時空の翼

〜DIMENTIONAL ANGEL〜

CHAPTER7 「翼の影」(1)

 オマエヲ救ウ為ダケニ俺ハココニイル。

 オマエヲ救イタイ!

 ダカラ、助カッテクレ!

 モウ一度アノ笑顔ヲ見セテクレ…!

 俺ダケの天使-----------

 亜梨子は、救急車で“港坂大学医学部付属病院”へと運ばれ、今、まさに集中治療室で治療を受けていた。

 麻衣、美紀、零史も一緒の救急車に乗り込み、病院に付き添った。

 麻衣と零史は、ロビーのソファに腰掛け、治療の経過の報告を今や遅しと待ちつづけている。

 ロビーは薄暗く、仄かに常夜灯が点るだけ。柱時計の秒針の音が、心を重苦しくさせた。誰もがその雰囲気に押しつぶされそうになる。

 “死”という名の恐怖が、三人の心を覆い尽くす。

 だが誰も口にはしていなかった。

 口にすれば現実になるような気がして、怖かったのだ。

 亜梨子の下宿する叔母の家に電話を入れていた美紀が、やりきれない表情を浮かべて、公衆電話から戻ってきた。彼女は今にも泣きそうな雰囲気だ。

「…二人とも、亜梨子は?」

「いや…、まだ連絡はねえよ」

 いつもの少しふざけたところは影を潜め、零史は俯きながら呟く。彼の指は無意識に絡められて、まるで祈っているように見えた。

「ご両親は…」

 囁く麻衣の声もいつもの元気はない。

「…うん…。とにかく、叔母さんのご家族がすぐにここに来るって。ご両親は、大阪にいるから、明日の朝一番の新幹線でこちらに向かうそうよ…」

 固く冷たいソファに腰掛けるなり、美紀は顔を両手で覆った。肩が小刻みに震える。

「どうして!! どうして亜梨子がこんな目に逢わなきゃなんないのよっ!!!」

 魂の底からの声だった。いつもは大人しい美紀が感情を爆発させる。

 それを見て、麻衣は姿勢を正す。自分がここはしっかりせねばならないと。彼女は泣きたいのをぐっとこらえて、美紀の肩を優しく抱いた。

「こら、亜梨子は大丈夫だよ!! けろっとして、あの大阪弁で“何あったん”って、きょとんとして訊いて来るよ。で、あの盆と正月が一緒に来たみたいな笑顔を浮かべるのよ!!」

 麻衣は、勤めていつもの調子でと、明るく話す。だが、その明るさは、作り物特有の乾いたものだった。

「ほら、坂梨も言ってるだろ? 倉橋はそういう奴だからな? きっと“レポート見せてよ”なんて、甘えてくるから。あいつは、殺しても死ぬようなタマじゃねーし」

 零史と麻衣の、少し乱暴でぶっきらぼうだが優しい励ましに、美紀は鼻をすすりながら笑う。 

「有難う…。そうよね! 亜梨子が死ぬわけないもんね! 元気になるもんね」

 美紀の泣き笑いの言葉に、二人も頷いて見せた。

 不意に遠くから足跡が聞こえてきて、こちらへと向かっているのが判る。

 三人は否が応でも身体を固くし、緊張する。

 仄かな常夜灯がその人物を照らした時、美紀も麻衣も息を飲んだ。

 まだ若い。

 整った顔立ちで、長い前髪が印象的な、眼鏡を掛けた長身の青年だった。

「お待たせしました。脳外科の赤坂です。今回、倉橋亜梨子さんの主治医をさせて頂きます」

 仄かな明かりが青年医師の横顔を照らし、彼の容姿が冷たいほど整っていることを知らしめる。

「あの…、亜梨子は、亜梨子はどうなったんですか!?」

 最初は感情を押さえていたものの、徐々に押さえきれなくなり、美紀は赤坂に駆け寄った。

 一瞬、赤坂は苦しげに瞳を閉じると、迷いを振り切るように開ける。

「倉橋さんは、まだ眼を覚ましません…」

「いつ!? いつ眼を覚ますんですか!! 先生!!」

 麻衣もとうとうこらえきれなくて、赤坂に詰め寄った。

「MRIの検査でも、身体的原因は一切見当たらず、いたって健康です。------------ただ、目覚めないだけなのです。われわれの今の力では原因は特定できません」

 赤坂の苦しげな様子からも、亜梨子の様子が余り芳しくないことを、三人は悟る。

「だからいつ眼を覚ますかって、訊いてるんです!!」

 麻衣の叫びは涙交じりで、必死だった。

----------明日かもしれないし…、ずっとこのままかもしれません…」

 感情は余り感じられない言葉に、麻衣と美紀は互いに抱き合って泣き崩れる。

「亜梨子…!!!!」

 二人の苦しげな様子に、零史の怒りにも火をつける。

「おい、あんた!!」

 飛び掛るなり、零史は赤坂の白衣の襟を掴んだ。

「あんた医者だろう!! 倉橋を何とか出来ねえのかよ!! え!?」

 いつもは感情的になどならない零史が、今、亜梨子のために医者に食って掛かっている。

 理不尽な訴えだということは判っている。だがそうせずにいられなかった。

「すまん…、零史…」

 赤坂から呟かれた苦しげな言葉に、零史は襟から手を外す。

「くそっ!!」

 零史は行き場のない感情を、そばにあった灰皿を蹴飛ばすことで、何とか押さえた。

「ちくしょ!!」

 三人の様子を見、赤坂はし夫切なげに目を閉じる。

(医者とは因果な商売だな…)

 それぞれの想いをよそに、夜は深くなる。

 誰もが祈るような気持ちで、亜梨子を見守ることしか、最早残されていないような気がしていた----------- 



コメント

「時空の翼」やっとこさ七回目です。
待っていた方(いるのか)おまたせしました(笑)
今回は現代編ですが、次回は又「イシュタリア」に戻ります。