駐車場にある、亜梨子の世界で言うところの”車”のようなものを見つけ、「これは?」という意味を込めて、亜梨子は小首を傾げてフィリップに訊く。
「ああ、これか? ”エアロ・ジェット・カー”。昨日、あんたが乗ったやつよりも、早いぜ?」
「”エアロ・ジェット・カー”」
亜梨子はたどたどしい発音で、何とかフィリップの真似をし、それがどこか微笑ましかった。
「ほら、乗れよ? カインと毒舌ババァが言ってた様に、観光だ、観光」
「毒舌ババァ?」
亜梨子は誰のことだろうと思い、頭をかしげる。
「レイチェルだ」
彼女は納得したように頷くと、少しだけくすりと笑った。
「-----おまえもそう思うかよ? 俺たちは同志だな?」
これにはとんでもないとばかりに首を振った亜梨子が、フィリップにはとても愛らしく映る。
「ほら、行くぜ? 時間は待ってくれねえからな」
「はい…イカサマ師…」
たどたどしくも答えた彼女に、彼は少し不満そうな顔をする。
「んなことは覚えなくて良いんだ、アリコ。
俺はイカサマ師きゃねえよ。イカサマ師はカインだ。まあ、俺はペテン師ぐらいかもしれねえが」
不機嫌そうにぶつぶつと言うフィリップに、彼女は大きな目を見開いて楽しそうに微笑んだ。
「ったく、重要なことだけ覚えていろよ」
ぶつくさと文句を言う彼に、亜梨子は嬉しそうに軽く踊って見せる。
その姿は、本当に怒れないほど可愛かった。
「ったく、早く乗りやがれ」
コクリと頷いて、そのまま踊りながら彼女はエアロ・ジェット・カー”に乗り込んだ。
初めて乗るそれに、少し緊張感が否めないせいか、躰を小さくして畏まって助手席に座り込む。
「アプセット?」
大丈夫という意味を込めて、首を横に振り、笑顔でその思いをフィリップに伝えた。
「オッケ。それじゃあ行くか?」
エアロジェットカーはミュゼールの町に向かってゆっくりと進み始めた。
”研究所”があんなにも最新鋭の設備だったので、どんな近代的な街だと期待していたが、イシュタリアの首都は意外に古風だった。
亜梨子の出身の大阪の方がかえってごちゃごちゃした街だと感じるほどである。
ミュゼールの街は、”古都”という名が一番ぴったりなのではないかと、思うほどだった。
石畳で出来た町並みは、おとぎの国のようだ。
それほど高い建物がなく、景観も完璧といってもいい。
「驚いたか? まあ、あんな研究所の様子を見せられて、首都がこんな状態だと知ったら、それはびっくりするだろうな。
だが外見だけで、中身は最新鋭の設備が整っている」
フィリップの真剣みの帯びた声に、亜梨子も頷いた。
「中は、いずれ見てもらわなければならねえから、そのつもりで」
また観光なのだろうかと、このとき亜梨子は頷きながらもぼんやりと考えていた。
「あの白い建物が見えてきただろ? 前に獅子の印がある。あれは、ブリストル騎士団の本部。主に陸上の闘いをメインにしている。立派な騎馬隊もある。
気障ヤロージェラール・マンスフィールドが今の団長」
”気障ヤロー”には、亜梨子もくすくす笑う。
「おまえもそう思うだろ? あいつってば何だか、俺にはお上品過ぎてよ、気にくわねえ。いっぱい飲み屋とか誘ったら、断りやがるしよ」
どちらかといえば、フィリップがおもしろいのだと、亜梨子は思った。
「次に見えてきたのは、ミゼフィールド騎士団。鷲の紋章だが、俺から見たら、どうみても、鳩にしか見えねえけどよ。
ここは主に空中戦を得意とする団だ。団長は、カワイコちゃんのマクシミリアン・クレンヴィル」
それには納得しながらも、彼女は疑いの眼をフィリップに向ける。
「何だ?」
「カワイコちゃん?」
にやにやして笑いながら見る彼女に、フィリップは直ぐにその意味を汲み取る。
「おい、ど〜してそんな思考になるんだ? それだったら言っておくけど、近衛連帯の隊長がそのけがあるぜ? みんな嫌がって近づかねえけどな」
これにはまた亜梨子は笑ってしまう。
「あんたさ、その…、いっぱい大変かもしれねえけれど、笑っていた方が、その…、不細工が目立たねえぜ?」
結局は照れてしまい、フィリップは言葉の半分も言いたいことが言えないまま。
だが、おおぼけこぼけの亜梨子は口を尖らせてむくれた。
「う〜!!」
怒る姿もまた愛らしいのだが、ころがしてしまいたいカワイさで、フィリップは噴出す。
「ほんとおまえおもしれ〜」
「う〜!!」
彼女が拗ねるようにすればするほど、彼にとっては益々微笑ましいものになった。
「ほら、また見えてきただろ? あのレンガ色の鮫の紋章の建物。あれが俺のいる、ハルモニア騎士団。海の戦術を得意としている」
どれだけ彼が自分の騎士団を愛しているか、亜梨子はその横顔を見るだけで判断できる。
今まで軽口をたたいてばかりいた彼の表情は、一転し、精悍で輝かしいものになっていた。
ほんまに愛してるんやね、フィリップさん…。
そこまで誇りをもてて、なんか羨ましいわ…。
「この奥に入っていくと、いよいよ皇宮と”聖なる翼”の邸宅がある」
”聖なる翼”-------
その言葉を聴くだけで、亜梨子は妙に畏まってしまう。
躰を固くして、表情を僅かにこわばらせた彼女を、フィリップは逃さなかった。
こんな全く判らねえ世界に来て、しかも最高軍指令の身代わりをさせられようとするんだ、その苦労は計り知れねえだろう…。
本当は、あんたは、いつも笑っていたほうが、何も知らずに陽に当たっているほうが似合っているのかも知れねえな…。
亜梨子は同時に不思議に思う。
どうしてあのカインの騎士団がないのだろうかと。
「カイン?」
思い切って訊いてみると、途端にフィリップの翡翠の眼差しが深い色を帯びた。
「------カインとラインハルトが所属している騎士団、マドリナ騎士団は表立った場所に本部を持っていない。そこにいるのは精鋭だけの、”見えざる政府”とすら呼ばれている軍団だ。俺も、ハルモニアの団長に抜擢される前はそこにいた。
平たく言えば、諜報活動。わが国にあだなすものがあれば、皇帝や最高司令室の許可なくして暗殺すら出来る」
これには思わず、亜梨子も生唾を飲む。
急に緊張感を感じずにいられなくなる。
「ちゃんとしたことは、カインに訊いてくれ。あいつから教えてもらったほうがいい」
彼女はしっかりと頷いたものの、少し複雑な気分だった。
だから…。
あの時誰もがカインさんの制服を見て、一目おいたんや…。
「ほら、皇宮が見えてきたぜ?」
先程から少し見えていた、優美なフォルムの宮殿が眼下に広がってくる。
「ここにはイシュタリア帝国の皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下がお住まいになっている…」
フィリップはほんの少しだけ翳りのある光を眼差しに浮かべた。
その光は、亜梨子の心の中で、すっと降りてくる。
どうして? フィリップさん…
考えている間に次の建物がもう見えてくる。
「その奥にあるのが、政府最高幹部会の施設だ。には政府の中枢の御前会議場などもある、イシュタリアの中心だ。御前会議には俺たち団長も招集される」
そこは亜梨子もテレビで見たことのある永田町の雰囲気に少し似ていて、彼女も頷く。
次の瞬間、純白の建物が見えてきて、これには亜梨子は息を呑んだ。
癒される気分になるのはなぜだろうか。
心が澄んでいくような、そんな気分になった。
「あの白い建物は、イシュタリア軍最高司令官…。またの名を”聖なる翼”の邸宅だ------」
これが…聖なる翼の…
邸宅の前でエアロ・ジェット・カーは静かに止まった。
外に出ていいかという意味を込めて、亜梨子は宮殿の門を指差す。
「ああ。かまわねえ。出てみろよ?」
許しを貰って彼女は笑顔で頭を下げると、外に出た。
その横顔は緊張の余り険しくなっている。
これが”聖なる翼”の-----
余りにもの存在感に、亜梨子はただ顔を上げて立ち尽くすことしか出来ない。
前に近づこうと、一歩踏み出したときだった。
『きゃあっ』
足を滑らせて転んでしまい、ひざを強く打つ。
『あたたたた・・・』
余りの痛みに顔をしかめてしまう。
「ほら、こんなところで転ぶな」
艶やかな声に導かれて顔を上げると、そこには私服姿のカインが立っていた-------
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コメント
「時空の翼」やっとこさ10回目です。
むちゃくちゃお待たせいたしました。
ゆえ様更新しましたよ!!(笑)
これからまじめにやります。
はい。
完結させたいので。
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