Chapter 9


 アンジェリークは覚悟を決めていた。
 チャンスはアリオスが眠っているときしかないと。
 本当は彼の側にいたい。
 だが、そうすれば、そうするほど、辛くなるのが判っていた。
 だからこそ、彼のためにも、早くその傷を癒すためにも、立ち去らなければならないのだ。
「ただいま」
 艶やかな声が聞こえて、彼女は真っ先に飛んで行く。。
 これが最後の出迎えで逢うことがわかっているから。
 彼女は精一杯の微笑を浮かべて、彼を出迎え、そのまま抱きつく。
「お帰りなさい!!」
「おい、アンジェ!」
 笑いながら、彼はしっかりと彼女を受け止める。
「すまなかったな。丸一日放って置いて」
優しく彼は髪を撫でながら、彼女をしっかりと抱きしめた。
 腕から、彼の愛情を感じる。
 だがそれは、決して彼女が真の意味で手にすることが出来ないもの。
 胸が締め付けられるような痛みを感じながら、彼女は彼の胸に顔を埋めた。
「アンジェ?」
「抱きしめていて、アリオス、お願い」
 彼女は彼から離れようとせず、彼はふっと深く微笑む。
「ああ。ずっとそばにいてやるからな。おまえも離れるなよ」
 その言葉が今の彼女には痛い。
 彼女は彼の胸を涙で濡らす。
「どうした?」
「何でもないの・・・。ね、アリオス、抱いて・・・、壊れるぐらいに抱いて・・・」
 切ないほどの彼女の心の叫びに、彼は怪訝に思いながらも、その想いを受け入れる。
 誰よりも愛しい彼女だから。
 ようやく人を愛することを、再び教えてくれた彼女。
 今や、妻の存在がかすんでゆく。
 確かに良く似ているかもしれない。
 だが、誰よりも彼の心を深く受け止めてくれたのは、アンジェリークだった。
 いつも彼のことを考え、本当は、不安なくせに、一言も言わない、優しい彼女。
「ああ。壊れるほど抱いてやる」
 彼は異色の瞳を愛しげに細めて、彼女を見つめる。
 離したくない。
 彼女がいなくなれば、きっと、生きてはいけないだろうから。
 恐らくは---
 軽々とアンジェリークを抱き上げ、アリオスは寝室へと連れてゆく。
 壊れるほど彼女を愛するために----

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 二人は何度も求め合った。
 何度も何度もお互いの愛情を確かめ合い、愛し合う。
 アンジェリークには判っていた。
 これが最後の愛の営みだと言うことを。
 だから、この魂に、この肌に、髪に、唇に、身体の全てに、アリオスを刻み付けたかった。
 肌を重ねるアリオスにも、彼女の切ない気持ちがその熱を通じて伝わるのを感じる。
 その不安を消してやりたかった。
 その切なさを拭い去ってあげたかった。
 彼は、彼女への想いをこめて、激しく、壊れるほど抱いた。
 やがて、彼女は眠るふりをし、彼もそれに安心したのか、幸せそうに寝息を立て始めた。
 それを確かめて、彼女はそっと起き上がった。
 愛しげに彼の頬に最後の口付けを落とす。

 愛してるわ・・・、アリオス。
 これは永遠に変わらない・・。
 あなたが、本当の意味で幸せになれることを、未来から祈ってる・・・。
 ----無事に、帰られればだけれど・・・

 彼女は脱ぎ捨てられた服から、下着だけを身に着け、アリオスの服を探る。
「あっ!」
 ジーンズのポケットから、彼女はついに鍵を見つけ、それを取り出した。
「ごめんね・・・、アリオス・・・」
 彼女はそのまま寝室から出てゆき、屋根裏へと向かった。


 屋根裏部屋の鍵は簡単に開いた。
 彼女が中に踏み入れると、予想通り、マネキンに彼女の白いドレスが掛けてあった。
 アンジェリークは震える手で、マネキンからドレスを剥ぎ取ると、それをゆっくりと身につけたときだった。
「アンジェ!!」
 切羽詰ったアリオスの声に、彼女は振り返る。
「行くなっ!!」
 彼はそのまま彼女に手を伸ばし抱きすくめる。
「アリオス・・・っ!!」
「なぜ行く? おまえは俺を愛していないのか!?」
「愛してるわ、愛してるから、帰らなきゃいけないの・・・」
 涙で声を震わせながら、彼女は喘ぎながら言う。
「なぜだ!?」
 彼の声は苦しげに響き、さらに彼女を抱きしめる腕に力をこめる。
「だって、知ってしまったもの。あなたの奥さんが・・・、私にそっくりだってことを。あなたが、私を通じていつも彼女を見ていたことを・・・。だから、私を愛人としてしか、扱えなかったんでしょ?」
「違う!!!」
 アリオスの銀の髪がひどく乱れ、何度も首を振る。
「俺はおまえを愛してる!! エリスなんかに似てるからじゃねえ!! おまえ自身を愛しているんだ!!」
 言って、彼は彼女のドレスのジッパーを下ろす。
「アリオス・・・!!」
 彼女もドレスを脱ごうとした瞬間だった----

 ドクン----

 時間が動く音がする。
「いやああああ!!」
「アンジェ!! アンジェ!!」
 手を伸ばして引きとめようとするアリオスが遠くなる。
「----もう一度・・・、戻ってくるわ・・・!!」
 そういい残すのが精一杯だった。
 彼女は闇に再び飲まれ、そのまま、時間を進み始めた-----

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 退院したばかりのアンジェリークが気になって、レイチェルは彼女の元に尋ねてきていた。
 そう。
 彼女がアリオスと三ヶ月も過ごしていたと言うのに、こっちでは、一時間ほどしか経過していなかった。
「アンジェリーク!!!」
 床で倒れているアンジェリークをレイチェルが見つけたとき、彼女は下着姿だった。
 ドレスが、むなしく椅子の上で揺れていた---- 


TO BE CONTINUED・・・



コメント

いよいよタイムトリップものも佳境です!
後2回から3回で終了です!!
よろしくお願いします!!