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その夜も狼から、メールが来た。 嬉しくてたまらなくて、アンジェリークは仕える右手で携帯をチェックする。 Subject:春は直ぐそこに。 栗猫へ。 今日は、仕事の合間に散歩に出かける機会に恵まれた。 小さな春の薔薇が、日差しを浴びて一生懸命生きているのを見ると、心が澄んでいくような気がする。 おまえもそれを見ればとても癒されると思う。 薔薇を見ながら、俺はお前のことを思い出した。 これからもっと暖かくなっていく。 桜の花の開花を今度は楽しみにしている。 狼。 メールを読みながら、アンジェリークの表情はにいやけてしまう。 彼が植物の話題を積極的に取り上げてくれるのが嬉しい。 そして------ 同じようにミニバラを見て春を感じてくれたのが嬉しかった。 私は、アリオスに半ば強制的に連れて行かれたけれど…。 後ろ向きに考えていた心が、ほんの少し前向きになっていく。 アンジェリークは携帯で狼にメールを打ってみようと思い立ち、少しずつ打ち始める。 Subject:偶然 狼様。 メールを読ませて頂いて、すごく”偶然”を感じました。 実は、私も今日、ミニバラを見ました。 同じように小さな命の輝きをたっぷりと感じることが出来ました。 桜が咲く頃には、外に出ていっぱい桜を見てみたいです。 そのころには、私も自由に出歩けるでしょうから。 狼様。 いつもメールを有り難うございます。 あなたのメールにどれだけ励まされていることでしょうか。 私からも、少しずつですが、一生懸命メールを打っていきます。 お騒がせてすみませんでした。 栗猫。 アンジェリークとの昼間の温かな一時を作るために、アリオスはなんとか時間をやりくりしていた。 そのせいで遅くまでの残業となる。 だが、それでアンジェリークと逢えるのならば、アリオスは少しも苦ではなかった。 夜遅く家に帰った後は、直ぐにメールチェックをする。 すっかりそれが日課のようになってしまっている。 ほんのりとした期待を持って見ると、栗猫からメールが届いていた。 慌ててそれをクリックして、椅子にも座らずに読みふける。 その表情は、アンジェリークと同じように、にやついた幸せそうな物であった。 これぞ”恋をする”二人にはふさわしい表情だと言うことを、当然のことながら気が付いてはいなかった。 偶然か------ 偶然と書いて必然と読むんだぜ、アンジェリーク。 桜が咲く頃までに、お前に本当のことを言えればいいな…。 焦らず、ゆっくりいかないといけねえだろうが…。 彼はアンジェリークのメールを見て、ストレスを飛ばし、ほっと一息を吐く。 彼女がいれば、不調など関係ないような気がするアリオスである。 パソコンを立ち下げると、彼はご機嫌にシャワーを浴びに行った------ 翌日も同じ時間にアリオスはやってきた。 少し華やいだ気分になる自分が、アンジェリークは嫌でたまらない。 その上、手をけがしているので、出来る限りのことはしているとはいえ、お風呂に入っていないのも恥ずかしさを上塗りにする。 やはり彼女も年頃なのだ。 そういったことは気になってしまう自分が嫌だったりもする。 「散歩に行こうぜ?」 アンジェリークは返事もせずにただ俯いている。 本当はちゃんと彼に返事をしたい。 だが、彼女のにも意地があり、それがそうさせてはくれない。 「しょうがねえな」 アリオスも引く気などさらさら無いので、苦笑しながら彼女を抱き上げる。 アンジェリークはアリオスが自分を抱き上げるときに、臭いと思わないだとか、汚いと思わないかなどと、そんなことが気になり、真っ赤になってしまう。 だがそんなことは杞憂だと言うことを、アンジェリークはまだ判らない。 「ほら、行くぜ」 車椅子に乗せられて、今日も病院中庭の散歩に繰り出すのだ。 「今日は花を見てから、ちょっとひなたぼっこでもしようぜ? 春の日差しがいい感じだからな」 彼はそう言うと、彼女の病室を訪ねる前に見ておいた、パンジーの花壇に向かった。 「…可愛い…」 「だな? もうすぐ、チューリップも咲き始めるそうだから、また見に行こうぜ?」 「はい」 思わず素直に返事してしまい、アンジェリークは慌ててかしこまった表情をする。 それが可愛すぎて、アリオスは思わず笑ってしまった。 「でも本当に可愛いわ…」 花を愛でる彼女はなんと愛らしいのだろうか。 花を見る幸せそうな彼女の横顔を、アリオスは夢中になって見つめていた------ その後、ベンチに出向いて、ひなたぼっこを決め込む。 「これだったら本を持ってきたら良かったわ! こんなに気持ちよいと、お気にいりの本を片手に、ゆっくりとしたいもの」 「どんな本だ? ------ジェーン…オースティン?」 アンジェリークはビックリしたように、口をあんぐりと開ける。 「どうして判ったの?」 「何となくな」 アリオスはただそれだけを言うと、わざと空を見上げる。 「春も本を読むにはいい季節だな?」 「それを仕事のキャッチフレーズにでも使う気?」 皮肉たっぷりにアンジェリークは言ったが、アリオスは無視するかのように空を見上げたままだ。 「明日は俺も本でも持ってくる。久しぶりに何か読みたいしな」 彼は目を閉じると、心の深呼吸をする。 瞼の奥で膨らんだ光を感じた。 「こんばんは〜!!」 アリオスが帰った後しばらくして、レイチェルがやってきてくれた。 ミセスメイヤーも一緒だ。 世話と、店の様子を聞かせてくれる為に。 「有り難う、ミセス・メイヤー、レイチェル!」 二人はアンジェリークの表情が明るくなっているのを、嬉しそうな表情で見つめている。 「あのさ、最近の売り上げの帳簿持ってきたから…」 先ほどまで笑っていたレイチェルが、急に表情をひっこめたので、アンジェリークも少し暗い表情になる。 「有り難う」 帳簿を貰い、アンジェリークはそれに目を落とした。 売り上げが、急激に下がってきているのは、それを見ると明らかだった。 正直言って、ここまで予想は出来なかった。 ショックで、一瞬、アンジェリークは言葉を失ってしまう。 「このままだと…、仕入れにも支障をきたしてきますよ…」 「現にもうきたしているでしょう?」 アンジェリークの言葉にも、ミセスメイヤーは微笑んでいるだけだ。 「けれど、私たちはあなたについて行きますよ。 あなたの勇気や決断を信じて、ついて行きますから」 ミセスメイヤーの言葉の意味は深く、アンジェリークは彼女を切ない表情で見つめた。 そう…。 私自身がいつまでも先送りしていただけかもしれない…。 これからも戦う、戦わないの決断を付けるときが来ているかもしれない------- |
コメント 『愛の劇場』シリーズです。 今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。 お約束通りのべたな展開! 今月中に集中UPしてまいりますので、よろしくです〜 |