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「凄い! こんなにも取り上げてもらってるよ!」 新聞を片手に、レイチェルは興奮ぎみに呟く。 それもさのはずで、記事は社会面でかなり大きく割かれていたのだ。 「エルンストさんにお礼をいわなくっちゃ・・・」 記事はエルンストが書いただけあり、かなり”街角の店”には好意的に書かれている。 「『素晴らしき伝統と古き良きアルカディアを守っている、街角の店は文化的価値が極めて高いものとなっている。大手書店の横暴な進出によってなくなるのは、極めて残念なことである』なかなかいいことを言ってるね〜!」 ミセスメイヤーも大満足といったところだ。 「これで、街角の店に日が当たってくれれば!!」 誰もがそう願わずにはいられなかった。 メディアがまずはこの記事に反応した。 アリオスとアンジェリークの丁丁発止のやりとりが、連日ブラウン管を通賑わしている。 アリオスはスポーツクラブで汗を流しながら、冷たいま眼差しで自分たちの騒動が放映されるテレビを見つめていた。 最初に映るのはアンジェリークだ。 大きな紺碧の瞳を輝かせて話す真剣な表情は、アリオスの心を捕らえる。 アンジェリークは”競合相手”のはずだ…。 「大企業の論理は、私たち”街角の店”では通用しません。今まで、きめ細かいサービスで、お客様に対応してきたんですから。それを大企業の力でねじ伏せるやり方を、私たちは許しません! 冷たい表情をして、感情のないやり方をするのが許せません!」 きっぱりと言い放つアンジェリークは、凛とした輝きがあり、力強かった。 その姿が、一瞬、輝いて美しく映る。一瞬であろうと綺麗に見えてしまう自分を、アリオスは諫めようと努力する 。次に映ったのは自らだった。 「本の安売り? おおいに結構じゃねえのか!?」 アリオスの出演シーンは何とこれだけで終わってしまった。 これには彼は唖然とする。 「もう少し、喋ったのに!」 画面の前でアリオスが怒ったのは、むしろ当然のことであった。 むしゃくしゃしている時は、今までなら適当に女を抱けば良かったが、今はちゃんと癒してくれる存在がある。 栗猫だ。 こんな日は、栗猫のメールを読むのが一番だ。 「あんな栗饅頭女に、振り回されてたまるかよ」 アリオスは心にはないことを言った後、メールをチェックした。 やはり、一番読みたいメールが到着していた。 もちろん、栗猫メールだ。 Subject:がんばっています こんばんは、狼様。 狼様のおかげで、何とか闘いの土俵に立てているという感じです。 アドバイスをどうも有り難うございます。 周りのみんなは今のところは非常に行為的ですが、その後どうなるかは判りません。 ただ一生懸命、頑張っています。 不安なことはあるけれど、狼さんがいて、いつでもメールで支えてくれるから平気です。 いつも有り難う。 これからも、励まして下さい。 栗猫。 アリオスはメールを読むなり、彼女への甘い思いが胸から溢れてくる。 メールを見るだけで、その人柄をも感じられる。 こんなにも素直で純粋な人間に逢ったことはなかった。 逢いたいという気持ちが、アリオスの心を深く支配する。 彼は思いを抑えられなくなり、メールを書き始める。 Subject:いつでも 栗猫へ。 一度逢いたい。 おまえの力になりたいし、何よりも逢って、色々と話したい。 逢うことが出来るだろうか。 狼。 そのメールを受け取ると、嬉しいと同時にとても切ない気分になる。 今一歩踏み込めない理由は、足。 だがずっとこのままであることは出来ないし、一度断っていることもある。 その上、何よりも逢いたいという思いが強くある。 アンジェリークは意を決して、狼と逢うことを決めた。 Subject:お願いが。 狼様。 栗猫です。 ではお逢いしましょう。 ひとつだけ、お願いしたいことがあります。 待ち合わせ場所を私に決めさせて頂きたいのです。 それだけはお願いです。 栗猫。 早速返信された彼女のメールを、アリオスは嬉しく受け取った。 場所を指定するぐらいは可愛いものだ。 嬉しさを隠しきれずに、彼はすぐに返事のメールを打った。 Subject:時間だが。 栗猫へ。 場所指定はしてくれ。 日付と時間だが、明後日の午後八時はどうだろうか。 狼。 メールを見ると、丁度良い時間に指定してくれている。 それならばと、アンジェリークはメールの返事を打つ。 Subject:有り難うございます。 有り難うございます。 では明後日の夜八時にお逢いしましょう。 ”エンジェルストリート1233番地の、”プルミエ”で。 私は薄いピンクのセーターと花柄のロングスカートにショールのスタイルで行きます。 合図は、”偏見と傲慢”を持っています。 狼さんもそれを持って来て下さい。 では、明後日の夜に。 栗猫。 栗猫からのメールを受け取ると、アリオスは心が甘く乱される。 プルミエは、は、かつてアンジェリークと一緒に行った、バリアフリーのカフェだ。 少し切なくなり、アリオスは彼女の面影を心に感じずにはいられない。 栗猫のあえれば、この切ない想いを払拭できるような気がした。 Subject:有り難う 有り難う。 狼。 それだけを返信して、アリオスはパソコンを閉じた。 今夜はとてもすがすがしく眠れるような気がする。 彼は幸せそうに微笑むと、シャワーを浴びにいった。 とうとう、OKしてしまった・・・。 貰ったメールと送ったメールを交互に比べながら、アンジェリークは、切ない胸の鼓動が激しくなるのを感じた。 ずっと、ずっと、逢いたかった人・・・。 どうか、あなたが私を見てびっくりしませんように・・・。 あなたが、がっかりしませんように・・・。 切なくもアンジェリークは祈らずにはいられなかった。 逢うまで僅か二日しかない。どうしていいのか判らないまま、二日が過ぎる。 そして、当日。 アンジェリークは落ち着かずに、何かをしていなければならなかった。 「どうしたの? アンジェ」 「何でもない・・・」 今夜のことは誰にも恥ずかしくて話せていないので、一生懸命否定をしようとする。 それがかえって疑いを生む。 「アンジェ、誰かと逢うの? ほんのりとリップなんかつけちゃって!」 「唇かさついてるから・・・」 親友のツッコミにも、アンジェリークは真っ赤になって答える。 その姿が可愛くて、レイチェルは目を細めた。 アンジェ・・・。 恋に臆病になっているアナタにとっては大きな進歩だよね? ガンバって! 応援するから! アンジェリークをじっくりと見守ってやろうと、レイチェルは思っていた。 仕事が終わり、店を片付けた後、彼女は約束の場所に向かう。 車で、プルミエに向かい、緊張しながら、席につく。 といっても、アンジェリークは車椅子なので、椅子を一つ引いて貰った。 妙に背筋を伸ばしてしまう。 偏見と高慢を以て、きょろきょろしながら、妙に落ち着かない。 本を読むふりだけで、アンジェリークの心はふわふわと高く舞い上がっていた。 アリオスも妙に落ち着かなかった。 プルミエに入り、店の中をきょろきょろする。 この俺が緊張しちまうなんてな… アリオスは店を見合わせてはっとする。 栗饅頭! アリオスはアンジェリークを見つけるなり、その手に持っている本を見て愕然とする。 それは偏見と傲慢。 彼の心の中で、栗猫とアンジェリークの温かなイメージが一致した------ 栗猫はアンジェリークだったのか…。 |
コメント 『愛の劇場』シリーズです。 今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。 さて。 アリオスさんがようやく事実を知りました。 これかさくさくすすみます〜 |