Shadow Of Your Smile


 アンジェリークは目を疑った。
 目の前にいるアリオスが、まさか自分と敵対する関係だったとは思いもよらなかった。

 私は・・・、騙されていたの!?

 全身に何とも表現しがたい”怒り”が込み上げ、アンジェリークは唇を噛む。
 潔癖なアンジェリークには、こんなことは許せない。

 私から情報を取るために利用しようとしたの・・・?
 
そう考えればつじつまがあう気がする。
 利害がなければ、車椅子の自分を、こんなに素敵な彼が、誘ってくるはずがない。
 そう考えると、アンジェリークは益々ヒートアップするのだった。
「アリオス、この可愛らしい方はお知り合い?」
 アリオスの隣にいる艶やかな女が、値ぶみをするように見つめてくる。
 何だかアンジェリークは惨めになってしまい、視線を避けるように俯いた。
「ああ」
 アリオスはアンジェリークから視線を逸らさずに、じっと見つめている。
「リサです。弁護士をしています。よろしくね」
「アンジェリークです。”街角の店”を営んでいます。一緒にいるのは、親友のレイチェルです」
 強張った表情を幾分か和らげて、アンジェリークは挨拶をする。
「レイチェルです。よろしくお願いします」
 ふたりは挨拶をした後、アンジェリークの合図で、アリオスたちから離れた。
「では、また」
 少し端にふたりが行くと、アリオスたちはまた違った人々に声をかけられる。
 その様子を見ながら、張り裂けそうな胸が辛かった。
「彼がアルウ゛ィースの総帥だったとはね・・・。アンジェ、どうして、アルウ゛ィースの総帥と知り合ったの?」
「彼が、溝にはまった私を助けてくれたから。それだけよ」
 余りにもアンジェリークは素っ気なかった。
 それがどうしてか、判らないレイチェルではない。
「そっか。ちょっとごはんを食べて落ち着こうよ」
「うん・・・」
 こういったときの親友の気遣いは、堪らなく嬉しかった。

 テーブルの上には、たくさんのごちそうがあり、どれを選ぶか迷うところだ。
 大好きなビーフシチューを取りにいこうとして、アリオスとばったりと鉢合わせをした。
 テーブルの高さとシチューの位置の関係で、アンジェリークは車椅子なので、なかなか取りづらいが、意地になって自分ひとりで取ろうとする。
「入れてやるからかせ」
「いいえ、自分で頑張ります」
 強情につっぱねると、アンジェリークは器用にシチューを皿についだ。
「おい、そのままじゃ危ない。友達のところに連れていってやる」
「いいです」
 アンジェリークはきっぱりと突っ撥ねると、膝の上のトレーにたっぷり入った皿を置いた。
「大丈夫です。車椅子は私の足ですから、慣れてます」
 アンジェリークがあまりにも器用に車椅子を操るものだから、アリオスも余計にむっとする。
「勝手にしろ。意固地も大概にな」
 彼が怒ったまま行ってしまい、アンジェリークは唇を強く噛んで俯いた。

 仕方ないもの・・・。
 だって・・・、あなたを頼るわけには行かないわ・・・。

 気を取り直したように、アンジェリークは背筋を延ばすと、ゆっくりとレイチェルのいる場所に向かう。
 その様子を、アリオスは目が離せないでいた。
「何や! アリオスやんか!」
 急に背中を叩かれ、アリオスはびくりとする。
 振り返ると、そこには彼の悪友であるチャーリーがいた。
 チャーリーは、アリオスのところの”アルヴィース財閥”と並び賞される、”ウォン財閥”のこちらも若き総帥だ。
「チャーリーか」
 アリオスはどうでもいいかのように呟くと、息をひとつ吐く。
「なあ、アンジェちゃんと知り合いか?」
 アンジェリークから視線を逸らさないアリオスに、チャーリーは訊く。
「いや、”知り合い”ほどじゃねえ」
「そうか。あの子はほんまええ子やからな。事故であんな身体になってしもうたけど・・・」
 その言葉に少なからずも反応し、アリオスはぴくりとこめかみを動かす。

 事故・・・。

「アンジェリークが事故って・・・、どんな事故だったんだ?」
 眉を潜めた彼に、チャーリーは切なそうに見つめた。
「あれはちょっと可愛そうやったわ・・・。
 たまたま、警察が銀行強盗を追っててな、”街角の店”の前で、その犯人を追い詰め発砲。
 そこをアンジェちゃんがほんまにたまたま通りがかって、脊椎に流れ弾を受けたんやわ・・・」
 話すのも切ないとばかりに、チャーリーはまたひとつ溜め息を吐く。

 流れ弾・・・。
 何てことだ・・・。

 アリオスは会場の隅で、一生懸命話をしている彼女を見つめずにはいられない。
 切なくも辛い過去にも、彼女は背を向けずに懸命に生きている。
 それを邪魔するかもしれない、自分の立場が今は辛い。

 これはビジネスだ・・・。
 こんなことで同情してはいけないことはわかってるが・・・。

「だからな、いくらライバルやいうても、あのこにきつう当たらんといてな?」
「判ってる」
 むすっとアリオスは答えると、アンジェリークに熱い眼差しを注ぐ。
 だが、それに気がつかないリサではない。
「アリオス、あちらにアルカディア社の方がいらっしゃるわ。ご挨拶しなくっちゃ」
 これみよがしに腕を掴まれ、連れていかれた。
 その様子を、アンジェリークもまた見つめてた。

 私とは住む世界の違う人・・・。
 だから、深入りすることなんて出来ないもの・・・,
 これでよかったのよ・・・。

 切なさで胸が軋む。アンジェリークは何とか涙を堪えながら、アリオスの影を必死で降り払おうとしていた。

 拷問のような時間がようやく終わりを告げ、アンジェークはほっと息をついた。
「たのしかったね?」
「そうね・・・」
 アンジェリークは切なげな表情になると、言葉少なく話す。
 少しだけ早めにパーティ会場を出ると、レイチェルにアパートまで送ってもらった。
 独りになったとき、不意に、パソコンを見つめる。
 今夜だけは、”狼”に、メールを送る気には到底なれなかった-------
 

コメント

『愛の劇場』シリーズです。
今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。

いよいよバトルがスタート!!
それとド湯時に、切ない恋も進行します。
さあ頑張らなくっちゃ



マエ モドル ツギ