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「コレット、風邪を引く」 「先生だって」 自然と指と指が触れ合い、ふたりはしっかりと手を握りあう。 アリオスの腕の中にいるアルフォンシアは、すっかり安心しきって、喉を鳴らして喜んでいた。 彼女は、自分と同じだと思い、くすりと笑う。 「・・・せんせ、有り難う」 今はもう、アリオスの温もりで雨は全然冷たくない。 唇も、躰も…。 アンジェリークはアリオスに手を引かれて、学校へと戻っていった。 「おふたりともズブ濡れではありませんか!」 ふたりの姿を見るなり、エルンストは声を上げる。 「大丈夫だ。すぐに保健室でこいつは温めてもらうから」 「とにかくタオルを!!」 慌ててタオルを持ってくると、エルンストはふたりにそれを渡してくれる。 「エルンスト、アルフォンシアを何とかしてくれ? 俺らは保健室に行ってくるから」 「はい」 アリオスからアルフォンシアを受け取り、エルンストはしっかりと頷いた。 「行くぞ、コレット」 「はい」 アンジェリークは幼子のように手を引かれて、保健室に向かう。 その姿は、本当に愛らしく、エルンストは微笑ましく思わずにはいられなかった。 「おふたりともずぶ濡れではないですか!」 今度驚いたのは、保健医リュミエール。 「ドライヤーを用意しておいてくれ。こいつが着られそうなもんを持ってくるから」 「はい」 一端、アリオスが行ってしまうのがひどく心許無くて、アンジェリークはじっと彼を見つめることしか出来ない。 「すぐ帰ってくる」 コクリとアンジェリークが頷き、アリオスが苦笑しながら頬に触れる。 ふたりのやりとりを見ていると、リュミエールは微笑まずにはいられなかった。 アリオスは自分の教材部屋に戻り、手早く着替える。 いつも、授業などで汚れないようにと、代えのものを用意していた。 アンジェリークには、学会の時の為だけに置いている、カッターシャツと白衣を持っていってやる。 濡れた衣服は、洗濯室の洗濯乾燥機に入れておけば一時間ほどで綺麗な状態になるから安心だ。 「コレット」 保健室に戻ると、隅の医療ベッドブースの中で、彼女はドライヤーで髪を乾かしているところだった。 「下着も全部脱いで、これを着ておけ。一時間もあれば乾くから」 「はい」 受け取ったのは、明らかにアリオスのものと判るシャツと白衣。 「濡れたもんは全部かごの中に入れておけ」 「はい」 アンジェリークが小さくコクリと頷くと、アリオスは一端ベッドブースから出てくれた。 服を脱ぐのはとても恥ずかしいが、背に腹はかえられない。 アンジェリークは手早く脱ぎ捨て、アリオスのシャツを素肌に羽織った。 先生に抱きしめられているみたい…。 妙にアリオスを意識してしまう。 胸の奥が甘い感覚に支配された。 震える指でシャツのボタンをかけ、その上に白衣を着る。もたもたとしていたがようやく終わり、素足を隠すかのようにベッドに入った。 「先生、出来ました」 「ああ」 アンジェリークの声にアリオスが中に入ってきてくれる。 「一時間ぐらい寝ているといい」 「はい・・・。先生?」 アンジェリークはシーツをぎゅっと掴むと、泣きそうな瞳で彼を見る。 その瞳は、教師としてアリオスを見ているのではなく、ひとりの男としてアリオスを見ていた。 「有り難うございました・・・。もう、行っちゃうんですか?」 「戻ってきて欲しいのか?」 これには素直にアンジェリークは頷いた。 ったく、無防備なやつだ・・・。 ここが保健室でなかったら、押し倒しちまうところだ・・・。 「先生?」 「待ってろ。すぐに戻ってくる」 「はい!」 今は本当にそばにいて欲しい人がいてくれて、とても嬉しい。 アンジェリークは安心しきったようににんまりと笑うと、アリオスが戻ってくるのを楽しみにしていた。 アリオスは手早く自分のと一緒に、洗濯乾燥機につっこんでスタートを押し、すぐにアンジェリークのいる保健室に戻った。 「先生・・・」 「寒気とかはしねえか?」 「大丈夫です」 恥ずかしそうにしながら、アンジェリークは何とか頷く。 「先生、すみません・・・。わがままを言って・・・」 「どうせ今日は自由登校日だ。気にするな。おまえはいつも一生懸命頑張っているんだから、ちょっとぐらい甘えても構わねえんだから」 アリオスの指先が額を掠める。 間近で見た指先は、なんて美しいのだろうかと、しみじみ思うのだった。 「熱はねえみてえだな」 「はい。でも、アルは大丈夫何でしょうか?」 「俺が捕まえたときは元気だったぜ。一応、エルンストに訊いてやるから」 「はい」 アリオスはベッドブースから出ると、すぐに内線をする。 「俺だが、アルフォンシアは元気か?」 「はい。すっかりいつもどおりですよ」 淡々と話してくれるエルンストに、アリオスはひとまずほっとした。 ベッドに向かうと、アンジェリークが不安げに見ている。 「アルフォンシアは無事らしい。よかったな?」 素直に彼女は頷くと、ほっとしたように肩を撫でおろした。 「でも誰がアルフォンシアをにがしたんだろうな? あんなにきちんと管理がされている以上は、外部の人間ではないはずだ・・・」 アンジェリークは、これ以上詮索をしたくないとばかりに頭を横に振る。 「コレット・・・」 「無事にアルが戻ってきたんですから・・・。二度とこんなことが起きなければそれで・・・」 不意に内線が鳴ったと思うと、リュミエールが子機を持ってやってきた。 「アリオス先生、エルンスト先生からお電話ですよ?」 「はい」 アリオスは子機を受け取ると、すぐに出る。 「何だ?」 「犯人が判りましたよ。アルを逃がした者の。監視カメラに写っていましたから」 タイミングがいいとは全くこのことである。 「誰だ?」 「オスカーの親衛隊たちですよ」 アリオスはそれを聞き、ある意味納得することが出来た。 あの写真がそうさせたのだろう。 「コレットは不問にしてえとは言っているが、そうしてもらえねえだろうか? オスカーに俺から話して、俺と一緒に、親衛隊たちにあいつの気持ちを伝えてもらうようにするから」 しばらく黙っていたが、エルンストは大きな溜め息を吐く。 「・・・判りました。処罰されておかしくないことですが、今回は、あなたにお任せいたします」 「サンキュ」 アリオスはエルンストに感謝を述べて、電話を切った。 「コレット、犯人が判った。オスカーの親衛隊たちだそうだ」 「…そうですか…」 言葉少なげにアンジェリークは答えると、俯いて唇を噛む。 「・・・写真が、原因なんでしょうか・・・」 「かもな」 弱々しく呟く彼女に、彼は正直に自分が考えることを呟いた。 「・・・そんな・・・。私が可愛がっていたから、アルはあんな目に・・・」 アンジェリークは大きな瞳に涙をいっぱい溜め込んで、辛そうに俯く。 「そんなのない・・・」 「コレット、自分を責めるな」 アリオスは、アンジェリークの艶やかな栗色の髪を、そっと撫で付ける。 「・・・良い思い出になるはずだった写真なのに・・・」 これには、アリオスのこめかみがぴくりと引きつる。 「そんなに大事なもんだったのかよ?」 声は益々不機嫌を増してくる。 「大切なクラスメイトとの写真ですから」 「・・・好きなヤツが有名なモデルだと苦労するな」 吐き捨てるように、彼が険悪に言うと、アンジェリークははっとして胸を詰まらせる。 「私が好きなのはオスカーくんじゃありません・・・!」 思わず口に出てしまい、アンジェリークは潤んだ瞳でアリオスを捕らえた。 「私の好きなのは・・・」 切なくアリオスを見つめつつ、心が痛んでこれ以上のことが言えない。 ふたりはただじっと見つめ合う。 「・・・そろそろ服が乾く頃だ。持ってきたらすぐに着替えろ。送ってやる」 アリオスは感情なくいうと、アンジェリークに背を向けた。 先生・・・!! 私が大好きなのはあなただけなのよ・・・! 切ない心の叫びも、アンジェリークの内で空しく響き渡る。 |
| コメント アリコレの季節的にはぎりぎり「卒業」の物語です。 3回ぐらいの短く甘い恋物語です。 お楽しみいただけると嬉しいです。 |