昨日あれだけ泣いたから、もう大丈夫だから…
目を真っ赤に腫らして、アンジェリークは登校した。
彼女がアリオスに告白し、物の見事に玉砕したことを知るレイチェルは、その姿が痛々しく思える。
きっと、奥手なこの子には最初の恋だっただろうに…
泣きはらした顔の彼女が、今日はどこか透明感が増し、不謹慎ながらもレイチェルは綺麗だと思った。
なんだか慰める方法はないのかな…
アンジェリークの横顔を見つめながら、レイチェルは深くそう思った。
SHRでアリオスがやってきたとき、さすがに昨日の今日というわけで、アンジェリークはずっと俯くことしか出来ずにいた。
いつもなら魅力的に思える艶やかな彼の声が、今日の彼女には酷く辛い。
結局一度も顔を合わさないまま、SHRは終了し、アンジェリークは連絡事項も頭に入らなかった。
「起立!!」
レイチェルの号令がかかり、席を立って、アンジェリークはみんなと一緒に礼をする。
顔を上げるとき、ほんの一瞬、彼女は彼と目が合った。
慌てて目をそらしたが、彼女とは違い、彼はいつもどおりだった。
そのまま無言で彼は教室からいつものように出てゆく。
彼が行ってしまって、少し安堵したのもまた事実だ。
私って子供だ…。大人気なくずっと先生の顔がまともに見れなかった…。
先生は、いつも通り変わらず接してくれていたのに…
彼女はうなだれ、今日一日無事に過ごせるかどうか不安にすら思う。
アリオスは担任で、しかもクラブの顧問。
顔をつき合わせる時間が長いのだ。
どうか先生、私のことは好きにならなくてもういいから、嫌いにならないで…
彼女は心の中でそう呟かずに入られなかった。
教室を出た途端、アリオスには珍しく、ため息がひとつ漏れた。
アンジェリークの姿を見て、胸が突かれたからである。
俺としたことがどうかしている…。
あいつがこんなに気になるなんて…。
判っている、あいつには深入りしちゃならねえと。
だが…。
アリオスは自嘲気味にふっと笑うと、職員室へと歩き出す。
あいつはいつのまにか、俺の心に住み着くようになってしまった…。
そう、今まで誰も許さなかった場所へ…。
エリス以外は----
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なんだか…、今日は調子が悪いな…。昨日あれだけがんばった上に寝てないし、食べてないから仕方ないか…
軽い目眩を自覚しつつも、アンジェリークは、放課後のテニス部の練習に参加していた。
今日は職員会議の準備で、アリオスは一時間ほどやって来ない。
その間は部員できちんと組まれた体力アップのためのメニューをこなすのだ。
「あら、アンジェリーク、顔色悪いわよ? どうかした?」
キャプテンであるリモージュが心配そうに眉根を寄せ、アンジェリークに近づいてくる。
「そうだよ! アンジェ、気分が悪いんなら、今日は休ませて貰ったら?」
レイチェルも間髪いれずに言った。
「うん、だけど大丈夫だから、こんなに元気だから、ね? レイチェル」
明るい笑顔を向けて、彼女は自分が元気であることをしっかりとアピールをする。
「アンジェ…」
すべてを判っているレイチェルにとっては、かえってその姿が辛かった。
「よし! トレーニングはそこまでだ! 各自今日の練習メニューをこなせ。選手のペアはいつもの通りだ。五分間の休憩の後始める!」
よく通る艶やかな声がコートに響き、部員たちは、それに導かれて各自コートへと広がる。
今日こそはちゃんとがんばろう…。
先生に振られたショックで練習に力が入らないなんて、思われたくないから…
顎を引き、決意を秘めた瞳で、アンジェリークはアリオスの待つコートへと走っていった。
「お願いします!!」
「よし!」
いつものように、しなやかな獣のように輝く瞳をアリオスに向け、彼女は向かってゆく。
「それっ!!」
アリオスから、ものすごく早いサーブが繰り出され、アンジェリークはそれにくらいついてゆく。
何球も、何球も…。
彼女はただボールを追いかけつづける。
私、贅沢だったかもしれない。
いつも先生を独り占めにしているくせに、先生の全部を欲しがってしまって…。
今はこうして、テニスボールが先生と私を繋いでくれている。
それだけでいいから、もう贅沢は言わないから。
先生…、どうか、私を嫌わないでください…、お願い…
彼女は縋るような目をして、アリオスが命じるままにボールを打っては走り、打っては走る。
コレット…。
おまえはどうしてそんなに心が広い…。
どうしてそんなに純粋なんだ…!?
汗をぬぐいながら、アンジェリークはラケットを持ち替える。
熱のせいなのか、視界がかすんでゆく。
どうしたんだろう…。視界がかすむ…
「どうした! コレット! 行くぜ?」
「お願いします!!」
アリオスから繰り出されるボールは、アンジェリークは追いかけようとした。
「あ…」
突然、視界が暗くなり、彼女はそのままコートの中に音を立てて崩れ落ちた。
「コレット!!!」
すぐさまアリオスはネットを飛び越え、倒れたアンジェリークに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「先生…」
抱き起こされて、彼女はうっすらと目を開けてたものの、また閉じられる。
「コレット!?」
何度か揺らすが、彼女はすっかり気を失い、目を開けようとはしなかった。
「アンジェリーク!!」
彼女が倒れたと知って、最初に駆けつけたのはやはり親友レイチェルだった。
「先生!! アンジェは!!」
アリオスにしっかりと抱きかかえられたアンジェリークは、固く瞳を閉じている。
「大丈夫だ。保健室に運ぶから、おまえたちは練習を続けろ?」
「あ、判りました…」
有無言わせぬアリオスの声に、レイチェルは引き下がることしか出来なかった。
「----後でコレットを保健室に迎えに行ってやってくれ」
「はい」
一瞬、アリオスは優しい眼差しでアンジェリークを見つめる。
その眼差しに愛情がたっぷりと含まれていることを、レイチェルは悟る。
アンジェリークを抱きながら保健室に向かうアリオスの背中を見つめながら、レイチェルは胸が締め付けられそうになる。
ひょっとして、先生もアンジェのことが好きなのかもしれない…。
二人のことを思うだけで、レイチェルは切なくなってしまっていた----
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アンジェリークは医務室に運ばれて、すぐ目を覚ました。
視界にはぼんやりとアリオスの姿が映し出される。
「先生…?」
アリオスの手によって、冷たいタオルが首におかれて、彼女はその気持ちよさに息を漏らす。
「眠れ、少し。後でハートが迎えに来る…」
優しく言われて、彼女は沿って安心したように目を閉じる。
ベットで眠る彼女を見つめるアリオスの瞳は、とても優しく、甘い。
やはり気になってしまい、二人の様子を覗きに来たレイチェルは、その光景に確信をもつ。
アリオス先生は、やっぱり、アンジェのことを想ってる。
きっと、"愛してる”という言葉がふさわしいのかもしれない…。
なのに、なぜ彼女を拒絶するのかしら…?
----きょっとして、先生は過去に何かが遭ったのかもしれない----
レイチェルはそう思わずにはいられなかった。
TO BE CONTINUED