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お話の会で、子供たちに話を読んで聞かせるアンジェリークは、とても魅力的で、その姿にアリオスは聞き惚れ、見惚れずにはいられない。 大きな瞳は愛らしく輝いて、本当に美しく見えた。 人物を演じる時の、アンジェリークの表情豊かなところも、アリオスには好ましかった。 「はい、それでは今週のお話はこれにておしまい」 その後に出るのは、子供たちの”ははん”とした溜め息。 物語を読み終えて、現実の世界に戻された瞬間の、あの何とも言えない溜め息だ。 「面白かったか? マルセル、メル」 「うん、すっごく!!」 嬉しそうにふたりは笑い、本当に楽しそうだ。 子供たちに囲まれて、色々と話している彼女を見つめ、その辺りにまつわっている明るい光が、アリオスには憧憬を感じずにはいられない。 あんな風に、アンジェリークの周りはいつも温かいんだろうな・・・。 アリオスは一瞬、彼女と自分が温かな家庭を築いている、幻影を見てしまう。 子供たちの波が消えた後、アンジェリークは車椅子を引いて、彼のそばに寄ってきた。 「偶然ですね!」 「ああ。親戚のガキたちを連れてきた」 横には、マルセルとメルが嬉しそうにアリオスにくっついている。 「こんにちは! 今日のお話を楽しんでくれた?」 「うん、とっても!」 マルセルもメルも、一生懸命アンジェリークに返事をしている。 子供の扱いが本当に上手いと、アリオスは感心せずにはいられなかった。 「この店は私にとっては、とても大切なものなんです。母の形見のようなものですから・・・。ここをもっと素敵なところにするためにも、もっと勉強しなければなりません」 「頑張れよ?」 アリオスの言葉に、アンジェリークはそれは当然とばかりにしっかりと頷いた。 「じゃあ」と、アンジェリークは器用に車椅子を操り、カウンターの中に入っていく。 一生懸命、接客をする彼女がとても素敵に映った。 アリオスはメルとマルセルに、欲しがる本を買ってやる。 もう少し、彼女やスタッフが醸し出す雰囲気に酔っていたかったから。 「有り難うございます! この本はとても楽しいですよ?」 手作りの”街角の店新聞”も入れてくれて、温かな、”CS面”では、最高の店だとアリオスは感じた。 アンジェリークが頬を染めながら、一生懸命、アリオスと話しているのが判る。 それを微笑ましく思う、レイチェルであった。 きっと・・・、アンジェにとっては最初の恋だね・・・。 アンジェ、頑張って・・・。 「じゃあ火曜日な?」 「はい、楽しみにしています」 そこにあるのは温かな感情しかない。 「またね〜!」 メルやマルセルは嬉しそうに手を振ってくれる。 アリオスたちを見送る姿は、本当に幸せそうだった。 アリオスもまた、アンジェリークに見送られることを幸せに感じる。 だが------ アンジェリーク・・・。 俺が・・・、おまえのライバルとなりうる男だったら、おまえはどうする・・・? それでもちゃんとその笑顔を俺に対して向けてくれるだろうか・・・。 --------------------- 火曜日はあいにく雨だった。アンジェリークはレインコートを着込み、傘の固定をしてしっかりとさす。 「アンジェリーク!!」 アリオスは雨の中待ってくれていた彼女を、慌てて向かえに行く。 「風邪、引かなかったか?」 「大丈夫ですよ」 笑った彼女は屈託がなく、彼にはそれが好ましい。 アリオスはほっとひと息を吐くと、アンジェリークの車椅子を押そうとした。 「あ、大丈夫です! アリオスさんこそ濡れてしまいます! だって私は完璧に防御してますから」 「だな。俺の後を着いてきてくれ。車だ」 「はい」 アリオスが歩く後を、アンジェリークは一生懸命後に着いていく。 車の止められた場所まで行く。 彼は気を遣ってか、地下の屋根のある駐車場に止めていた。 アリオスは車の助手席側のドアを開けて、アンジェリークを抱き上げて車に乗せようとした。 「あ、大丈夫です。私も車に乗りますから、移動は簡単に出来ます」 そう言って笑うと、彼女は手早く準備を始める。レインコートを脱ぎ、傘をたたむ。 先に傘を車に入れた後、車椅子から身体をスライドさせて車に乗り込んだ。 その後、手際良く車椅子をたたむ。 「手早いな?」 感心するかのように言うと、アンジェリークは「そんなことない」と、真っ赤になって否定した。 「車椅子、トランクでも構わないか?」 「はい。構いません」 許可を取り付けてから、アリオスはトランクに車椅子を直す。 「じゃあ行こう。今日はとっておきの店に連れていってやるよ」 「はいっ、楽しみです!」 アリオスのとっておきの店が、とても楽しみで、アンジェリークは本当に楽しみだった。 もし良い店だったら、レイチェルやミセス・メイヤーと行ってみたいと思う。 だからしっかり道順を覚えようと、少し興奮気味に、車の外を車を見ていた。 10分ほど車を走らせた後、明るく大きな窓で光を多く取り込んでいるのが印象的なカフェの前をゆっくりと通り過ぎる。 「ここだ」 「ステキそう!!」 「ここはバリアフリーだからおまえにも使いやすいと思う」 そのカフェの入っているビルの地下駐車場に、アリオスは車を入れる。 バリアフリーで移動も楽な店を選んでくれたアリオスに、感謝せずにはいられなかった。 ありがとう、アリオス…。 店は傘をささずに中に入ることができ、その上アリオスが予約をしてくれている。 あいにくの雨だったが、外の景色が程よく見える、素敵なテーブルだった。 「何を食いたい?」 「アリオスのお勧めは何かある?」 「そうだな・・・。お昼のハーフランチって言うのが美味いぜ?」 一もニもなくアンジェリークはそれに決めた。 食事を楽しみながら、二人は色々と語り合う。 「アリオス、コレ美味しい!!」 「だろ?」 「うん!!」 本当に出されたランチはとても美味しく、彼女は頬を薔薇色に染めて食事を喜んで食べた。 「おまえさんの店、アットホームでいい雰囲気だな?」 「有難う!! 嬉しい! うちは、母の代からのミセスメイヤーと私の友達のレイチェル戸やっているから、家族的な雰囲気が出てるから・・・。私たちは、本当の家族みたいなの」 「そうだな・・・。いるだけで楽しい感じがする」」 「ええ!!」 アンジェリークは満足げに笑うと、そうとばかりに頷く。 おまえの店は、俺の店にない温かさがある・・・。 どこにも出せやしない温かさが・・・。 アリオスはふっと寂しげに笑った後、コーヒーに口付ける。 それが妙に苦かった。 「有難うございました!!」 「ああ。またな?」 街角の店近くまで送ってやり、アンジェリークは再び一生懸命車椅子を引いて帰る。 何度も振り帰りながら、アンジェリークはアリオスに手を振り続けた。 -------------------------------- その週末、アンジェリークは、レイチェルに付き添ってもらって、児童書の出版社のパーティに出席した。 少しだけお洒落をして、アンジェリークは楽しげにパーティに参加する。 不意に誰かの噂する声が耳を捉えた。 「あ、あれ、アルヴィースグループの総帥。今、大型ブックチェーン”ラグナ”に力をいれてるらしいから・・・」 「若いわよね・・・」 ”ラグナ”------ その名前に、アンジェリークは身体をピクリとさせる。 今度近くに出来る大型ブックストア。 彼女は、その社長が、誰か見たくて、きょろきょろと辺りを見回す。 「ほら、おいでになった・・・。弁護士の女性といつも一緒よね・・・」 ・・・・・アリオス!!!! そこに現われたのは、艶やかな女性を同伴していたアリオス。 アンジェリークは頭が真っ白になっていくのを感じる。 「アルヴィースグループ総帥、アリオスサマよ」 ふたりの視線が絡み合う。 アンジェリーク・・・!!! 蜜月が終わりを告げた瞬間だった------ |
コメント 『愛の劇場』シリーズです。 今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。 いよいよ、丁々発止が始まります! その間にも切ない恋のテイストが入れればと思ってます〜 |