時空の翼

〜DIMENTIONAL ANGEL〜

CHAPTER6 「出会い」(4)

(あっ、まただ…、同じ言葉の響き…)

 不安げに縋るような眼差しで、亜梨子はカインを見上げる。

「大丈夫だ、俺を信じろ」

 彼女はコクリと頷く。

 彼が何を言っているかは判らない。だが、その艶やかな声の響きは、彼女の心の中に染みとおり、安心させた。

「しかし、よく似ている…」

 最初に声を上げたのは白の軍服を着た、優美な金髪の青年だった。

「ああ。最初は俺も驚いた。こんなにアリアーヌに似ているとは。だが同時に神に感謝もした。あの決定のすぐ後だったからな」

 あの決定----

 それは、昨夜行われた枢密会議での決定。

 アリアーヌの死。それはイシュタリアにとっては、致命傷になりかねないことだった。それが公にされれば、恐らく、他国は侵攻してくるだろう。聖なる翼“の損失は、軍事面にとっては大きな痛手だった。

 そこで、アリアーヌの身代わりの娘を立てるということになったのである。これで、当分の間は敵をカモフラージュ出来、同時に新しい“聖なる翼が育つまでの時間稼ぎにしたかった。

 現に、アリアーヌは、任期を僅かに残しての死“であったために、新たなものが育ちつつあった。

「ちょっと! この子のいる前でそんな話をしないで!? 不安がっているじゃない!」

 怜悧なレイチェルの声が響き、彼女の視線は亜梨子に注がれる。

「いや、構わん。続けろ」

「カイン!!」

 レイチェルの論旨はいきり立ち、カインをその視線で攻め立てる。

『ダメ!!』

 響きだけでカインが怒られたものだと思い、亜梨子は彼を守るように、小さな身体と腕を精一杯広げて、その前に立った。

 その瞳は一生懸命“カインを怒るなと、レイチェルに訴えている。

「アリコ…」

 身体から感情が削ぎ落とされるような思いで、レイチェルは呆然と亜梨子を見つめた。

「大丈夫だ、アリコ。おまえを心配してくれているんだ。レイチェルは怒ってはいない」

 カインの深い眼差しは何を語るのか。亜梨子は本能で理解し、身体の緊張を解く。

 レイチェルははっとする。

 二人の絆の強さを眩しく思い、また、そこから真実を感じとる。

----まさか…、この子言葉が…」

「ああ。俺たちが何を言っているか、アリコは理解が出来ないらしい。だから、構わんと言った。それどころか、俺が今まで聞いたことがないような奇妙な言葉を話す」

 ブルーグレイとエメラルドの異色の冷たい瞳が、鋭くレイチェルを捉える。

 彼女を捕らえて止まない眼差し。

 そこに何が宿っているかを、彼女はすぐに感づいた。

「それで私のところに連れてきたのね。言葉を覚えさせ、彼女の分析をするために…」

「ああ。おまえにしか無理だ。違うか?」

 切れるような異色の眼差しには、彼女への信頼の光が宿っている。

 だがそれは仕事上の信頼。決して、恋心が絡み合った信頼ではない。

 その眼差しを苦しく思い、レイチェルは思わず瞳を閉じた。

「判ったわ。アリコのことは任せておいて」

「恩に着る」

 そっと眼差しを開け、レイチェルは一度竹カインに頷く。

 その二人の様子を見ていると、亜梨子はなんだか自分だけが取り残されたような感じがした。

「アリコ」

 凛とした声で声をかけられ、澄んだ大きな瞳で、彼女はレイチェルを真っ直ぐに見つめた。

(綺麗な眼差しだわ…。この子はきっと、どんな困難にも立ち向かっていける…。----そして、カインの氷を解かしてしまうことが出来るでしょう…。その純粋な眼差しと優しい心根で…。そう、かつてのアリアーヌがそうであったように)

 甘く切ない想いにかられながらも、レイチェルは勤めて明るい笑顔を亜梨子に向ける。

 その笑顔は亜梨子から緊張感を解き放つ。 

「初めまして亜梨子。私は、レイチェル・キャメロンよ。カインとは古い友達で仲間よ。よろしくね」

 白い手を差し出されて、最初は戸惑いを隠せなかった亜梨子だったが、レイチェルの手を取った瞬間、その暖かさに安心する。

「レイチェル…、よろ、よろ…」

「“よろしく”だ、アリコ」

 カインに低い声で諭され、彼女はしっかりと頷く。

「よろ…、くひ…、レイチェル!!」

 誰の心をも付くような眩しい微笑。

 そんな笑顔を向けられ、レイチェルは虚をつかれたような気がした。

「こちらこそ、アリコ」

「おい、俺たちも自己紹介させてくれよ?」

 綺麗にウェーブがかかった長い黄金の髪を優雅に揺らしながら、長身の青年が亜梨子に向かってやってくる。

(うわ〜、なんて綺麗な男性なんやろうか)

 白い軍服を纏った彼は、まるで王子様のようだと亜梨子は思った。

「ブリストル騎士団団長、ジェラール・マンスフィールドだ。よろしくアリコ」

 青空のような青い瞳には優美さが輝き、彼女はどきりとする。

「…!!」

 いきなり手をとられると、ジェラールは彼女の小さな手の甲に口付けた。

 こんなことをされたのは初めてで、亜梨子は驚いて大きな瞳を見開き、顔を耳まで真っ赤にさせて彼を見つめている。

「ちょっと、この子には刺激が強かったかな?」

「…よ…、よろくし…、ジェラール・マンスフィールド」

 何とか返した亜梨子だったが、まだ心臓は早く打っている。

「おい、たらしにんなことされて、アリコが驚いているだろうが」

「おまえに言われたくない! フィリップ」

 野性味溢れる魅力的な声に、亜梨子は思わず声の主を探した。

「交代だ、ジェラール」

 少し長めの銀の髪を揺らし、青い軍服を身に纏った青年が、今度は彼女の前に立つ。

「フィリップ・グランチェスタ。このたらしと、そこのいかさま師とは同期」

「誰がたらしだ!!」

 とジェラール。

「ったく、おまえのほうがいかさま師“だろうが」

 カインである。

「まあいい。おれが言ったことは事実、って言ってもおまえには判かんねえだろうがな。とにかく、俺はハルモニア騎士団でなぜか、団長をしている。よろしく!」

 言うなり、彼は亜梨子の顎を持ち上げ、じっとその翡翠の瞳で彼女を見つめる。

「よ…、よろちく…、フィリップ・グランチェスタ…」

 心臓は収まりを知らなくて、どんどん鼓動を早めてゆく。

「素人相手にそんなことはするな、フィル」

 カインはさりげなく彼女に助け舟を出してくれ、亜梨子は飛び上がるほど嬉しかった。

「オッケ。保護者殿がああ言ってるから今日はここまでな?」

 そっと彼女の顎から指を離し、フィリップは艶やかにウィンクを送った。

「次は僕の番ですね」

 明るい短めの金色の髪に、澄んだエメラルドの瞳を持った青年が、今度はやってくる。

(ここには次から次に、かっこいい人が一杯いるな…)

 青年もまた、同じデザインの紫の軍服を身に纏っていた。

「初めましてアリコ。僕はマクシミリアン・クレンヴィルです。マックスと呼んでください。ミゼフィールド騎士団で団長を僭越ながら努めさせて貰っています。

よろしくアリコ」

 彼は、先ほどの二人とは違って、爽やかで礼儀正しく、今度は先ほどの緊張とは違い、彼女を和ませる。

「よろ…しき、マクシミリアン・クレンヴィル」

 しっかりと握手を交わし、彼女は笑顔をマックスに送った。

「では最後は私ですね」

 今までの雰囲気とは打って変わって、低く頼もしげな声で呟いた青年は、誰よりも落ち着いた雰囲気をもっていた。彼の前では、カインすらやんちゃに見えてしまう。

 漆黒の髪にスミレ色の瞳が良く映え、カインと同じ軍服も良く似合っている。

「私は、カインと同じマドリナ騎士団に所属し、そこで副団長を努めています。ラインハルト・ヴァランタインと申します。よろしくお願いしますね、アリコ」

 すみれ色の眼差しに優しい光が宿り、彼女は暖かな気持ちになってゆくのを感じた。

「よろしかおねまい、ラインハルト・ヴァランタイン」

 握手を交わしながら微笑む亜梨子を、ラインハルトは感慨深げに見つめる。

(アリコ、あなたは不思議な魅力の持ち主だ…。きっと、ここにいるだれもがあなたに虜になるだろう…。そう、私や、カインですらも)

「自己紹介も終わったところで、みなさんお茶でもいかが?」

 タイミングよくレイチェルが美味しそうなにおいを漂わせて、お茶を持ってやってきた。

「ほら、おまえもここに座れ」

 カインは、亜梨子に椅子を引いてやり、ここに座れと言わんばかりに、椅子のシートを叩いた。

 嬉しそうに彼女は頷くと、椅子に腰掛け、安堵のため息を吐いた。

「はい、アリコ」

 カップが差し出されて、亜梨子はそれを嬉しそうに受け取った。

(なんだろう、とってもいいにおいがして、美味しそう…)

 においを吸い込んでる彼女に、レイチェルは飲むようにと、そっとジェスチャーで伝える。

 彼女は嬉しそうに頷くと、早速、それに口をつける。

(うわ〜、甘い〜)

 一口、一口、味を堪能しながら、彼女は飲みつづける。

 不意に、まぶたが重くなってゆくのを感じる。

(あれ…、眠たくなってきたわ…、疲れたんかな…)

 そのまま亜梨子は崩れ落ち、机につっぷしてしまった。

「寝たか」

 カインはそっと彼女の華奢な身体を抱き上げる。その暖かさに、彼は一瞬、切なさを禁じえない。

「脳波を調べるのか?」

 先ほどの軽い雰囲気とは違い、フィリップの声は鋭さを増している。

「ああ。脳波が出やすい飲み物をレイチェルに用意してもらった」

「ついでに、イシュタリアの言葉が理解できるように、言語マスターシステムも使うわ」

「いよいよだな」

 ジェラールも感慨深げだ。

「カイン、研究室までアリコを頼むわ」

「ああ」

 レイチェルと、亜梨子を抱いたカインは、そのまま研究室へと入っていった。

 研究室の診察台に亜梨子は寝かされると、無造作と手際のよさの丁度中間ぐらいのスピードで、レイチェルが機器を取り付けてゆく。

「どれぐらいで、言葉を理解出来るようになる?」

「そうね。言葉の意味自体だけなら、二、三日。話せるようになるのも、一週間ぐらいかしら。まあ、個人差にもよるけれど、このプログラムは私が懇親をこめて作ったものだから、抜かりはないわ」

 自信に満ちたレイチェルの言葉に、カインは満足げに頷く。

「じゃあ、頼んだ」

「ええ。任せといて」

 二人はお互いに信頼の眼差しを送りあうと、レイチェルはコントロール室に、カインはみんなが待つミーティングルームに向かった。

「すまない。待たせたな」

 カインが席につくなり、緊張感が走る。

「知ってのとおりの状況だ。ここはアリコにがんばってもらうしかない。ついてはアリコの教育を、みんなに頼みたい」

 誰もがカインに注目する。

「ジェラール、おまえは『“聖なる翼”の作法と心構え』を、フィルは『力のコントロール』と『聖なる翼“とは』を、マックスは『イシュタリアと聖なる翼“の歴史』、ラインハルトは『戦術』、そして俺は『防御』と『現状』についての講義を、それぞれ担当してくれ」

 誰もが力強く頷き同意する。

「新“聖なる翼”の講義もあって大変だとは思うが、みんなよろしく頼む!」

「もちろん、愚問だぜ?」

 優雅に言うのはジェラール。

「最強のわりふりだな?」

 フィリップは力強く。

「がんばります」

 マックスは真剣だ。

「みんな、イシュタリアのためならば命をかける覚悟は出来ています」

 ラインハルトの言葉に、誰もが頷く。

 どの顔も若く、そしてイシュタリアへの情熱が迸っている。

 彼らの憂国の思いは、一人の少女に注がれる。

 イシュタリアを救うため、彼等は一人の少女に、今すべてをかけようとしていた----



コメント

「時空の翼」やっとこさ六回目です。
待っていた方(いるのか)おまたせしました(笑)
ようやく一章UPで、騎士団も出てきました(笑)