Shadow Of Your Smile

15


 アリオスは一瞬胸が突かれる思いがした。
 アンジェリークが自分なりに出した結論なのだ。
 受け入れてあげなければならないのは判っている。
 だが、複雑だ。
 経済活動の自然競争の原理として、負けたものが淘汰されるのは、致し方ないと今までは思っていた。
 だが、こんなにも胸が痛くなるのは、何故だろうか。
 不自由な躰で精一杯頑張ってきた彼女のことを知っているがゆえに、突き付けられた事実は苦かった。
「・・・これで、あなたの勝ちよ・・・。目的達成されたでしょう」
 声を震わせると、アンジェリークは僅かに彼から視線を逸らせた。
 全く嬉しくない。
 苦い味がアリオスの心に広がる。
「・・・これで、あなたの目的は達成できたでしょう? ・・・帰って下さい・・・」
 最後の声は消え入るようだったが、アリオスはそれを何とか掴まえたかった。
 ここで放せば、嫌われただけで終わってしまう。
 それはどうしても避けたい事実だった。
「アンジェリーク、俺は別に勝ったとかそんなことは思っていない。人間は自分の利益に流される。口ではおまえを応援すると言いながら、うちが安いから本を買う。街角の店で買うことが、本当は店を救うことになるとは、知っていながらな・・・」
 アンジェリークは切なく俯く。
 確かにアリオスの言う通りだ。味方だと思い、少し有頂天になっていたかもしれない。
 現実と言う名の厳しい姿を目の当たりにして、彼女は苦しくなっていた。
「店を閉めるのは、あんたが決めた決断だ。俺には何も言うことはねえ。ただ、今は閉めたとしても、また復活出来る可能性はいくらでもあるんじゃねえのか? 今は、閉めるのもひとつの選択かもしれねえが、将来を見越しての発展的な解消だと、思ってみねえか?」
 アリオスの言うことは、ひとつ、ひとつが最もらしい理由が付いている。
 悔しいが、彼が言うことは正しいと素直に思えた。。
「・・・夢は見ることから始まる。見るだけではだめだが、それに向かってこつこつと努力をしていれば、いつかは報われる。良くしたもんさ」
 うっすらと涙を溜めた瞳で、アンジェリークはアリオスを見る。
 それに応えるかのように、彼は彼女のベッドに腰を据えると、優しくも深い光を湛えた瞳を彼女に向けた。
「あんたが理想とする店はどんな店だ?」
 アンジェリークははっとして、その後考え込むように俯く。
「・・・街角の店のような暖かい雰囲気で、季節を感じることが出来る場所・・・。本がお手軽に探せて 買えて・・・、店員の雰囲気がアットホームで、コミュニケーションツールとして、本を紹介するレウ゛ューの新聞があって、お話の会やサイン会を開いて、何よりも触れ合いの場所になれば・・・」
 素直に言えてしまう自分が不思議だった。
 夢を口にすると、それが本当に叶うような気がする。
 少しだけ、気分が浮上するのを感じた。
「その夢を叶えるために、今度は、おばあさんやお母さんの跡を継いで運営するのではなく、おまえだけの”街角の店”を今度は作ればいい。夢の通りの…」
「私だけの”街角の店”・・・」
 店がなくなることイコール全てが終わりのように思っていた。だが、そうではないと言う気分になる。
 実際にはそうなのだ。
 今までは気が付かなかっただけで、自分が真実が見えなかっただけ。
「おまえはまだまだ若いんだ、いくらでもやり直せる」
 心が素直になり、今なら頷ける。
「始まり・・・」
 終わりは始まり。
 今ならつくづくそう思える。
 アンジェリークは自分に言い聞かせるように、何度も呟いた。
「春はもう来ているんだ。いつまでも冬の気分でいるのはどうかと思うぜ? 時間は待ってくれねえんだからな? だから今できることをな?」
 軽く華奢な肩を叩くと、アリオスは立ち上がる。
「あんたが自分の決意を信じていれば、みんな判ってくれる」
 彼はサイドテーブルに見舞いの品であるチョコレートを置くと、ドアに向かって歩き始める。
「アリオスさん!」
 アンジェリークの呼ばれて、アリオスは流れるように振り返る。
「・・・またね」
 消え入るような声で久々に挨拶をする彼女は、とてもまぶしかった。
「またな?」
 アリオスは久し振りに、アンジェリークに対して、きちんとした挨拶が出来たような気がする。
 心が温かいと感じたのも、実に久方のことであった。
 アリオスが部屋から出た後、彼女は大きく深呼吸をした。
 新しい息吹を躰の中で感じる。
「------終わることは始まること…」
 そう呟けば、力が沢山わいてくる。
 もう、うじうじとじっとなんかしてはいられない。
 アリオスが言う通りに時間は待ってはくれないのだ。
 既にもう早春になっているではないか。
 携帯を手に取り、彼女はレイチェルに電話を掛け、早速動くことにした。
「もしもしレイチェル? 仕事外終わった後、ミセスメイヤーとうちに来て欲しいの…」


 街角の店を閉めた後、信頼になるミセスメイヤーとレイチェルが病室にやってきてくれた。
 怪我をして店に出られない状態になってからという物ふたりにはかなりの負担をかけた上、今までのことも考えると、感謝してもしきれないほどだ。
 そんな二人に事実を告げるのはやはり哀しいし、辛い。
 だが、それも心が背中を押してくれる。
 覚悟を決めてからというもの、不思議と心が澄んでいたから。
「・・・おふたりには、今まで”街角の店”は大変お世話になりました。有り難うございます。
 今の状況をみると、ご存じのように経営はかなり厳しくなっています」
 淡々と経過を述べた後、アンジェリークの瞳はふたりを捕らえた。
「----------”街角の店”は、三月一杯で閉めたいと思います」
 切ない思いのせいか、声が震えていた。
 一瞬静まり返り、病室に緊張が流れる。
 それを破ったのはミセスメイヤーだった。
「・・・よく、決意をされましたね。それも大変勇気のいることですよ」
 ミセスメイヤーは僅かに穏やかな微笑みを湛え、しっかりと頷いている。
「あなたはまだまだ若いです、アンジェリーク。
 店に縛られるよりも、もっと周りを見て、見聞することが大事です。良い決断をされましたね?」
「----ミセスメイヤー・・・」
 アンジェリークは切なげにミセスメイヤーを見つめ、涙ぐむ。
 そんな彼女を包み込むかのように、ミセスメイヤーもまた、潤んだ瞳で見つめ、頬に指先を延ばした。
「アンジェ、アナタが考えに考えた結論だろうから、ワタシは従うよ」
 親友らしく、レイチェルもまた爽やかに答えてくれる。
 その気遣いが、アンジェリークには嬉しくて堪らなかった。
「今まで頑張った分ゆっくりしたっていいんだよ?」
 親友の懐の深い言葉が、嬉しくて堪らなかった。
「有り難うふたりとも・・・」
 アンジェリークはふたりに抱き付き、感極まって涙を流す。
 その涙は、今まで肩肘をはって頑張ってきた緊張が解けた証拠でもあった。
「アンジェリーク、よく頑張りましたね? 今まで。お母様が亡くなってから、一生懸命走って来たのですから、おやすみになられるのも必要です」
「そうね…、。足のリハビリを頑張ったり、もっと勉強もしたりして、時間を大切に過ごしたいな・・・」
「そうだよ! お店はなくなるかもしれないけれど、まだスタートラインに立ったばかりなんだからね!」
 全くレイチェルの言う宇土折りだ。
 そうなのだ。まだまだスタートラインなのだ。
「今度は、私だけの”街角の店”を作りたいって思っているの。それにはもう戦いは始まったばかりだものね?」
「その時は、是非お手伝いしますよ」
 と、ミセスメイヤー。
「もちろん!!」
 レイチェルも負けてはいない。

 私は、とても素晴らしい人たちに囲まれていたから、ここまでやってこられたんだ…。

 つくづく心からそう思える人々がいることは、アンジェリークは自分は何て幸せ者なのだろうと思った。
「うん!! 本当に二人とも有り難う。最高のふたりだわ・・・」
 三人は、しばらくお互いを抱き合って、切なくも温かな思いを共有し合う。
 その日は、面会時間ぎりぎりまで、三人三様の”街角の店”への思いを語り合う。
 泣いたり、笑ったり。それは忙しくもノスタルジックな一日だった-----------


 その夜、アンジェリークは狼にメールを送った。
 ふわふわとしたとても幸せな気分のメールを。

 Subject:決心。
 決心は自分で付ける物だと、あなたは仰いましたね?
 色々考えた結果、戦いを集結させることにしました。
 でも、負け犬になったわけではありません。
 すっきりとした気分で戦いを終えることが、今は出来るのです。
 昨日までは、戦いの終わりは総ての終わりだと思っていましたが、それが間違いだと、ようやく気が付きました。
 終わることは始まること。
 まわりのみんながそう気づかせてくれました。
 自分できちんと一つのことを終わらせ、そして新しい夢に向かって、今は走り出そうとしています。
 前だけ見て、また頑張っていこうと思います。
 あなた様を始め、色んな方々の励ましや、意味のある言葉を貰い、ようやく気が付いたんです。
 いつまでもくよくよしてはいけないって。
 前を見て歩いていこうって、思いました。
 新しいことを目指して、一生懸命頑張っていきます。
 また、折を見て、新しい挑戦をお話しさせて下さいね。
 では。
 これからも宜しくお願いします。
 栗猫--------

コメント

『愛の劇場』シリーズです。
今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。

お約束通りのべたな展開!
今月中に集中UPしてまいりますので、よろしくです〜

いよいよゴールに向かって突っ走ります!



マエ モドル ツギ