した、伝説の選手・・・

「あっ!!」
 その写真を見つけるなり、今度は心臓が止まるかと思うほどの衝撃を感じた。
 そこにはアンジェリークに瓜二つの栗色の髪の女性、小学生のレイチェルが写っている。
「----ホントによく似てるよ、アンジェと・・・」
 言って、彼女は横にいる黒髪の青年を震える指でなぞった。
「・・・レヴィアス・ラグナ・アルヴィース選手・・・」
 よく見ると、彼は金と翡翠の瞳をしている。
「なんて似てるの・・・アリオス先生に・・・。
 まるでアンジェとアリオス先生が一緒に写ってるみたい・・・」
 そう言って、レイチェルは意を決したように銀のマジックを取り出し、黒髪の青年の髪を塗り始めた。

 私の考えが正しければ、アリオス先生はレヴィアス選手だ・・・。
 ----そして、彼がアンジェを拒絶する理由は、恐らく、彼女がエリス選手に似ているからだ・・・。
 飛行機事故でなくなったエリス選手に・・・

 震える手で、青年の漆黒の黒髪を、レイチェルは銀のペンで塗り始めた。
「やっぱり・・・」
 塗り終わったとき、彼女は思わずそうこぼした。
 そして、アンジェリークのことを思うと、切なくて唇ゐ噛み締めてしまう。

 過去の恋人を思い出して辛いのか・・・
 だけど、過去は過去。
 今は今だわ。
 先生にはそこのところをわからさなければならない。
 アンジェリークのためにも!

 レイチェルは親友のために一肌脱ぐ決意をする。
 アリオスの過去の写真をかばん異体字にしまいこみ、来る明日へと備えていた。 

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 レヴィアス・ラグナ・アルヴィースと聞いて、知らないテニスファンはいないほどだ。
 かつての世界チャンピオンであり、グランドスラムを達成した名選手なのだから。
 エリス選手と婚約し、その後は解消した、直後の彼女の死。
 それが引き金なのか、突然、五年前に、僅か23歳で引退をしてしまった。
 それ以来姿をあらわさず、謎に包まれている。
 誰もがこの程度の知識なら持っている。
 勿論レイチェルもである。

 レイチェルは、昨夜の写真を胸に、アリオスのいる”テニス部コーチ室”に向かっていた。

 アンジェのためにも、本音を聞きたい・・・

 ドアの前に来て深呼吸をすると、彼女は思い切りノックをする。
「先生、レイチェル・ハートです」
「入れ」
「失礼します」
 厳しい表情で、レイチェルはアリオスの机へとつかつかと歩いてゆく。
「何だ、用件って」
「これを見てください」
「・・・・!!!」
 レイチェルが机の上に写真を置くなり、アリオスは青ざめた表情になった。
 黄金と翡翠の眼差しが冷たく光り、レイチェルを捕らえる。
 その冷たさに、彼女は、一瞬言葉を失ったが、そのまま気を取り直して、姿勢を正す。
 本当はその眼差しが痛かったが、親友にために、彼女は精一杯我慢をする。
「----先生、アンジェリークを拒絶する理由は、これでしょう? 彼女が先生の昔の恋人に似ているから」
 彼の表情は益々険しく凍りつく。

 ハート、どうしてそれを!!

 その時だった。
 がたりと物音がして、二人は思わず振り返った。
 そこには、練習メニューを握り締めた、アンジェリークが全身を震わせて立っている。
「アンジェ!!」
 彼女はそのまま踵を返し、泣きながら走ってゆく。
「コレット!!」
 レイチェルが追いかけようとするよりも早く、アリオスが彼女を追いかける。
 彼女は、二人の後姿しか見つめることしか出来なかった。

 アンジェリークは走る。
 胸が痛くて、じっとしていられない。

 私・・・、いい気になっていたかもしれない・・・。
 先生に目をかけてもらってたから、あんなこと言って。
 ホントは私の存在が、アリオス先生を傷つけていたのに・・・
   

TO BE CONTINUED


コメント

久しぶりに『愛の劇場』UPです。
これから集中してUPします。