WHEN YOU SAY
NOTHING AT ALL

CHAPTER10「目指すものは・・・」


 そのキスの味は、なんだか罪の味がした・・・。
 それと同時に、甘く麻薬のようにも思えた・・・。
 先生・・・。
 先生とキスをすると、もう離れられなくなっちゃう・・・。
 あのキスの意味は何?

 唇が離されて、アンジェリークは潤んだ眼差しでアリオスを見つめた。
「・・・先生・・・」
 戸惑いがちに囁かれる甘い声。
 その声は何よりもアリオスの心を満たす。
「----おまえは・・・、こうされるのがいやか?」
 艶やかに囁かれて、アンジェリークは僅かに首を横に振る。
 その少女のはにかんだ仕草に、彼は初めてといっていいほどの、深く安らぎのある微笑を浮かべた。
「アンジェリーク・・・」
 囁かれて、大好きでたまらない異色の甘やかな瞳で見つめられれば、アンジェリークは微動だに出来ない。
 そっと彼の大きな、そして、少し冷たい手が彼女の頬に置かれる。
 その冷たさに、彼女はうっとりと頬染め、瞳を閉じる。
「俺が過去に拘るばっかりに、おまえを傷つけてしまった。許してくれるか?」
 少女はゆっくりと目を開け、艶やかに光る瞳で彼を見上げる。
 静かな沈黙が、二人の間を流れる。
「許してくれるか?」
 少女の顔に浮かぶのは暖かな微笑。
 彼女はそれを浮かべながら、そっと彼を、今度は凛とした瞳で見つめる。
「だって、先生のほうが、傷ついたのに・・・。
 私こそ許して・・・、あっ!」
 そのまま、アンジェリークの華奢な身体は、アリオスの腕の中にすっぽりと包まれてしまった。
「おまえはいつも人のことばっかり考えやがって!
 おまえのほうが、凄く傷ついたのは判ってる」
 彼は彼女の顎を持ち上げて、自分の眼差しを見つめさせる。
 どれだけ自分が今、彼女を愛しいと思っているかを、知ってもらいたかった。
 そして、その想いを、彼女の伝えたかった。
「----俺は、おまえを守る。
 おまえを、傷つけるやつは、容赦しねえから」
 言葉も、眼差しも、アンジェリークは嬉しかった。
 彼女は身体を震わせて、涙ぐみながら、彼を見つめる。
 大好きでたまらない人が、ようやく自分を認めてくれた瞬間。
 それが幸せでなくて、何だというのだろうか。
「えぐっ・・・、先生・・・」
 彼女はそのまま、彼の胸の中に顔を埋める。
「俺に着いてきてくれるか?
 いつまでも、どこまでも。
 テニスでも・・・・」
 彼はそこで言葉を切ると、彼女を抱きしめる。
「後悔はさせねえ」
 その言葉にアンジェリークは頷いた。
 月が二人の誓いの証人となった----


 二人は手を繋いで、アンジェリークのアパートへと向かう。
 先ほどの張り詰めた空気はなく、二人の間を穏やかで満たされた空気が包む。
 二人は何も話さなかった。
 だが、お互いの指先のぬくもりから、想いを伝え合っている。
 満たされた沈黙がそこにある。
 ずっとこのままでいたい。
 甘やかな夜風を感じながら、二人はその一瞬、一瞬を大切にする。
 少し遠回りをしたにもかかわらず、すぐに彼女の部屋に着いた。
 別れ際、手狭な玄関で、アリオスは再び彼女の唇を奪う。
 優しく、甘く。
「アンジェリーク、明日から、覚悟しとけよ?
 テニスも、全てのことも・・・」
 彼女は覚悟が出来ているかのように、しっかりと頷く。
「じゃあ、またな?」
「はい、先生・・・」
 彼女が寂しそうに沿う呼びかけたところで、彼は振り返る。
「おい、アンジェリーク」
「はい?」
「俺は二人の時は”アンジェリーク”と呼ぶから、おまえも、俺を名前で呼べ?
 -----”アリオス”と・・・」
「は、はい・・・」
  又涙ぐむ、かの愛しいショ皇女に苦笑しながら、アリオスは慰めるかのように頬に口付ける。
「こら、泣くなよ?」
「はい、はい・・・」
 肩を震わせてなく少女。
 思えば、最初に会ったときから惹かれていた。
 最初は、彼女がエリスに似ていることが、ひどく辛かった。
 だが今はそれも難なく請けと、得ることが出来る。
 彼女とエリスは違う輝きを持っているのだ。
 彼女の稀有の魂の輝きに惹かれたからこそ、再び夢を見ようと決心できたのだ。
「明日から、又、頑張ろう・・・」
「はい」
 再び軽く口付けて、彼はそっと彼女の部屋から出て行く。

 今夜は久しぶりにゆっくり眠ることが出来るように思う。
 それはアリオスもアンジェリークも同じだった----

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 翌日から、アンジェリークはテニス部へと復帰した。
 今日もまた、いつものように、アリオスの容赦ない特訓が始まる。
 コートに立ち、彼のボールを待ち受ける姿は、貪欲だ。
「お願いします!!」
「ああ」
 アリオスから繰り出される早いボール。
 彼女はそれに食らいついてゆく。

 ・・・アンジェリーク・・・、俺の堰は切れた。
 おまえの中へ、俺の全てで流れ込む。
 途中で弱音を吐いても、辞められないからな・・・。
 俺はおまえに全ての技を伝授する。
 おまえに全てをかける・・・。
 コーチとして。
 ----そして、一人の男として・・・。
 覚悟しておけ!!!!

 二人の特訓をする様子に、レイチェル、ロザリア、そしてリモージュは取りあえずは安堵する。
 アンジェリークはアリオスの教えを全て会得すべく、奔走する。

 どうせ・・・。
 どうせテニスを続けるんなら・・・
 ロザリア先輩や、リモージュ先輩のように、なりたい!!!



 アンジェリークは、結局、休んだ時間を取り戻すために、居残りで特訓をした。
 それも終わって、くたくたになって、更衣室で着替える。

 気持ちいいな、やっぱり・・・。
 くたくたまで身体を動かすのは・・・

 彼女は着替え終わると、更衣室の電気を消す。
 今日は、レイチェルがデートなので、待ってくれている人もいない。
 彼女はそのまま校門へと向かうと、偶然駐車場へと歩いてゆく、アリオスの姿が見えた。
「先生・・・」
 声をかけて駆け寄ろうとする。
 だが、アリオスは冷たい眼差しを彼女に向けただけで、そのまま無視して駐車場へと向かう。
 彼女は知らなかった。
 誰かに見られては困るということもあるが、彼が冷たくする理由は、悪い憂さから彼女を守るためだった。
 たとえ些細な個であっても彼女を傷つけたくはなかった。
 だが----
 その行為が、彼女の胸をえぐる。

 やっぱり…、私を説得するためだけに、先生はキスをしたの!?
 そんなの、ないよ・・・

 彼女はそのまま俯く。
 涙が溢れて止まらない。
 誰にも見られたくなくて、彼女はそのまま足早に校門から出て行った。

TO BE CONTINUED


コメント

『愛の劇場』集中UPです。
ようやくクライマックスに突入です。
もう少しですので、お付き合いくださいませ。
ちょっと先が見えてきてほっとしています。