Shadow Of Your Smile

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 ”街角の店”を閉めて、アンジェリークは新たな生活の中へと飛び込んでいった。
 最初は、手持ちぶたさだったが、徐々に時間も上手く使えるようになっている。
 今まで、店のことにかまけて、余り熱心にはなり得なかった”足のリハビリ”にも積極的にチャレンジ出来るようになってきた。
 これは、思わぬ時間の贈り物となった。
 少しずつだが、”歩ける”と言う名の希望の光が見えてきたのである。
 痛みと苦しみに耐え、足の指を動かせるようになったのだ。
「良く頑張っているね。理学療法士としては嬉しい限りだよ」
 担当療法士であるカティスが、嬉しそうに目を細めてくれるのがとても嬉しい。
 アンジェリークは嬉しさを胸にもっと頑張ろうと誓った。
 春の訪れと共に、彼女にも、温かな希望が湧き出る。
 狼へのメールも、そんな明るく希望に満ちあふれる内容になってきた。

 Subject:嬉しいこと。
 こんにちは狼様。
 大切にしていた日常がなくなりましたが、私には、落胆している暇などはないようです。
 やらなければならないことや、今まで仕事にかまけて出来なかった色々なことをやろうとすれば、そんな暇はありません。
 嬉しいことだと思っています。
 今は、次のステップに行くための、準備期間だと思っています。
 だから、この時間はとても貴重ですから、やるべきことをしなければなりません。
 先日は、幾つかある目標のうちのひとつに、ほんの少しだけ近付けたことがありました。とても嬉しかったです。
 狼様にもいずれお話出来るかと思いますので、その時は訊いてやって下さい。
 私も、いつか、狼さんの目標や夢をお聞きしたいです。
 また、メールします。
 栗猫。

 アリオスは、日常生活に忙殺されるきらいがあったが、そんな日々の中で、栗猫とのメールのやり取りはとても心を温めてくれる。
 今日もまた、かの挙のからのメールがあるのを見て、心が癒される。
 存在だけで彼を包み込んでくれる彼女が、今はかけがえのない存在になっている。

 Subject:よかったな。
 栗猫へ。
 日々の努力が成果として現れるのは、非常に嬉しいことだ。
 その調子で頑張っていけ。
 何かあれば、いつでも相談に乗る。
 俺の目標もいつか話をしたいから、その時は訊いてくれ。
 春の気配があちこちでしているが、なかなかそれを感じることが難しい。
 今度の休みは久々に春を感じに外に出ようと思っている。
 こういった、心の深呼吸が必要だ。
 今度はマーケットにでも顔を出して、春を感じたいと思う。
 おまえはどうだ?
 いつか一緒にその場で季節を感じられればいいな。
 では、またメールをする。
 狼。

 アリオスからだとはまだ全く気がつかないアンジェリークは、彼からのメールを読み、自らのことも振り返る。
 最近、全くと言っていいほど、季節をゆっくりと感じたことがない。
 アンジェリークもまた、次の休日にはたっぷりと休みに季節を感じることにした。

 休みの日、アンジェリークはゆったりとした時間を過ごすために、幾つかのアイテムを持参する。
 マーケットに行くためのバスケット、公園で読むためのペーパーバック。
 ペーパーバックは、おなじみの「シャーロックホームズの冒険」にした。
 短編集なので読みやすいのだ。
 準備を整えて、アンジェリークは出撃とあいなった。

 アルカディアで春を感じられるのは、やはり露店が立ち並ぶ”天使のマーケット”だ。
 春の花やらフルーツが、所狭しと並ばれている。
 狼のメールで、是非に覗いてみたくなったのだ。
 アンジェリークは、賑やかな通りを、車椅子を引いて見回る。
 どれも目には美味しいものばかりだ。
 不意に車椅子が軽くなり、後ろを向くと、そこにはアリオスがいた。
「アリオスさん・・・」
「よお、偶然だな? やるよ」
「えっ?」
 リンゴを手のひらに乗せられて、アンジェリークはきょとんとする。
「食えよ。綺麗に洗った」
「有り難うございます」
 アンジェリークは素直にリンゴを囓る。
 口のなかに甘酸っぱい味が広がりやはりの新鮮な果物は美味しいと感じた。
「おいしい」
「だろ?」
「春の果物が食べたくなりました。いちごでも買っちゃおうかな」
 美味しい果物でビタミンを取るというのは最高だと思う。
「じゃあ、あっちに行こうぜ?」
「はいっ!」
 ふたりは仲良く、野菜や果物が置いてある露店を吟味する。
「ビタミンはこうゆうもんを食って取るのが一番なんだろうが、やっぱりひとりだとサプリメントに頼っちまうよな」
「彼女に料理をしてもらえば?」
「・・・別れた」
 あっさりとしてはいたものの、アリオスの言葉に、アンジェリークはしまったと思った。
「・・・ごめんなさい・・・」
「かまわねえよ。発展的解消だからな」
 これっぽちの未練すらもアリオスにはないよう感じられ、平然としている。その上、どこかしら声も弾んでいるではないか。
 アンジェリークは、不謹慎ながらもうっすらと微笑み、小踊りしたくなってしまった。
 その理由は、もう判らない彼女ではない。
「俺もイチゴを買おうかな」
「イチゴはそのままでも美味しいですから」
 ふたりは、まるで温かな陽気に誘われるように、甘い雰囲気を知らずうちに出していた。
 果物の屋台に行き、ふたりは甘そうなイチゴを物色する。
「おっさん、このイチゴの甘そうなところ一袋ずつくれ」
「あいよ」
 財布を出そうとすると、アリオスがそれを制した。
 イチゴを二袋受け取ると、アリオスは、ひとつをアンジェリークの膝の上に置いてくれる。
「有り難うございます」
「次はどこに行く?」
「野菜です!」
 野菜の屋台を覗きに行くと、彼女は真剣な眼差しで吟味を始めた。
 彼女の横顔がとても可愛らしくて、アリオスはついつい見てしまう。
「すみません、そのキャベツ一玉下さい」
「あいよ!」
 りっぱなキャベツを買えたのが嬉しくて、アンジェリークはすっかりほくほく顔になった。
「キャベツをそんなにどうするんだ? サラダにして食うにしても、ひとりだろ?」
 立派に大きいキャベツを見ながら、あきれ顔で見ている。
「アリオスさん、キャベツは凄く使い易い野菜なんです。サラダだけじゃないんですよ?」
「どんなんがあるんだよ?」
 これには、アンジェリークは得意そうにアリオスを見た。
「ただサラダだけじゃないわ。ロールキャベツでしょ、ミートソースとチーズを使ったラザニア、豚肉とキャベツを重ね合わせて蒸すやつでしょ、春キャベツのスープもあるし」
「美味そうだな・・・」
 お腹が鳴り、アリオスはアンジェリークの料理を心から食べたいと思う。
「レシピをイラスト付きでお渡ししますよ?」
「じゃあ、今度は、春キャベツを買うことにするよ」
 それがいいとばかりにアンジェリークはしっかりと頷いた。
 ふたりは、飲食屋台の立ち並ぶ通りに入り、昼時のせいか臭いに吸い寄せられる
「あ、フィッシュアンドチップス!」
「横にはベーグルサンドがあるぜ?」
 ふたりは顔を合わせると、笑い合って屋台に向かった。

 本日の二人のランチは、フィッシュアンドチップスとベーグルサンド、後は好きな飲み物と決まった。
 それを持って近くの公園まで行き、そこで揃ってのランチタイムになる。
「外でこうやってのんびりとメシを食うのはあの時以来だ」
「私も」
 久し振りの外での食事は、ふたりにとっては貴重で心地好い時間となる。
 蜜月のことを思い出し、それ以上の時間だと思わずにはいられない。
「美味いな」
「ホント! 美味しい!!」
 アンジェリークもアリオスも余りにもの美味しさに感嘆の声をあげた。
「最近はどうなんだ?」
「ぼちぼち頑張っていますよ? 新たに、私だけの”街角の店”を作るために、日々勉強をしています」
 はぐはぐとベーグルサンドを食べながら、しっかりと頼もしい答えを返す。
「いつか、また、真っ向から勝負してえな」
「今回はあなたが勝ちましたけれど、次はこうはいきませんよ? それまでにしっかりと勉強して、最高のお店にしてみせますから!」
 しっかりとアンジェリークは応え、その瞳は輝きを増してアリオスを捕らえている。
「俺も、がんばら寝えとな?」
 アリオスはフッと甘い微笑みを浮かべると、空を見上げた。
 食事の後、仲良くごみを捨て、ベンチに戻って休憩する。
「本を持ってきたんです」
「偶然だな。俺もペーパーバックを持ってきた」
 ふたりは同時に本を出し合って絶句した。
 なんと同じ”シャーロック・ホームズの冒険”を持ってきたのだから。
 ふたりはおかしくなって笑いあったあと、清々しい気分で読書を始める。
 ただ本を読んでいるだけなのにいつもの休日に増して、甘く楽しいひとときとなるのであった。

 -------結局、ふたりがマーケット近くで別れたのは、四時近くだった。
「またな?」
「ええ、また」
 アンジェリークが見えなくなるまで見送りながら、彼女への想いが止めることがもう出来やしないと感じる。
 アリオスは自宅に戻るなり、早速、栗猫にメールを送ることにする。
 もう、自分が狼だと黙ってはいられないほど、アンジェリークへの思いは高まっていた。

 Subject:もう一度。
 栗猫へ。
 春がいよいよ深まり始め暖かくなってきた。
 桜の花ももうすぐ咲き始めるだろう。
 この間はとても口では言い表せないほどの失礼なことをしてしまったが、再び提案したいと思う。
 逢いた-------
 前回のようなことにはならないように、最善の努力をしたい。
 桜の花が散り始めるだろう、二週間後の日曜日、午後二時にサウス公園で逢いたい。
 良い返事を待っている。
 狼。

 彼が提案した待ち合わせ場所は、二人が出会った、あの公園である。
 アリオスは呼吸整えると、送信ボタンを押した------

コメント

『愛の劇場』シリーズです。
今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。

お約束通りのべたな展開!
今月中に集中UPしてまいりますので、よろしくです〜

いよいよ次回は、二人が会います!!



マエ モドル ツギ