THIS IS THE RIGHT TIME

中編


 ノックがされて、アンジェリークがドアを開けると、そこには金髪の美少女が立っていた。
「おはよう、お頭に言われて来たよ!」
「おはようございます」
 アンジェリークは、部屋に迎えに来てくれた元気いっぱいの少女に、思わず表情を綻ばせる。
「ワタシレイチェル。よろしく!」
「アンジェリークです。よろしくお願いします」
 レイチェルに、深々と頭を下げて、アンジェリークは畏まる。
「まだみんな寝てるわよ。昨日も“お勤め“があったから」
 笑いながらレイチェルは言い、アンジェリークはその後についていく。
「朝ご飯はね、少し遅めで皆で交代で作るの。勿論、お頭以外でだけれど。あ、今日は見ているだけでいいからね!」
「え、私も手伝います!」
 恐縮しているように笑う彼女に、レイチェルは好印象を持った。
「ホント!!!」
 からっと笑った少女に、アンジェリークもつられて笑う。
「ええ」
「じゃあ、早速キッチンへ」
 レイチェルに案内されたキッチンは、かなり大きくて機能的で、アンジェリークは思わず声を上げる。
「凄い!! こんな立派なキッチン! ご飯作りがいがあるわ!」
「それホント!?」
 レイチェルは、ずいっと身体を寄せてきて、真剣に聞く。
「ええ」
「よかった〜!!!!!」
 彼女こそ、本当に嬉しそうな表情をして、抱きついてくる。
「実はさ、アナタがここでいてくれることで、ワタシの仕事が軽減されるもん〜」
「だから、さっき手伝うって言ったのよ? 私お料理大好きだし!」
「益々たのもし〜」
 アンジェリクは、レイチェルにエプロンを出してもらって、早速、食材などを点検した。
 その目つきは真剣そのもので、レイチェルの期待は否が応でも高まってゆく。
「ねえねえ、何作ってくれんの?」
「野菜スープと、オムレツ、今日は時間がないからパンは焼かないけれど、ここにあるパンを使って簡単にサンドウィッチとサラダ」
「凄い!!! あ、勿論、ワタシも手伝うからね?」
「うん、お願いね?」
 二人は年も近いせいか、料理を作りながら、直ぐに打ち解けた。
「ねえ、アンジェリークは、お嬢様なんでしょう? どうしてこんなところで厄介になる気になったの?」
 不思議そうに言うレイチェルの瞳は興味深々で。
 別に隠しておくほどのことでもないので、アンジェリークは穏やかに微笑みながら、話し始めた。
「私ね、両親を事故で無くして、母の兄である、ジョスパン伯爵け引き取られただけれど…、引き取られて早々、40も上のおじさんのところに嫁がされそうになって…。それで家出しようとしてたときに、偶然、アリオス…、おかしらの一派に逢って、拉致されたんだけど、ここのほうが重石ろうだから、おいてくださいって頼んじゃった」
 からりと明るく話すところを見ると、本当に自ら望んでのことだということがわかる。
 レイチェルは益々アンジェリークが好きになった。
「でも、ジョスパンがやりそうなことだわ!」
 レイチェルは嫌悪感が前面に出た声で叫ぶ。
「知ってるの!?」
「知ってるも何も…、あ、アナタの身内を貶す様でごめんね? 私たち庶民の敵よ!! 経済犯ってやつ? 悪いことばっかりしてるからね〜、あのおっさん!」
 レイチェルの話を聴かずともアンジェリークには判った。
 叔父は直ぐにアンジェリークを“道具”と判断し、政略結婚をさせようとしたのだから。
「だけど、そうしてこんな“盗賊”何かに? まあ、ワタシたちは“義賊”って自負はあるけどね〜」
 そう言いながら、レイチェルはアンジェリークをじっと見つめる。
「あ、判った!! ひょっとして、お頭?」
 レイチェルがそう言った途端、アンジェリークは耳まで真っ赤にした。
「そ、そんなんじゃないわよ〜!!」
 必死で否定するも、その表情が総てを表してしまっている。
「あ、うちのお頭ハンサムだからね〜。あんな顔してるのに、女嫌いで、女の人は近付けないのよ〜! あ、ワタシのことは女だと思ってないらしいけれどね〜。誰でも、抱いたりするけれど、本気になったことは、今までないんじゃないかな〜」
「そう…」
 レイチェルの言葉は、少しアンジェリークを沈ませる。
 彼女が肩を落としたのは、レイチェルには明らかだった。
「あ、料理しようか、続き!」
「あ、うん」
 二人はそのまま
朝食作りに集中することにした。

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「うわっ! すげえ!」
 声を上げたのは、ランディ、ゲルハルト、ウォルターたち“食いしん坊万歳!“であった。
 その他のメンバーたちも、皆、感嘆の声を上げて嬉しそうだ。
「これアンジェが全部作ったんだよ!!」
 レイチェルの言葉を聞きながら、お頭アリオスは静かに食堂に入ってきた。
 じっと食卓の料理を見た後、彼はアンジェリークをその眼差しで捕らえる。
「おまえが全部作ってくれたのか?」
「レイチェルも手伝ってくれましたけれど」
「サンキュ」
 優しくフッと微笑んでくれたのが嬉しくて、アンジェリークは真っ赤になりながら頷く。
 その初々しい反応が、アリオスの心を満たす。
 アンジェリークは、結局、アリオスが気になって仕方なくて、ご飯の味が良く分からないまま、食べていた。
 食事の間、アリオスがさりげなく仲間を紹介してくれて、アンジェリークは顔と名前を覚えようと必死になった。
 その中には勿論昨夜の美女も含まれていた。
 マルセル、メル、ショナ、ルノーという少年たちもいて、アンジェリークの心を和ませてくれた。
 楽しい朝食は、瞬く間に過ぎ行く…。


 食事の片付けも済み、アンジェリークは少し時間が出来たので、ゆっくり、この“盗賊”のアジトであるこの屋敷の散策をしようと、レイチェルに頼んだ。
 だが、待っていてくれたのは、アリオスだった。
「行くぞ? 案内してやる」
「はい!」
 意外な人が待っていてくれて、アンジェリークは心から嬉しくなった。
 冷たいが、さりげない優しさを見せてくれる彼が、とても素敵に思う。
 アンジェリークの心は、アリオスに支配されつつあった。
 二人は、屋敷の庭をぶらぶらと散策することとなった。
「アンジェリーク、本当にここにいるのか?」
「そのつもりです!」
 アンジェリークは、しっかりと力強い眼差しでアリオスを見つめると、にっこりと微笑む。
 その微笑みは、彼の心の中に真っ直ぐとはいってきて、離さない。
「だって、ここの人たちは、皆さんとっても温かい方ばかりです! 私はむしろ、貴族の世界のほうが、汚く思えるわ! そうでしょ?」
 純粋な瞳を持つアンジェリークのこの一言は、アリオスにとってはかなり嬉しいものであった。
 彼女の透明感のある青緑の大きな瞳が日差しに輝き反射して美しい。
 アリオスは、その横顔に暫し見惚れてしまった。
「ねえ、お頭、私はここにいていい?」
 少し不安げに彼女の眼差しがゆれる。
 アリオスはその眼差しを、異色の眼差しで捕らえると、華奢な肩をそっと抱いた。
「かまわねえよ。今日のことでおまえのファンも増えたしな?」
「ほんとうに!!」
 ここにいたい。
 それは彼女が望む唯一の心。
「ああ、かまわねえ…」
 アリオスはフッと微笑むと、アンジェリークから離れて、歩き出す。
 彼女もそれに続いてひょっこりと歩き出す。

 俺はずっとおまえにいて貰いてえと思ってる…。
 女にこんなに執着したのは初めてだ…。
 アンジェリーク…。

 二人は、黙ったまま歩いてはいたが、その眼差しはとても穏やかだった。
 アンジェリークはアリオスの横顔を見つめながら、幸せを噛み締める。
「きゃあっ!」
 余所見をしていたからか、アンジェリークは、不意に、体のバランスを壊して、躓いた。
「おっと」
 だがアリオスに、お約束どおりに体を支えられて、少しほっとした。
 受け止めてくれる彼の腕はとても逞しく、温かい。
 アンジェリークは、心臓が早鐘のようになるのを感じた。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか、お頭」
 身体をゆっくりと真っ直ぐにしてくれる彼の仕草一つをとっても、胸が高まってしまう。
 真っ赤になりながら、小刻みに身体を震わせる彼女が、可愛くてたまらない。

 こん煮に心が満たされたのは、一体いつだっただろうか…

 昨夜逢ったばかりの二人は、既に、熱い鯉の炎の中に、知らず知らずのうちに足を踏み入れていた。
「お頭!!!」
 背後からあわただしい声が聞こえてきて、アリオスとアンジェリークは思わず振り返った。
 遠くから息を切らしてウォルターが走ってくる。
「どうした!?」
 ウォルターは、アリオスの前に来るなり、血相を変えている。
「ジョ、ジョスパンに、マルセルとルノーが攫われた!」

 何ですって…!?

 アリオスとアンジェリークの表情が瞬時にして変った----- 

コメント

46000番を踏まれたゆうほ様のリクエストで、
「人質として連れてこられたアンジェリークに、
 惚れてしまう盗賊の頭アリオス」です。
まだ続きます…。
今回は穏やかに、互いに惹かれていく編です。