”スモルニィ美術館所有、天使の祈りを戴きに上がります〜怪盗天使の涙〜 「俺が来た以上は、あいつらにこれ以上いい気にさせねえ!」 アリオスは苛立ちを覚えながら、前任者が残していった数々の手配書書類をぶちまける。 主にあるのは白手配書と緑手配書。 白手配書は美術品盗難に関する手配関係で、緑は常習者関係である。 「何が”天使の涙”だ。俺からすれば”墜ちた天使”だ」 何本目か判らない煙草を揉み消すと、アリオスは立ち上がった。 「国際部に言っておけ、俺をICPO付きだけにせずに、国際部付きにしろとな」 ばんと強く机を叩かれ、事務をしていたエルンストはびくりと身体を一瞬跳ね上げさせる。 「アリオス警視、ここはICPOです。捜査権はないですからあまり表だった行動は・・・」 「うるさい! おまえみたいなやつがいるから、”天使の涙”は逮捕出来ねえんだ、おりこうさん」 黄金と翡翠の対をなす魔性の瞳を持つ彼の方が、よほど犯罪者に見えるとエルンストは思ったが、おくびには出さなかった。 「おい、今度の予告場所はどこで、ブツは何だ?」 身を乗り出すアリオスにエルンストは露骨に嫌がりながら、データを差し出す。 「今度のターゲットはアルカディア美術館、セイラン作、絵画天使の祈りです」 「セイランか・・・」 アリオスは噛み締めるようにに呟くと、席に戻りジャケットを手に取った。 「下見に行ってくる」 「アリオス警視! 我々は!」 「判ってる、”捜査権はない”だろ? 俺はこの国の刑事だからな、捜査権はあるんだよ!」 「それはむちゃくちゃな論理です、警視」 エルンストの言葉などどこ吹く風と言う感じである。 「黙ってろ、メガネ」 煙草にサングラスを持ち、アリオスは部屋を出ていく。 「いくらここがあなたの国とは言え、ICPOに配属になった以上は、捜査権はないというのに」 エルンストは思わず頭を抱えると、溜め息をひとつ零した。 やり手の捜査官が配属になったとは聞いてはいたが、まさかここまでだとは思ってはいなかった。 「先が思いやられます・・・」 アリオスは、ICPO本部から歩いて10分ほどのところにあるアルカディア美術館に来ていた 今までは殺人課にいたせいか、全く窃盗団と言うのには馴染みはない。 アリオスは現場を確かめるために、”天使の祈り”が展示されているコーナーに早速出向いた。 赤外線警報装置が作動中か・・・。 アリオスはさりげなく辺りの警備関係を調査してみる。 彼の鋭い視点が、穴が開くほど警備状況を見つめた。 表面上は穴がねえが、きっとどこかに穴がある。 それを恐らく狙ってくるだろう・・・。 アリオスは絵に一瞥を投げ掛けると、怪しまれてもいけないと思い、そのまま美術館の外に出ていった。 外に出ると、初夏の日差しが眩しくて、思わず目を眇めてしまう。 不意に目を開けると、目線の先で栗色の髪の少女が、お昼のランチセットを売っていた。 あまりにも愛くるしい笑顔に、アリオスは吸い寄せられる。 「おい、ひとつくれ」 「はい、ただいま」 少女は顔を上げると、笑顔で応える。 一瞬、ふたりの視線が絡み合い、それぞれの心に入り込んだ。 「あ、そのお手軽ランチをくれねえか?」 「あ、はい!」 慌てて袋に入れ、少女はアリオスに笑顔で手渡す。 「どうぞ!」 「サンキュ」 少女の笑顔を見ていると、いつも厳しい顔をしているアリオスですら、笑顔になってしまった 「毎日ここに出店してるのか?」 「ええ」 「そうか・・・」 いいとこをみつけたな・・・。 「また来るぜ」 「お待ちしてますね!!」 アリオスはとても穏やかな気分になりながら、本部へと帰っていく。 心が清々しくなり、午後からの仕事がしっかりと取り組めるような気がする。 たとえそれが苦手な書類との格闘であったとしてもである。 「美味かったら、明日からあの屋台がランチの定番だな?」 安らいだアリオスの明るい表情は屈託がない。 アリオスが運命の出会いだったと気がつくのは、もう少し後の話だった----- 本部に帰って机の上にランチを広げると、目敏くエルンストが目を付けてきた。 「警視、それは”えんじぇる・はうす”のランチではないですか」 「知ってんのか?」 「ええ。ここのランチは美味しくて最高ですから。デリバリーの他にも店ではランチタイムサービスもありますよ」 店があるとはいいことを聞いたと、アリオスは思わずにはいられない。 「ランチだけか?」 「いいえ、ディナーやモーニングもやってますから」 アリオスのま眼差しは、更に嬉しそうに輝かせる。 「やけに詳しいな?」 そう言った瞬間、エルンストは純情にも表情を真っ赤にしてしまった。 全くもって冷静な彼がである。 コレにはアリオスも苦笑してしまう。 あの栗色の髪のやつじゃなかったらいいがな… 少しだけ、ライバル心を持ちながらも、アリオスはあえて冷静に振舞うよう務めた。 「------だったら連れてってくれ、その店に」 「はい、喜んで!」 アリオスはどうしてもあの少女と逢って、話してみたがった。 それゆえに彼女をもっと知りたくての強引にである。 まさか警視も誰か気に入った子がいるのでは・・・。 今日の外の登板は、アンジェリークのはずですが、まさか… エルンストもアリオスの恋の相手が誰かが興味深いところであった。 「美味い」 ランチを頬張ると、その味付けの腕すらも、感心せずにはいられない。 ランチの味を楽しみながら、アリオスの心は昼間に出会った少女のことでいっぱいだった。 夕方、書類との格闘を済ませて、アリオスはエルンストに連れられて”えんじぇる・はうす”に向かった。 「こんにちは、新しい方をお連れしました」 エルンストの挨拶と共に、アリオスもドアをくぐる。 「いらっしゃいませ〜!!」 明るい少女たちの声が響き渡り、その声に導かれてカウンターを見ると、そこには、昼間出逢ったあの栗色の髪の少女が白いエプロンをしていた。 「あ、あなたは昼間の…」 少女は驚きを隠せないようで、じっとアリオスを見つめている。 まさか…。 エルンストさんの同僚だったなんて・・・ 「アンジェ、どうしたの?」 金髪の髪が眩しい利発的な少女が、栗色の髪の少女に話し掛けている。 「さっき話した男の人…」 「あちゃ…」 二人がこそこそと何かを話しているが、アリオスとエルンストには聴こえない。 「あ、お2人とも」 エルンストが軽く咳払いをしたので、2人はぴたりと話を止める。 向かい合うと、アリオスはアンジェリークを、エルンストはれいちぇるを見てるという具合である。 じっと見つめあいたいのはお互いに山々なのだが、ここは自己紹介とばかりに、エルンストがお互いの紹介を買って出てくれる。 「お二人にご紹介いたします。この方は、今日付けでICPOに出向されたアリオス警視です。アリオス警視、コチラにいらっしゃるお二人は、”えんじぇる・はうす”の共同オーナーの、レイチェルと、アンジェリークです」 金髪の少女がレイチェル、アリオスが一目惚れをしてしまった少女がアンジェリークと紹介され、アリオスは頷くだけで、じっとアンジェリークを見詰めている。 そしてアンジェリークも------- 「今日のランチすげえ美味かったぜ?」 「有難うございます! 一生懸命作りましたから!!」 アンジェリークは、本当に嬉しそうに笑うと、アリオスをはにかんだように見つめる。 「コレからディナータイムです! 楽しんでくださいね!」 「ああ。早速ウォッカとオススメのものを貰おうか?」 「はいっ!!」 生き生きと働くアンジェリークに、レイチェルも見守るような笑顔を向ける。 とにかく今のアンジェは、ただの恋する女のこのはずだから------ この日の”えんじぇる・はうす”は、結局、アリオスとエルンストの菓子きり隣、遅くまで、甘く明るい時間が過ぎていった------- 仕事が跳ねた後、アンジェリークとレイチェルは、地下室にもぐり、コンピューターで色々とシミュレーションをしていた。 「これがアルカディア美術館の見取り図。 ”天使祈り”は第五展示場展示されているわ。ここだと、屋上からのルートが一番安全」 「エレベーターのワイヤーを降りればいいのね」 レイチェルが映し出す見取り図を見つめながら、アンジェリークは真剣な眼差しでそのルートをたどる。 先ほどの恋する少女の眼差しなど全くなく、そこにいるのは真摯な眼差しを持つ冷徹な仕事師に姿を変えている。 「で、これたどり着いたとした場合の警備」 レイチェルは正確にコンピューターで計算した。赤外線警報装置のラインを映し出した。 「あちゃ、下20cmぐらいしかないわね、警報装置がないの」 アンジェリークはその隙間をさしながら言った。 「一応ね、ちゃんと赤外線スコープを用意しておいたから、それを使って実際には仕事にかかって」 「ええ」 ミネラルウォーターを片手にアンジェリークはしっかりと頷く。 「決行は明後日。 それまでに色々と準備をしなくちゃね」 「そうね」 「それと、今日のあのアリオス警視のデータ早速取り寄せておいたわ」 その名前を出した瞬間、アンジェリークの表情は恋するオトメのそれになる。 「超エリートね。侮れないわよ」 レイチェルは収集したデータをコンピューターに映し出す。 「キャリア組・・・」 「もちろんICPOだもの当然のエリート」 アリオス・ラグナ・アルヴィース 28歳 アルカディア大学法学部卒。 国家公務員上級試験合格。 司法試験合格。 警察庁入庁。 アルカディアしょ殺人課課長でさまざまな殺人犯を検挙する。 検挙率を上げる功績 国際部に配属後、ICPOに配属 「手ごわいわよ…」 じっと経歴を見詰めるアンジェリークに、レイチェルは硬い声で呟く。 もちろん、アンジェリークの気持ちも知ってのことである。 「判ってるわ…。 でも------」 ここまで言って、アンジェリークは言葉を切り、自信ありげにれいちぇるを見つめた。 「------私は、恋も仕事も希望も全部手に入れる主義なの!」 明るくそして堂々と宣言するアンジェリークに、レイチェルも嬉しそうに頷く。 「それでこそ、”天使の涙”のお頭よ!」 ふたりはしっかりと手を握って、全てを手に入れることを誓う。 ちかちかとコンピューターの画面が、アリオスの顔を映し出していた------ |
コメント 100001番のキリ番を踏まれたDAI様のリクエストです。 アリオスはICPOの刑事。 物語はこれから始まります。 もう少しお付き合いくださいませ。 |