Sweet Valentine

3

「今日もご迷惑をかけちゃってすみません」
 病院から家に送ってもらう帰り、アンジェリークは妙に恐縮していた。
「かまわねえよ」
 まるで子犬のようにしょんぼりとする小さな彼女が、アリオスには可愛くてしょうがない。
 彼は笑いを堪えながら、アンジェリークを見た。
「おまえさんには、すげー嬉しいお礼を貰ったしな。サンキュ、美味そうなするめだ」
 そう言ってもらうと、アンジェリークには嬉しくて、満面の笑みを浮かべる。
 その笑顔がまた愛らしく、彼は心が癒される気分だった。
 何も話さなくても、車内はお互いのぬくもりで心地が良い。
 横からちらちらと見るアリオスは、やはり素敵で、ずっとこのままでいたいと思ったのと同時に、また話したい、その働く勇姿を見たいと切に願った。
「・・・また、遊びに行ってもかまいませんか?」勇気をふり絞って、アンジェリークはアリオスに訊いてみた。「ああ。かまわねえよ。現場だから、風邪を引かねえように気をつけてな」
「はいっ!!」
 欲しい以上の言葉を貰えて、アンジェリークは、飛び上がりたいほど嬉しい。
「有り難うございます!」
「気を遣わなくてかまわねえから、体ひとつで来い」
「はいっ!」
 アンジェリークは本当に嬉しくてたまらないらしく、にこにこと笑いながら、少し華奢な躰をスウィングさせている。
 判りやすい仕草ひとつを取っても、アリオスにはとても愛らしくてしょうがない。
 ふたりは楽しい気分で、僅かな時間のドライブを楽しんでいた。
 家に着いてしまい、アンジェリークは名残おしいとばかりに溜め息を吐く。
「有り難うございました」
「ああ。また、待っているからな」
 アリオスからの望んでやまない一言を貰い、アンジェリークは飛び上がってしまいたいほど嬉しかった。
「はいっ! また、明日!!」
 アンジェリークは無意識に、堂々と明日も行くのだということを宣言する。
 それはアリオスにとっても嬉しいことで、彼も僅かに微笑んで頷いてくれた。
「ああ。明日な?」
 彼は「じゃあな」と言って、静かに車を走り出させる。

 するめ効果だわ。
 きっと・・・。

 アンジェリークはそう確信しながら、車が見えなくなるまで手を振っていた。


 アンジェリークを送り届けた後、アリオスは事務所に戻り仕事に猛然と取り組んだ。
 仕事の間も、彼女がくれた立派なするめのことが、気になってしょうがない。
 あまりにも立派過ぎたので、あえて食べることはせずに、なぜか壁に貼って飾ることにした。
 そうするとお守りになるような気がする。

 とんだ可愛い贈り物をもらっちまったな。

 アンジェリークがくれたプレゼントは、たとえするめでも、可愛く思えるアリオスだった。


 翌日の放課後、授業が終わると、アンジェリークは痛い足を引きずりながらも、工事現場に急ぐ。

 昨日約束したんだもん…!!

「アンジェ!」
「レイチェル!」
 親友が声をかけてくれて、アンジェリークは笑顔で応える。
「もうすぐウ゛ァレンタインじゃない? ワタシさ、エルにマフラーを編もうと思って、毛糸買いに行くんだけど、アナタも一緒にどう?」
 一刻も早くアリオスのいる工事現場に行きたい気持ちもあるが、ほんの少しなら、毛糸を見に行くのも悪くない。
「うん、いいよ」
「ありがと〜!!!」
 ふたりは学校の近くの手芸ショップに向かい、そこで毛糸を見ることにした。
「エルはやっぱりブルーかホワイトが似合うのよね〜」
「うん」
 レイチェルのらぶらぶトークも上の空で聞き、アンジェリークは真剣に毛糸を吟味していく。

 毛糸か・・・。アリオスさんだったら、腹巻きがすごく似合いそうだな・・・。
 きっと、最高に似合うわ・・・!!
 編んであげたいな!!

 アンジェリークは、あくまでアリオス=土方という式を崩してはいない。
 彼女は夢見る夢子ちゃんのステレオタイプで、彼に腹巻きを渡すシーンを想像しては、にやにやと笑っている。

『サンキュ。いつでもおまえと思ってこれをするよ。すげー温かいぜ。おまえみてえにな』
 なんて言ってくれるの!!

 恋する少女は想像が逞しく、にんまりと幸せの笑顔を浮かべていた。
「アンジェ!」
「きゃっ!!」
 突然、レイチェルに声をかけられて、アンジェリークは驚きの声をあげる。
「何見てるの?」
「何って・・・」
 アンジェリークは俯くと、すこし艶やかな声で言葉を濁した。
「あ〜! 誰が好きな人がいるの? ウ゛ァレンタインにあげるんだ〜!!」
「違うって!!」
 アンジェリークはムキになって真っ赤になりながら反論するが、それは何よりもの肯定にしかならない。
「やっぱり、誰かいるんだ〜! ねえ、誰?」
「そんな人いないもん」
 語尾が消えているところは、益々怪しい。
「まあ、いいや。いずれ聞かせてもらうわ。ワタシは決まっけどど、アンジェはどうするの? 買うの?」
「私・・・」
 アンジェリークは切なそうに、棚にある毛糸を見つめる。
 紫のラメ入りの毛糸。
 アリオスのイメージで心の中で選んだ色だ。

 ちゃんと受け取ってくれるかな・・・。
 腹巻き・・・。

 アンジェリークの思案にくれた表情をレイチェルは見逃さない。

 きっと誰か、好きなひとがいるんだ。
 今は、そっとしておいてあげよう。
 でも、アンジェ、毛糸の趣味わるっ・・・!(笑)

 手芸店の前でふたりは別れ、アンジェリークはと言えば、アリオスのいる工事現場に向かった。
 工事現場は手芸店の近くで、すぐにたどり着く。
「こんにちは!!」
 現場に行くと、アリオスはやはり図面を片手にばりばりと仕事をしていた。
「ああ、来たのか。寒いだろ、奥のプレハブで暖まっていけよ」
 彼女の姿を見るなり、アリオスは仕事の手を一端止めて、相手をしてくれる。
 それがアンジェリークには嬉しくて堪らないことだった。
「アリオスさんは?」
「そうだな。俺も少し止めて、メシでも食うか」
「まだだったんですか!? お昼」
 これにはアンジェリークは驚く。
 もう時間は午後四時を過ぎているので、少し気の毒にすら思ってしまった。

 やっぱり、男の人は色々と大変なんだ・・・。

「ちょっと今日は立て込んでたからな」
「ご苦労様です」
 彼女が感心するように言うと、彼は僅かに笑う。
「じゃあ、行くぜ」
「はいっ!!」
 ふたりは連れ立ってプレハブ事務所に入る。
 始めてはいる事務所は、ガスストーブなどが完備してあり、それをつければ、想像していたよりも、温かかった。
 中にある小さなキッチンのコンロの上には、お約束にもアルミの大きなやかんが置いてある。
「お茶でも入れてやるよ? ここにはミルクだとか紅茶だとかしゃれたものはねえが、コーヒーやお茶なら出せるぜ?」
「あ、お茶で。私、これでもお茶入れるのが上手なんです! 淹れていいですか?」
「ああ。じゃあ頼んだ」
 見透かすような甘い表情で笑われて、アンジェリークは真っ赤になった。
「お茶の缶と急須は出すから、頼んだぜ?」
「はいっ!!」
 アリオスに言われて、先ずはやかんにお茶を沸かし、その後に茶漉しを使って急須の中にお茶をためる。

 美味しく、美味しく、美味しくなあれ…。

 恋する少女が言いがちなおまじないを言いながら、アンジェリークはお茶を一生懸命注ぐ。
 アリオスのために何かするということが、堪らなく幸せな行為だった。
「お茶はいりました〜」
「サンキュ。ストーブ前のテーブルに持ってきてくれ」
「はいっ!」
 少し奥様気分で、彼女は湯飲みをお盆にテーブルに置く。
 仕出しのお弁当を広げているアリオスの前にお茶を置き、アンジェリークはその横に座った。
「仕出しのお弁当って、華やかで美味しそうですね?」
「見た目だけだぜ? こういうのは。散々食ってると飽きちまうぜ?」
「だったら! 私がお弁当を作ってもいいですか!! 一生懸命作りますから!」
 アンジェリークは、興奮して言うと、そのまま勢いよく立ち上がる。
「あたた・・・」
 一瞬足に劇痛が走り、彼女は顔をしかめる。
「じゃあ、頼んだぜ? 楽しみにしている」
「はいっ!!! 明日から美味しいのを作りますから、毎朝、寄って、夕方お弁当箱を回収しますね!」
「サンキュ。あ、費用は払うから」
 アンジェリークは僅かに頭を振ると、最高に嬉しそうに笑う。
「心を込めて作りますから・・・」
「サンキュ」
 ふたりは見つめあい、お互いに甘い視線を交差しあった。

 心をこめて毎日お弁当を作ろう・・・。
 アリオスさんに、気に入ってもらえるように…

TO BE CONTINUDE…

コメント

そのタイトルどおり、ヴァレンタイン創作をお届けします。
またまたぼけボケアンジェと、頭の切れる男アリオスのお話です。
ヴァレンタインまで、ゆっくりと完結させたいと思っていますので宜しくお願いします。

やっぱり「腹巻」は、定番。
必需品でしょう!!
しかも、紫にラメ入り(笑)
またまたコレットちんはまちがってます。



マエ モドル ツギ