Chapter 10


「アンジェ!!」
 レイチェルが見つけたとき、アンジェリークはすでに息をしていなかった。
「エルンストのバカ!! どうしてアンジェを退院させたのよ!!」
 レイチェルは、顔色のない、壊れそうなアンジェリークを力強く抱きしめ、むせび泣く。
 ポケットから携帯電話を取り出し、震える手でエルンストに電話する。
「エルンスト! アンジェが!! アンジェが!!」
「レイチェル!! 落ち着いてください!! アンジェリークがどうかしたんですか!?」
 彼女は恋人の声に、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。
「アンジェリークが、息をしていないの・・・!!」
「わかりました、すぐに救急車を手配します!!」
「お願い・・・!!」
 レイチェルはそのまま電話を切ると、アンジェリークの身体を抱きしめて崩れ落ちる。

 神様!! アンジェリークを救ってください・・・!!


 アンジェリークは、暫くして到着をしたエルンストが同行した救急車に乗せられ、すぐに酸素吸入を開始された。
 そして、そのまま、集中治療室へと運ばれたのだった。

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 アンジェリークが病院に運ばれてから、三日が過ぎようとしていた。
 相変わらず彼女は目覚めず、深い昏睡状態に陥ったままだ。
 浴びるように投与される薬や、時折ひきつけを起こす彼女の姿に、付き添っていたレイチェルが暫し、正視出来ないこともあった。
 太陽のような零れ落ちる微笑を、もう見ることは出来ないのではないかとすらする。
 いまだに特定されないアンジェリークの病名。
 治るかどうかも疑わしい。
 アンジェリークの小さな手を握りながら、レイチェルは胸がつぶれそうな思いがした。
「・・・アリオス・・・、アリオス・・・・、助けて・・・、側にいて・・・」
 かすれた声でうわ言を呟くアンジェリークに、レイチェルははっとして、身を乗り出す。
「アンジェリーク!! 気がついた!?」
 レイチェルの心配げな声に、アンジェリークは、ようやく意識を戻してゆく。
「レイ・・・チェル・・・」
 その声は、レイチェルに一縷の希望を与える。
 アンジェリークが元に戻ると言う希望を----
「そう、レイチェルだよ! アンジェ!」
 ぎゅっと彼女の小さな手を握り締めて、レイチェルは必死にアンジェリークに呼びかける。
「レイチェル・・・、アリオスは・・・、いないの・・・?」
「え? アリオスって、まさか?」
 彼女が知っている”アリオス”と言えば、あの画家だけ。
 しかも偶然にも、彼は彼女にそっくりな女性の肖像画を残しているのだ。
 まさかだと、レイチェルだと思った。
「百年前に旅して、私は・・・彼を愛したの・・・」
 レイチェルにはアンジェリークの言葉が何を意味しているのかがわからない。
「ね・・・、起こして・・・」
 アンジェリークの願いに、レイチェルは、身体を起こしてやる。
 額に手を当てると、すっかりアンジェリークの熱は下がっているようだった。
「・・・私ね・・・、百年前に言って、アリオスと少しの間・・・、暮らしたの・・・。
 -----愛してる、彼を・・・。
 彼の子供を産んで、穏やかに暮らしたい・・・」
 一粒の涙が、すうっとアンジェリークの頬を伝い落ちる。
 その涙がまるで宝石のようだと、レイチェルは思う。
「それが・・・とっても、幸せなの・・・」
「アンジェ・・・」
 アンジェリークの涙にすっと触れ、レイチェルは暖かさを感じ、涙が込み上げる。
「ね、ちょっと、眠りたい・・・」
「うん、眠って、アンジェ」
「有難う・・・」
 彼女は夢見るように目を閉じる。
 レイチェルはその姿を見つめながら、苦しさの余り嗚咽した。

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 アンジェリークの回復は意外と早かった。
 だが、今回のことで、彼女は5キロも痩せてしまい、華奢な身体が益々儚げになっていく。
 笑っても以前のような明るさはなく、どこか切なげだった。
 眠っているアンジェリークを、エルンストとレイチェルは優しく見守っている。
「ホント、痩せちゃって、無くなっちゃうみたい・・・」
「私たちも彼女の病気を特定することが出来なくて、有効な治療法も判らず、申し訳ないと思っています・・・」
 エルンストは悔しさの余り唇をかんだ。
「本当のところ、彼女はどうなの?」
 レイチェルの言葉に、エルンストは、一瞬、言葉を詰まらせる。
「ね!」
 その態度に、レイチェルは答えを迫るようにエルンストを見つめた。
「-----今度このようなことが起これば、彼女の命の保証は出来ません」
 彼は苦しげに瞳を閉じる。
「じゃ、アンジェリークは!?」
「----恐らくは、死ぬでしょう・・・」
 レイチェルはそのまま声にならない悲鳴をあげて、エルンストに縋りつく。
 彼は、肩を震わせて泣く彼女をしっかりと受け止める。
 二人は知らなかった。
 アンジェリークが最初からこの話を、寝たふりをして聞いていたことを。

 次の旅で、私は命を落とすかもしれない・・・。
 けれど・・・。
 もう一度だけ、アリオスの側にいたい・・・。
 彼に会いたい。
 命の危険にさらされてもいいから、もう一度だけ、彼に会いたい・・・

 アンジェリークは決意をする。
 再び、時間をさかのぼるたびをすることを----
 今度は命の全てを掛けて----

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 結局、アンジェリークは退院するまで二週間かかってしまった。
 その間も、アリオスが世捨て人のようになってはいないかと、それだけを気にしていた。

 彼は待ってくれている。
 ”待っていて”とちゃんと言ったから----

 退院の日、レイチェルが家に泊まってくれることになった。
 だが、その日は、彼女と永遠の別れを選択する日でもあった。
 アンジェリークはレイチェルの全てを魂に刻み付ける。

 生涯の親友は、あなただけだから・・・

 そう何度も心で語りかけて。
 そして、楽しい時間も過ぎ去り、レイチェルが寝静まると、アンジェリークはそっと、寝室抜け出し、ダイニングテーブルの上で手紙を心をこめて書いた。

 レイチェルへ。
 私がいなくなって、きっと驚くと思います。
 私は事情があって、遠いところに旅に出ます。
 きっと、もう戻ってこれないと思います。
 ですが、私はそこで幸せになっています。
 信じてください。
 あなたに、なんだかの形で、連絡が出来ればと思います。
 方法を考えます。
 私は幸せになるために旅立ちます。
 ですから、祝福してください。
 エルンストさんとお幸せに・・・。
 私もアリオスと幸せになります。
 今まで、有難う。
 あなたは私の生涯の親友です。
 アンジェリーク

 最後は嗚咽をこらえてしたためる。
 彼女は丁寧に封筒に手紙を入れ、封印する。
 そして、立ち上がると、帰ってきたあとすぐに片付けておいた、あのドレスを手にとり、屋根裏部屋へと向かう。
 アリオスと再びめぐり合うために----


 ドレスを袖に通し、彼女は祈るように部屋の中央に立つ。

 お願いです!!
 もう一度だけ、アリオスに逢わせて下さい!!

 彼女は覚悟をした。
 レイチェルにどんな苦痛をあわせようと、あるいは自らの命を落とそうとも、彼との運命の恋のために、唯一の方法を試そうとしているのだ-----

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「アンジェ!!」
 その姿を再び見つけたとき、アリオスは神に感謝をした。
 彼女は約束どおり戻ってきてくれたことを。
 憔悴している彼女を抱き上げた瞬間、彼は息を飲む。
 アンジェリークの心臓は止まっていた----


TO BE CONTINUED・・・



コメント

最終回までラストスパートです。
なんとか20000HITまでに終わらせたいですが、出来るのか!?