Epilogue


 その手紙をレイチェルが見つけたとき、彼女は心臓が止まるかと思った。
 汗が背中を流れ、ねっとりとする。
 不安かられ、それこそ息苦しくて、身体がつぶれそうだ。
「アンジェ!!!」
 彼女は狂ったように叫ぶ。
 そして、その不安を押さえるために、エルンストをアンジェリークの家へと呼びつけた。
「どうかしましたか!? レイチェル!!」
 彼がやってくるなり、彼女はその胸に顔を埋める。
「アンジェが!!!」
 そのまま見せられた手紙をエルンストも読み、彼もまた言いようのない悲しみに打ちし抱かれる。
「アンジェリーク・・・」
「エルンスト!! アンジェが!! アンジェは!!」
 そのままレイチェルは彼の胸で泣き崩れ、苦しげに肩を震わせる。
 その彼女をしっかりと抱きとめると、包み込むように、彼は一緒にソファーへと腰を掛けた。
 レイチェルは、そのままエルンストに抱かれて丸くなる。
「アンジェリークは、何か思いつめている風はなかったですか・・・」
 レイチェルは頭を振る。
「昨日だっていつも通りだったもの、そんなことはなかったよ・・・」
 そこまで行ってレイチェルははっとする。

 まさか・・・

 アンジェリークの言葉が彼女の脳裏に蘇る。
「百年前に旅して、私は・・・彼を愛したの・・・」
「・・・私ね・・・、百年前に言って、アリオスと少しの間・・・、暮らしたの・・・。
 -----愛してる、彼を・・・。
 彼の子供を産んで、穏やかに暮らしたい・・・」
「それが・・・とっても、幸せなの・・・」

「どうしたんですか? レイチェル!」
「ねえ、エルンスト、今日最終日の美術展に連れて行って!!」
 必死で話す彼女に、彼はわけが判らずただ頷いた。

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 アリオスが鍵だわ。

 エルンストの車に揺られながら、レイチェルは思いつめる。
 心臓は、死んでしまうかと思うほど、早くなっている。
 美術館の駐車場に着き、いてもたってもいられず、美術館へとレイチェルは走っていった。
 ----そして、美術館に立てかけてある看板を見て、彼女は息を飲む。

『アリオス、その時代展』

 確かに彼がメインの展覧会ではなかったはずなのに。
「どうしたんですか?」
 後から追いかけてきたエルンストが、看板前で立ち止まるレイチェルに不可思議な顔をした。
「アリオスのファンですか?」
「ねえ、知ってるの!?」
 レイチェルは凄い勢いでエルンストに尋ね、彼はたじろぐ。
「博識のレイチェルが何を言っているんですか? アリオスといえば、偉大な医者であり画家ですよ? 彼の絵は凄く高値で、取引されているんですから。特に妻を描いた『天使降臨』と、『アンジェリークの季節』は有名で・・・」

 アンジェリーク!!

 その一言に彼女は愕然とし、ひとつの考えが頭をもたげる。
「ね、奥さんの名前は何?」
「アンジェリークですよ。彼の愛妻家ぶりは有名で、何でも、子供が10人もいたとかで・・・、レイチェル!!」
 レイチェルはものすごい勢いで美術館に入ってゆく。

 私の考えが正しければ、アンジェリークのあの話が本当だとすれば・・・!!!

 中に入るなり、美術館の正面に飾ってある絵を見て、彼女は愕然とした。
 アンジェリーク。
 そこに描かれていたのは、幸せに輝いているアンジェリークの肖像だった。
 栗色の髪を結い上げ、腕の中には生まれたばかりの赤ちゃんがいる。その横には、彼女の子供に違いない、栗色の髪の少女がはにかんで立っている。
 レイチェルは涙に煙って先を見ることが出来ない。

「・・・私ね・・・、百年前に言って、アリオスと少しの間・・・、暮らしたの・・・。
 -----愛してる、彼を・・・。
 彼の子供を産んで、穏やかに暮らしたい・・・」

 私は事情があって、遠いところに旅に出ます。
 きっと、もう戻ってこれないと思います。
 ですが、私はそこで幸せになっています。
 信じてください。
 あなたに、なんだかの形で、連絡が出来ればと思います。
 方法を考えます。

 彼女の言葉が再び蘇る。

 幸せだったのね・・・。
 アンジェリーク。
 あなたが幸せならば、ワタシは何も言わない

 後ろからエルンストがやってくる。
「レイチェル、どうかしましたか!?」
 優しげな問いかけに、レイチェルは振り向く。
 絵に背を向けて。
「エルンスト…、アンジェは幸せにやっている、いい人生を送っているから・・・」
 大きく息を吸い込むと、レイチェルは自分の胸にその想いをしまいこむ。
 それは生涯の親友だといってくれた彼女との友情を守るためのもの。
「どこかで・・・、どこかの時代で・・・」
 囁くようにレイチェルは言う。
 エルンストは困ったように彼女を見つめたが、彼も何も聞かなかった。
「ね、エルンスト、安心したら、お腹すいちゃった! ごはん食べに行こう!!」
 そっと恋人の腕に自分の腕を絡ませる。
「・・・判りました、レイチェル」
 寂しげな微笑がエルンストの唇に浮かぶ。
 きっと、レイチェルはアンジェリークが元気でやっている証をそこで掴んだのだろう。
 だが、二人の友情のために、彼もあえて訊きはしない。
 二人は美術館からゆっくりと去ってゆく。
 二人が出て行った後、その重厚な扉は固く閉められた----


THE END



時空を飛び越えた恋

10000HIT記念で連載を始めた、「SOMEWHERE IN TIME」も大団円を迎えることが出来ました。
これも皆様のおかげです。
有難うございます。
今回は全編に切ないエッセンスが組み込まれた物語になりましたが、いかがでしたでしょうか?
「時空を超えたロマンス」というのは確かにロマンティックなシチュエーションです。
ですが、HAPPY ENDも乗って意外に少ないんです。
ですから、どうしても今回このような物語を書きたかったのです。
今は、書いてよかったと思っています。
かつて、カーメル・フラマリオーンが著した「ルーメン」のなかにこのような記述があります。
「人間の頭脳が知覚する時間は、相対的なものか、絶対的なものか」
この一文が、今回の創作のテーマでもあります。
私はこれを絡めて書きたかったんですが、何せ力量ないもんで、駄文になってしまいました(苦笑)
最後に、ここまでお読みいただきました皆様に御礼を申し上げたいと思います。
本当に有難うございました。
2000.4.7.PM10:30桜の咲く夜に。