Shadow Of Your Smile


 駐車場に車を止めて、アンジェリークは車椅子を出し、店の中に入っていく。
 既に、母の時代から働いてくれているミセスメイヤーと親友のレイチェルが来てくれている。
「おはよう」
「おはようアンジェ」
 主に三人で切り盛りをしているせいか、朝は開店準備で忙しい。
 アンジェリークとレイチェルが大学に行っている間、ミセスメイヤーが取り仕切ってくれている。
 アンジェリークの母親の世代よりも、少し上の世代のミセスメイヤーが、ふたりの良心と言ってもいい。
「そうそう、お聞きになりましたか? あの巨大な空き地に立っている建物の正体」
 何か忌ま忌ましいものでも言うかのように、ミセスメイヤーは顔をしかめた。
「ホームセンター?」
 最もな答えはレイチェル。
「うーん、ミセスメイヤーをそんな顔をさせるんだったら、アダルト映画館」
 この答えは天然のアンジェリーク。
「どちらも違いますよ! あのアルウ゛ィース傘下のブックストア、”ラグナ”が来るんですよ!」
 これにはアンジェリークもレイチェルも顔を見合わせる。
「あの安売り量販店の”ラグナ”!?」
 アンジェリークは驚いたように、目を真ん丸とさせる。
「児童書コーナーも巨大です。新刊もたくさん入ってくるでしょうし・・・」
 溜め息を吐くミセスメイヤーと、レイチェルも同様に肩を落としている。
「大丈夫! いくら向こうが巨大コンツェルンだって、私たちには私たちの良さがあるわ! お話教室とか、きめ細かい接客とサービス! これ以上のものはないんだから!」
 胸を張って堂々と主張するアンジェリークに、ミセスメイヤーは深みのある笑みを浮かべた。
「そうね。あなたのお母様が一緒にいらしたらきっとそう言ってたわね」
「だからみんなで力を合わせて頑張りましょう」
 明るくアンジェリークは言うと、ふたりはしっかりと頷いてくれた。

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 アリオスは傘下のブックチェーンである、”ラグナ”の建物の完成ぶりをチェックしていた。
 来月末にはオープンさせたいせいか、そのチェックも怠らない。
 秘書のカインと一通り見終わった後、仮の事務所に戻った。
「このあたりの本屋の調査は終わったのか?」
「はい。終わっております」
 書類を差し出されて、アリオスは厳しい眼差しでチェックをする。
「”街角の店”?」
 児童書専門の本屋というのが珍しいせいか、アリオスの目を引く。
「児童書では草分け的存在の老舗です。売り上げも専門店にしては大したものですよ。お話の会は毎回盛況ですしね。一度ご視察に行かれたらいかがですか?」
「そうだな・・・」
 自分でもどうしてか判らないが、気になってしまう。
 児童書専門店など足るに足らない存在なのにもかかわらずである。
「今は若い娘が店主で頑張っていますよ。店主は去年亡くなったとかで娘さんが継がれたそうです」
「そうか。マルセルと一緒に行ってみる」
 何故か”街角の店”という名前が心に焼き付いて離れなかった。

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 アンジェリークは大学で児童文学を専攻している。
 子供の頃から親しんでいることもあり、この道に進むことを決めていた。
 バリアフリーが充実しているアルカディア大学に通い、充実した日々を過ごしている。
 今日も朝から、2こまの授業を受けた後、店に戻る。
 毎日がとても充実していた。
 車を店の駐車場に置き、もう少しだけミセス・メイヤーに店を任せて、少しだけ遅い昼食に出た。
 ”街角の店”から車椅子で数分のところに、自然のある都会のオアシスがある。
 気候の良い時期、特に晴れた日などは、手作りサンドイッチを持って行くのが、日課だった。

 アリオスも初日のせいか、色々と立て込んでいて、昼食が遅くなってしまった。
 今日の昼食はどうするか決めている。
 スタンドでランチ用のベーグルサンドを買って、公園で食べるのだ。
 ”栗猫”が言っていたのと同じようにしようと決めていた。
 レストランのランチだと辟易することがある。
 このような気分転換も必要だ。
 アリオスは少し明るい気分で、公園に出掛けた。

 膝に荷物を置いて、肩から鞄をかけて、アンジェリークは一生懸命車椅子を漕ぐ。
 公園はかなりバリアフリーが進んでいるものの、たまに小さな段差で困ってしまうこともたる。

 あっ・・・!

 いつも通る場所で、モールのレンガ補修工事を行っていた。
 いつもはひっかからないのだが、レンガを一つ置き忘れたらしく、運悪くそこにひっかかってしまった。
「どうしよう…」
 何度ぁかがんばって見るのだが、すっぽりと填った車輪はなかなか上手く動かない。
「よいしょっ!」
 掛け声をいくらかけても上手く行かない。
 丁度アリオスが通り掛かったのは、アンジェリークが困り切っている時だった。
「あれは・・・」
 アリオスは見るなり、慌ててアンジェリークの車椅子に向かって走っていく。
 何故だかほおっておくことが出来ずに、直ぐに助けてやりたかった。
「大丈夫か!?」
「あっ、はいっ」
 答えるなり、彼はベーグルサンドとコーヒーが入っている袋をアンジェリークに強引に渡す。
「持っててくれ」
「はいっ」
 自分の荷物と一緒に膝の上に置いて一生懸命守っている。
 ひょいと車輪が浮いたかと思うと、次の瞬間には車輪が溝から離れていた。
「あ、有難うございます・・・」
 青年が、ランチの袋を取りに着たので顔を上げて礼を言うと、アンジェリークは息が止まるかのようなときめきを感じる。
 それはほんの数秒だったかもしれない。
 だがアンジェリークにとっては、何十秒にも感じてしまった。

 綺麗な髪と、綺麗な瞳・・・

 アリオスもまた、アンジェリークの瞳に強烈に引かれ、彼女をじっと見つめてしまう。
 
 純粋な瞳か・・・。
 今までであったことが無かったな・・・

 ふたりは運命の女神のいたずらで、今、出会うべくして出会った-------

コメント

『愛の劇場』シリーズです。
今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。
ようやく出会いました。
 一目惚れ(笑)



マエ モドル ツギ