私が選手!?
アリオスの意外な言葉に、アンジェリークは、息を飲み、その場に立ち尽くした。
彼の切れるような鋭い眼差しが体に突き刺さって、足が震えて立っていられなくなる。
「アンジェ!! 良かったじゃん!! ようやく苦労が実るよ!!」
彼女の華奢な体に嬉しそうに抱きつくレイチェルにも、呆然と反応してしまう。
「アンジェ?」
表情が硬いままのアンジェリークに、レイチェルは心配そうに呼びかけた。
だが、彼女の表情は微動だにしない。
出来ない!! 私にはそんな実力なんてない!!
血が滲むほど唇を噛み締めて、彼女は俯いてしまった。
「選手は俺のところへ来い。今後の強化スケジュールの説明をする」
アリオスの怜悧な声が容赦なく響き、アンジェリークは細い体をびくりとさせる。
「ほら、アンジェ、行こ、ね?」
レイチェルに肩を叩かれても、彼女は一歩が踏み出せなかった。
嬉しい、それは心のどこかにある。
だけど自分がその実力があるのかと考えれば、別の話になってくる。
あんな立派なプレーをするメンバーの中に、入ってなんて行けやしない。
「----コレット!」
「はい!」
鋭い声が踏み込むように響いて、アンジェリークは思わず返事をした。
「おまえも来い」
「はい…」
アリオスの冴えた眼差しを向けられ、彼女は仕方なく、とぼとぼとアリオスの後を着いて行く。
アリオス先生のあの視線で見られたら、何だか体が自然に動いてしまう・・・。不思議な色をした…、不思議な瞳・・・。
選手は全員、コートサイドのベンチの前に集合し、説明を受けることになった。
実力者の中で、アンジェリークは気後れしながら隅の方にポツリと遠慮がちに立っていた。
その姿がやけに可愛らしくて、レイチェルは勿論のこと、キャプテンのリモージュやエースのロザリアまでもが穏やかな笑みを浮かべる。
それを気がつく余裕など、アンジェリークにはなかった。
「練習は各自に会った強化スケジュールを立てておいた。俺も見るが、おまえたちも協力し合って、互いの実力を高めろ」
言って、アリオスはブリーフケースから各自の練習スケジュールを書いたプリントを出し、それをアンジェリーク以外の選手に配った。
「これは今日から一週間のスケジュールだ。練習に励め」
スケジュールを渡されなかった彼女は、どうしてなのかわけが判らず、大きな愛らしい瞳をさらに丸くしている。
「アリオス先生、アンジェリークの強化スケジュールだけがありませんが…」
困惑するアンジェリークの代わりに口を開いたのは、やはりレイチェル立った。
「----コレットは…、おまえたちと少し実力の差がある。今日から一週間は、俺の指導のもとで、特訓する」
誰もが、冷酷そうに見えるアリオスのその熱心ぶりに息を飲んで驚いたが、やはり当の本人が一番震え上がっていた。
「コレット以外は全員練習を始めろ! コレットは残れ!」
彼の有無を言わせない響きにある深い声に、選手たちは各自の練習へと散ってゆく。
しかし、レイチェルだけは、親友が余りにも不安げに立ち尽くすため、声を掛けずにいられない。
「アンジェ…、ファイトだよ!!」
ポンと肩を叩いては見るものの、アンジェリークは空元気な頷きをするだけだった。
「ハート、おまえもさっさと行け」
「はい」
低いよく響く声で促されて、レイチェルも練習へと戻り、アンジェリークはアリオスと向かい合う形になった。
今のうちに言っておかないと…、取り返しがつかなくなる。
言わなきゃ、先生に言わなきゃ!! 私じゃ選手が務まらないってことを…!!
心を落ち着けるように深呼吸をし、新鮮な空気を飲み込むと、彼女は決意を秘めた少し潤んだ瞳を彼に向けた----
「アリオス先生!わ、私なんか、選手に何て向いていないと思います!! 他に実力がある方はたくさんいると思います」
声は明らかに上ずっている。
「----本当にそう思ってんのか?」
「え!?」
アリオスは微動だにせずアンジェリークを見下ろしている。
冷酷なのか穏やかなのか判らない、人の心の底まで見通してしまいそうな、深い影を落した不思議な瞳----
その瞳に、彼女はごくりと咽喉を鳴らして、見つめることしか出来ない。
「俺はおまえが伸びるヤツだと思って選手に選んだつもりだぜ。おまえは出来る、違うか?」
踏み込むように見つめられると、その気になってくるのが不思議だ。
本当にアリオス先生は不思議な力を持っているのかもしれない…
彼女は、穏やかなのに強い光を帯びた澄んだ真っ直ぐの瞳を彼に向け、ゆっくりと頷いた。
彼の不思議な瞳はほんの一瞬暖かな光が湛えられる。
「----よし。大会まで二週間。それまでにおまえがしなければならねえことは山ほどある」
額にかかる銀色の柔らかな髪をかきあげながら、有無を言わせない調子で、アリオスは付け加えた。
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その日から、アリオスの容赦ないアンジェリークへの特訓が始まった。
彼女は、一番端のコートに連れて行かれた。
「コートサイドに立て。俺のボールを受けろ」
「…はい…」
自信なく頷いて、彼女はコートサイドに立った。
「お願いします!」
ラケットを構えて彼女はアリオスに向い、それを合図に彼はコートにボールを打ち込み始めた。
「速い!!」
アンジェリークは、その球速に目を眇め、足を竦ませる。
今までこんな速いボールを彼女は見たことがなかった。
「ぼやぼやするんじゃねえ!! 目を逸らさずにボールを見やがれ!!」
「はい!!」
再びベースラインに戻り、彼女はラケットを構える。
187センチの長身から繰り出されるボールは、それは迫力がある。
球速は勿論のこと、コースも正確だ。
「おら! トロトロすんな!! もっとボールを見やがれ!!」
「はい!!」
彼のきつい言葉が飛ぶたびに何度も返事をし、彼女はコートの中を駆け回る。
ほとんど低位置から動くことはなく、アリオスは色々なコースにボールを打ってくる。
振り回されているのはアンジェリークだけ。
「もっと走れねえのか!!」
「はい!!」
走っている。いつもよりも走っている。だが全くボールに追いつくことは出来ない。
汗がぽたぽたと彼女の額から流れ落ちる。
アリオス先生のフォームはインパクトの瞬間まで、ストロークの種類が全くわからない!!
「何度言ったら判る、バカ!!」
次のボールがどのコースで飛んでくるか、全く判らない。
アンジェリークは、何度も転び、汗まみれになった。
嫌だ!! 嫌!! アリオス先生にに一球も返せないなんて、そんなの嫌だ!!
息が上がる。
アンジェリークは何度目かにコートサイドを立つとき、いつの間にか、強い光をその眼差しに湛えていた。
強く、そして澄んだ輝きのある瞳----
ボールをトスしようとして、アリオスははっと息を飲む。
エリス----!!
彼は一瞬、過去の幻とアンジェリークを重ねる。
似ている…!! 何かを求める時の輝きが良く似ている。
俺の考えは間違っているのか? 俺はあいつの人生を変えようとしている。
堪えていけるか!?
着いていけるか!?
エリスのようにならないよう、ここで止めるのもあいつのため・・・。
----だが、あいつは
ボールを強く握り締めると、アリオスは想いを振り切るかのようにボールを宙に投げる。
賽は投げられた----
再び、アリオスのボールが容赦なくアンジェリークに降り注ぐ。
彼女はそれに必死に食い下がり、何度も、何度も転びながら、少しずつ返してゆく。
手の泥を払い、汗を拭いながら、ラケットを構える。
何度も、何度も。
いつの間にか日が暮れ始めていた。
その間もアリオスの厳しい特訓が続く。
少し休憩が入り、その間、アリオスが他の部員に部活動の終了の号令を掛ける。
しかしアンジェリークには終わることは許されない。
再びアリオスが戻ってきて特訓が再開された。
どれ位時間が立っただろうか----
どっぷりと日が暮れたところで、ようやくアンジェリークの一日が終了した。
彼女以外、もう誰もいない。
ただ、親友のレイチェルも、今日は抜けられない用があり帰ってしまっていた。
「今日はここまでだ! 帰っていいぜ。----良く頑張った」
コートにアリオスの声が響き、彼女は力が抜けたようにへなへなと崩れ落ちた。
すぐさま彼は彼女に駆け寄り、すっと手を差し伸べる。
「着替えて来い。送ってやるから」
その逞しい腕に掴まって立ち上がると、はにかむように彼女はそっと頷いた。
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急いで着替えて、待ち合わせの場所である裏門へと向かうと、既にアリオスが待っていてくれた。
「先生」
「よお、早かったな」
深い微笑をフッと浮かべる彼は、もう先ほどに厳しさはまるで見られない。
「行くぜ?」
「はい」
素早く歩き出したアリオスの後を、アンジェリークは小走りでついてゆくのだが、先ほどの特訓の後遺症か、上手く走れない。
「きゃっ!!」
思わず躓いた彼女の華奢な体を、彼は鍛えられた片腕で簡単に受け止めた。
「あ…、有難うございます…」
少し恥ずかしそうな澄んだ眼差しと、彼の深い眼差しが交差しあい、二人は見つめあう。
ほんの数秒だったのにもかかわらず、彼らにはそれが"永遠"に感じた。
出始めた月だけが見ていた。
to be continuued
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コメント
ようやく、スポ根メロドラマの3回目です。鬼コーチアリオスさん編(笑)
思うように"恋"に進展しないなあ・・。
頑張りますので、宜しくお願いします。
しかしこんなカッコいいコーチなら、特訓されてもいいかも(^^)