「今日もご迷惑をかけちゃってすみません」 病院から家に送ってもらう帰り、アンジェリークは妙に恐縮していた。 「かまわねえよ」 まるで子犬のようにしょんぼりとする小さな彼女が、アリオスには可愛くてしょうがない。 彼は笑いを堪えながら、アンジェリークを見た。 「おまえさんには、すげー嬉しいお礼を貰ったしな。サンキュ、美味そうなするめだ」 そう言ってもらうと、アンジェリークには嬉しくて、満面の笑みを浮かべる。 その笑顔がまた愛らしく、彼は心が癒される気分だった。 何も話さなくても、車内はお互いのぬくもりで心地が良い。 横からちらちらと見るアリオスは、やはり素敵で、ずっとこのままでいたいと思ったのと同時に、また話したい、その働く勇姿を見たいと切に願った。 「・・・また、遊びに行ってもかまいませんか?」勇気をふり絞って、アンジェリークはアリオスに訊いてみた。「ああ。かまわねえよ。現場だから、風邪を引かねえように気をつけてな」 「はいっ!!」 欲しい以上の言葉を貰えて、アンジェリークは、飛び上がりたいほど嬉しい。 「有り難うございます!」 「気を遣わなくてかまわねえから、体ひとつで来い」 「はいっ!」 アンジェリークは本当に嬉しくてたまらないらしく、にこにこと笑いながら、少し華奢な躰をスウィングさせている。 判りやすい仕草ひとつを取っても、アリオスにはとても愛らしくてしょうがない。 ふたりは楽しい気分で、僅かな時間のドライブを楽しんでいた。 家に着いてしまい、アンジェリークは名残おしいとばかりに溜め息を吐く。 「有り難うございました」 「ああ。また、待っているからな」 アリオスからの望んでやまない一言を貰い、アンジェリークは飛び上がってしまいたいほど嬉しかった。 「はいっ! また、明日!!」 アンジェリークは無意識に、堂々と明日も行くのだということを宣言する。 それはアリオスにとっても嬉しいことで、彼も僅かに微笑んで頷いてくれた。 「ああ。明日な?」 彼は「じゃあな」と言って、静かに車を走り出させる。 するめ効果だわ。 きっと・・・。 アンジェリークはそう確信しながら、車が見えなくなるまで手を振っていた。 アンジェリークを送り届けた後、アリオスは事務所に戻り仕事に猛然と取り組んだ。 仕事の間も、彼女がくれた立派なするめのことが、気になってしょうがない。 あまりにも立派過ぎたので、あえて食べることはせずに、なぜか壁に貼って飾ることにした。 そうするとお守りになるような気がする。 とんだ可愛い贈り物をもらっちまったな。 アンジェリークがくれたプレゼントは、たとえするめでも、可愛く思えるアリオスだった。 翌日の放課後、授業が終わると、アンジェリークは痛い足を引きずりながらも、工事現場に急ぐ。 昨日約束したんだもん…!! 「アンジェ!」 「レイチェル!」 親友が声をかけてくれて、アンジェリークは笑顔で応える。 「もうすぐウ゛ァレンタインじゃない? ワタシさ、エルにマフラーを編もうと思って、毛糸買いに行くんだけど、アナタも一緒にどう?」 一刻も早くアリオスのいる工事現場に行きたい気持ちもあるが、ほんの少しなら、毛糸を見に行くのも悪くない。 「うん、いいよ」 「ありがと〜!!!」 ふたりは学校の近くの手芸ショップに向かい、そこで毛糸を見ることにした。 「エルはやっぱりブルーかホワイトが似合うのよね〜」 「うん」 レイチェルのらぶらぶトークも上の空で聞き、アンジェリークは真剣に毛糸を吟味していく。 毛糸か・・・。アリオスさんだったら、腹巻きがすごく似合いそうだな・・・。 きっと、最高に似合うわ・・・!! 編んであげたいな!! アンジェリークは、あくまでアリオス=土方という式を崩してはいない。 彼女は夢見る夢子ちゃんのステレオタイプで、彼に腹巻きを渡すシーンを想像しては、にやにやと笑っている。 『サンキュ。いつでもおまえと思ってこれをするよ。すげー温かいぜ。おまえみてえにな』 なんて言ってくれるの!! 恋する少女は想像が逞しく、にんまりと幸せの笑顔を浮かべていた。 「アンジェ!」 「きゃっ!!」 突然、レイチェルに声をかけられて、アンジェリークは驚きの声をあげる。 「何見てるの?」 「何って・・・」 アンジェリークは俯くと、すこし艶やかな声で言葉を濁した。 「あ〜! 誰が好きな人がいるの? ウ゛ァレンタインにあげるんだ〜!!」 「違うって!!」 アンジェリークはムキになって真っ赤になりながら反論するが、それは何よりもの肯定にしかならない。 「やっぱり、誰かいるんだ〜! ねえ、誰?」 「そんな人いないもん」 語尾が消えているところは、益々怪しい。 「まあ、いいや。いずれ聞かせてもらうわ。ワタシは決まっけどど、アンジェはどうするの? 買うの?」 「私・・・」 アンジェリークは切なそうに、棚にある毛糸を見つめる。 紫のラメ入りの毛糸。 アリオスのイメージで心の中で選んだ色だ。 ちゃんと受け取ってくれるかな・・・。 腹巻き・・・。 アンジェリークの思案にくれた表情をレイチェルは見逃さない。 きっと誰か、好きなひとがいるんだ。 今は、そっとしておいてあげよう。 でも、アンジェ、毛糸の趣味わるっ・・・!(笑) 手芸店の前でふたりは別れ、アンジェリークはと言えば、アリオスのいる工事現場に向かった。 工事現場は手芸店の近くで、すぐにたどり着く。 「こんにちは!!」 現場に行くと、アリオスはやはり図面を片手にばりばりと仕事をしていた。 「ああ、来たのか。寒いだろ、奥のプレハブで暖まっていけよ」 彼女の姿を見るなり、アリオスは仕事の手を一端止めて、相手をしてくれる。 それがアンジェリークには嬉しくて堪らないことだった。 「アリオスさんは?」 「そうだな。俺も少し止めて、メシでも食うか」 「まだだったんですか!? お昼」 これにはアンジェリークは驚く。 もう時間は午後四時を過ぎているので、少し気の毒にすら思ってしまった。 やっぱり、男の人は色々と大変なんだ・・・。 「ちょっと今日は立て込んでたからな」 「ご苦労様です」 彼女が感心するように言うと、彼は僅かに笑う。 「じゃあ、行くぜ」 「はいっ!!」 ふたりは連れ立ってプレハブ事務所に入る。 始めてはいる事務所は、ガスストーブなどが完備してあり、それをつければ、想像していたよりも、温かかった。 中にある小さなキッチンのコンロの上には、お約束にもアルミの大きなやかんが置いてある。 「お茶でも入れてやるよ? ここにはミルクだとか紅茶だとかしゃれたものはねえが、コーヒーやお茶なら出せるぜ?」 「あ、お茶で。私、これでもお茶入れるのが上手なんです! 淹れていいですか?」 「ああ。じゃあ頼んだ」 見透かすような甘い表情で笑われて、アンジェリークは真っ赤になった。 「お茶の缶と急須は出すから、頼んだぜ?」 「はいっ!!」 アリオスに言われて、先ずはやかんにお茶を沸かし、その後に茶漉しを使って急須の中にお茶をためる。 美味しく、美味しく、美味しくなあれ…。 恋する少女が言いがちなおまじないを言いながら、アンジェリークはお茶を一生懸命注ぐ。 アリオスのために何かするということが、堪らなく幸せな行為だった。 「お茶はいりました〜」 「サンキュ。ストーブ前のテーブルに持ってきてくれ」 「はいっ!」 少し奥様気分で、彼女は湯飲みをお盆にテーブルに置く。 仕出しのお弁当を広げているアリオスの前にお茶を置き、アンジェリークはその横に座った。 「仕出しのお弁当って、華やかで美味しそうですね?」 「見た目だけだぜ? こういうのは。散々食ってると飽きちまうぜ?」 「だったら! 私がお弁当を作ってもいいですか!! 一生懸命作りますから!」 アンジェリークは、興奮して言うと、そのまま勢いよく立ち上がる。 「あたた・・・」 一瞬足に劇痛が走り、彼女は顔をしかめる。 「じゃあ、頼んだぜ? 楽しみにしている」 「はいっ!!! 明日から美味しいのを作りますから、毎朝、寄って、夕方お弁当箱を回収しますね!」 「サンキュ。あ、費用は払うから」 アンジェリークは僅かに頭を振ると、最高に嬉しそうに笑う。 「心を込めて作りますから・・・」 「サンキュ」 ふたりは見つめあい、お互いに甘い視線を交差しあった。 心をこめて毎日お弁当を作ろう・・・。 アリオスさんに、気に入ってもらえるように… TO BE CONTINUDE… |
コメント そのタイトルどおり、ヴァレンタイン創作をお届けします。 またまたぼけボケアンジェと、頭の切れる男アリオスのお話です。 ヴァレンタインまで、ゆっくりと完結させたいと思っていますので宜しくお願いします。 やっぱり「腹巻」は、定番。 必需品でしょう!! しかも、紫にラメ入り(笑) またまたコレットちんはまちがってます。 |