
大丈夫だから・・・。 大佐がいるから…。 初めてのミッションに少し震えながら、アンジェリークは精一杯の虚勢を張って、背筋を伸ばす。 後ろにアリオスが付いていてくれる。 それだけで、緊張は幾分か和らぐ。 危機管理能力は今のところCマイナスだな・・・ 愛飲する煙草ダンヒルを口に銜えながら、アリオスは冷静に、彼女を監視する。 「---あの…」 少し固い声で彼女が声をかけると、中年のディーラーは彼女を見た。 「なんだ、あんた」 脂ぎった男の視線が嫌で、彼女は一瞬ひるむ。 その瞬間だった---- 刹那の隙をつき、MI5のエージェントたちが、麻薬ディーラーたちを取り囲む。 「ちっ!」 ボディーガードの男の一人が軽く舌打ちをしたかと思うと、いきなり銃を抜き、彼女目掛けて、トリガーを引いた---- アンジェリークは横に飛び、彼女を守るようにアリオスもまた、同じタイミングで飛び、彼女に覆い被さる。 ボディガードの撃った銃弾は、そのままアリオスとアンジェリークが先ほどまでいたテーブルに置いてあるグラスにあたり、それは見事に砕け散る。 ランチに来ていた客は悲鳴を上げ、一斉にそこから逃げ出す。 それを合図に、銃撃戦が幕を開けた。 銃弾の雨が降る中、アリオスは、瞬時に彼女を抱き起こすと、その手を取って立ち上がらせる。 「今のうちだ? 行くぜ?」 「はいっ!」 彼女の手を繋いだまま、彼はいつの間にか銃を片手に持ち、入り口へと走り始めた。 銀の銀の髪が、まるで絹糸のように僅かに揺れる。 「逃げたぜ!!」 ボディガードの一人が気付き、数人が二人を目掛けて追いかけてくる。 手を通して、彼女が僅かに震えていることが彼には判る。 アリオスは、ほんの一瞬振り向き、彼らに向かって正確にトリガーを引く。 「うわあああっ!!」 足を撃ち先ずは動けなくしてしまうと、彼はそのまま手にも銃弾を撃ちこみ銃自体も飛ばしてしまう。 感情の湛えない翡翠と黄金の不思議な瞳は、彼の冷酷さを助長する。 彼の銃捌きに、彼女は不謹慎ながらも見惚れてしまった。 彼のその姿は、まるでギリシャ神話に出てくるような、艶やかな煌きがあった。 アンジェリークは、アリオスに手を引かれながら、安全な場所へと導かれる。 その精悍で、どこか厭世的な横顔を見つめながら、信頼と同時に、彼女の心に親近感にも似た甘い気持ちが浮かび上がった。 その感情の名をまだ彼女は知らない。 心臓が早鐘のように打つ。 そこには、二人の足音と、鼓動しか聴こえない。 無言のまま、アリオスはアンジェリークと一緒に、パブレストランの厨房を抜け、そのまま女子トイレへと向かう。 その場所に、彼女はおもわずめんを食らった。 「ちょっと、ここは…」 「女子トイレから逃げるなんて、俺たちエージェントでは日常茶飯事だ。こんなことで、いちいち驚くな」 低い感情のない冷たい声。 その声に少し心を震わせながら、彼女は唇を切なく噛み締める。 「悪いが、干渉に浸ってる暇はねえようだ…」 「えっ!?」 彼女にはその気配が判らなかった。 だが彼には、追っ手がしっかりとやってきていることが判っていた。 不意に、彼に女子トイレの個室につれ困れ彼女は息を飲む。 中に入るなり、彼女は便座の上に立たされた。 目を凝らしてみると、その上には狭い窓がある。 「そこから逃げるんだ。裏通りに通じている」 戸惑っている暇などなかった。 彼女にもようやく判る。 追っ手が容赦なくやってきたのだ。 彼の尋常じゃない危機管理能力を、今更ながらに見せ付けられた、瞬間でもあった。 彼女は、飛び上がり、トイレの窓にしがみつく。 枠を持つ手が冷たい汗で震える。 見守るような視線を背後に感じ、彼女は勇気をもって外へと足を踏み出す。 見守ってくれるから・・・。 だから怖くない…。 彼女はそのまま外へと素早く飛び降り、アリオスが降りてくるのを待った。 しかし、次に聞いたものは、一発の銃声だった。 彼女はその音に一瞬身体を震わせる。 だが---- 次の瞬間にはアリオスは、彼はトイレの窓から姿を現し、その場で飛び降りた。 飛び降りる時も、彼は姿勢の一つも崩すことはない。 「行くぜ?」 そのまま、ごく自然に彼女の手を取り、そこからさらに安全な場所に連れて行く。 彼の背中を見つめ、彼女はその広さと逞しさに、言いようがないほどの安らぎを覚える。 こんな安らぎを感じたのは何時だったのかしら…。 包まれる手も暖かい… えっ! 今まで逃げることに夢中で、アンジェリークは彼に手を包まれていることに気が付かなかった。 それを知った瞬間彼女は息を飲み、思わず立ち止まる。 私…、この人の未来が見えない…。 何故? 紙のように蒼ざめ、彼女は呆然と立ち尽くす。 「アンジェリーク?」 返事はない。 それだけで、彼は彼女が何を考えているかを把握してしまう。 強張った表情が、彼の考えを肯定してしまう。 驚くのは無理もねえか… 彼はそっと彼女の手を離すと、煙草を銜え、それにライターで火をつける。 「驚いたか? アンジェリーク」 その総てを悟ったような声に、彼女ははっとする。 この男性は総てを知っているの!? 青緑の大きな瞳は、彼を探るように、そして不安げに見つめる。 「----そんな顔はするな。さっき言ったはずだ、エージェントはいかなる時にも感情的になってはならねえと」 紫煙を宙に吐き出しながら、アリオスは、相変わらず冷たい声で呟くと、切れるような眼差しで彼女を見た。 その眼差しに彼女は心底震え上がり、胃が強張るのを感じる。 「そんな、化け物を見るみたいな表情をするんじゃねえよ。俺はおまえのことは総て判っている」 指に煙草を滑らせながら、至極あたりまえのように彼は呟いた。 「おまえの生い立ちも、何故弟が入院しているかも…、そして、おまえが組織になぜ追われ・・・、何を持っているを・・・」 アンジェリークの表情は強張ったまま、彼を見つめることしか出来ない。 フッと深く微笑むと、アリオスは彼女の華奢な肩をポンと叩く。 「----おまえには、まだ俺の未来を予知することは出来ねえ」 言って、彼はそっと彼女に背中を向ける。 「来い。ぐずぐずしている暇なんかねえ。本部に帰る」 キッパリといわれて、彼女は彼の後を追いかける。 「---今日のミッションは俺がいたし、身内のMI5のヤマの助っ人だったから良かったが、おまえの危機管理能力は、よく見積もって、Dマイナスだ」 アリオスの冷徹な言葉は、アンジェリークの心を強く揺さぶる。 私、試されていたの・・・? |
TO BE CONTINUED・・・
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コメント
エージェントアリオスの三回目です。
いよいよ次回からようやく本筋に入ってゆきますので、宜しくお願いします。
MI5といえば、今の長官は女性の方なんですよね〜。
氏素性は隠されておりますが。
MI5は国内向け。
MI6は主に国外向けです。
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