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まだ少しの心のわだかまりはあるものの、ふたりは再びメールをやりとりし始めた。 アリオスは、アンジェリークが栗猫という事実を知り、彼女が許してくれたこともあり、益々想いが強くなっていくのを感じている。 同じ純粋さとひたむきさに惹かれた栗猫とアンジェリークが一緒だということを、至極当たり前と思うようになった。 想いが強くなると、彼女との間がもどかしくも苦しくもある。 まるで恋する少年のような想いをアリオスは味わっていた。 その頃、”街角の店”では、レイチェルが帳簿を見て、溜め息を吐いていた。 「あれだけ、マスコミに注目してもらったのに、売り上げが落ちているわ」 アンジェリークの面持ちもどこか暗くなる。 「どうにかして、起死回生は出来ないかしら」 帳簿を見ながら、アンジェリークは唇を噛み締める。 今までにない厳しい状況の上、存続すら危ういことを帳簿では示している。 だが曾祖母の代から続いている”街角の店”を潰したくはなかった。 「”ラグナ”側がどんなディスプレイをしているとか、ちょっと調査をして、その対策を立ててみようよ」 レイチェルの前向きな気持ちに、アンジェリークもしっかりと同意して頷く。 「そうね、”ラグナ”に行きましょう。バリアフリーチェックも兼ねてね」 アンジェリークの言葉に、素直に頷くレイチェルだった。 ふたりは、少し着込んで、外へとくり出す。 ”ラグナ”は、歩いて数分のところで、車椅子でも十分だった。 入ってすぐに、店内がとても明るいことにまずは驚く。 壁一面の窓からは、躍動感のある光が降り注いでいた。 アンジェリークは、その明るさが光のシャワーに思えてならない。 フロア自体も段差など一切なく、車椅子でも見動きが取れそうだ。 「レイチェル、児童書は四階になっているから、連れていってくれる?」 「うん」 レイチェルは、アンジェリークの車椅子を押してエレベーターに乗り、四階に連れていってくれた。 そこはとてもシンプルだった。エプロンをした店員がおり、出版社順に本が棚に並んでいるだけ。 悪く言えば、無機質といった感があった。 「これ、小さな子の情操教育には凄くいいの」 アンジェリークは優しい表情をすると、本をじっと見つめる。 やはり、アンジェリークは価格を見た。 ”街角の店”の八割の価格になっている。 これには、現実を見せられたようで愕然とする。 店員の質も見てみることにした。 丁度、子供を連れた女性が、二冊の本を見て悩んでいる。 「すみません・・・。この本の特徴は?」 女性が店員に質問をすると、明らかに困惑をしているようだった。 「あ、あの・・・」 しどれもどろになってしまい、おたおたとしている。 やはりここは安いだけなんだ・・・。 大概の本屋に専門家はいない。 ここは設備面は充実しているが、後のサポートは不十分だと感じた。 「”ぐりぐりとうんにゃん”は子供の好奇心を発達させるのにはとっても良い本ですし、”いっぱい生きたうるにゃん”は、大人にも子供にも命の大切さを教える名作です」 母親はアンジェリークにしっかりと頷いた後、二冊の本を重ねて持つ。 「有り難う。二冊とも買うわ」 彼女はレジに本を持っていき、店員も軽くアンジェリークに礼を言った。 「・・・質より価格・・・。そんな時代なのかもしれないわ・・・」 そう考えると切なくなる。子供の頃から、母親のお影で、上質の児童書に囲まれて育った。 「名作と呼ばれる文学は、全て子供向けのお話から始まった」という、母の持論の元、彼女は育ち、沢山の本に出会い、大学もこの道に進んでいる。 だからこそ、きちんとした考えの元で、子供たちに本を与えなければならないと考えるのだ。 そういう考え方は古いのかな・・・。 こんな大きなブックチェーンだったら、色々工夫が出来るはずなのに・・・。 ”今月のおすすめ”だとか、児童書のレウ゛ューや名作を沢山紹介した独自のフリーブックを作って、お店に置いて、お客様の本選びの足しにするとか・・・。 本当にやり方は色々あるのに・・・。 アンジェリークは心の豊かさのない売り場に、哀しくて溜め息を吐いた。 「・・・行こうか、レイチェル・・・」 「うん、そうだね」 精神の豊かさよりも、より安い物が好まれるという、市場原理を見せつけられた格好になり、惨めな気分だ。 いくら自分が頑張っても、アリオス率いる巨大企業には勝てないのだ。 それが、哀しかった。 入れ違いのように丁度、児童書コーナーに売り場主任が昼食から帰ってきた。 「あれ・・・、あれは”街角の店”の!」 アンジェリークの姿を見るなり、彼女は血相を変えて飛んでいく。 「主任! どうしたんですか!?」 主任は、隣のエレベーターにすぐに乗り込み、アンジェリークを追った。 何を嫌がらせに来ているのよ!! 下まで到着をすると、丁度目の前にアンジェリークとレイチェルの姿が見える。 「ちょっと!!」 勢い良く走ってきた女に、ふたりは何ごとかと目を丸くする。 「アンジェ、知ってる?」 「知らないわ・・・」 「お客様。少し、お時間はよろしいですか?」 「あ、あの・・・」 「私は児童書売り場担当のジョーンズと申します」 名刺を差し出され、アンジェリークは受け取ることしか出来ない。 「少しお話があります」 「判りました」 同じ児童書を扱う者として、アンジェリークは素直に同意した。 ”ラグナ”の裏側は、憩いスペースとして、小さな公園が設けられており、そこにはカフェなどもある。。 そこに案内され、アンジェリークはスロープをゆっくり上り、東屋に向かって進む。 アンジェリークは歩く速度で、自ら車いすを漕いでいた。 「嫌がらせで来られたんですか?」 ジョーンズの堅い声は、アンジェリークの心に鋭いナイフとなって突き刺さる。 アンジェリークは硬直し、スロープを登り切ったところで止まる。 「・・・そんなつもりはありません・・・。ただ、どのように本を売られているのか、興味があっただけなんです」 正直にアンジェリークが言ったものだから、ジョーンズは益々頭に血が上る。 「そんなことは信じられないわよ!」 肩を強く押され、アンジェリークの車椅子が後ろのスロープに傾いて滑っていく。 「アンジェ!!」 レイチェルが手を延ばしたものの、勢いを増した捕まえることが出来ず、見事に手から車椅子ごと転んだ。 「あ・・・、私・・・」 ジョーンズが呆然として顔色を蒼白にして立ち尽くしている中、レイチェルはアンジェリークを起こしにかかる。 「アンジェ大丈夫!?」 レイチェルが起こした瞬間、アンジェリークの表情が苦痛に歪んだ。 「・・・痛い・・・」 「え?」 「腕が痛いの・・・」 消え入りそうな表情に、レイチェルは泣きそうになった。 「救急車、呼ぼうか?」 「・・・大丈夫。病院に連れていってくれたらいいから・・・。この近くにあるから・・・」 息をするのも苦しそうに、アンジェリークは小さな声で囁くだけだ。 「判った・・・ 」アンジェリークの意思を汲もうと、レイチェルは車椅子を引き始める。 立ち去るふたりを、ジョーンズははっとして止めた。 「待って下さい! 一緒に行きます!」 「あんたなんか一緒に来なくて結構よ! アンジェをこんなにして! ったく、アナタのところは、教育がなってないわよ!」 レイチェルはきつい調子で言い切った後、すたすたと先を急ぐ。 ジョーンズは後悔に苛まれながら、その後を追い、病院まで着いていく。 アンジェリークが治療を受ける病院をつきとめると、すぐに店長に事情を話すために電話をした。 急患として診てもらい、レントゲンの結果、アンジェリークの左腕の骨にヒビが入っていることが判明した。 「全治一か月だね・・・。このまま、しばらくは片手だけの生活だ。誰かに介護をしてもらうか、入院して、当分うちから通うしかないね。アンジェリーク、それは君次第だ」 両足だけでなく左手の自由すらも奪われ、アンジェリークは泣きたくなった。 絶望がこの身を襲う。 「ワタシが世話をします!」 レイチェルは真っ先に志願してくれ、それが堪らなく嬉しい。 だがあまり甘えるわけにもいかないことも、アンジェリークには十分に判っていた。 「レイチェル、有り難う。しばらくここでお世話になるわ。一週間ぐらい。後は家に帰るから、そこから手伝って貰って構わないかな?」 気を遣ったことと、自分の気持ちを考えたことでの決断だ。 「アンジェ・・・」 彼女の気持ちを考えて、レイチェルは同意することにした。 すぐに病室が用意され、アンジリークはそこに入る。 レイチェルはと言うと、アンジェリークの入院の支度を大わらわだった。 入院の準備が整うと、アンジェリークはベッドの上で、自由になる右手を使って、携帯でメールを打ち始める。 もちろん、”狼”へ---------- Subject:栗猫です 狼様。 携帯電話からのメールをお許しください。 今日は少し悲しいお知らせです。 申し訳ありませんが、当分の間、あなたにメールを打つことが出来なくなりました。 理由は、言えません。 ただ、3週間後には元気でまたメールをさせて頂くことが出来ると思います。 それまで待って頂けると嬉しいです。 栗猫。 メールを打ち終わると、ノックをする音がして、彼女は慌てて送信ボタンを押した。 「どちら様ですか?」 レイチェルがノックに応えてくれる。 「”ラグナ”の店長のカインと申します」 アンジェリークはレイチェルの顔を見ると、首を振る。 レイチェルは親友に頷くと、病室の外で対応してくれる。 アンジェリークはなぜだか無性に泣きたくなってしまい、自由のきく手で布団を頭まですっぽりと被ってしまった。 もう。 アリオスと出会った頃には戻れないのよ…。 |
コメント 『愛の劇場』シリーズです。 今回は、アンジェとアリオスは「ライバル」!!です。 お約束通りのべたな展開! 今月中に集中UPしてまいりますので、よろしくです〜 |