
彼の精悍な肩に銀の髪が零れ落ち、何事もなかったかのように揺れる。 「----おまえ、俺を酷い男だと思ってるだろう?」 アンジェリークは、目を見開いてアリオスを仰いだ。 「そうだろう。それで構わねえ。俺をそう思ってくれてて結構だ。おまえがそうすることですっきりするんならな」 うっすらと微笑んではいたが、それはどこか冷たく、寂しげな気がする。 「でも・・・、それだったら、お仕事がやりにくいんじゃ」 アリオスの美眉が僅かにひそめられる。 「個人の感情と、仕事上の感情は別だ。覚えておけ?」 その言葉が彼女の心に重石となってのしかかる。 彼の異色の眼差しは恐ろしいほど無機質だ。 彼女はそれが深く気にかかる。 何て寂しい人なんだろうか・・・。 この世界にいるからそう思わなければならないの・・・? ----けれど、そのほうが楽かもしれない・・・。 今の私のは・・・ 「判りました・・・」 厳粛に頷き、彼女は寂しくなる。 アリオスを見つめたアンジェリークの眼差しも、やはり無機質だった。 同じ眼差しか・・・。 彼も彼女のその眼差しが深く気にかかる。 だが---- アリオスの口からそのことが語られることはなかった。 ----------------------------- 初仕事だということで、その日は定時の五時で帰る事を許された。 上司であるアリオスがまだ仕事中だったので気は引けたが、彼からも「帰れ」と言われて、彼女は家路に着いた。 昨日から彼女は、養成所の寮から、MI6が借りてくれた防犯設備が整ったアパートメントで生活をしていた。 完璧な警備のそこは、全てオートロックで、しかも鍵は電子キーになっている。 彼女はエージェントだから用意したとロザリアから聞いていたのだが、本当のところは、彼女を守るために、借り受けた場所だった。 しかも法外な家賃を全てMI6が肩代わりしたのである。 このことを上層部に提案したのが、他でもないアリオスであることを、彼女は知らされてはいなかった。 今日は近くのマーケットで食材を買い込み、彼女はアパートメントへと向かった。 そこにはもちろんきちんとした警備員も配備されている。 「こんばんはエドワードさん」 「ああ、こんばんは、アンジェリ−ク」 彼女は、昨日凄く世話になった、優しい初老の警備員のエドワードに挨拶をしてから部屋に続くエレベーターに飛び乗った。 この夕方の時間帯は、いつもエドワードが警備に着いていた。 部屋に戻ると、アンジェリークはスーツをすぐさま脱ぎ捨て、年相応の少女らしいサブリナパンツとコットンのシャツに着替え、夕食の準備を始める。 昨日、買ったニーナ・シモンのアルバムを聞きながら料理を作り、食べる。 もうすっかり慣れた、たった一人の食事。 最後に暖かな食卓を囲んだのはいつだったか、忘れてしまったほどだ。 軽く夕食と片づけを済ませると、彼女はソファに身体を静めた。 耳に聞こえるは、バラード”野生の息吹” それを彼女は繰り返し聞く。 その曲は彼女の心の象徴でもあった。 彼女の耳元に、昼間のアリオスの言葉が蘇る。 『----エージェントは、いかなるときにも、感情的になってはならねえ。覚えておけ』 『個人の感情と、仕事上の感情は別だ』 それらを反芻しながら、アンジェリークは心が深く重たくなってゆくのを覚える。 判ってる・・・。 大佐の言うことは正しい・・・。 だけどこの私にそんなことが出来るんだろうか・・・ この私に”エージェントなんか務まるんだろうか・・・。 そう、きっと、あんな事件がおきなければ、このようなことも怒らなかったに違いないのに・・・ そう・・・、あの事件が・・・ アンジェリークはソファの上で膝を抱えるとむせび泣く。 一人で支えなければならない心を、彼女は最早この手ではどうしようもないほど、崩れそうになっている事に気づき始めていた--- 不意に、彼女の耳にかすかに銃声が入った。 びくりと彼女は身体を震わす。 ひょっとして、下で何か!? そこからのアンジェリークは素早かった。 ソファから立ち上がり、バッグから、MI6の身分証明書と、今日から彼女の愛銃である、デザート・イーグルを取り出すと、それを持って、何か起こった時の為に準備をする。 まさか・・・!? 何か起こったんじゃ・・・ 彼女は感じる。 何発もの銃声と共に、足音がこの近くにやってきていることを。 背中に流れるは冷たい汗。 銃を握り締める手にも汗が滲め、滑りやすくなっている。 足音が近づき大きくなってくる。 電子ロックを念のため調べてみた。 「やっぱり・・・!」 電子ロックの全てのセキュリティは、いとも簡単に破られ、鍵をかけることなんて最早出来ない。 それは無用の長物と同じだ。 彼女は身体を壁の間にしのばせ、侵入者を迎え撃つ準備をする。 お願い、私を守って----! ドアが開けられる。 まさにそのときだった。 体躯の優れた男が、ライフルを片手に部屋へと侵入してきたのである。 彼女はもう逃げられないと覚悟し、銃を構えて、男へと立ち向かおうとした。 だが---- ドアを開けた瞬間、男はその場で崩れ落ちたのである。 「・・・・!!!」 何が起こっているかわけがわからず呆然としていたアンジェリークを、突然逞しい腕がさらう。 「・・・!!」 その腕の主はアリオス。 彼は力図よく彼女を片腕で抱き、そのまま外に出るように促す。 彼女は悟る。 狙われていたのは自分だったのだと。 そして、彼女のためにアリオスがまたその手を血で汚したこと。 「行くぞ! ぐずぐずしてる暇はねえ!」 アンジェリークは頷き、彼に従って部屋を出る。 そのまま、アンジェリークはアリオスに守られるようにして、裏側の非常階段を駆け下りる。 恐怖と戦いながら、彼女ははっとする。 「大佐、エドワードさんは!?」 「大丈夫だ、無事だ。幸い、足を撃たれただけで済んだ」 彼女は胸がきしむのを感じる。 私のせいで・・・!! 彼女は涙をとめどなく流す。 「アンジェ、泣いてる暇はねえ。今はここから早く出ることだけを考えろ」 言って、アリオスは階段を降りる速度を速める。 二人はそのまま非常階段を降りきり、アリオスの愛車のBMWスポーツカータイプに乗り込んだ。 息をしている暇すらない。 素早くアリオスはエンジンをかける。 アンジェリークは縋るように彼を見つめる。 こんななか、ようやく彼女は知る。 彼がなぜ彼女の直属の上司になったかを---- 全てをあなたに預けます。 ----アリオス 彼の運転するBMWは、夕闇に消える。 だが---- その後を一台の黒いフェラーリが追随していた---- |
TO BE CONTINUED・・・
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コメント
エージェントアリオスの四回目です。
いよいよ次回からようやく本筋に少しだけ入れました。
ですが、アリさんに活躍がない〜(^^:)
次回はたっぷりお届けする予定になっています。
それと、ようやく、アンジェちゃんがなぜ狙われるかがわかってきます。
よろしくお願いします!!
しかし、更新、久しぶりでしたね・・・
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