WHEN YOU SAY
NOTHING AT ALL

CHAPTER6「すれ違う心」


 昨日あれだけ泣いたから、もう大丈夫だから…

 目を真っ赤に腫らして、アンジェリークは登校した。
 彼女がアリオスに告白し、物の見事に玉砕したことを知るレイチェルは、その姿が痛々しく思える。

 きっと、奥手なこの子には最初の恋だっただろうに…

 泣きはらした顔の彼女が、今日はどこか透明感が増し、不謹慎ながらもレイチェルは綺麗だと思った。

 なんだか慰める方法はないのかな…

 アンジェリークの横顔を見つめながら、レイチェルは深くそう思った。


 SHRでアリオスがやってきたとき、さすがに昨日の今日というわけで、アンジェリークはずっと俯くことしか出来ずにいた。
 いつもなら魅力的に思える艶やかな彼の声が、今日の彼女には酷く辛い。
 結局一度も顔を合わさないまま、SHRは終了し、アンジェリークは連絡事項も頭に入らなかった。
「起立!!」
 レイチェルの号令がかかり、席を立って、アンジェリークはみんなと一緒に礼をする。
 顔を上げるとき、ほんの一瞬、彼女は彼と目が合った。
 慌てて目をそらしたが、彼女とは違い、彼はいつもどおりだった。
 そのまま無言で彼は教室からいつものように出てゆく。
 彼が行ってしまって、少し安堵したのもまた事実だ。

 私って子供だ…。大人気なくずっと先生の顔がまともに見れなかった…。
 先生は、いつも通り変わらず接してくれていたのに…
 
 彼女はうなだれ、今日一日無事に過ごせるかどうか不安にすら思う。
 アリオスは担任で、しかもクラブの顧問。
 顔をつき合わせる時間が長いのだ。

 どうか先生、私のことは好きにならなくてもういいから、嫌いにならないで…

 彼女は心の中でそう呟かずに入られなかった。

 教室を出た途端、アリオスには珍しく、ため息がひとつ漏れた。
 アンジェリークの姿を見て、胸が突かれたからである。

 俺としたことがどうかしている…。
 あいつがこんなに気になるなんて…。
 判っている、あいつには深入りしちゃならねえと。
 だが…。

 アリオスは自嘲気味にふっと笑うと、職員室へと歩き出す。

 あいつはいつのまにか、俺の心に住み着くようになってしまった…。
 そう、今まで誰も許さなかった場所へ…。
 エリス以外は----

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 なんだか…、今日は調子が悪いな…。昨日あれだけがんばった上に寝てないし、食べてないから仕方ないか…

 軽い目眩を自覚しつつも、アンジェリークは、放課後のテニス部の練習に参加していた。
 今日は職員会議の準備で、アリオスは一時間ほどやって来ない。
 その間は部員できちんと組まれた体力アップのためのメニューをこなすのだ。
「あら、アンジェリーク、顔色悪いわよ? どうかした?」
 キャプテンであるリモージュが心配そうに眉根を寄せ、アンジェリークに近づいてくる。
「そうだよ! アンジェ、気分が悪いんなら、今日は休ませて貰ったら?」
 レイチェルも間髪いれずに言った。
「うん、だけど大丈夫だから、こんなに元気だから、ね? レイチェル」
 明るい笑顔を向けて、彼女は自分が元気であることをしっかりとアピールをする。
「アンジェ…」
 すべてを判っているレイチェルにとっては、かえってその姿が辛かった。
「よし! トレーニングはそこまでだ! 各自今日の練習メニューをこなせ。選手のペアはいつもの通りだ。五分間の休憩の後始める!」
 よく通る艶やかな声がコートに響き、部員たちは、それに導かれて各自コートへと広がる。

 今日こそはちゃんとがんばろう…。
 先生に振られたショックで練習に力が入らないなんて、思われたくないから…

 顎を引き、決意を秘めた瞳で、アンジェリークはアリオスの待つコートへと走っていった。
「お願いします!!」
「よし!」
 いつものように、しなやかな獣のように輝く瞳をアリオスに向け、彼女は向かってゆく。
「それっ!!」
 アリオスから、ものすごく早いサーブが繰り出され、アンジェリークはそれにくらいついてゆく。
 何球も、何球も…。
 彼女はただボールを追いかけつづける。

 私、贅沢だったかもしれない。
 いつも先生を独り占めにしているくせに、先生の全部を欲しがってしまって…。
 今はこうして、テニスボールが先生と私を繋いでくれている。
 それだけでいいから、もう贅沢は言わないから。
 先生…、どうか、私を嫌わないでください…、お願い…

 彼女は縋るような目をして、アリオスが命じるままにボールを打っては走り、打っては走る。

 コレット…。
 おまえはどうしてそんなに心が広い…。
 どうしてそんなに純粋なんだ…!?

 汗をぬぐいながら、アンジェリークはラケットを持ち替える。
 熱のせいなのか、視界がかすんでゆく。

 どうしたんだろう…。視界がかすむ…

「どうした! コレット! 行くぜ?」
「お願いします!!」
 アリオスから繰り出されるボールは、アンジェリークは追いかけようとした。
「あ…」
 突然、視界が暗くなり、彼女はそのままコートの中に音を立てて崩れ落ちた。
「コレット!!!」
 すぐさまアリオスはネットを飛び越え、倒れたアンジェリークに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「先生…」
 抱き起こされて、彼女はうっすらと目を開けてたものの、また閉じられる。
「コレット!?」
 何度か揺らすが、彼女はすっかり気を失い、目を開けようとはしなかった。
「アンジェリーク!!」
 彼女が倒れたと知って、最初に駆けつけたのはやはり親友レイチェルだった。
「先生!! アンジェは!!」
 アリオスにしっかりと抱きかかえられたアンジェリークは、固く瞳を閉じている。
「大丈夫だ。保健室に運ぶから、おまえたちは練習を続けろ?」
「あ、判りました…」
 有無言わせぬアリオスの声に、レイチェルは引き下がることしか出来なかった。
「----後でコレットを保健室に迎えに行ってやってくれ」
「はい」
 一瞬、アリオスは優しい眼差しでアンジェリークを見つめる。
 その眼差しに愛情がたっぷりと含まれていることを、レイチェルは悟る。
 アンジェリークを抱きながら保健室に向かうアリオスの背中を見つめながら、レイチェルは胸が締め付けられそうになる。

 ひょっとして、先生もアンジェのことが好きなのかもしれない…。

 二人のことを思うだけで、レイチェルは切なくなってしまっていた----   

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 アンジェリークは医務室に運ばれて、すぐ目を覚ました。
 視界にはぼんやりとアリオスの姿が映し出される。
「先生…?」
 アリオスの手によって、冷たいタオルが首におかれて、彼女はその気持ちよさに息を漏らす。
「眠れ、少し。後でハートが迎えに来る…」
 優しく言われて、彼女は沿って安心したように目を閉じる。
 ベットで眠る彼女を見つめるアリオスの瞳は、とても優しく、甘い。
 やはり気になってしまい、二人の様子を覗きに来たレイチェルは、その光景に確信をもつ。

 アリオス先生は、やっぱり、アンジェのことを想ってる。
 きっと、"愛してる”という言葉がふさわしいのかもしれない…。
 なのに、なぜ彼女を拒絶するのかしら…?
 ----きょっとして、先生は過去に何かが遭ったのかもしれない----

 レイチェルはそう思わずにはいられなかった。

TO BE CONTINUED


コメント

久しぶりに『愛の劇場』UPです。
たぶん一月以上(笑)
これからもチョコチョコ更新がんばります!!