
「アンジェリーク!!」 再び逢えた喜びと、もう二度と彼女を放したくない思いから、アリオスは、彼女の心臓が止まっていようとも、怯むことはなかった。 嘆いたり、悲しんだりする代わりに、心臓蘇生のためのマッサージに取り掛かった。 胸を規則的に押せば、また心臓も動き出す。 「アンジェリーク、がんばるんだ!!」 この瞬間ほど、アリオスは自分が医者であることを感謝したことはなかった。 脈を診ながら、もう一方の手で電話を手に取り救急車を呼ぶ。 旧型の電話は、交換手を通じて、救急ステーションに繋がる。 「「こちらドクター、アリオス!! 心停止の患者だ。至急救急車を頼む。場所は、エンジェルストリート987! 早く!」 彼は、再び彼女の心臓を押す。 鼓動はするものの、まだまだ不安定だ。 走行しているうちに救急車が到着し、アンジェリークを乗せて病院へと向かう。 もちろん、アリオスも同行し治療にあたる。 だが、百年も昔の設備では、彼女を病院へと運び、心臓マッサージをして、酸素吸入をするのが精一杯だ。 横で技師が彼女の血圧を測る。 どんどん頼りなくなる脈。 アリオスは奥歯を噛み締めながら、必死に蘇生を試みる。 「アンジェリーク!! 俺を置いて逝くんじゃねえ! 頼む!!」 「----先生・・・、ダメかもしれません」 技師の言葉はアリオスに恐怖を突きつけ、彼は激しく首を振る。 「彼女は良くなる!! 頼む・・・!!」 ------------------------------- アンジェルークは集中治療室に運ばれ、緊急信号に、病院内の医師が集められる。 アリオスはアンジェリークの側を片時も離れず、なおも彼は心臓マッサージを続ける。明らかに疲れきり、それでも彼女を助けると言う決意に緊迫している。 勤務中だった親友オスカーを始めとする医師たちも、指示をし合いながら賢明に治療にあたる。 彼らも、再び、アリオスに光を与えたアンジェリークの命をどうしても助けたかった。 アンジェリークの心臓は、すでに止まっていたが、それでもアリオスは心臓蘇生を止めず、彼女にまたがって何度も心臓をマッサージする。 オスカーが電気ショックの準備を整え、全員がアンジェリークから離れる。 通電の瞬間、びくんと彼女の身体は跳ね上がるが、心臓は動く気配すらない。 「もう一度だ!!」 アリオスの指示に、電気ショックを与えられたが、アンジェリークの心臓はもう鼓動を刻まなかった。 彼は信じられないと言わんばかりに、呆然とアンジェリークの白い顔を見つめた。 「----彼女は、逝ってしまったんだ・・・、もう、決して、届かないところに・・・。俺たちには、もう何も出来ない・・・」 今までになかった震えが全身に広がっていることを彼は感じる。その肩に、オスカーが気遣わしげに手を置く。 本当に、本当に、逝ってしまったのか? あいつはもう、俺の側で笑ってもくれないのか!? -----そんなの信じられねえ!! 誰もが背を向けた中、アリオスは再び、狂ったように彼女の心臓を強く押し始めた。 「彼女は死んでなんかいねえ!」 額に汗を滲ませながら、彼は何度も心臓を押しつづける。 狂ったものを見るような看護婦の目。 何度も彼を止めに入る医師たち。 だがアリオスはやめなかった。 この手で彼女の命を捕まえたかった。 今度捕まえたら、二度と離しはしないのだ。 「アンジェ!! 俺のために戻ってきてくれたんだろ!! だったら、生きろ!! 生きるんだ、アンジェリーク!!」 モニターがピーと言う音と共に、彼女の命の復活を伝えた。 途端に、周りから歓声が漏れる。 「よしアリオス! 続けろ!!」 オスカーもようやく笑みがこぼれる。 アリオスは汗を滲ませながら、何度も心臓を押しつづける。 やがて、アンジェリークの顔色が戻ってき、呼吸を自発的にし始めたのが判った。 脈も安定し始めている。 ほっと息をついて崩れ落ちると、アリオスは初めて安堵の涙を流した。 「流石だぜ、アリオス」 やっとオスカーはアリオスに声を掛け、にやりと微笑む。 「諦めたくなかった。この女を諦めたくなかった!」 「そこが俺と違うところだな。俺だったら、とうに諦めていた」 アリオスは、苦しげにしているアンジェリークの顔を覗き込み、その頬に優しく手を当てる。 まだ熱は高い。 アリオスは的確な指示を出し、彼女に薬を与える。 まだ深い昏睡に捕らえられて入るが、助かると言う確信が、彼にはある。 そうして、三日間、彼はずっと彼女の側につきっきりだった。 ------------------------------------ アンジェリークが目を覚ますと、アリオスが優しく見守ってくれているのが判った。 「アリオス・・・」 儚げに微笑んだ彼女に、彼は軽く口付ける。 「おまえは・・・、命を危険に曝しても、戻ってきてくれたんだな・・・。だが・・・、正直、危なかった」「だけど・・・、あなたが助けてくれた・・・」 彼女は彼をじっと見る。 疲れきっていて、目は寝不足で赤く、うっすらと無精ひげまで生えている。 「もう・・・、離さねえからな」 強く抱きすくめられて、アンジェリークはその暖かさを胸いっぱいに吸い込む。 ようやく手にすることが出来たぬくもり。 もう二度と離したくはない。 「アリオス!!! もう二度とあのドレスは着ないわ・・・。未来にも帰らない。ずっと、あなたのそばにいる・・・!!」 「アンジェリーク」 彼女はここにいて、生涯自分だけを愛してくれるのだ。 幸せが彼の前進を貫く。 「もう・・・・、私から離れられないわよ? 覚悟してね?」 顔の徐は泣き笑いの表情で彼を見つめる。 その姿も、この上なく愛しい。 「イヤダって、言われても、離すもんか!」 「離さないで!!」 アリオスはしっかりと彼女を抱きしめる。 もう何も心配することはないのだ。 彼女は安心を下のか、彼の腕の中で静かに寝息を立て始める。 それを聞きながら、アリオスは改めて髪の感謝するのだった。 エリス、俺はこいつと、幸せになるから、安心しろ・・・ ------------------------------- アンジェリークの退院の日がやってきた。 その日の青空を。二人は決して忘れることはないだろう。 眩しいほどに晴れ渡り、空気も澄んでいた。 彼の車に乗りながら、彼女は幸せを噛み締める。 そう、決めたのだ。 この時代で生きてゆくことを。 「アンジェ、これから帰るのは俺の家だ。おまえは今日からそこで暮らす。そこには、おまえの生活質需品は全部準備がしてあるし、おまえのためにキッチンの改装も終わってる」 アンジェリークはアリオスに凭れかかり、その首に手を回す。 「アリオス!!」 「俺が、家に帰っていたのは、おまえ好みに家を改装するためだったんだ。それの監督だったわけだ。やっぱり、奥さんには最高の環境で料理を作って欲しいしな」 「アリオス、大好き・・・」 彼女は肩を震わせ嬉泣く。 彼の気持ちをちゃんと汲まなかった、自分が恨めしく思う。 「後ひとつ。今から、教会に行く。正式に結婚式を挙げて、おまえを俺の妻にするからな。ちゃんとドレスも用意してあるし、出生証明書とかもちゃんと裏で手を回して作ってあるから、心配するな。 ----っても、おまえの同意を得てからだけどな?」 アンジェリークはしゃくりあげながら、彼に抱きついた。 アリオスには、それが充分の答えになった。 ----------------------------------- その日の午後、二人だけの結婚式が挙行された。 ステンドガラスから七色の光が注ぎ、まるで髪が二人の門出を祝福しているようだ。牧師が高らかに夫婦であることを宣言すると、アリオスは新婦に口付けた。 牧師もほほえましそうに二人を見守る。 そこには深い愛があるから。 だが、時間に挑んだ二人の恋が、結婚に結びついた本当の価値を知るのは、当人たちだけだろう。 二人は指輪の交換をし、互いの永遠の愛を誓い合った。 そして、心の中で、アンジェリークは誓う。 アリオスを永遠に愛し、そしてこの時代に根付き、彼の子供を生み、穏やかに暮らしていくことを----- お父さん、お母さん、レイチェル・・・。 私はこの時代で生きてゆきます。 そして、彼の子供を産み、穏やかに暮らしてゆきたい・・・。 同じ時代、同じ将来の誓いをようやく交わすことが出来、二人は満ち足りた想いを感じる。 時空を越えた恋は、今ここから新たな一歩へと踏み出したのだ----- |