次の日から、ランチの時間もはたまたディナーの時間も、アリオスは”えんじぇる・はうす”に顔を出す。 アンジェリークは毎日のようにアリオスに逢えるから嬉しかったが、レイチェルは少し複雑だった。 エルとワタシの仲だからうまく抱き込めたけど、相手が敏腕でならしているアリオスじゃねえ…。まあ、あのコのことだからちゃんと判ってるだろーけど。 ワタシたちが「義賊」だってことは、ナカナカ判ってもらえないから、特にアリオスのような複雑なタイプには・・・。 ちらりと横目で二人の様子を観察する。 本当に嬉しそうで、二人がお互いに思い合っているのが、手にとるように判った。 ダメだと言えば燃え上がるのは人間の常だからね・・・。 レイチェルは困ったような溜め息をひとつ吐いた。 「ここに通い出したおかげで、毎日、栄養のバランスが取れているような気がするぜ」 「ホントに!? だったらすごく嬉しいわ!」 アンジェリークは、せかせかと働きながら、アリオスとのおしゃべりに夢中になっている。 彼もまた、天使の笑顔を見ることができるだけで、凄く幸せだった。 事務処理ばかりでストレスは溜まるが、天使の笑顔を見ればそんなもの吹っ飛んでしまう。 恋する二人は無敵。 たとえお互いに敵対する間柄であったとしても-------- 「今夜はすまねえがテイクアウトにしてくれねえか? ちょっと用事があってな?」 何があるかは当然アンジェリークは知っている。 だが知らない不利をするのも彼女の得意技のひとつ。 「判ったわ? お仕事?」 「まあそんなとだな」 お互いに愛し合ってはいるが、これとこれとは別。 狐と狸の馬鹿しあいと言ったところだった。 「じゃあ五時ぐらいにお弁当届けるわね?」 「ああ。サンキュ」 二人はお互いに微笑み合い、見つめ合っていた。 「じゃあ行ってくるわね?」 「アンジェ! くれぐれもくれぐれも気をつけるのよ!」 レイチェルに何度も駄目出しをされるが、アンジェリークはいつものスマイルである。 「大丈夫! へまはしないわ!!」 にっこりと笑いながら、アンジェリークはランチボックスを二つ持っていく。 「既に準備は万端だからね?」 「判ってるわ! 今日も頑張るわ!」 笑顔でレイチェルに応えると、アンジェリークはICPOの本部に向かった。 まあ、まさかあのおっとりアンジェが、”怪盗・天使の涙”だなんて思わないわよね〜。誰も… だけど侮れないなあ・・・、アリオス・・・。 アンジェリークは教えられた通りににアリオスのオフィスに向かう。 「失礼します、”えんじぇる・はうす”です」 「入ってくれ」 オフィスに入るなり、アンジェリークは漲る緊張感を感じた。 「あ、サンキュ、こっちに持ってきてくれ」 厳しかったアリオスの表情が、ほんの一瞬緩む。 「助かるぜ」 「こちらこそ有り難うございます」 代金を受け取り、アンジェリークはにこりと微笑んだ。 「今日何かあるんですか?」 「ちょっとしたヤマがあるだけだ。大したことはねえよ」 アンジェリークはその一言に思いを巡らせる。 きっとアリオスは今夜アルカディア美術館に行くに違いないわ・・・。 「頑張ってね?」 「ああ、サンキュ。おまえの笑顔を見てたらやる気が出てきたぜ」 アンジェリークは満面の笑顔を浮かべながら、アリオスにしっかりと頷いた。 「じゃあね」 「ああ、またな?」 次の瞬間には、アリオスの表情は引き締まったものになっている。 そしてアンジェリークの表情も真摯なものに一瞬なる。 二人の初対決は、運命に導かれて間もなくゴングが鳴らされる------ 午後十一時を過ぎた頃、レイチェルが運転する車に揺られて、アンジェリークはアルカディア美術館に向かった。 「アンジェ、首尾は?」 「ばっちりよ」 特殊なガラスは、内側から外の様子は判るが、外側からは中の真の様子は判らず、ダミーの影像が出るようになっている。 車は静かにアルカディア美術館の近くにある小さなビルの前に止まった。 「アンジェ、車は予定通りに15分後には向かえに来るからね」 「うん!」 引き締まった表情をするとアンジェリークは月を眺めた。 「今日も守って」 怪盗らしく、動きやすく、そして茶目っ気のあるボディスーツ。 えんじ色が闇に溶け込み、判りにくい。 スーツは猫の耳と尻尾のあるとても可愛らしいデザインだ。 アンジェリークは意を決して、ビルの非常階段から屋上へと、足音を立てずに一気に駆け上がった。 きちんと計算されたルートで、アンジェリークはアルカディア美術館を目指す。 ビルの隙間を上手く渡り、次々に様々なビルを超えていった。 アルカディア美術館のすぐ近くに差し掛かると、彼女はやってくる警備用ライトの間隔を上手く計算していく。 今だわ! ほんの短い間に美術館の屋根に飛び乗り、窓を開けてロープを引っ掛けると、中に忍び込んだ。 彼女が中に入った瞬間、窓はちゃんともと通りに閉じる。 それと同時に、警報装置にレイチェル特製の装置を投げることで取り付け、作動を止める。 「後10分」 小さなレシーバーから聴こえるレイチェルの声に、アンジェリークは頷いた。 頭の中には、美術館の地図と警備状況は完璧に入っている。 赤外線暗視スコープを掛け、アンジェリークは、警備用の赤外線を巧みに乗り越えていった 同時に監視カメラの動きも察知して乗り越える。 ここまで2分… アンジェリークは腕の時計を確認して、目的の部屋に着くと先ずは、監視カメラに、レイチェル特製の装置を取り付けた。 これで180秒は、同じ映像が映り、アンジェリークの姿が映し出されない。 行くわよ… 彼女はまるで猫のように腹ばいになると、赤外線監視装置のラインの下を縫うように進んでいった------- 「警報装置が鳴らない…。 この時間になってもおかしい…」 アリオスは夜風に銀髪をなびかせながら、獰猛な眼差しを美術館の窓に向けた。 一瞬、彼の驚異的な眼差しは、人影を捉える。 まさか…!!! そう考えた瞬間、アリオスは走っていた。 その頃アンジェリークはようやく、絵画の前にたどり着く。 「ごめんね〜頂きます」 アンジェリークは絵画をさっと風のように外し、警報装置が鳴らないようにレイチェル作の装置を入れ、いつものように天使の羽根をモチーフにしたカードを絵画の後に置く。 ここまでが30秒。 アンジェリークが華麗なテクニックの怪盗と呼ばれるゆえんである。 彼女はそのまま身体をかがめて、また、装置を潜り始めた。 「おい、そっちの監視カメラの様子は!」 アリオスは溜まらずにシーバーで監視室に連絡を取る。 「変わりませんよ、何も?」 不思議そうに言う係員に、アリオスは、苛立たしげに舌打ちをする。 「やつら特有の”トリック”じゃねえのか!」 「いいえ〜、ぜんぜん動いてません」 アンジェリークはようやく赤外線の警備ラインを抜け、その場を素早く立ち去った。 3秒前か…。 ぎりぎりだったわね… 行きとは違うルートを彼女は疾走し、美術館の最上階のバルコニーを目指していた。 「あ〜!!!!!!」 突然大きな叫び声に、アリオスは思わず驚いてしまった。 「どうした!!」 「警視、やっぱり警視の言う通りに絵が!!!」 「やっぱり!!!」 アリオスはその声を聞くなり、美術館の最上階にあるバルコニーを目指して走る、走る。 くそっ! 絶対に捕まえてやる!! その頃アンジェリークは、バルコニーにおり、ミニパラグライダーを背中につけていた。 「行くわ」 レイチェルに連絡をしてまさに飛び立とうとした時だった。 「そこまでだ!」 アリオス…!!!! アンジェリークは素顔で内政かうろたえていなかったが、アリオスは実のところ少しだけうろたえていた。 月に映る彼女の肢体は、完璧といっても良く、その色香に一瞬、くらくらとする。 だが、そのような思いを振り払い、アンジェリークと知らずに突き進んでいく。 「逮捕する!」 拙いわ…! アンジェリージュは咄嗟にアリオスを掴み、突然、彼の唇にキスをした----- 「んっ!」 そのあまりにもの甘い寒感触に、彼はひるんだ。 今…!! 次の瞬間------- アンジェリークは一気にグライダーを広げ、そのまま下へと降りて行く。 「おい!!!」 深くと思いながらも、甘い天使の罠にすっかりはまってしまったアリオスであった------ |
コメント 100001番のキリ番を踏まれたDAI様のリクエストです。 アリオスはICPOの刑事。 最後のシーンは書きたかったんです。次回に続く(笑) |