Chapter 7


「…う…ん…」
「気がついたか?」
 気だるい心地よさを身体の奥で感じながら、アンジェリークはゆっくりと目覚めた。
 艶やかなテノールが、彼女の心を刺激する。
「…あ…、アリオス…」
 大きな瞳を開けると、アリオスの整った顔立ちが目の前にあり、彼女は頬を赤らめた。
「アンジェ」
 深く優しい微笑を浮かべ、彼は彼女の前髪を掻き分けて、そっと額に口づけを落す。
「なんだか夢みたい…。あなたが隣にいるのが…」
「もう、突然消えたりするなよ? 俺の身体がもたねえからな?」
「うん…」
 力強く彼に抱きしめられ、彼女はその精悍な剥き出しの胸に顔を埋めた。
 心が切なく痛くなる。
「アンジェ、辛くないか?」
「えっ?」
 彼は繊細な指先で、愛しげに彼女の身体をなぞり、甘く囁く。
「あんな高熱の後で、しかもおまえが初めてだったのに、俺はおまえが欲しくて、何度も求めちまったが…、身体は…」
 彼が意図することがようやく理解できて、彼女はさらに頬を赤らめて、恥ずかしそうにする。
「大丈夫よ、アリオス…。心配しないで…」
 彼女は優しく囁き、ふんわりと微笑むと、そっと彼の身体に腕を回した。
「嬉しいのよ、とっても・・・。あなたと結ばれて」
「アンジェ…」
 彼は力をさらに込めて彼女を抱きすくめる。
「あっ、アリオス…」
 その激しさに、彼女は半ば喘ぎながら、受け入れた。
「もうどこにも行くな。ここで一緒に暮らそう? な?」
「アリオス!!」
 二人は再びどちらからともなく求め合う。
 刹那の愛に身を焦がし、二人は情熱の渦に再び巻き込まれていった----

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 お互いに心地よさに体を預けながら、二人はベットに横たわっていた。
 アリオスはアンジェリークに手枕をし、彼女も彼に甘える。
「ね、アリオス、私が前言ったこと覚えてる?」
「----ああ。おまえが百年先の人間だってことだよな…」
 彼の声が急に険しくなり、彼女を離さぬように包む腕に力を込めた。
「----あれは、本当よ・・・。
 私ね、あの後、自分の本来の時代に戻って、また熱が出て、入院してたの。タイムトラベルって、意外に体力使うみたいね…」
 真摯な眼差しで彼を見つめると、アリオスは蒼ざめた風に彼女を見つめていた。
「信じない?」
「----信じるさ、あんなもんを目の前で見せられちゃ…、その、おまえが闇に飲まれてゆく姿を」
 とたんに彼は、彼女を力ずくで抱きしめる。
「あっ、アリオス、苦しいわ!」
 その抱擁の強さに、彼女は息を途切れさす。
「もう、元の世界に戻るな! ここにいろ! ずっと…、ここで暮らせよ!」
「うん、そうしたいわ…」
 彼女は涙ぐみながら彼の胸に体を預け、震える手で彼の背中を抱きしめた。
「----アリオス、あなたのことも色々、知ってるの」
「何を?」
「----あなたのことを美術書で読んだわ。あなたが…、エリスさんって方と結婚してたってことも…、彼女が病気で亡くなったってことも…、そしてあなたの本名がレヴィアス・ラグナ・アルヴィースだってことも・・・」
「……!!」
 途端に彼は彼女から体を離し、凍りつくような表情で彼女を見つめ、その異色の瞳は動揺を隠せない。
 彼は彼女に背を向けると、そっとベットから抜け出した。
「アリオス?」
 急に不安になって、彼女は彼に声をかける。
「…おまえが百年後の人間だということはこれでわかった。何でも知ってるだけで、俺の過去の傷をえぐるんだな…」
 低く感情の篭っていない声。
 その声に彼女は涙が溢れるもの、彼は気がつかない。
「私は…、今のあなたを愛してるわ・・・。傷つきやすいあなたが…」
「----悪いが…、それ以上言うな。ひとりにしてくれ」
 言い放つと、彼は寝室から出て行った。

 バカアンジェ…。
 あの記事読んだ時からわかってたでしょう?
 彼はまだ、奥さんのことを愛しているんだって…

 彼女は泣きながらベットから出ると、そのままシーツを身体に巻いてバスルームへと向かった。
 早く、この切なさを消し去ってしまいたかった。
 彼女は手早くシャワーを浴びると、バスルームにあった下着だけを着けて、ドレスを捜し始めた。
 元の時代に帰るために----


 俺も大人げねえよな・・・。
 妻がいたことをあいつに知られたくなくって、そうしたらあいつが離れていくような気がして… あいつは、総てを知っていても俺を受け入れてくれったって言うのに…。
 俺は、あいつを失うことを恐れている・・・。
 あいつをずっとそばに置いておきたいと、願ってる…

「謝らなきゃな」
 中庭にいたアリオスは、そのまま踵を返して家の中に入っていった。
 寝室に直行すると、もう彼女の姿はなかった。
「アンジェ!!」
 彼は狂ったように彼女の名を叫ぶと、彼女を探し始めた。
 やがて、バスルームから音がして、彼はそこに彼女がいることに気がついた。
「アンジェ!!」
 ドアを開けると、そこには下着姿の彼女が何かを探し回っているのが判る。
「何捜してる…」
 その声の主に気がついて、彼女は全身を震わせたが、決して振り向かなかった。
「…帰らなくちゃって…思って…、ドレスを捜してた…あっ!!」
 背後から急に抱きすくめられ、アンジェリークは切なげに身を捩る。
「ね、アリオス、私なんか、帰ったほうがいいよね?」
「バカ! 帰るんじゃねえ! おまえはずっと俺のそばにいるんだからな!」
 その言葉が嬉しかった。
 心に染みとおるような気がして、彼女は彼の胸に顔を埋めて泣いた。
「すまなかった、さっきは」
 彼女は首を振って答えるばかり。
「愛してる…、もうどこにも行くな…」
「…はい…、アリオス…」
 彼女をそのまま抱き上げると、彼は再びベットへと運ぶ。
「明日、おまえがいるもの一式買いに行こうな? ずっと暮らせるように…」
「はい…」
 アリオスはアンジェリークの身体に腕を回し、思い切り自分の胸に抱き寄せた。
 優しく抱きながら、栗色の髪を撫でてやると、やがて彼女は寝息を立て始める。彼の逞しい腕に守られながら、彼女はまるで赤ん坊のように静かに寝息を立て始めた。
 ずっとこのまま抱きしめていたい。
 アリオスはそう思いながら、彼女を優しく抱きしめつづけた----

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 その日からアンジェリークは、まるでアリオスの妻のように、甲斐甲斐しく彼のために働き始めた。
 彼もまた、彼女の絵を描きながらも、辞めていた医師の仕事を、ほんの少しではあるが再開し始めていた。
 まだ手術などはしなかったが、それでも患者を診るということは、彼にとって画期的なことだった。
 その総ての原動力の源は、やはりアンジェリーク。
 彼女がそばにいるというだけで、彼は何でも出来そうな気分だった。
 絵を描き、医師としての仕事もし、そして夜は彼女を抱いて眠る…。
 それは彼にとっては、この上なく幸せな時間だった。

 ずっと、この時間が続いてしまえばいい・・

 彼はそう思わずにはいられなかった。
 また、アンジェリークもそうだった。
 このゆったりと流れる時間が何よりも嬉しくて、そして充実していると彼女は感じる。

 私は、この時代に生まれたほうが良かったかもしれない…

 彼女はそう感じずに入られなかった。

 休日は、二人でピクニックにいったりもした。
 彼女がお弁当を作り、彼が持つ。
 そして絵を描く合間に、彼は彼女の膝枕で眠るのだ。
「アリオス…」
「ん・・・?」
 愛しげに、彼の銀色の髪を撫でながら、彼女は柔らかく微笑む。
「----あなたの赤ちゃんが欲しいって言ったら、怒る?」
 彼女のあまりもの可愛らしい言葉に、彼はフッと微笑む。
「----怒るわけねえだろ? おまえと子供とこうしてまたここに来れたらいいな?」
「うん…」
 幸せな時間はかくも切なく過ぎてゆく。
 二人は、その刹那の幸せを求めずにはいられなかった。       

TO BE CONTINUED…


コメント
とうとう7回目のタイムトリップものです。
今回は少し切ないエッセンスが少なかったかな。
次回からはもっと切なくなりますので宜しくお願いします