CHAPTER 4


 彼の精悍な肩に銀の髪が零れ落ち、何事もなかったかのように揺れる。
「----おまえ、俺を酷い男だと思ってるだろう?」
 アンジェリークは、目を見開いてアリオスを仰いだ。
「そうだろう。それで構わねえ。俺をそう思ってくれてて結構だ。おまえがそうすることですっきりするんならな」
 うっすらと微笑んではいたが、それはどこか冷たく、寂しげな気がする。
「でも・・・、それだったら、お仕事がやりにくいんじゃ」
 アリオスの美眉が僅かにひそめられる。
「個人の感情と、仕事上の感情は別だ。覚えておけ?」
 その言葉が彼女の心に重石となってのしかかる。
 彼の異色の眼差しは恐ろしいほど無機質だ。
 彼女はそれが深く気にかかる。

 何て寂しい人なんだろうか・・・。
 この世界にいるからそう思わなければならないの・・・?
 ----けれど、そのほうが楽かもしれない・・・。
 今の私のは・・・

「判りました・・・」
 厳粛に頷き、彼女は寂しくなる。
 アリオスを見つめたアンジェリークの眼差しも、やはり無機質だった。

 同じ眼差しか・・・。

 彼も彼女のその眼差しが深く気にかかる。
 だが----
 アリオスの口からそのことが語られることはなかった。

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 初仕事だということで、その日は定時の五時で帰る事を許された。
 上司であるアリオスがまだ仕事中だったので気は引けたが、彼からも「帰れ」と言われて、彼女は家路に着いた。
 昨日から彼女は、養成所の寮から、MI6が借りてくれた防犯設備が整ったアパートメントで生活をしていた。
 完璧な警備のそこは、全てオートロックで、しかも鍵は電子キーになっている。
 彼女はエージェントだから用意したとロザリアから聞いていたのだが、本当のところは、彼女を守るために、借り受けた場所だった。
 しかも法外な家賃を全てMI6が肩代わりしたのである。
 このことを上層部に提案したのが、他でもないアリオスであることを、彼女は知らされてはいなかった。
 今日は近くのマーケットで食材を買い込み、彼女はアパートメントへと向かった。
 そこにはもちろんきちんとした警備員も配備されている。
「こんばんはエドワードさん」
「ああ、こんばんは、アンジェリ−ク」
 彼女は、昨日凄く世話になった、優しい初老の警備員のエドワードに挨拶をしてから部屋に続くエレベーターに飛び乗った。
 この夕方の時間帯は、いつもエドワードが警備に着いていた。
 部屋に戻ると、アンジェリークはスーツをすぐさま脱ぎ捨て、年相応の少女らしいサブリナパンツとコットンのシャツに着替え、夕食の準備を始める。
 昨日、買ったニーナ・シモンのアルバムを聞きながら料理を作り、食べる。
 もうすっかり慣れた、たった一人の食事。
 最後に暖かな食卓を囲んだのはいつだったか、忘れてしまったほどだ。
 軽く夕食と片づけを済ませると、彼女はソファに身体を静めた。
 耳に聞こえるは、バラード”野生の息吹”
 それを彼女は繰り返し聞く。
 その曲は彼女の心の象徴でもあった。
 彼女の耳元に、昼間のアリオスの言葉が蘇る。
『----エージェントは、いかなるときにも、感情的になってはならねえ。覚えておけ』
『個人の感情と、仕事上の感情は別だ』
 それらを反芻しながら、アンジェリークは心が深く重たくなってゆくのを覚える。

 判ってる・・・。
 大佐の言うことは正しい・・・。
 だけどこの私にそんなことが出来るんだろうか・・・
 この私に”エージェントなんか務まるんだろうか・・・。
 そう、きっと、あんな事件がおきなければ、このようなことも怒らなかったに違いないのに・・・
 そう・・・、あの事件が・・・

 アンジェリークはソファの上で膝を抱えるとむせび泣く。
 一人で支えなければならない心を、彼女は最早この手ではどうしようもないほど、崩れそうになっている事に気づき始めていた---
 不意に、彼女の耳にかすかに銃声が入った。
 びくりと彼女は身体を震わす。

 ひょっとして、下で何か!?

 そこからのアンジェリークは素早かった。
 ソファから立ち上がり、バッグから、MI6の身分証明書と、今日から彼女の愛銃である、デザート・イーグルを取り出すと、それを持って、何か起こった時の為に準備をする。

 まさか・・・!?
 何か起こったんじゃ・・・

 彼女は感じる。
 何発もの銃声と共に、足音がこの近くにやってきていることを。
 背中に流れるは冷たい汗。
 銃を握り締める手にも汗が滲め、滑りやすくなっている。
 足音が近づき大きくなってくる。
 電子ロックを念のため調べてみた。
「やっぱり・・・!」
 電子ロックの全てのセキュリティは、いとも簡単に破られ、鍵をかけることなんて最早出来ない。
 それは無用の長物と同じだ。
 彼女は身体を壁の間にしのばせ、侵入者を迎え撃つ準備をする。

 お願い、私を守って----!

 ドアが開けられる。
 まさにそのときだった。
 体躯の優れた男が、ライフルを片手に部屋へと侵入してきたのである。
 彼女はもう逃げられないと覚悟し、銃を構えて、男へと立ち向かおうとした。
 だが----
 ドアを開けた瞬間、男はその場で崩れ落ちたのである。
「・・・・!!!」
 何が起こっているかわけがわからず呆然としていたアンジェリークを、突然逞しい腕がさらう。
「・・・!!」
 その腕の主はアリオス。
 彼は力図よく彼女を片腕で抱き、そのまま外に出るように促す。
 彼女は悟る。
 狙われていたのは自分だったのだと。
 そして、彼女のためにアリオスがまたその手を血で汚したこと。
「行くぞ! ぐずぐずしてる暇はねえ!」
 アンジェリークは頷き、彼に従って部屋を出る。
 そのまま、アンジェリークはアリオスに守られるようにして、裏側の非常階段を駆け下りる。
 恐怖と戦いながら、彼女ははっとする。
「大佐、エドワードさんは!?」
「大丈夫だ、無事だ。幸い、足を撃たれただけで済んだ」
 彼女は胸がきしむのを感じる。

 私のせいで・・・!!

 彼女は涙をとめどなく流す。
「アンジェ、泣いてる暇はねえ。今はここから早く出ることだけを考えろ」
 言って、アリオスは階段を降りる速度を速める。
 二人はそのまま非常階段を降りきり、アリオスの愛車のBMWスポーツカータイプに乗り込んだ。
 息をしている暇すらない。
 素早くアリオスはエンジンをかける。
 アンジェリークは縋るように彼を見つめる。
 こんななか、ようやく彼女は知る。
 彼がなぜ彼女の直属の上司になったかを----

 全てをあなたに預けます。
 ----アリオス

 彼の運転するBMWは、夕闇に消える。
 だが----
 その後を一台の黒いフェラーリが追随していた---- 

TO BE CONTINUED・・・


コメント

エージェントアリオスの四回目です。
いよいよ次回からようやく本筋に少しだけ入れました。
ですが、アリさんに活躍がない〜(^^:)
次回はたっぷりお届けする予定になっています。
それと、ようやく、アンジェちゃんがなぜ狙われるかがわかってきます。
よろしくお願いします!!
しかし、更新、久しぶりでしたね・・・