
アンジェリークは覚悟を決めていた。 チャンスはアリオスが眠っているときしかないと。 本当は彼の側にいたい。 だが、そうすれば、そうするほど、辛くなるのが判っていた。 だからこそ、彼のためにも、早くその傷を癒すためにも、立ち去らなければならないのだ。 「ただいま」 艶やかな声が聞こえて、彼女は真っ先に飛んで行く。。 これが最後の出迎えで逢うことがわかっているから。 彼女は精一杯の微笑を浮かべて、彼を出迎え、そのまま抱きつく。 「お帰りなさい!!」 「おい、アンジェ!」 笑いながら、彼はしっかりと彼女を受け止める。 「すまなかったな。丸一日放って置いて」 優しく彼は髪を撫でながら、彼女をしっかりと抱きしめた。 腕から、彼の愛情を感じる。 だがそれは、決して彼女が真の意味で手にすることが出来ないもの。 胸が締め付けられるような痛みを感じながら、彼女は彼の胸に顔を埋めた。 「アンジェ?」 「抱きしめていて、アリオス、お願い」 彼女は彼から離れようとせず、彼はふっと深く微笑む。 「ああ。ずっとそばにいてやるからな。おまえも離れるなよ」 その言葉が今の彼女には痛い。 彼女は彼の胸を涙で濡らす。 「どうした?」 「何でもないの・・・。ね、アリオス、抱いて・・・、壊れるぐらいに抱いて・・・」 切ないほどの彼女の心の叫びに、彼は怪訝に思いながらも、その想いを受け入れる。 誰よりも愛しい彼女だから。 ようやく人を愛することを、再び教えてくれた彼女。 今や、妻の存在がかすんでゆく。 確かに良く似ているかもしれない。 だが、誰よりも彼の心を深く受け止めてくれたのは、アンジェリークだった。 いつも彼のことを考え、本当は、不安なくせに、一言も言わない、優しい彼女。 「ああ。壊れるほど抱いてやる」 彼は異色の瞳を愛しげに細めて、彼女を見つめる。 離したくない。 彼女がいなくなれば、きっと、生きてはいけないだろうから。 恐らくは--- 軽々とアンジェリークを抱き上げ、アリオスは寝室へと連れてゆく。 壊れるほど彼女を愛するために---- ------------------------- 二人は何度も求め合った。 何度も何度もお互いの愛情を確かめ合い、愛し合う。 アンジェリークには判っていた。 これが最後の愛の営みだと言うことを。 だから、この魂に、この肌に、髪に、唇に、身体の全てに、アリオスを刻み付けたかった。 肌を重ねるアリオスにも、彼女の切ない気持ちがその熱を通じて伝わるのを感じる。 その不安を消してやりたかった。 その切なさを拭い去ってあげたかった。 彼は、彼女への想いをこめて、激しく、壊れるほど抱いた。 やがて、彼女は眠るふりをし、彼もそれに安心したのか、幸せそうに寝息を立て始めた。 それを確かめて、彼女はそっと起き上がった。 愛しげに彼の頬に最後の口付けを落とす。 愛してるわ・・・、アリオス。 これは永遠に変わらない・・。 あなたが、本当の意味で幸せになれることを、未来から祈ってる・・・。 ----無事に、帰られればだけれど・・・ 彼女は脱ぎ捨てられた服から、下着だけを身に着け、アリオスの服を探る。 「あっ!」 ジーンズのポケットから、彼女はついに鍵を見つけ、それを取り出した。 「ごめんね・・・、アリオス・・・」 彼女はそのまま寝室から出てゆき、屋根裏へと向かった。 屋根裏部屋の鍵は簡単に開いた。 彼女が中に踏み入れると、予想通り、マネキンに彼女の白いドレスが掛けてあった。 アンジェリークは震える手で、マネキンからドレスを剥ぎ取ると、それをゆっくりと身につけたときだった。 「アンジェ!!」 切羽詰ったアリオスの声に、彼女は振り返る。 「行くなっ!!」 彼はそのまま彼女に手を伸ばし抱きすくめる。 「アリオス・・・っ!!」 「なぜ行く? おまえは俺を愛していないのか!?」 「愛してるわ、愛してるから、帰らなきゃいけないの・・・」 涙で声を震わせながら、彼女は喘ぎながら言う。 「なぜだ!?」 彼の声は苦しげに響き、さらに彼女を抱きしめる腕に力をこめる。 「だって、知ってしまったもの。あなたの奥さんが・・・、私にそっくりだってことを。あなたが、私を通じていつも彼女を見ていたことを・・・。だから、私を愛人としてしか、扱えなかったんでしょ?」 「違う!!!」 アリオスの銀の髪がひどく乱れ、何度も首を振る。 「俺はおまえを愛してる!! エリスなんかに似てるからじゃねえ!! おまえ自身を愛しているんだ!!」 言って、彼は彼女のドレスのジッパーを下ろす。 「アリオス・・・!!」 彼女もドレスを脱ごうとした瞬間だった---- ドクン---- 時間が動く音がする。 「いやああああ!!」 「アンジェ!! アンジェ!!」 手を伸ばして引きとめようとするアリオスが遠くなる。 「----もう一度・・・、戻ってくるわ・・・!!」 そういい残すのが精一杯だった。 彼女は闇に再び飲まれ、そのまま、時間を進み始めた----- ------------------------------- 退院したばかりのアンジェリークが気になって、レイチェルは彼女の元に尋ねてきていた。 そう。 彼女がアリオスと三ヶ月も過ごしていたと言うのに、こっちでは、一時間ほどしか経過していなかった。 「アンジェリーク!!!」 床で倒れているアンジェリークをレイチェルが見つけたとき、彼女は下着姿だった。 ドレスが、むなしく椅子の上で揺れていた---- |