
「アンジェ!!」 レイチェルが見つけたとき、アンジェリークはすでに息をしていなかった。 「エルンストのバカ!! どうしてアンジェを退院させたのよ!!」 レイチェルは、顔色のない、壊れそうなアンジェリークを力強く抱きしめ、むせび泣く。 ポケットから携帯電話を取り出し、震える手でエルンストに電話する。 「エルンスト! アンジェが!! アンジェが!!」 「レイチェル!! 落ち着いてください!! アンジェリークがどうかしたんですか!?」 彼女は恋人の声に、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。 「アンジェリークが、息をしていないの・・・!!」 「わかりました、すぐに救急車を手配します!!」 「お願い・・・!!」 レイチェルはそのまま電話を切ると、アンジェリークの身体を抱きしめて崩れ落ちる。 神様!! アンジェリークを救ってください・・・!! アンジェリークは、暫くして到着をしたエルンストが同行した救急車に乗せられ、すぐに酸素吸入を開始された。 そして、そのまま、集中治療室へと運ばれたのだった。 ---------------------------- アンジェリークが病院に運ばれてから、三日が過ぎようとしていた。 相変わらず彼女は目覚めず、深い昏睡状態に陥ったままだ。 浴びるように投与される薬や、時折ひきつけを起こす彼女の姿に、付き添っていたレイチェルが暫し、正視出来ないこともあった。 太陽のような零れ落ちる微笑を、もう見ることは出来ないのではないかとすらする。 いまだに特定されないアンジェリークの病名。 治るかどうかも疑わしい。 アンジェリークの小さな手を握りながら、レイチェルは胸がつぶれそうな思いがした。 「・・・アリオス・・・、アリオス・・・・、助けて・・・、側にいて・・・」 かすれた声でうわ言を呟くアンジェリークに、レイチェルははっとして、身を乗り出す。 「アンジェリーク!! 気がついた!?」 レイチェルの心配げな声に、アンジェリークは、ようやく意識を戻してゆく。 「レイ・・・チェル・・・」 その声は、レイチェルに一縷の希望を与える。 アンジェリークが元に戻ると言う希望を---- 「そう、レイチェルだよ! アンジェ!」 ぎゅっと彼女の小さな手を握り締めて、レイチェルは必死にアンジェリークに呼びかける。 「レイチェル・・・、アリオスは・・・、いないの・・・?」 「え? アリオスって、まさか?」 彼女が知っている”アリオス”と言えば、あの画家だけ。 しかも偶然にも、彼は彼女にそっくりな女性の肖像画を残しているのだ。 まさかだと、レイチェルだと思った。 「百年前に旅して、私は・・・彼を愛したの・・・」 レイチェルにはアンジェリークの言葉が何を意味しているのかがわからない。 「ね・・・、起こして・・・」 アンジェリークの願いに、レイチェルは、身体を起こしてやる。 額に手を当てると、すっかりアンジェリークの熱は下がっているようだった。 「・・・私ね・・・、百年前に言って、アリオスと少しの間・・・、暮らしたの・・・。 -----愛してる、彼を・・・。 彼の子供を産んで、穏やかに暮らしたい・・・」 一粒の涙が、すうっとアンジェリークの頬を伝い落ちる。 その涙がまるで宝石のようだと、レイチェルは思う。 「それが・・・とっても、幸せなの・・・」 「アンジェ・・・」 アンジェリークの涙にすっと触れ、レイチェルは暖かさを感じ、涙が込み上げる。 「ね、ちょっと、眠りたい・・・」 「うん、眠って、アンジェ」 「有難う・・・」 彼女は夢見るように目を閉じる。 レイチェルはその姿を見つめながら、苦しさの余り嗚咽した。 ------------------------------------- アンジェリークの回復は意外と早かった。 だが、今回のことで、彼女は5キロも痩せてしまい、華奢な身体が益々儚げになっていく。 笑っても以前のような明るさはなく、どこか切なげだった。 眠っているアンジェリークを、エルンストとレイチェルは優しく見守っている。 「ホント、痩せちゃって、無くなっちゃうみたい・・・」 「私たちも彼女の病気を特定することが出来なくて、有効な治療法も判らず、申し訳ないと思っています・・・」 エルンストは悔しさの余り唇をかんだ。 「本当のところ、彼女はどうなの?」 レイチェルの言葉に、エルンストは、一瞬、言葉を詰まらせる。 「ね!」 その態度に、レイチェルは答えを迫るようにエルンストを見つめた。 「-----今度このようなことが起これば、彼女の命の保証は出来ません」 彼は苦しげに瞳を閉じる。 「じゃ、アンジェリークは!?」 「----恐らくは、死ぬでしょう・・・」 レイチェルはそのまま声にならない悲鳴をあげて、エルンストに縋りつく。 彼は、肩を震わせて泣く彼女をしっかりと受け止める。 二人は知らなかった。 アンジェリークが最初からこの話を、寝たふりをして聞いていたことを。 次の旅で、私は命を落とすかもしれない・・・。 けれど・・・。 もう一度だけ、アリオスの側にいたい・・・。 彼に会いたい。 命の危険にさらされてもいいから、もう一度だけ、彼に会いたい・・・ アンジェリークは決意をする。 再び、時間をさかのぼるたびをすることを---- 今度は命の全てを掛けて---- ------------------------------ 結局、アンジェリークは退院するまで二週間かかってしまった。 その間も、アリオスが世捨て人のようになってはいないかと、それだけを気にしていた。 彼は待ってくれている。 ”待っていて”とちゃんと言ったから---- 退院の日、レイチェルが家に泊まってくれることになった。 だが、その日は、彼女と永遠の別れを選択する日でもあった。 アンジェリークはレイチェルの全てを魂に刻み付ける。 生涯の親友は、あなただけだから・・・ そう何度も心で語りかけて。 そして、楽しい時間も過ぎ去り、レイチェルが寝静まると、アンジェリークはそっと、寝室抜け出し、ダイニングテーブルの上で手紙を心をこめて書いた。 レイチェルへ。 私がいなくなって、きっと驚くと思います。 私は事情があって、遠いところに旅に出ます。 きっと、もう戻ってこれないと思います。 ですが、私はそこで幸せになっています。 信じてください。 あなたに、なんだかの形で、連絡が出来ればと思います。 方法を考えます。 私は幸せになるために旅立ちます。 ですから、祝福してください。 エルンストさんとお幸せに・・・。 私もアリオスと幸せになります。 今まで、有難う。 あなたは私の生涯の親友です。 アンジェリーク 最後は嗚咽をこらえてしたためる。 彼女は丁寧に封筒に手紙を入れ、封印する。 そして、立ち上がると、帰ってきたあとすぐに片付けておいた、あのドレスを手にとり、屋根裏部屋へと向かう。 アリオスと再びめぐり合うために---- ドレスを袖に通し、彼女は祈るように部屋の中央に立つ。 お願いです!! もう一度だけ、アリオスに逢わせて下さい!! 彼女は覚悟をした。 レイチェルにどんな苦痛をあわせようと、あるいは自らの命を落とそうとも、彼との運命の恋のために、唯一の方法を試そうとしているのだ----- -------------------------------- 「アンジェ!!」 その姿を再び見つけたとき、アリオスは神に感謝をした。 彼女は約束どおり戻ってきてくれたことを。 憔悴している彼女を抱き上げた瞬間、彼は息を飲む。 アンジェリークの心臓は止まっていた---- |