アンジェリークは、近くの病院に救急車で運ばれた。
異常ともいえる高熱に魘されながら、彼女は緊急治療室に運ばれた。
「アンジェ! しっかりするのよ!!」
付き添ったレイチェルが何度も声をかけるが、彼女からは一行に応答がない。
「アンジェ…!!」
レイチェルは、アンジェリークの小さな手を握り締めながら、神に祈りを捧げた。
結局、アンジェリークは二日間に渡って昏睡状態だった。
その間、学校から帰ると、レイチェルは彼女に付き添い、ぎりぎりまで病院にいた。
天涯孤独の彼女のために、レイチェルは出来る限りの事をしてあげたかった。
幸い、アンジェリークの主治医が恋人のエルンストだったことも手伝って、レイチェルは逐一、病状の報告を受けていた。
「ね、エルンスト、アンジェの病状、本当のところはどうなの?」
「正直言って、原因がわからないんですよ、レイチェル。彼女を苦しめる熱の原因がわかれば対処できるんですが、血液検査をしても、ウィルスの反応も何もなく、かといって他の反応も全くでない。ただ、私たちがわかるのは、異常に高い熱が彼女の体を蝕んでいるというだけです。体力もかなり落ちているので、その他の感染症も心配です」
「そう…」
エルンストの言葉に、レイチェルは打ちのめされ、がっくりと肩を落とす。
「レイチェル、きっと、アンジェリークは大丈夫ですよ…」
「うん、うん・・・」
恋人に慰められるように肩を優しく叩かれて、彼女は何度か頷いた。
「先生、アンジェリークさんが目を覚ましました!」
看護婦の声を聞くやいなや、レイチェルは、走って病室へと飛んでゆく。
「レイチェル! 病院は静かに!!」
苦笑しながら、エルンストは恋人の後に着いて行った。
「アンジェ!」
レイチェルは物凄い勢いで病室に入ってきた。
「レイチェル…、これは…」
儚げに笑って、アンジェリークは自分の腕に刺さっている点滴の針と、鼻に通されている酸素吸入のチューブを指差した。
「熱が下がらなかったからよ、アンジェ!」
「熱?」
アンジェリークは眉根を寄せる。
きっと、タイムトラベルのせいだわ…
そう思って、彼女ははっとして、自分の格好を見た。
白い病院のパジャマに着替えてある。
ドレスは…、あのドレスはどこにあるんだろうか?
「レイチェル、私が着てたドレスは!?」
迫るような眼差しを向け、起き上がろうとするアンジェリークを慌てて制しながら、レイチェルは怪訝そうに眉根を寄せる。
「もう、こんな大変な時にドレスの心配するなんて」
「ね! お願い!」
あまりにも彼女が懇願するために、その勢いに押されたのか、レイチェルは、仕方ないとばかりに溜め息を吐いた。
「ドレスはちゃんとクリーニングに出して、ベットの横の紙袋の中に入れてあるわよ」
「そう、よかった」
露骨にほっとしたように、彼女は息を吐くと、再びベットに身体を横たえた。
「アンジェ?」
「何?」
「あのドレスさ、あの絵の女の人と同じだよね」
何気なく言ったレイチェルの言葉に、アンジェリークは身体をぴくりと震わせる。
「ぐ、偶然じゃないの…」
「うん…、だけどね、あの絵のモデルさんも”アンジェリーク”って名前だったんだって。これって偶然かな〜、なんて。アナタ、生まれ変わりだったりしてね〜」
”モデルはアンジェリーク”----
その言葉に、彼女は胸の奥が切なさで一杯になる。
あの時のスケッチが…
彼女は胸の痛みの余り、両手で胸を抑えた。
「アンジェ! 苦しいの!?」
「大丈夫、すぐに良くなるから・・・」
レイチェルは心配そうに、アンジェリークの表情を覗き込み、潤んだ瞳を彼女に向けている。
良く見ると目の下はクマでうっすらと黒くなっている。
ごめんね、レイチェル・・・。心配かけて・・・
「アンジェリーク、気分はどうですか?」
静かにエルンストが入ってきて、彼女を安心させる。
よかった・・・。主治医がエルンストさんで・・・・
「エルンストさん、もうすっかり気分は楽です・・・、この機器をどうにかしてください」
微笑む彼女の顔色に、エルンストは目を見張った。
まるで生気のない人形のようだった顔色は、すっかり良くなり、頬は薔薇色に、そして土気色だった唇は、すっかり桜色に戻ってきている。
どこから見ても元気そのものだ。
ほんの数時間前までは高熱で魘されていた人物と同じだとは、エルンストには見えなかった。
「信じられない・・・」
エルンストは驚愕の余り眼鏡を外し、何度も首を振る。
医学的見地から見ると、彼女の高熱といい突然直ってしまったことといい、どれも信じがたいことだった。
「とにかく、酸素吸入は外しましょう。点滴ももうすぐ終わりますから、終わったら、外させます」
「有難うございます」
エルンストは手早くアンジェリークの鼻から酸素吸入のチューブを抜き取った後、彼女を、レイチェルの立会いの元診察した。
「全く、直りきっていますね・・・。不思議なことだ・・・。これだと、明日の朝一番には退院できますよ」
全く信じられないといったように、エルンストは何度も頭をひねりながら、言った。
「ホントに!?」
「はい、レイチェルも安心してください。もう大丈夫ですから」
二人の顔が嬉しそうに輝き、手を取り合う。
「よかったね、アンジェ!」
「うん!!」
喜び合う二人を見つめながら、エルンストは何か引っかかったように首をかしげていた。
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「じゃあ、ワタシ、今日は早めに帰るね。そうそう、これ置いていくから、暇つぶしに読んだら?」
すっかり点滴も外されて、元気になったアンジェリークに目を細めながら、レイチェルは一冊の厚い本を彼女に差し出した。
「何、この厚い本は?」
「ああ。これね、この間の美術展で買った本だよ。アナタにそっくりな絵があったから、そのバックボーンが知りたくて、出品されてる画家さんの話が読めるこれ買ったの」
アリオス!!
アンジェリークはそれを愛しげに抱きしめる。
「何、気に入った?」
「・・・うん・・・、いい暇つぶしになるかな・・・」
「そうね。じゃあ、明日、朝退院だったわよね? 迎えにこれないけれど、大丈夫?」
「うん!」
勿論それは心配はないと、彼女自身が一番よく判っていた。
「じゃあね、お大事に!」
「有難う、レイチェル」
レイチェルは手を振り、久しぶりに鼻歌交じりに帰っていった。
レイチェルが帰るなり、アンジェリークはその本をめくり、検索でアリオスの名を必死になって探した。
「アリオス・・・、アリオス・・・、あった!!」
”アリオス----謎の画家と『天使光臨』
そのページを見つけるなり、アンジェリークは心臓の鼓動が耳につくほど高まるのを感じた。
そのページを開いた瞬間、彼女は全身に小刻みに震えるのを覚える。
----アリオス。謎の画家と『天使光臨』
アリオスは、画家としても有名だが、敏腕の外科医としても知られていた。
本名はレヴィアス・ラグナ・アルヴィース。看護婦だった妻エリスの絵を、本名で多くの絵を発表している。
----妻、エリス・・・。
その表記を見つけるなり、彼女は自然に大粒の涙が頬を伝うのを感じた。
「あんなに・・・、素敵だもの・・・」
震える身体を抑えながらしゃくりあげると、彼女は次の文意視線を走らせた。
妻エリスを病気から救えなかった彼は、医者を辞め、一人の画家”アリオス”として、厭世的な生活を 送っていた。
その彼を救ったのが、彼の代表作『天使光臨』のモデルである、アンジェリークという名の少女だとい うことだけが判っている。
その後、この作品を最後に、アリオスは身を隠し、これ威光のことは、残念ながら謎に包まれている。
アンジェリークはそのまま本を落すと、顔を覆って泣き始めた。
あの絵は私だった。
だったら、もう一度、彼に逢えるものなら、モデルの続きをしてあげたい!
不意に彼女の視線は、傍らにある、ドレスの入った紙袋に吸い寄せられる。
もしかして、あのドレスに可能性があるのならば、もう一度、彼の元へ行きたい!
行って、あなたの心を癒してあげたい!!
----あなたが・・・、大好きなの・・・・、アリオス・・・
時空の狭間の中で始まってしまった恋に、儚かった出逢いに、アンジェリークは涙がさらにいっぱい込み上げた。
時間を旅した後の私の身体は二回とも衝撃を受けていた。
おそらく、今度、彼の元へ行くことが上手くいっても、私の身体はもっと深く傷つくだろう。
だけど、どんな事が起こっても、もう一度彼には逢わなければならない・・・・
アンジェリークはしっかりと決意を固めると、次の旅に向けての休養のため、早めに休むことにした。
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退院すると、彼女はすぐに家へと戻り、シャワーを浴び、いつもはしない化粧を薄くし、髪を整えると、例のドレスに身を通した。
高まる胸を抑えながら、そっとリヴィングのソファに座る。
お願い・・・、もう一度、もう一度だけで言いから、アリオスに逢わせて下さい・・・
再び、あの時と同じ衝撃が彼女を覆う。
アンジェリークはすぐに床に放り出され、意識が消えゆくのがわかる。
大丈夫よ・・・・、アンジェ、きっと良くなるから・・・
自分自身に強く念じながら、彼女は暗闇に飲まれていった。
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「アンジェリークっ!!!」
アリオスが再びアンジェリークを見つけたのは、アトリエの床の上だった。彼女はあの時と同じようにぐったりとして、顔色はなく、意識もない。
「アンジェ!」
抱き起こして、彼は彼女を強く抱きすくめる----
アンジェ! おまえに何があったんだ!!

Chapter 5
TO BE CONTINUED・・・

コメント
タイムトリップ物の5回目です。
話が、徐々に盛り上がってきます。
次回からは少し幸せな二人がお届けできると思います。
