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アリオスが持ってきてくれた服は、ほかほかと温かかった。 それに触れると、温かな時間から離されるようで辛かった。 「着替えろ」 「はい」 アリオスがベッドブースから出た後、アンジェリークは唇を噛み締めて服を着る。 自分のアリオスへの思いを否定されたような気がして、いたたまれない。 着替えた後、アリオスから借りた白衣とカッターシャツを皺なく綺麗に畳んだ後、それを持ってベッドブースから出た。 「座って待ってらっしゃい。すぐにアリオス先生が来てくれますよ」 「はい」 端の椅子にちょこんと座ると、アンジェリークはじっと保健室の扉を見つめていた。 「コレット、帰るぜ」 「・・・はい」 椅子から立ち上がると、彼女は小刻みに歩いてアリオスの待つ廊下に向かう。 「リュミエール先生、有り難うございます」 「ええ。コレットさんさようなら」 アンジェリークは軽く会釈をしてから保健室を後にする。 「世話になった」 アンジェリークに続いてアリオスも軽く礼を言ってから、扉を閉めた。 何も言わずにすたすたと歩き出したアリオスの後を、もたもたとついていく。 彼の手にはアンジェリークの鞄があり、ちゃんと持ってきてくれたのが、嬉しかった。 外に出る前に、彼女が追いつくまで待ってくれていて、一緒に傘に入って駐車場まで歩く。 「乗れ」 「はい」 自然と助手席のドアを開けてくれたので、そこに乗り込んだ。 アリオスもすぐに車に乗り込むと、発車させる。 「先生、これ、洗って返していいですか?」 「ああ」 「有り難うございます」 嬉しくて甘い炎が心の中を点していく。頬を僅かに蒸気させて、アンジェリークは幸せそうにアリオスの衣服を愛しげに触れた。 「・・・今日はすみませんでした。ご迷惑を掛けてしまって・・・」 「おまえのせいじゃねえんだから、気にすることはねえんだぜ?」 アリオスのさりげのない一言は、本当に嬉しい。 アンジェリークはコクリと頷いた後、嬉しくて溢れてきそうな涙を抑えるのに必死だった。 雨の中、ただタイヤが水を蹴る音だけが車内に響き渡る。 何も話さない。 饒舌になりたくてもなれなくて、アンジェリークは唇を噛んだ。 重く静かな沈黙は、胸を切なく痛める。 「今日は無理するなよ? 明日も自由登校だ。好きな時間に来てもいいし、休んでもかまわねえからな」 「はい」 心配の含まれたアリオスの言葉。 それには担任としての思いしかないことを、アンジェリークは感じとる。 それがまた辛い。 「・・・先生・・・」 「着いたぞ」 アンジェリークの恋心を否定するかのように車が止まり、アリオスの冷たい声が響く。 まだ、この小さな空間に閉じ込められていたかった。 ずっとアリオスと”遭難”していたかった。 恋心が重すぎて動けない。 アリオスもまた、無情ドアを開けることが出来なかった。 ふたりはお互いに自然と見つめ合った。 「コレット」ただ切なく名前だけを呼び、アリオスはまろやかな頬に触れる。 触れられた瞬間、躰がきゅんとなり目を閉じる。 「今日は早く寝ろ・・・」 「はい、そうします・・・」 アンジェリークは震える声で切なく言った。 雨音がふたりを包み込み、世界を隔離する。 アリオスの唇がゆっくりと近付いていく。唇が重なった瞬間、雨音が止んだ。 触れるだけのキス。 重なったと思った次の瞬間には離れていた。 二度目のキスは、甘い味がした。 助手席のドアが開く。 「・・・卒業レポート頑張れよ?」 「はい」 コクリと頷いて、夢見心地に車から降りる。 「有り難うございました」 アリオスの車が走り去るのを見送りながら、アンジェリークは泣きたくてたまらなくなる。 アリオス先生・・・。 大好き。 だけどあのキスの意味はなんなの? 涙が溢れるのをとどめることが出来ずに、しばらくぼんやりとしていた。 キスの意味が理解できず、切なくなったり、嬉しくなったりと、もやもやとしながら夜を過ごす。 アリオスのことばかりを考える余り、卒業レポートが全く進まなかった。 翌日、レポートのデータを入力をしに、アンジェリークはいつも通りに学校に向かった。 朝、エルンストに連絡をすると、アルフォンシアはいつも通りでほっとする。 もうすぐ、この卒業レポートも終わっちゃうんだ・・・。 先生との繋がりもなくなるんだ・・・。 そう考えると、本当に泣きたくてしょうがなかった。 その頃、アリオスはオスカーに昨日の一件を話して聞かせた後、ふたりで親衛隊に逢いに行く。 どんな些細なことでも、アンジェリークを傷つける者は許さない。 その気持ちが顔に出ないように、アリオスは一生懸命自分を抑えようとしていた。 「オスカー!」 赤毛のモデルの登場により、親衛隊のメンバーたちは嬉しそうに息を飲んでいる。 「俺のお嬢ちゃんたちに話があるんだが、構わねえか?」 これには誰もがもちろんとばかりに頷いた。 「俺のお嬢ちゃんたちの中に、アルフォンシアを逃がしたこがいるだろう? モニターに写っていたらしい」 これには誰もが気まずそうに俯く。 「学校の大切な研究材料にそんなことをしてはいけないのは判るよな? 俺の最高のお嬢ちゃんたちだからな?」 ウィンクをしてオスカーは甘く笑った後、一転して、真剣な表情をする。 「俺のスナップショットは、あくまでクラスのメンバーたちとの思い出だ。俺が撮影で休まなくてはならない時も、みんなでカバーしてくれた仲間だ。仲間としての感情はあるが、まだまだ特別なものじゃない。それは判ってくれ」 オスカーがきちんと説明をした後、バトンはアリオスに渡る。 「昨日、アルフォンシアを逃がしたことは、証拠はあるが、不問にする。そうしてくれと、雨の中アルフォンシアを探したやつが言っていたからな。後で迷惑をかけたやつらに謝っておけ」 アリオスは冷たくもそれだけを言い放つと、静かに行ってしまった。 「 お嬢ちゃんたちには出来るはずだぜ?」 オスカーの切れるような瞳に、誰もが黙り込むしかなかった。 入力を一段落させた後、アンジェリークはアルフォンシアへのところに向かう。 アルフォンシアから最後のデータを取るためだ。 「アル、今まで有り難う。最後のデータ採取よ」 その言葉の意味が判ったのか、急に鼻を鳴らして哀しそうに鳴いた。 「今まで有り難うね」 ぎゅっと抱き締めた後、アンジェリークもまた泣きながらデータ採取を行った。 「また、来るからね?」 寂しげな表情をするアルフォンシアを残して、アンジェリークは飼育室を出る。 するとそこには、謝りに来ていたオスカーの親衛隊たちがいた。 アンジェリークがぎこちなく横を通ろうとした時だ。 「・・・ごめん・・・」 小さな謝罪の声が聞こえ、アンジェリークは振り返る。 次の瞬間には、はにかんだ笑みが浮かんでいた。 きっとアリオス先生が・・・。 そうに違いないと思った瞬間、心が熱くなる。 甘くも素敵な気分になりながら、アンジェリークは最後の打ち込みに向かった。 アルフォンシアの数値を打ち込み、データは完成し、それに付随する形でレポートコメントの残りをつける。 周りが見えないほど、彼女は夢中になってレポートを完成させていった。 「あっ!!」すべてが終わり時計を見ると、八時を過ぎている。 「いけない」 プリントアウトをすぐにして、クリップで止めると、職員室に向かって歩みをすすめる。 アリオス先生もう帰っているだろうな。 連絡BOXに提出して帰れば、きっと判ってくれるはずだから…。 職員室に入ると、アリオスが煙草を片手にレポートを読んでいるのが見えた。 先生…。 こんな時間まで残ってお仕事をしているんだ…。 「先生…」 声を掛けると、アリオスは煙草を灰皿でもみ消しながら、振り返る。 「レポートが出来ました」 震える手で低湿すると、アリオスがそれを静かに受け取ってくれた。 3年間の思いが総て、レポートと共にアンジェリークから離れていく。 「------よく頑張ったな。今日はもう遅い。送ってやる」 「はい」 送ってもらうのはもう3度目。 アンジェリークは、これが最後になると思うと、切なくてたまらなかった------ |
| コメント アリコレの季節的にはぎりぎり「卒業」の物語です。 3回ぐらいの短く甘い恋物語です。 お楽しみいただけると嬉しいです。 嘘つきやな。わし。 次回は必ず最終回です(笑) |