Shadow Of Your Smile


 翌朝、気分が晴れないまま、アリオスはメールチェックを行った。
 栗猫からのメールで、心を癒されたかった。
 だが、来ているのはダイレクトメールばかりで、あの温かなメールが初めて届いていない。
 そのことが心にずしりとのしかかリ、更に想い気分になる。
 昨日、やけっぱちになって抱いたリサが、いつものようにどたばたと出ていくのが聞こえた。
 自分にも彼女にもうんざりとしながら、アリオスはノートパソコンを閉じた------

 アンジェリークも浅い眠りしか貪れず、疲れがどんよりと残った。
 朝メールチェックをすると、縋りたいと思っていた狼からのメールが届いていなくて、どんよりと更に落ち込んでいく。

 昨日、私からメールを送らなかったもの、当然よね・・・。

 アンジェリークは手早く朝の支度をすると、大学へと向かった------


 午前中に、かなり嫌な気分で仕事をした後、アリオスは昼休みを過ごしに、あの公園へと向かう。
 僅かな期待を持って行ったが、やはりアンジェリークはいなかった。

 昨日の今日だからな・・・。
 いるわけねえのは、判ってたはずなのに・・・。

 スタンドでランチを食べるも、味気無い。この間まではあんなに美味しく感じたはずが、今日は酷く不味く感じる。
 理由は、何となく判ってはいた。
 隣に彼女がいないから。
 あの温かな雰囲気を持った、癒しの女神がいないから。
 アリオスは昼食を終わらせた後、更に不機嫌になって仕事に戻った。


「安売り大型店か・・・。頭痛いよね」
 レイチェルは、友人に頼んで出してもらった、ラグナ進出後の街角の店の売り上げ試算を見て、溜め息を吐く。
「向こうが安売りするなら、こちらとしても対抗策を立てればいいのよ! サイン会だとか開いてね!
 今度、クリスマスに向けて、絵本も沢山発売されるしね! それを見越してきめ細かいサービス!」
 アンジェリークは、何とか前向きになろうと、一生懸命に親友に説いた。
 草しなければ自分こそつぶれてしまいそうだったから。
「そうね! あっちが”安売り”をするなら、こっちは”工夫”で対抗しないと!」
 アンジェリークの前向きな気持ちに、レイチェルもそんな気分になる。
 そこの心が前向きで広いところが、その名前の通りの天使性があるところだった。
「そうだよね! もっと工夫すれば、私たちも頑張れるもの!」
 ふたりは手を取り合って頷き合う。

 神様、少しだけ気分が上がってきました。

 親友や周りの人々に支えられていることを感じると、何だか元気が出てくる。
「みんなで、力を合わせて頑張ろうね!」
 アンジェリークは少しずつ浮上し始めた。


 アリオスは余り良い気分になれないまま仕事をしていた。
 いつもならイライラしないことも、イライラしてしまう。

 あんな小娘のことなんて何ともねえはずなのに、なぜこんなに気にかかる・・・。

 アンジェリークに逢えない。
 それだけでこれほどダメージを受けるとは思わなかった。
 アリオスは書類を目を通しながら、いつまでたっても気分は浮上しなかった。

 冷酷だと呼ばれているはずなのに・・・。
 なぜ、今回に限って私情が入ってしまう・・・。

 こんな時は、”栗猫”からのメールで、心を温めたいと思い、早めに家に戻ることにした。
 外で食べる気にもならず、久し振りに自炊して、ひとりでゆったりとしたい。
 そんな思いから、アリオスはスーパーに向かった。

 スーパーの中に入ると、ぶらぶらと食材を見てみる。
 野菜コーナーに行くと、見慣れたシルエットを見た。

 アンジェリーク・・・。

 買い物カゴを膝の上に乗せて、彼女は手を延ばして一生懸命上のものを取ろうとしていた。
 誰も彼女を助けようとしない。
 彼女は少し休んで溜め息をいったん吐くと、再び手を延ばした。
 アリオスはその様子を見ると、助けずにはいられなくなる。
 いや、助けたいのが本音だった。
「何が欲しいんだ?」
 掛けられた声に、アンジェリークは身体をびくりと固くする。
「あ・・・」
「何が欲しい? 取ってやる」
 アリオスの顔を見るなり、あからさまにアンジェリークの顔は強張った。
「自分で・・・」
 強情にもアンジェリークは高いところにあるものを取ろうとして、彼に手首を掴れる。
「あっ・・・」
「あまり意地を張るな」
 昨日のパーティ会場で言われたことを思い出し、彼女の表情は凍り付いた。
「何が欲しい? 取ってやるから言え。俺がおまえと正反対にいるのは、こういうときは関係ねえだろ?」
 確かにアリオスが言うことは正しいのは判っている。
 だがそれを上手く素直に、今の自分は受け入れることが出来ない。
 戸惑いとの葛藤の中、彼女は何とか口を開いた。
 アリオスへの思いがどこか勝っていた。
「・・・じゃあ、キャベツを・・・」
「オッケ」
 気まずそうにしていると、アリオスがキャベツを取ってカゴの中に入れてくれる。
「有り難うございます」
 それだけ言うと、アンジェリークは車椅子を動かして行こうとした。
「他に何が欲しい?」
「あ・・・」
 驚く間もなく、アリオスが車椅子を引き始める。
「あの、後は自分で出来ますから!」
「いいから、俺に指示しろよ」
 強引にアリオスは車椅子を押してくる。
「俺もついでに買い物するからな」
 アリオスもキャベツを自分のカゴに入れると、アンジェリークを覗きこんだ。
「次はどこだ?」
「チキンを・・・」
「オッケ」
 チキン売り場に行くと、アンジェリークはとりがらとミンチを買い、アリオスはドラムチキンを買う。
「次は?」
「ミネラルウォーター」
「ああ。行こう」
 必要以上の会話をしなかったが、結局、二人は最後まで買い物を一緒にすることになった。
 確かに、アリオスに裏切られたような気持ちはある。
 だが、このように優しくされると、その気持ちが萎えるようでかえって辛い。
 健常者であるアリオスを、”裏切られた”と思うことで、諦めようとしていたからかもしれない。
 アリオスはわざと自分が先にレジを通る。
 アンジェリークがレジを通ると、アリオスが待ち構えていて荷物を持って、入れ場に連れていってくれた。
「有り難う」
 手早く荷物を詰め込んだ後、アンジェリークは背筋を延ばす。
「今日は有り難うございます。おかげで助かりました」
 礼儀正しかったが、先ほどに比べると、刺々しさが幾分か消えといた。

 今日はここまでで満足するか・・・。

 彼は自身に言い聞かせると、荷物を手に持つ。
「ああ。じゃあ気をつけて帰れよ?」
 必要以上にアリオスはしつこくせず、先に帰っていく。

 優しくされたって騙されないんだから・・・

 そう思いながらも、アンジェリークの心が甘く癒されていたのを、彼女は薄々感じ取っていた-------

コメント

『愛の劇場』シリーズです。
今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。

結局素直なんですねアンジェは



マエ モドル ツギ