
「…う…ん…」 「気がついたか?」 気だるい心地よさを身体の奥で感じながら、アンジェリークはゆっくりと目覚めた。 艶やかなテノールが、彼女の心を刺激する。 「…あ…、アリオス…」 大きな瞳を開けると、アリオスの整った顔立ちが目の前にあり、彼女は頬を赤らめた。 「アンジェ」 深く優しい微笑を浮かべ、彼は彼女の前髪を掻き分けて、そっと額に口づけを落す。 「なんだか夢みたい…。あなたが隣にいるのが…」 「もう、突然消えたりするなよ? 俺の身体がもたねえからな?」 「うん…」 力強く彼に抱きしめられ、彼女はその精悍な剥き出しの胸に顔を埋めた。 心が切なく痛くなる。 「アンジェ、辛くないか?」 「えっ?」 彼は繊細な指先で、愛しげに彼女の身体をなぞり、甘く囁く。 「あんな高熱の後で、しかもおまえが初めてだったのに、俺はおまえが欲しくて、何度も求めちまったが…、身体は…」 彼が意図することがようやく理解できて、彼女はさらに頬を赤らめて、恥ずかしそうにする。 「大丈夫よ、アリオス…。心配しないで…」 彼女は優しく囁き、ふんわりと微笑むと、そっと彼の身体に腕を回した。 「嬉しいのよ、とっても・・・。あなたと結ばれて」 「アンジェ…」 彼は力をさらに込めて彼女を抱きすくめる。 「あっ、アリオス…」 その激しさに、彼女は半ば喘ぎながら、受け入れた。 「もうどこにも行くな。ここで一緒に暮らそう? な?」 「アリオス!!」 二人は再びどちらからともなく求め合う。 刹那の愛に身を焦がし、二人は情熱の渦に再び巻き込まれていった---- ---------------------------- お互いに心地よさに体を預けながら、二人はベットに横たわっていた。 アリオスはアンジェリークに手枕をし、彼女も彼に甘える。 「ね、アリオス、私が前言ったこと覚えてる?」 「----ああ。おまえが百年先の人間だってことだよな…」 彼の声が急に険しくなり、彼女を離さぬように包む腕に力を込めた。 「----あれは、本当よ・・・。 私ね、あの後、自分の本来の時代に戻って、また熱が出て、入院してたの。タイムトラベルって、意外に体力使うみたいね…」 真摯な眼差しで彼を見つめると、アリオスは蒼ざめた風に彼女を見つめていた。 「信じない?」 「----信じるさ、あんなもんを目の前で見せられちゃ…、その、おまえが闇に飲まれてゆく姿を」 とたんに彼は、彼女を力ずくで抱きしめる。 「あっ、アリオス、苦しいわ!」 その抱擁の強さに、彼女は息を途切れさす。 「もう、元の世界に戻るな! ここにいろ! ずっと…、ここで暮らせよ!」 「うん、そうしたいわ…」 彼女は涙ぐみながら彼の胸に体を預け、震える手で彼の背中を抱きしめた。 「----アリオス、あなたのことも色々、知ってるの」 「何を?」 「----あなたのことを美術書で読んだわ。あなたが…、エリスさんって方と結婚してたってことも…、彼女が病気で亡くなったってことも…、そしてあなたの本名がレヴィアス・ラグナ・アルヴィースだってことも・・・」 「……!!」 途端に彼は彼女から体を離し、凍りつくような表情で彼女を見つめ、その異色の瞳は動揺を隠せない。 彼は彼女に背を向けると、そっとベットから抜け出した。 「アリオス?」 急に不安になって、彼女は彼に声をかける。 「…おまえが百年後の人間だということはこれでわかった。何でも知ってるだけで、俺の過去の傷をえぐるんだな…」 低く感情の篭っていない声。 その声に彼女は涙が溢れるもの、彼は気がつかない。 「私は…、今のあなたを愛してるわ・・・。傷つきやすいあなたが…」 「----悪いが…、それ以上言うな。ひとりにしてくれ」 言い放つと、彼は寝室から出て行った。 バカアンジェ…。 あの記事読んだ時からわかってたでしょう? 彼はまだ、奥さんのことを愛しているんだって… 彼女は泣きながらベットから出ると、そのままシーツを身体に巻いてバスルームへと向かった。 早く、この切なさを消し去ってしまいたかった。 彼女は手早くシャワーを浴びると、バスルームにあった下着だけを着けて、ドレスを捜し始めた。 元の時代に帰るために---- 俺も大人げねえよな・・・。 妻がいたことをあいつに知られたくなくって、そうしたらあいつが離れていくような気がして… あいつは、総てを知っていても俺を受け入れてくれったって言うのに…。 俺は、あいつを失うことを恐れている・・・。 あいつをずっとそばに置いておきたいと、願ってる… 「謝らなきゃな」 中庭にいたアリオスは、そのまま踵を返して家の中に入っていった。 寝室に直行すると、もう彼女の姿はなかった。 「アンジェ!!」 彼は狂ったように彼女の名を叫ぶと、彼女を探し始めた。 やがて、バスルームから音がして、彼はそこに彼女がいることに気がついた。 「アンジェ!!」 ドアを開けると、そこには下着姿の彼女が何かを探し回っているのが判る。 「何捜してる…」 その声の主に気がついて、彼女は全身を震わせたが、決して振り向かなかった。 「…帰らなくちゃって…思って…、ドレスを捜してた…あっ!!」 背後から急に抱きすくめられ、アンジェリークは切なげに身を捩る。 「ね、アリオス、私なんか、帰ったほうがいいよね?」 「バカ! 帰るんじゃねえ! おまえはずっと俺のそばにいるんだからな!」 その言葉が嬉しかった。 心に染みとおるような気がして、彼女は彼の胸に顔を埋めて泣いた。 「すまなかった、さっきは」 彼女は首を振って答えるばかり。 「愛してる…、もうどこにも行くな…」 「…はい…、アリオス…」 彼女をそのまま抱き上げると、彼は再びベットへと運ぶ。 「明日、おまえがいるもの一式買いに行こうな? ずっと暮らせるように…」 「はい…」 アリオスはアンジェリークの身体に腕を回し、思い切り自分の胸に抱き寄せた。 優しく抱きながら、栗色の髪を撫でてやると、やがて彼女は寝息を立て始める。彼の逞しい腕に守られながら、彼女はまるで赤ん坊のように静かに寝息を立て始めた。 ずっとこのまま抱きしめていたい。 アリオスはそう思いながら、彼女を優しく抱きしめつづけた---- ---------------------------- その日からアンジェリークは、まるでアリオスの妻のように、甲斐甲斐しく彼のために働き始めた。 彼もまた、彼女の絵を描きながらも、辞めていた医師の仕事を、ほんの少しではあるが再開し始めていた。 まだ手術などはしなかったが、それでも患者を診るということは、彼にとって画期的なことだった。 その総ての原動力の源は、やはりアンジェリーク。 彼女がそばにいるというだけで、彼は何でも出来そうな気分だった。 絵を描き、医師としての仕事もし、そして夜は彼女を抱いて眠る…。 それは彼にとっては、この上なく幸せな時間だった。 ずっと、この時間が続いてしまえばいい・・ 彼はそう思わずにはいられなかった。 また、アンジェリークもそうだった。 このゆったりと流れる時間が何よりも嬉しくて、そして充実していると彼女は感じる。 私は、この時代に生まれたほうが良かったかもしれない… 彼女はそう感じずに入られなかった。 休日は、二人でピクニックにいったりもした。 彼女がお弁当を作り、彼が持つ。 そして絵を描く合間に、彼は彼女の膝枕で眠るのだ。 「アリオス…」 「ん・・・?」 愛しげに、彼の銀色の髪を撫でながら、彼女は柔らかく微笑む。 「----あなたの赤ちゃんが欲しいって言ったら、怒る?」 彼女のあまりもの可愛らしい言葉に、彼はフッと微笑む。 「----怒るわけねえだろ? おまえと子供とこうしてまたここに来れたらいいな?」 「うん…」 幸せな時間はかくも切なく過ぎてゆく。 二人は、その刹那の幸せを求めずにはいられなかった。 |
TO BE CONTINUED…
![]()
コメント
とうとう7回目のタイムトリップものです。
今回は少し切ないエッセンスが少なかったかな。
次回からはもっと切なくなりますので宜しくお願いします
![]()