Shadow Of Your Smile


 アリオスは、アンジェリークの車椅子を途中まで引く。
「あっ、それぐらい出来ますから・・・。すぐそこのベンチ近くまで行くだけですから・・・」
「途中まで押してやる。俺も近くのベンチに行くだけだからな」
 恐縮するアンジェリークを、アリオスは構わず車椅子を押す。
 何だか、彼女とこのまま別れるのは勿体ないような気がして、彼は車椅子をもう少し押したかった。
「あんたも昼メシか」
「はい。のんびりと公園でしようと思って・・・」
 ゆったりといいペースで車椅子を引いてくれるせいか、アンジェリークには心地よかった。
 もう少し傍にいたい------
 アリオスはその思いに駆られて、アンジェリークを誘う。
「昼を一緒にしねえか?」
 一瞬、アンジェリークは訊き間違えたかと想い、アリオスの瞳を見つめる。
 だが、彼は穏やかに笑っていて、聴き間違いでないことがわかる。
 嬉しかった。
 アンジェリークもアリオストもう少し一緒にいたかったから。
 素直に、アンジェリークは返事をした。
「・・・はい」
「決まりだな」
 アリオスは満足にうなずいてから、めぼしいベンチを探す。
 そこに車椅子を止めると、ストッパーをアンジェリークに訊いてかけ、横のベンチに腰掛けた。
「どうぞ」
「サンキュ」
 アンジェリークはしっかりと持っていた彼の昼食を手渡すと、持参のウェットティッシュも一緒に渡してやる。
 このさりげない心遣いが嬉しい。
「いつも昼食は外なのか?」
「はい。晴れた日は外でゆっくりとします。だって今の時期はとっても気持ちいいですから」
「そうだな・・・」
 少女の穏やかな微笑みをもらうと、柔らかな微笑みを浮かべてしまう。
 とても落ち着いた気分になり、アリオスは心が安らぐような気がした。
 メールをやり取りする、彼の”メールのなかの天使”と同じ温かさを感じ、アリオスは心が癒される。
「学生か?」
「はい。アルカディア大で児童文学を専攻しています」
「児童文学か・・・。奥深いな」
 途端に、アンジェリークの顔が明るくなる。
 男性で自分が専攻しているものを、ちゃんと理解してくれる人に逢ったのは初めてで、嬉しい。
「短い絵本にも人生の教訓と縮図あり。俺の考え方」
 実際に、アリオスは職業柄たくさんの本を読み、その素晴らしさをよく判っている。
「何だか嬉しいです! ちゃんと良さが判ってる方に出逢えて!」
 嬉しいときの笑顔は本当に魅力的で、アリオスはその笑顔に引き込まれてしまう。
 花のように美しい笑顔が、本当に可愛らしかった。
 じっと魅入ってしまう。
「目的があって勉強しているみてえだな」
「ええ、もちろん」
 しっかりと素直に返事をした。
 青年の前でこんなに素直になれるのはなぜだろう。
 アンジェリークにはまだその答えはわからなかった。
「私、今、母の跡をついで、小さな児童書専門店を営んでいます。母の意思をしっかり受け継いで、立派なお店にすることが夢なんです。そのためにも、児童文学をしっかりと勉強して、良い本を仕入れて、ちゃんと接客に役立ててみたいです!」
 瞳をきらきらと輝かせて、アンジェリークは一生懸命話している。
 正直、アリオスはアンジェリークを美しいとすら思う。

 こんなに純粋でまっすぐな女は、見たことがねえな・・・。

「美味そうだな? どこで買ったんだ?」
 アリオスはアンジェリークの持っているパンに目をつける。
 とっても美味しそうだったので、つい訊いてしまう。
「あ、これは今朝作ったんです」
「美味そうだな、ホントに」
 少し照れくさそうにして、アンジェリークはアリオスを見た。
「好みに味を付けられるから、お手製もいいですよ?」
「だな・・・。今度俺も挑戦してみるかな・・・」
「良いですよ、手作りも?」
 二人は見詰め合った後、穏やかに微笑みあう。
 穏やかな秋の日差しを浴びながら、アリオスはアンジェリークも心地好いひとときを過ごす。
 彼にとっては、仕事の疲れを癒してくれる、珠玉の時間となった。

 それぞれのランチを終えて、ふたりはゴミをゴミ箱に捨てる。
 アンジェリークの分のゴミもアリオスが捨ててくれた。
「有り難う」
「かまわねえよ」
 名前すら名乗らないふたり。
 だが明らかにふたりの間には”愛”があり、お互いに何年も付き合った恋人同志のように、しっくりときていた。
「また元の道に戻るんだろ? 途中まで一緒に行こう」
「有り難うございます」
 ゆっくりとアンジェリークの車椅子を引いて歩いていく。
 アリオスは、出来ることならば、このまま時間が止まってしまえばいいと、思わずにはいられなかった。
 この少女とずっと一緒にいたい・・・。
 それだけを深く願ってしまう。
 公園の入り口に差し掛かった。先程と同じように、アリオスは障害を上手く乗り越えてやり、入り口まで出た。
「有り難うございました」
 深々と頭を下げた彼女は、少し他人行儀な感じがする。
「いいや・・・。何だったら、目的地まで押していくが」
「有難うございます。じゃあお願いして良いですか? この通りをまっすぐ言って、右に曲がったところで」
「俺もそこまでは一緒だ。だったら分岐点までな?」
「ええ!!」
 まだ離れたくなくて、二人は短い散歩を楽しんだ。
「毎日公園には来てるのか?」
「はい。雨の日じゃない限りは」
「そうか。
 また一緒に飯でも食おう」
 アリオスはコレだけの縁にしたくなくて、アンジェリークをさりげなく誘う。
「そうですね。また…」
 ほんの少しだけ期待を込めてアンジェリークは頷く。
 微笑んでうなずいているにも拘らず、アンジェリークの笑顔はどこか影があり、アリオスはその表情に胸を切なくさせた。
「じゃあ、ここで!」
「ああ」
 アンジェリークはアリオスにしっかりと手を振ると、背筋を延ばして車椅子を漕いで店に向かう。

 好きになってはいけないのは判ってる・・・。
 だけど・・・、期待をもってしまう…。
 期待だけは、もたせてください・・・、神様…。
 それは私には、許されないけとだろうけど・・・。

 秋風に吹かれながら、アリオスは、アンジェリークから目を逸らすことが出来なかった。

 ずっと見ていたいと思うなんて、俺はどうしちまったんだ・・・

 店に戻ると、ミセスメイヤーとレイチェルが待ってくれていた。
「ただいま〜」
「おかえりなさい、アンジェリーク」
 ふたりに代わって、レジカウンターに入り、すぐに店番を始める。
 妙にいつもよりもにやにやとしている、アンジェリークに、レイチェルとミセスメイヤーは妙にかんぐる。
 元々ふたりは勘が鋭いので、何でもお見通しといったところだ。
「ねえ、アンジェ、何かあったの?」
「アンジェリークさん、何かあったんですか?」
 ふたりに突っ込まれるともごもごとアンジェリークは真っ赤になって俯いてしまう。
「も、もう! 午後の仕事しなくっちゃ! ミセスメイヤーはご飯に行ってね?」
 しどろもどろに指示をするオーナーアンジェリークに、二人は微笑ましそうに笑う。
 いつもと同じ午後が、また始まった-------
 

コメント

『愛の劇場』シリーズです。
今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。
いよいよ次回辺りから話は進んでいきます。
頑張れアリオスアンジェ!!



マエ モドル ツギ