WHEN YOU SAY
NOTHING AT ALL

CHAPTER5「告白」


 アリオスに教えられたように、アンジェリークはサーブを打つ。

 何て素直な、流れるようなフォームをするんだろ…

 観客席で見ていたレイチェルも、思わずその上達振りに目を見張った。
 そして、ロザリアも。

 短期間であれだけの技術を教え込むなんて。
 この二人は、短い間で固く結ばれている…。

 誰もが固唾を飲んで、アンジェリークの試合の行方を見守っている。
 アンジェリークのサーブが入り、強烈なラリーの応酬が続く。
 彼女はただボールだけを追い、打ち返してゆく。

 ボールに集中しよう…。今の私にはこれしか出来ないから…。
 アリオス先生があれだけしっかり教えてくれたもの。私は絶対負けない!!

 精一杯コートの中を走り、ボールに食らいついて離さない。
 何度もラリーの応酬が続き、見ごたえのあるダイナミックな試合になっていった。
「アンジェ、がんばれ!!」
 レイチェルは祈るような気持ちでコートに視線を注ぐ。
 だが、傍らにいるアリオスは、無言のまま、鋭い眼差しで、コートを見据えていた。
 試合は、お互いにサービスをキープしあうと言う、大熱戦になってきた。

 粘れ、コレット。粘ればおまえが勝つ!!

 彼は目を逸らさずに、ずっとアンジェリークだけを見つめている。

 次でサービスを破らなきゃ!

 相手のサーブボールがコートに入ってくる。
 強烈なスピンがかかったボールが。
 アンジェリークは、それを一心に追いかけ、打ち返した。
「…!!」
 その瞬間、アリオスは立ち上がり、ロザリア、リモージュ、そしてレイチェルは立ち上がり、相手選手も動けなかった。
 ボールは何でもないところに飛んだ。
 しかし、打ち返すことは出来なかった。

 どうして? どうしてあんなボールが決まるんだろう…

 その神業的なボールを打ったアンジェリークは、まだ、どうしてこのようなボールが打てたかどうかが判らなかった。

 コレット、おまえはボールの意志を読むことが出来るのか・・・。
 ----おまえは、エリス以上の才能を持っているかもしれねェ…

 アリオスの憂いの滲んだ冴えた眼差しが、アンジェリークに注がれる。
 そのボールが決まってから、アンジェリークの勢いが増した。
 そのゲームのサービスをブレイクし、とうとう第一セットを取ってしまった。

 取れるなんて思ってなかった…。

 ベンチに戻り、スポーツドリンクで咽喉を潤すと、タオルで汗を拭い、ふとベンチを見上げた。
 目線は否が応でも、アリオスを追ってしまう。
 彼の視線がこちらに向くのを感じて、アンジェリークは思わずふんわりと微笑んだ。
 その縋るような微笑が、氷で出来ている彼の心をも溶かし、その深い微笑を引き出す。
 互いに見つめあい、微笑み合う二人に、見守るレイチェルは絆を感じずに入られなかった。

 凄い強固な絆だな・・・。
 けれど、こっちの心も温かくなってゆくような、そんな絆だ。

 そこまで思って、レイチェルははっとする。

 まさか、これって恋なのかな…。
 だったら、凄く似合ってる。
 きっとアリオス先生にはアンジェが必要だし、彼女にも…、だよね!

 独り嬉しい気分になってしまい、思わずにんまりとするレイチェルだった。


 時間が来たことを審判が知らせてくれ、アンジェリークはベンチから立ち上がると、もう一度、アリオスを見た。
 彼女は彼に向かってしっかりと頷く。
 "頑張ってきます”と----
 それに応えるように、アリオスもそっと頷いてみせる。
 アリオスに見守られて、アンジェリークはコートへと入っていった。


 後半は、相手側からのサービスだった。
 お互いにサービスをキープし合い、譲らないのは、第一セットと同様だった。
 だが、第一セットを飛ばしすぎたアンジェリークは、既に体力的な限界が来ようとしている。
 これはアリオスが一番気にしていたことでもあった。
 元々、満員列車にすら酔ってしまうような彼女なのだ。
 炎天下の、しかも一時間を越える試合への体力が続くわけなどない。

 苦しい…。
 だけど、何とか頑張ろう。
 私が苦しかったら、相手ももっと苦しいんだから…
 
 アンジェリークは神経をボールだけに集中し、ただ気力だけでコートに立っている。
「あれじゃあ、もたないですわ、先生」
 ロザリアは痛々しそうにコートにいるアンジェリークを見つめ、眉根を寄せた。
「いや…、あいつは戦い抜くだろう…」
 痛々しくなってくる彼女を、目を逸らさずに、アリオスはただ見守っている。

 お互いに信じあっているからこそなのかしら…

 ロザリアすら、羨ましく思う、二人の絆だった。

 目がかすむ、身体が重い……。
 だけど頑張らなくっちゃ。
 先生がいるから頑張れるから…

 アンジェリークは朦朧とする意識の中で、本能のままボールを打ち、走っていた。
 そうしているうちに、ゲームセットを知らせる、声が聴こえたような気がした。
 相手の選手が手を差し出している。
 アンジェリークは、その手を導かれるように手を差し出すと、そのままその場に崩れ落ちた。

 私…、勝ったの? 負けたの?

「アンジェ!!」
 レイチェルが叫び声を上げたが、最初に迅速な行動を取ったのは、アリオスだった。
 彼はすぐさまコートに駆け下りると、アンジェリークをそのまま抱き上げる。
 その腕の逞しさ、暖かさで、誰の腕か彼女にはすぐに判った。
 心地よく、しっくり来る腕。
 これほど心地よい腕は、今までなかったと、彼女は思う。
 何とか意識をかき集めて、彼に伝える。
「…先生…、私…」
「よくやった。いい試合だったぜ?」
 テノールが優しく響き、彼女はほっとする。

 私、きっと、アリオス先生のことが、逢ったときから好きだったんだ、きっと…

「…先生…、先生がいたから…、頑張れた…」
 彼女はそのまま意識を暗闇に預けた。
 意識を失ったアンジェリークの髪をそっと撫でると、アリオスは彼女を医務室まで連れて行った。 

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「あ…」
 目覚めると、そこには、禁と翡翠の瞳を持つアリオスが、ずっと見守ってくれていた。
「…先生…、あの…、試合は…」
 途切れがちに彼女は言い、縋るような眼差しを彼に向けた。
「おまえのストレート勝ちだ。よく頑張ったな…」
 深い微笑を向けられると、彼女は急に泣き出したくなった。
「おい、コレット」
「嬉しいんです、勝ったことも…、全部先生のお蔭だから…」
 喜びを噛み締める彼女に、アリオスはそっと背中を優しく叩いてやる。
「よく頑張ったな? おまえが頑張ったからだ」
 彼女は即座に首を振って否定した。
「私独りじゃ…、勝てなかった・・・。先生が見守ってくれていたから…、頑張れた…」
 アンジェリークは、薄く頬を赤らめると、アリオスを上目遣いで見つめる。
「----先生、好きです…」
 はかなく消え入るような声で、彼女は呟いた。
 アリオスは一瞬言葉を失い、切なげに、苦しげに、宙を見つめる。
 二人の間に透明な沈黙が走る。
「----おまえと…、俺は、教師と生徒だ…。それ以上でも以下でもねえ」
 苦しげに囁かれた言葉は、アンジェリークの心をナイフで切り裂いた。
 苦痛に息が苦しくなる。
 彼は、彼女がどれほど切ない表情をしているかが手に取るように理解できた。
 痛々しくて、見たくなかった。
 彼は背を向けたまま、医務室を出てゆく。
「----ヘンなことを言って、申し訳ありませんでした…」
 彼女の震える声が、彼の心に刺すような痛みを齎す。
 そのままアリオスは、無言で出て行ってしまった。
「バカ、アンジェ…」
 彼女は医務室で、そのままシーツに顔を埋めて、暫くむせび泣いた----

 TO BE CONTINUED…



コメント

ようやくスポ根部分が終わり、いよいよ、愛の劇場本来の恋の部分に入ってゆきます。
引き続き、よろしくお願いします。