着替え終わったし…、このままおっても暇やし…
部屋にいた亜梨子は、陰鬱な面持ちで、ベッドに腰掛けていた。
ホンマ…。
私これからどうなるんやろか…
カタリ----
音がして、彼女はドアを見つめる。
『誰か来てるんかな』
音に誘われるようにして、亜梨子は部屋から出た。
「…!!」
ドアを開けると、カインが、レイチェルと共に研究室から出てくるところだった。
昨夜の軍服姿とは違い、今朝の彼は私服で、とても艶やかに見える。
長身とそのどこか危険な香りがする冷たい雰囲気にあった、黒の革のジャケットとパンツが、彼をさらに魅力的に見せていた。
零れ落ちる長めの前髪が影を作り、幻想的に、亜梨子を魅了してやまない。
この世界で唯一頼りにしている彼に、見惚れてしまう。
やっぱりカインさんカッコいい…。
私服もやっぱり…。
「カイン!!」
唯一取ることができるコミュニケーションである、彼の名前を呼び、亜梨子は自分がここにいることを示そうとした。
ふと、柔らかな声に導かれカインは振り返る。
「・…!!!」
アリア−ヌ…!!!
一瞬彼は幻でも見ているのかと思った。
かつて、アリア−ヌは、今、亜梨子が着ているのと同じ制服を着ていた時があった。
彼女が、研究所の付属学校に、席を置いていたからである。
その頃のアリア−ヌの姿と、亜梨子の姿がダブって見える。
「カイン?」
苦しげな表情を一瞬見せるカインに、亜梨子は不安になってその顔を覗く込んだ。
揺れる大きな瞳が、彼の心に真っ直ぐと入って来る。
そのまるで小さな子供のような表情に、カインはフッと笑って、彼女の頭を撫でた。
二人の慎重差は30cm以上あり、まるで大人と子供のような風情でもある。
「もう言葉、判るんだな?」
しっかりと少しはにかんで頷く彼女に、安堵感を覚える。
このスピードで言葉が理解できるのであれば、身代わり計画を順調に進めることが出来る…。
だが…。
そうしなければならないと心では判ってはいるものの、カインの心の中では、まだそのことについてのわだかまりがなくはなかった。
「アリコ、今日はフィルのやつが、街を案内してくれる。勉強になるから、行って来い。勉強になる」
コクリとしっかりと頷きつつも、亜梨子はカインのジャケットの裾を掴んで、縋るような、まるで子供が何かを強請るような目つきで彼を見つめた。
「カイン?」
その声のトーンでカインは亜梨子に「一緒に行かないか?」と訊かれているのが判る。
「…いや…。俺は家に帰らなければならないから、行かない。だが、フィルはきっと楽しくおまえを案内してくれる。覚えているか? 銀の髪のイカサマ男」
"イカサマ男”----
確かにその表現は的確だと、亜梨子は思わず笑った。
その笑顔がカインの心を揺さぶる。
心の奥の彼が隠した嫌味の部分まで、一瞬、光が当たる。
一瞬…。
光が包んだかと思った…。
温かく柔らかな強い生命力を持つ光が----
「楽しんで来い? 少しでもおまえの気がまぎれればな? 一眠りしたら、また逢いに来るから」
”また逢いに来る”-----
その言葉に、亜梨子は、本当に心から嬉しそうに、さらに輝く笑顔を彼に向ける。
もう一度微笑んで、その漆黒の短い髪を撫でると、カインは静かに彼女から離れる。
「レイチェル、後は頼んだ」
「ええ、カイン」
カインがドアに向ってゆくのを、亜梨子は切なそうに見つめている。
それを見つめるのは、レイチェルは切ない気分になる。
この世界で…、アリコが唯一頼れると判断してるのがカイン…。
それ故にこうも切ない表情を・…。
アリコ・・…。
あなたは、カインをいやすことが出来る、唯一の人なのかもしれない・…。
カインは、背中に亜梨子の切ない視線を感じていた。
だが、その思いを振り切るかのようにドアの外へと出てゆく。
アリコ…。
おまえにとっては、今が一番穏やかな時間なのかもしれない…。
これから何が起ころうとも…。
おまえを身代わりに立てると決めたい嬢は、この俺が命を掛けておまえを守る・…。
俺より先におまえを死なせやしない・…。
カインは覚悟をしていた。
これから何が起こってもあの笑顔を守りたいと。
そしてそれが何を意味しているかを、このときの彼は気付かずにいた-----
不意に、カインが目を上げると、銀の髪を揺らしながら、歩いてくる、フィリップが視界に入ってきた。
「おはよう、カイン」
「ああ、フィリップ、おはよう」
二人は軽く挨拶をし、頷きあう。
「頼んだ」
「ああ」
そのまま二人は廊下ですれ違い、フィリップはレイチェルの研究室へと入っていった。
入ると、いきなりレイチェルのキツイ挨拶が待っていた。
「おはようペテン師」
「なにおう! レイチェル!!」
二人の挨拶はいつもけんか腰でこの調子である。
フィリップは、わざと憤慨するようにしてレイチェルを睨みつけると、その後、亜梨子に近づいていった。
「よっ、アリコ、俺のこと覚えているか?」
少し野性味のある美麗な顔を向けられて、亜梨子はおずおずと頷く。
「フィリプ…、グラン…チェ・・スタア?」
「そうだ。フィルと呼んでくれ、アリコ」
頭をくしゃりと撫でられて妙に照れくさい。
カインさんもフィリップさんも、何で私の頭を撫でるんやろか?
だって、わたし子供やないのに・・・。
身長はそうかもしれへんけど・・・
「さあ、アリコ、行ってらっしゃい? ペテンには気をつけてね?」
にっこりと笑ってレイチェルは亜梨子に言い、フィリップに向き直る。
「ペテンに掛けて誘惑しないのよ! いいわね!!」
「・・んなわけねえだろ! 行くぞ! アリコ」
そのまま手をぐっと握られて、亜梨子は思わず声を上げる。
「あ、すまねえ」
首を彼女ははにかみながら振り、照れくさそうに笑う。
その笑顔が可愛くて、フィリップは一分魅入られた。
可愛いな…
「さあ、行くか」
フィリップは言い、亜梨子もしっかりとそれに頷く。
「ふたりともいってらっしゃい!!」
レイチェルに見送られ、ふたりは、ミュゼ−ルの街へと繰り出した----
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コメント
「時空の翼」やっとこさ9回目です。
むちゃくちゃお待たせいたしました。
ゆえ様、飴様更新しましたよ!!(笑)
今回は、いつものようにワードに書いてから更新ではなく、直接ビルダーに書いていきました。
ワープロが壊れて、相関性がないのは、こんなに苦労するんですね…。
しかし書いてるときに、何度も「亜梨子」を「アンジェリーク」と打ってしまっていた…(笑)
何だか展開的に「ネオロマンスゲーム」
亜梨子は、「聖なる翼」の身代わりになるために、自分でカリキュラムを組んで、各騎士の元に通ってお勉強(笑)
ここでも恋愛を育むのが基本(笑)
気分転換に平日もデートが出来るけど、あまりサボるとカインから雷が落ちる…。
みたいなようで(笑)
時空の翼